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第3章 日和
14 以心伝心
しおりを挟む「さて、それではご飯を作りましょうか」
家に帰ると日和さんがキッチンに立って夕食の支度を始める。
買い物をしてきた荷物は運んだので、わたしはこれでお役御免だろうか。
「どうされました、花野さん」
「あ、いえ、もうやることもなさそうなので部屋に戻ろうかなぁ……なんて」
華凛さんいわく家事に関しては、日和さんの能力が高すぎて手伝う隙がないらしい。
つまり、ここからわたしの出番はないだろう。
もっと頼られるべきタイミングでお役に立とうと思う次第です。
「お料理の手助けは、お願い出来ませんか?」
「……なんとっ!」
そう思いきや、さっそく日和さんからお願いされてしまった。
効果てきめんの結果で嬉しい限りではあるのですが……。
「実はわたし、料理は全然ダメでして」
包丁とか、まともに使った経験がないのです。
レンチンで済ませてしまう女子力のない女なのです。
「あら、そうでしたか」
「申し訳ないです」
お手伝い出来ないのは残念だけど、こうして頼って貰えるようになったのは前進だ。
うんうん。計画通り。
「でしたら、そこに立っていらしてください」
「……はい?」
あれ、日和さんがちょっと意味のわからない事を言い始めたよ。
「立って、どうするんですか?」
「何もしなくて結構ですよ」
……??
やっぱり意味がわからないままだ。
どうするべきか、思考はグチャグチャになっていく。
「そのままわたしの料理を応援していて下さいな」
「どうしてそんなことを?」
新しいプレイか何かだろうか?
「料理は一人で黙々とやるものですから単調な時間もありまして。ですから話し相手がいればな、と」
「わたしが日和さんの話し相手、ですか?」
「ダメでしたか?」
そんなわけないじゃないですか……!
何の必要性もない場面で話し相手になって欲しいなんて、それこそ距離が縮まらなければ出来ない。
喜んで引き受けましょう。
「是非、お話ししましょうっ!」
「良かったです」
にっこりと笑顔を浮かべる日和さん。
こちら方が満面の笑みを送りたい気分ですよ。
「そう言えば、花野さんは本当に嫌いな食べ物はないんですか?」
「はい、ありません。何でも好きです。出された物は何でも食べますから安心して下さい」
「ですが、油物を摂りすぎたくないとか、そういうこだわりはありませんか?」
「ないですないです。そんなハイレベルなこだわり」
食べられたら何でもいいんです。
むしろ月森三姉妹の方がそういうこだわりがありそうな気が……。
「お飲み物は?」
「いえ、特に」
「ではスキンケアの方を気を遣っていらっしゃるのでしょうか?」
あれ、急に何の話ですか?
ご飯からどうして肌?
「あー……いえ、そういうのも特にしてませんね」
お母さんがパックとか化粧水とか使ってるのは見るけど。
自分では何もしないから分からないなぁ。
化粧もしないから肌も荒れないでしょ、とかタカをくくっている。
「それですのに、そんなに綺麗な肌をしているんですねぇ」
日和さんは関心したように、まじまじとわたしの方を見つめる。
「え、わたしの事ですか?」
「はい、艶のある肌をされていますから。てっきり何か特別なことをされているのかと」
まさか……日和さんからそんなお褒めの言葉を頂くとは。
恐れ多すぎて怖い。
「いやいや、わたしの肌なんて無法地帯ですから。普通ですよ」
「いいえ、なんだかモチモチしていそうですし。赤ちゃんのような肌をしていますよ?」
「あ、赤ちゃん……!?」
なんですか、その評価。
それは褒められているのでしょうか?
多分そうなのだろうけど、この歳で赤ちゃんは複雑な気分だっ。
「可愛らしくていいと思いますよ?」
どう受け取っていいのやら……。
でも日和さんとこういう会話が出来るのは嬉しいなっ。
◇◇◇
夕食の時間。
今日の献立は天ぷらです。
「……なかなか珍しい物を作るのね、日和?」
すると、千夜さんが不思議そうに首を傾げる。
そうか、月森家では天ぷらは珍しい料理なのかっ。
「あら?わたしは千夜ちゃんと華凛ちゃんが天ぷらにして欲しいと伺ったので用意したのですが……?」
「――!?」
し、しまった!
華凛さんのアイディアをそのまま頂戴したのはいいものの、当然千夜さんはそのことを知らない。
このままでは企てがバレて、日和さんと千夜さんに不信感を持たれてしまうのでは……!?
