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第7章 明莉

56 きっかけ side:理子

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 自分で言うのもなんだけど、わたしは昔から目立つ方の存在ではあった。

 それなりに容姿は整っているし、それなりにスタイルはいいし、それなりに要領もいい方だった。

 何か一つ抜きんでたものはないけど、どれも高水準。

 それなりの見た目をしていて、流行りの話題を押さえて、器用に立ち回ることが出来れば人間関係を優位に築くのはそう難しいことじゃない。

 だから、わたしはわたしに満足していた。

 冴月理子さつきりこという人間は、それなりに輝かしい存在であると思えたから。






 高校の入学式。

 その壇上には、新入生代表として黒髪のやけに凛々しい美人が立っていた。

 ……普通、新入生代表って主席がやるものと思っていたけど。

 この学校は、見栄えがいい生徒に台本でも読ませているのだろうか。

 そう疑ってしまうほどの美貌。

 まさかアレが、成績首位の人間だとは考えもしなかった。

「わあ、見て。あの人すっごい綺麗ね」

月森千夜つきもりちやさん……入学試験は首位で合格したんだって」

 周りのクラスメイトからの噂話を小耳に挟んで、唖然とする。

 明らかにわたしよりも美人で、頭もいい。

 そんな人間がいるはずがないとか思うほどおめでたくはないが、それでも実際に目の前にすると衝撃的だった。

 そういう上位の存在はもっと遠くにいるもので、こんな近くに現れるとは思っていなかったからだ。

「しかも三つ子なんだって」

「すご……アイドルみたいな子が三人も……」

 こちらも聞いていて、頭がクラクラしそうだった。

 あの顔面レベルは一人いれば十分なのに、それと同じ顔が三人もいるらしい。

 これはわたしの立ち位置はそういいものにはなるまいと、溜め息を吐くばかりだった。


        ◇◇◇


 入学から数週間が経った頃。

理子りこちゃん、この前の写真すごい可愛かったね」

「あ、ほんと?ありがとう」

 SNSに上げた写真を見たクラスメイトが、手放しにわたしを褒める。

 フォロワーだってそれなりで、もちろんインフルエンサーと比べれば大した数ではないけど、それでも普通の女子高生の中ではかなりの数字を持っている方だ。

 良くも悪くも、月森たちとは同じクラスじゃなかったこともあり、わたしの立ち位置は盤石なものになりそうだった。

「ねえ、理子ちゃん。今日よかったら一緒に買い物に行ってくれない?」

「いいけど、それにわたし必要なの?」

「理子ちゃんセンスいいから、一緒に選んで欲しいんだよね」

 目立つ子はわたしと行動を共にしようとするし、そうじゃない子もわたしの機嫌を損ねまいと言動を観察している。

 これは少なくとも、わたしがこのクラスでは上位の位置にいる証明ではあった。

 わたしはこの小さな箱庭で、それなりのポジションを築けていることに満足していた。

 いや、満足するしかなかった。

 人は自分以外にはなれないし、月森のような理不尽とも言える才能に近づけるわけでもない。

 下手に望みすぎても得られるものなんてないんだから。

「分かった、いいよ」

「よし、決まりね。じゃ行こう」

「はいはい」

 そうして今の自分に満足しつつ、楽しく過ごせればいいやと思って歩き出す。

 そんな時だった。

「あたっ」

「あ、ごめん」

 廊下に出ようとして、向こうからも教室に入ろうとしてきた人がいることに気付かず、軽くぶつかってしまう。

 その相手をよく見ると、同じクラスの子だった。

 ちなみに名前は、思い出せない。

「こちらこそすみません、よく見てませんでした」

「あ、うん。わたしもよそ見し――」

「それでは失礼します」

「――えっ」

 その子は、さっさとわたしの横を通り抜け、教室の窓に張り付いていた。






 なんだったんだろう、と思いながら玄関に向かって廊下を歩く。

「感じわるー。理子ちゃんがまだ話しかけてたのに生意気ー」

「あ、まあ……ぶつかったのはわたしもだし」

 とは言え、わたしを相手にあの態度をとる子は確かに珍しい。

 人間関係において忖度がないことなんて有り得ない。

 誰もが自分と他者を天秤にかけて、その重要度で態度を変える。

 それは避けられないことであって、そしてこのクラスではわたしは大事に扱われる側の人間ではあった。

 だから、ぶつかって謝罪もそこそこに駆け出す人間はそういない。

「しかも、あの子。クラスでもいっつも一人でいる子だよぉ?ああいう態度とってるから、ぼっちになるの気づけって感じ」

 自己主張のない大人しい子、という認識はあった。

「ぼっちなんだ?」

 印象が曖昧で、ぼっちであるかどうかも記憶になかった。

「ずっと一人で黙ってるよ。なんか暗いしやる気なさそうだし、さすがに陰キャすぎって感じ」

 ……その割には、俊敏な動きでわたしの横を通り過ぎたな。

