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第7章 明莉

58 何かが大きくなると膨らむ

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  むむ……。

 わたしは教室に戻り、頭を悩ませます。

 冴月さつきさんは月森さんたちとの関係性を見直せと言っていました。

 千夜ちやさんは他人を気にするな、そしてわたしのことを好ましく思っているが家族でも友達でもないと仰っていました。

「わけが分かりません……」

 月森さんたちと向き合おうにも、その内の一人である千夜さんが謎の発言を残しています。

 このままだと真実は迷宮入りするしかないのではと考えてしまいます。

「いや……それじゃダメなんですね、きっと」

 この疑問を放置したままでは、いつまでも問題は解決されないでしょう。

 それに千夜さんの発言にだけ囚われる必要はありません。
 
 三姉妹の皆さんは三者三様の意見を持っているのですから。

「そうなれば……」

 気付けば放課後になっていましたが、善は急げです。

 わたしは行動に移すことにしました。


        ◇◇◇


 ――ダムダム……シュッ!

 ――ぱさっ

「ナイッシュー、さすが華凛かりん

「えへへ、どんなもんよ」

 体育館。

 わたしは女子バスケ部を陰から盗み見ていました。

 ちょうど華凛さんがシュートを決めたところで、部員さんとハイタッチしていました。

 さすがエース、バスケ用のTシャツと短パンに髪を後ろに束ねた姿はスポーツ少女としての清涼感に溢れていて素敵です。

 ――コロコロ

「お、タイミングがいいですね」

 すると華凛さんが決めたバスケットボールが、ちょうどわたしの足元に転がってきました。

 すかさず拾い上げます。

「えっ……ええ!?明莉あかり!?」

 わたしがボールを拾い上げる姿を見て、大きな声を上げた華凛さんが飛んできます。

 体育館に顔を出すのは久しぶりなので、驚くのは無理もありません。

「はい、わたしです」

「いやいや、何しに来たのさっ。ビックリしたんだけどっ」

「ちょっと聞きたいことがありまして」

「え、なになに。いいよ何でも聞いて」

 わたしは、ぎゅっと両手に力を込めてバスケットボールを抱え込みます。

 このボールをお返しする前に、はっきりさせたい事があるのです。

「華凛さんは、わたしの事をどう思っていますか?」

「――!? な、ななっ、なにそれっ?!」

 目をぱちくりさせて、声をひっくり返す華凛さん。

 どうやら予想外の質問だったみたいですが……。

「そんな驚くような事ではありません。わたしに対する華凛さんの率直な気持ちを聞かせて頂きたいだけです」

「い、いやっ、ちょっと待ってよ。何でこのタイミング……!? ていうかほら、他の部員もめっちゃこっち見てんじゃんっ」

 確かに他の部員さんは遠巻きからわたしのことを見て、ヒソヒソ話をしています。

 体育館に突然、制服姿のモブが登場すればそれは気になることでしょう。

 ですが……。
 
「華凛さん、他人のことなんて放っておいて下さい」

「た、他人……!?」

「これは、わたしと華凛さんとの話です」

「はっ、えっ、そっ、そうだけどっ……!そんな、いきなりグイグイ来られても……!」

 だって千夜さんが言っていましたからね。

『他人の話に耳を傾ける必要はないし、私達に遠慮も必要ないわ』

 ……とね。

 つまり、わたしと月森さんたちとの間に遠慮は無用なのです。

「ですから華凛さん、お聞かせください」

「えっ、ちょっ、えっ……!?」

 ぐっと一歩を踏み出し、華凛さんとの距離を縮めます。

 その距離に華凛さんはたじろいでしましたが。

「難しいことは聞いていません。華凛さんはわたしのことをどう思っているんですか?」

「え、どどっ、どうって……そ、それは……っ」

 見つめ続けるわたしの視線から逃れるように、顔を逸らす華凛さん。

「どうしたのですか、体育倉庫では華凛さんの方からあんなに迫って来ましたのに」

「――きゃあ!!」

 ……あれ、なぜか遠くの部員さんの方から歓声が上がります。

 特に何も起きてないはずですけど、なぜか色づいた声を上げていたのが不思議です。

「あああああっ、明莉さん!? この流れでその話をするのはやめてもらえないっ!?」

 その態度が、雄弁に真実を映し出してるように見えました。

「急にさん付けですか、わたしと距離をとりたいってことですか? それともやっぱりわたしより部員さんの反応の方が大事なんですかっ」

「ちぃがぁうっ! そ、そそっ、そんなことはないけどっ、ちょっといきなり過ぎと言うか場所を改めて欲しいというか……!」

「それともわたしのことは他人に知られたら恥ずかしい存在ってことですか? それならそれでいいです。わたしは華凛さんにとってそういう存在ということが分かりましたので」

 ちょっぴり残念ですが、それが真実なら仕方ありません。

 家族でも、友人でもなく、恥ずかしい人。

 受け入れる他ありません。

「いやっ、ここじゃなきゃ言うからっ。こんな所じゃ無理だからっ」

「場所を変えなきゃ言えないような恥ずかしい存在ってことですよね……?」

「なんでこんなにグイグイ来るクセに、そこはネガティブなの!? 心のバランスおかしくない!?」

「おかしい……?」

 そう言われると、おかしいのかもしれません。

 冴月さんには色々難しいことを言われ。

 千夜さんにも難解な人間関係について濁されたままです。

 単純明快な答えが欲しいのに、華凛さんもあやふやにするのです。

 わたしはどうしたらいいのか分からなくなっているのかもしれません。

 ええ、きっとそうなのでしょう。

 そんな自分を俯瞰した時、わたしはパンクしかけているということに気付きました。

「……むぅっ」

「え、明莉……なんで、そんなにほっぺたふくらませてんの……?」

 よく分からない気持ちを抱え込んだまま、発散することが出来なかった結果。

 それは態度として現れ、わたしは頬に空気をパンパンに膨らませていました。

「今ならボールこの子の気持ちが分かるような気がします」

 わたしは抱えていたバスケットボールを見つめて、シンパシーを感じています。

「斬新すぎてついてけないんだけど……」

「自分以外の何かをパンパンに詰められると、こうやって飛び跳ねてしまうんです」

 ボールこの子だって、こんなに空気を詰め込まなければ、本当はもっと柔軟で、いちいち床に反発しなくても良かったのです。

「わたしは今、バスケットボールなんです」

「……いや、あの、明莉さん?」

「だからボールこの子は返しませんっ、わたしが持って帰ります!」

「明莉さん!?」

 全然、何も答えてくれないし。

 部員の皆さまには申し訳ないですが、ボールこの子の気持ちを分かってあげられない人の元には置いておけません。

「それでは失礼しますっ!」

「明莉さんっ!ボールは返そうねっ!」

「明莉はボールで、ボールは明莉ですっ!」

「うんっ!怖いよ、さっきから!!」

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