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第6章 体育祭
44 恋心は難しい
しおりを挟む紅茶もチョコレートも美味しく頂き、日和さんからのありがたい言葉も拝聴できて、大変満足な時間でした。
わたしは自室に戻り、夕食の時間までお休みしていようかと椅子に腰かけます。
――コンコン
「わっ、はいっ」
すると、ノックの音が響き渡ります。
「私よ」
「あ、どうぞ、入って下さい」
声からするに千夜さんでした。
わたしの部屋に尋ねてくるのは、とても珍しいです。
「失礼するわね」
扉を開けて、千夜さんはどこか視線を彷徨わせながら部屋の中へと足を踏み入れてきます。
「どうしたんですか?何か千夜さんに怒られるようなことをしてしまったでしょうか?」
「なんで怒られる前提なのかしら……。そんなに身構えなくても貴女に文句を言いに来たわけじゃないわ」
いえ、千夜さんがわざわざお部屋に足を運ぶくらいでしたので……。
てっきり、周りの目があっては言いづらいことなのかと思ったのですが。
「冴月との練習は問題なかったかしら?」
「あ、はい。何とかなりましたけど……」
あれ、気のせいでしょうか。
放課後から華凛さんに日和さんも、冴月さんとの練習を心配されている気が……?
そんなに大変な組み合わせに見えたのでしょうか?
「メンバーを決める時や練習の時は、ああは言ってしまったけど。貴女がツラいと感じるのなら無理しなくてもいいわ。もっと相性のいい子と組み合わせるよう働きかけることも可能よ」
千夜さんはメンバーを決める際や練習の時にも、冴月さんに注意喚起する場面がありました。
それは冴月さんの行動を監視するためもあったのかもしれません。
「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です、冴月さんとは何とか上手くやれそうですから」
「そ、そう。それならいいのだけど……」
それで千夜さんの目的は終わりかと思ったのですが。
「……」
「えっと、千夜さん?」
ですが、その視線は床を見つめたまま部屋から動かずにいるのです。
何か他にまだ用事があるのでしょうか?
「その……これは貴女のプライベートなことになるから、そこまで踏み込んだ話をしたくないのなら無理に答えなくてもいいのだけれど……」
「あ、はい」
何と仰々しい前置き。
わたしを相手にそんなかしこまる必要なんてないのですが。
「その、冴月とは……どういう関係、なのかしら?」
「……はい?」
えっと、それはどういう……?
質問の意図が分からず、わたしはきっと頭に“?”を浮かべていたことでしょう。
千夜さんはそれを見て、急にあわてふためき始めます。
「い、いや、答えたくないのならいいのよっ。無理に聞き出そうと思っているわけじゃないから……」
「あ、いえ、そうではなくてですね。特に説明しようがないと言いますか……」
強いて言うならわたしの対局に存在する陽キャ人生を歩んでいる方で……。
後は月森さん達に告白を強いてきた変な人、くらいですけど。
それを今さら掘り出すと、変な話になってしまいそうですし……。
「それは、説明するのが難しいくらい深い関係と言う事かしら?」
「……ん?」
ちょっとやっぱり言ってることが分からなくてフリーズします。
千夜さんの表情を見ようとしても顔を横に反らして、長い黒髪で横顔を隠しているため読み取ることも出来ません。
「その、ほら……わざわざ二人三脚を一緒にしようとするくらいだから、何か関係性があると考えるのが普通でしょ」
「……ああ、まあ、そうですかね」
でも、本当に人に説明できるような関係性はありませんよね。
「あの、普通のクラスメイトですよ?」
少なくとも友達と呼べるような間柄ではないでしょうし。
「その割には、向こうは貴女に随分とちょっかいを掛けているようだけれど」
確かに、謎の絡みをし続けてくる人ではありますけど……。
「何か深いことを知り合っているからこそ、ではなくて?」
「深いこと……」
はっ!?
“冴月さんは月森さんたちに恋をしている”、という重大な事実をわたしは知っています。
確かに、これは深いことかもしれません。
それ以降、冴月さんが妙に感情を露にするようになったのも事実ですし。
「何か心当たりがあるようね」
予想が当たったと感じたのか、千夜さんの声に張りが戻ります。
「いや……でも、そんな大したことでは……」
「大したことがないのなら言えるでしょう、何を知っているの」
い、言えない……。
人の恋路を暴露するなんて、何だか気が引けてしまいます。
「何かを隠しているのね?」
「いやぁ……ちがうんですけどぉ……」
なんて説明のしようのない難しい状況。
千夜さんはようやく表情を覗かせたと思えば、口を強く引き結んでいますし。
そんなに重要なことですか、これ……?
「質問を質問で返すようで申し訳ないんですけど、千夜さんはどうしてそんなこと知りたいんですか?」
「え? えっと、それは……」
すると急に押し黙る千夜さん。
この態度もわたしからすると謎ではあります。
「その、貴女との交友関係に問題ないか、とか……」
「わたしは千夜さんのお友達の話をそこまで深く聞いたりはしませんよ?」
「……あ、まあ、そうだけど……」
だから、わたしの事も聞かないで下さいね?
という意味ではなく、単純にそこまで深く知ろうとする理由が分からないのです。
どうしてそんな表情をコロコロと変えるほど、わたしと冴月さんのことを知りたいのでしょう?
「い、いけない……?」
すると、千夜さんは覚悟を決めたように一度息を呑むと、わたしに真っすぐ視線をぶつてきます。
「貴女のことを知りたいと思う事が、そんなにいけない事なのかしら?」
「……千夜さん」
張り詰めた表情にどこか揺れている声音。
その真剣な思いが空気を伝わって、浸透してきます。
「……そういうことでしたか」
「え、ええ……」
そこまで本気の気持ちをぶつけられたら、わたしも応えるほかありません。
「分かりました、これは千夜さんとの間だけの秘密ですよ」
「……分かったわ」
息を呑む千夜さん。
「冴月さんは、月森さんたちに恋をしているんです」
「……ん?」
「そうです。その事実を知っているから、冴月さんは妙にわたしに厳しいのです。ですから、他に何もありませんから安心して下さい」
「……ええっと……?」
あれ、なぜか千夜さんが頭を抱え始めてしまいましたよ?
「千夜さん、どこか具合でも?」
「い、いえ……思っていたものと違う答えに驚いていると言うか……」
「そうですよね、突然想いを打ち明けられても困りますよね」
「いや、そうじゃなくて……多分、貴女の方が間違っている気がしてならないのだけど……」
そう思いたくなる気持ちも分かります。
あまりのショックにわたしを疑いたくなる気持ちは自然な心の動きでしょう。
「ま、まあ……貴女が困っているわけではないのならいいわ……し、失礼したわね」
「あ、はい。お気をつけて」
「あ、ありがとう……?」
ふらふらしながら部屋を出て行く千夜さんは、最後まで腑に落ちない様子なのでした。
恋心は打ち明けられた方にも、不思議な魔法をかけるのかもしれません。
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