 それに窓の外を眺める瞳は、妙に熱を帯びていたようにも見えた。

「でも、わたしとは目も合わさなかったけど」

「理子ちゃんのオーラで合わせられなかったんじゃない?」

 冗談とも本気ともつかないような事を言う。

 けれど、アレは合わせられないというより……。

 気になり始めて、ふと足を止める。

「……理子ちゃん?」

「ごめん、先行って待ってて。教室に忘れ物したから取りに行ってくる」

 何か確かめなければいけないような気がして、教室へと戻ることにした。

 急かされるようにして戻ると、夕陽が放課後の教室を茜色に染め上げていた。

 その茜色の境界線と同化するように、さっきの子の後ろ姿があった。

 やはり、じっと目を凝らして何かを真剣に見ている。

 わたしとは一切、目を合わせなかったくせに。

「なに見てんの」

「え、わっ」

 その横顔に声を掛けると、驚いたように口を開け真剣な表情が消える。

 ……けれど、目は合わない。

 明後日の方向を見ていた。

「ビックリしました、突然どうしました」

「いや、何見てんのかなと思って」

「あ……えっと、それは、あの方達ですね」

「……ん?」

 窓の外、視線の先を追うと、やけに顔が整った美人の三人が校舎から去っていく所だった。

「月森三姉妹の皆さんですね」

「……ああ、そういう」

 なるほど、そっち系の奴ねと思った。

「なに、月森に憧れちゃってる系?」

 いるいる。

 なれるはずもない遠い存在に目を輝かせて、その存在を追う事で空っぽな自分を埋めようとするヤツ。

 それならもっと努力して自分を磨けばいいのに。

 そんなことをしようともしない、こいつはやはりつまらない人間だと思った。

「いえいえ、憧れなんておこがましい。例えるなら、推しを見守る母なる愛、でしょうか?」

「……は?」

 しかし、その口から出て来たのは謎の感情と言葉だった。

「こうしてあの尊い御姿を瞳に映せるだけでいいんです、それで満足なんです」

「……何言ってんの?」

 ていうか、こいつは大人しい奴じゃなかったんだっけ。

 わたしの質問にやけに饒舌に語ってくるんだけど。

「というわけでして、わたしは忙しいので失敬」

「あ、ちょっと」

 そしてそいつは再び視線を窓の向こうに戻し、月森たちを凝視するのだ。

 ……わたしの事なんて、一切見やしないで。

 それにどうしてか、一言物申したくなった。

「そんなことしても、あんたは月森にはなれないし、一人でいることには変わりないと思うんだけど?」

 どうせこいつは、孤独でいることの言い訳に月森を利用しているだけだ。

 好きであるということを理由にして、自分の孤立を正当化している哀れな奴に違いないと、そう思った。

 思いたかった。

「はい?そんなの当たり前じゃないですか?」

「……え」

「わたしは月森さんになりたいとか、そんな分不相応なことは思ってません、さっきから言ってますけど見守れたらそれで満足なんです。あとわたしがぼっちなのは自分が一番分かってますからそんなに言わないで下さい。悲しくなります」

「……あ、そう」

 マジか、と思った。

 わたしたちは、狭い人間関係の中でポジションを取り合う椅子取りゲームをしているんだと思っていた。

 自分の持っている物を磨いて、自分より輝いてる人間がいればそいつに近づいて真似るか、蹴落とすか、ご機嫌をとって当たり障りないように立ち回る。

 それすら出来ずにポジションがない人間は俯いて、自分の存在を曖昧にすることしかないのだと思っていた。

 でも、この子は違った。

 ただ純粋に輝く者に憧れ、自分の存在を足すことも引くこともない。

 そこに人間関係の駆け引きはなく、ただ自分の感情にだけ真っすぐに向き合っていた。
 
「……あんた、名前は?」

「えっと、花野明莉はなのあかりです」

 その姿を見て。

 他人を意識してちっぽけな自尊心を大事そうに抱える、つまらない人間はわたしの方なんじゃないかと思ってしまった。

 それに気づかされたのが、こんなにも自信がなさそうな奴というのがまた皮肉で、納得いかないのだけど。

「あ、それじゃあ月森さんたちも帰ったようですので、わたしも帰ります」

 そして花野はやはり目線を合わせることなく、わたしから離れて行く。

「じゃあね、花野」

「……あ、はい。……えっと…………」

「ん?」

 なに、やけに間があるな。

「……んぅぃさん」

「え、なんて?」

「それではっ」

 そいつは逃げるように教室を去っていった。

「……あいつ、絶対わたしのこと覚えてない……!」

 こっちは名前をちゃんと聞いたのに。

 ありえない。

 それなりにわたしだって目を惹く存在なのに。

 せめて聞き返すとかするのが普通じゃない……?

 少しも意識されていないという事実に、こんなに腹を立てるのは初めてだった。

「すぐにわたしのことを覚えさせてやる……!」

 そうして、わたしは花野明莉という存在を意識し始めてしまったのだった。

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