上 下
60 / 80
第7章 明莉

60 姉妹会議①

しおりを挟む
「それで、これはどういうことかしら……?」

 疑問を投げかけるように問うたのは月森千夜《つきもりちや》だった。

 場所は千夜ちやの自己主張の少ない整然とした部屋である。

 そこに、相対するように日和ひより華凛かりんが並ぶ。

「どうもこうも、あたしが帰ってきたら日和姉ひよりねえがとんでもない事をしようとしてて……!」

 華凛は慌てたように身振り手振りを激しく動かす。

「わたしはありのままを打ち明けようと思っただけですけどねぇ?」

 人差し指を頬に当て、首を傾げる日和の姿はこの中で唯一緊張感がない。

 事の顛末は簡単だった。


         ◇◇◇


『ただいまー、って二人で何してんの!?』

 華凛は息を荒く、肩を上下させて帰ってきた。

 体育館で明莉あかりに言われた言葉が気になり、いつも以上に早く部活を引き上げてダッシュで帰ってきたのである。

 そこで居間に顔を出した時、違和感を感じ取る。

 妹ゆえの感性だろう、姉である日和の空気感の違いを察したのである。

『あ、華凛さん、お帰りなさいです。さっき華凛さんに伺ったことを、日和さんにも聞いていた所です』

 予感は的中した。

 明莉は日和に対して、自分のことをどう想っているのかを聞いていたのである。

『え、日和ねえにも?もう聞いたの?』

『……華凛さんにそこまで話す必要はありません』

 明莉の方から一方的に話を切り上げるのはかなり珍しい。

 当然、その事に気づく華凛の動揺はさらに激しさを増す。

『あ、明莉……?え、ちょっと、まだ怒ってるの?』

『怒ってません』

 ぷいっとそっぽを向く明莉だが、その頬の膨らみは華凛の角度からもしっかり見えていた。

 どうやら未だご立腹のようである。

『あ、明莉……?あの、ボールが欲しいならあたしの部屋に来たらあげるから……』

『要りません』

『あ、分かった。そしたら学校のボールと交換してくるから』

『わたし球技苦手です』

『そ、そんな……っ』

 さっきと言っていることが全く違う。

 そう思う華凛だったが、それをツッコんで更に明莉の機嫌を損ねるのではないかと心配になり、それ以上は踏み込めない。

 惚れた弱みか、華凛にとって明莉に嫌われることがこんなにも恐ろしいのかと今ようやく知ったのである。

『うふふ。あかちゃんにはまだ伝えてはいませんよぉ?』

 日和は代わりにあっけらかんとした態度で答える。

 しかし、その眼差しがいつも違うことに華凛は気付く。

 これは生まれた時から一緒に暮らし、血を分けた姉妹である華凛にしか分からない微細な変化だったろう。

 ほぼ直感レベルだが、そこに女の艶を華凛は感じ取った。

『ちょーっと待って!それを答える前に姉妹会議じゃない!?』

 させてはならない、と華凛の女の勘が阻止の方向へと駆り立てる。

 明莉を不機嫌にさせている華凛にとって、この状況は不利にしか働かない。

 そう結論付けた華凛は、場を改めるために苦肉の策に出る。

『姉妹会議、ですか……?』

 はて、と首を傾げる日和。

『そうそうっ!千夜ねえも交えて話ししないとっ、ちょっとそれ日和ねえが勝手に言っていい事じゃないと思う!』

 妹の華凛にとって、姉である日和を自力で止めるのは難しい。

 勝手ながら長女である千夜の名を使い、一旦この場を凌ごうと画策する。

『姉妹会議なら、義妹わたしも参加していいですよね?』

 そこに、声のトーンが低い明莉の声が混ざる。

 正直、華凛にとっては想定外の乱入である。

『や、これは本当の姉妹というか……血の繋がった、というか……』

 確かに明莉も姉妹ではあるため、姉妹会議に参加できない理由はない。

 しかし、明莉にこそ聞かせてはいけない会話になるため、無理矢理締め出そうとする華凛の歯切れはかなり悪かった。

『……へえ。やっぱり華凛さんはわたしのこと他人扱いなんですね』

 地の底に響くような、初めて耳にする明莉の重低音だった。

『ちがうのよぉぉ……!!』

 それに華凛は血の涙を流したのである。


        ◇◇◇


 そして、帰宅した千夜を迎え入れ、現在に至る。

「あー、嫌われたっ。あたし明莉に絶対嫌われたっ」

 事の顛末を思い出した華凛は頭を抱えて悲痛に暮れる。

 日和の行動を阻止しようと思ってのことだったが、完全に悪手になってしまった。

 今までにない明莉の反応に、華凛は心を引き裂かれていた。

「でも、あんな反応するあかちゃん初めて見ましたよ?可愛かったですね?」

 可愛い者を愛でる、その心を日和は隠そうとはしない。

 その素直さは、千夜にも華凛にもないものだった。

「日和ねえは他人事だからそんなこと余裕で言えるのよっ……あたしの気持ちにもなってよね!」

 日和の本心を感じ取っている華凛は、“明莉に嫌われることがどういう痛みを持つか分かるでしょ”と言わんとしていた。

「わたしは華凛ちゃんのようにあかちゃんが聞きたがってることを後伸ばしにはしませんから。あんな怒られ方しないと思いますよ?」

「……や、やめて。もうあたしは死んだも同然なんだから」

 核心を突かれた華凛は、これ以上の死体蹴りを拒絶することしか出来なかった。



「――つまり日和も華凛も、あの子に私達の関係性を問われたのね?」



 妹たちの会話を分断するように千夜が言葉を発する。

「ええ、そうです。ですからわたしは答えようとしただけですよ?」

「……それに日和は、どう答えるつもりだったのかしら」

 千夜は改めて、日和に問う。

「好きですよ、とそれだけをお伝えしようと思っただけです」

 日和は照れることもなく、真摯に慎ましくその想いを姉妹に打ち明ける。

 その在り方に華凛と千夜は息を呑む。

「日和……貴女、本気なの?」

「ええ、だって隠すことじゃありませんから」

「私達は、姉妹なのよ」

 間違いを正すように千夜は語尾を強める。

 けれど、日和の柔和な態度は微細の変化も生じない。

「義理じゃありませんか。それにそれを言うなら女の子同士の方が問題なのでは?」

「えっと……そうね」

「それがすぐに出ない当たり、千夜ちゃんがあかちゃんをどう想っているかも何となく透けてしまいますけどねぇ?」

 くすくす、と日和は奥ゆかしく笑う。

「そ、それは……」

 冷静さを保とうとする千夜であったが、その心の隙を突かれ内心は慌てていた。

 本心を包み隠さない日和は言葉をストレートに吐き出す分、思考に淀みがない。

「華凛ちゃんも、本当のことを言わないからあかちゃんが拗ねちゃうんですよ?」

 頭を抱えるばかりの妹に、日和は姉としてのアドバイスを送る。

「で、でもさ……。あたしたちって一度は明莉に告白してもらって断ったわけじゃん。なのに、そんなすぐに好きになるとかいいのかなって……」

 もはや明莉を好きであるという前提を否定し忘れていることに気付かない華凛であったが、それよりも彼女が気になるのはそこだった。

 一度は告白され、その想いを断っている。

 それなのに、こうも手の平返しのように態度を翻すのは不誠実なのではないか。

 その疑問が華凛の心の奥底にあったのだ。

「そう思うのなら、それで構いませんけど。わたしは本当の気持ちを隠したまま接する方が不誠実だと思いますよ?」

 日和のスタンスは一貫している。

「いえ、千夜ちゃんも華凛ちゃんも今の距離感が大事だというのなら、それを否定する気はありませんよ?それも一つの答えなのですから。ただわたしはそうじゃないというだけです」

 千夜も華凛も、かつてない程に自分の本心を包み隠さず吐露する日和の姿に言葉を失っていた。

「わたし、月森日和は花野明莉を愛している。ただ、それだけのことなのですから」

 それが彼女の揺るぎないシンプルな答えだった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

貞操観念逆転世界におけるニートの日常

猫丸
恋愛
男女比1:100。 女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。 夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。 ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。 しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく…… 『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』 『ないでしょw』 『ないと思うけど……え、マジ?』 これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。 貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。

百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。

白藍まこと
恋愛
 百合ゲー【Fleur de lis】  舞台は令嬢の集うヴェリテ女学院、そこは正しく男子禁制 乙女の花園。  まだ何者でもない主人公が、葛藤を抱く可憐なヒロイン達に寄り添っていく物語。  少女はかくあるべし、あたしの理想の世界がそこにはあった。  ただの一人を除いて。  ――楪柚稀(ゆずりは ゆずき)  彼女は、主人公とヒロインの間を切り裂くために登場する“悪女”だった。  あまりに登場回数が頻回で、セリフは辛辣そのもの。  最終的にはどのルートでも学院を追放されてしまうのだが、どうしても彼女だけは好きになれなかった。  そんなあたしが目を覚ますと、楪柚稀に転生していたのである。  うん、学院追放だけはマジで無理。  これは破滅エンドを回避しつつ、百合を見守るあたしの奮闘の物語……のはず。  ※他サイトでも掲載中です。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

処理中です...