「こ、こら日和。人前でちゃん付けは止めなさいと、いつも言っているでしょう」
だがしかし、千夜さんの反応するポイントはそこではなかった。
珍しく慌てた様子で日和さんに物申していた。
「何を仰るのですか、ここには家族しかいませんよ?」
それに対してあっけらかんと答える日和さん。
その柔軟性、さすがです。
「まだそういうわけには……」
千夜さんがちらりとわたしの方を見る。
どうやら姉妹以外にちゃん付けをされるのを見たくないらしい。
「あら、そんな言い方をしたら可哀想じゃないですか。もう義妹ですのに、ね?」
すると今度は日和さんがわたしの方を見る。
わたしのことまでフォローしてくれるなんて、優しい。
「何にせよ、ちゃん付けはよしなさい」
「あらあら……」
困ったように肩をすくめる日和さん。
千夜さんに意見を押し付けるわけにもいかず、これが日和さんの精一杯のフォローだったのでしょう。
ですが日和さん、何の問題もありませんよ。
わたしからすれば、ちゃん付けに慌てる千夜さんが見れて興奮ものですからね……!
それに日和さんの優しさも感じられて一石二鳥だ。
「それに日和、貴女いつの間にその子とそこまで親し気になったの?」
しかし、千夜さんはむしろそのわたしに対するフォローが気になったのか日和さんを訝しがる。
確かに、今のはどちらかと言うとわたしの方に肩入れをしてくれていた。
バランスを重んじる日和さんにしては珍しい反応だったと思う。
「ええ、だってあかちゃんは可愛いですから」
「ぶほっ!!」
日和さんのぶっ飛び発言で思わず吹き出してしまう。
さっきの話から、そのままわたしを赤ちゃん認定しないで下さいよっ!
「……あかちゃん?」
首を傾げる千夜さん。
そりゃそうですよねっ!
自分の妹が義妹を赤ちゃん扱いしてたら奇妙ですもんねっ!!
「ひ、日和さんっ。いくら何でも赤ちゃん扱いは……」
二人きりならいざ知らず……。
「あらあら、わたしは親愛を込めて言っただけですよ?」
「日和さんの親愛って赤子扱いすることなんですか!?」
いくら何でもお母さんが過ぎませんかっ!?
「……赤子?」
「え?」
なぜか今度は日和さんが首を傾げる。
どゆこと。
「あー、違います違います。“明莉”だから“あかちゃん”って呼んだのですよ?」
「……あー……そういう……」
なるほど。
前後の出来事で勝手に妄想しすぎました。
「貴女……一体、何を考えているの」
そして千夜さんに睨まれる。
そうか千夜さんは“明ちゃん”という愛称に距離の縮まりを感じただけなのか。
あー、わたしだけヤバイ奴じゃん。
「……すいません。恥を晒してしまって」
穴があるならそこに入りたい。
こんな公開恥さらしがありましょうか。
「あら、それでしたらわたしの胸をお貸ししましょうか?よしよし、してあげますよ?」
「……!?」
やっぱり日和さん、赤ちゃん扱いしてませんかねぇ!?
怪しい、実に怪しいんですけどっ!
――ツンツン
「?」
すると横腹に違和感が。
「……ねえ、こら明莉」
その違和感の正体は、隣に座る華凛さんに肘でつつかれていたせいでした。
何やら小声で話しかけてきます。
「どういうことよ、これ」
「……と、言いますと?」
「日和姉はなるべく人に優劣つけたくないから家族以外には“ちゃん付け”しないようにしてるはずなの」
……たしかに、わたしにもずっと“さん”付けでしたものね。
でもだとすると、朗報じゃないですか。
「つまり、わたしも家族と認めてくれたということですね?」
「いや、でもちょっとおかしいのよ」
「……なにがですか?」
「日和姉はあたしたちのこと何て呼んでる?」
「……千夜ちゃん、華凛ちゃん」
「やだ、いきなり華凛ちゃんなんて……」
「え?」
なんでそこをモジモジしながら反芻するんですか?
「な、なんでもないっ。ほら、あたしたちには“名前”に“ちゃん”付けじゃない」
「そうですね?」
「でも明莉にだけ“あか”に“ちゃん”なのよっ」
「たっ、たしかに……!?」
姉妹には【名前+ちゃん】なのに。
わたしには【略称+ちゃん】なのだ。
「この差は、つまり……」
「そうよ、ここまで言えば明莉でもさすがに気付くでしょ……!」
さすがにトンチンカンなわたしでもそこまでヒントを頂ければ分かりますよ!
「つまり日和姉はあんたのことを――」
「日和さんはやっぱりわたしを“赤ちゃん”扱いしているということですね!?」
「……」
それ以外、考えられない。
日和さんはしたたかな人だから、家族への愛称と見せかけてやはりわたしを赤ちゃん扱いしているということ……。
つまり、“わたしを認めるにはまだまだ未熟”だということを暗示しているわけですねっ。
「そういうことですね、華凛さん!?」
「……」
「華凛さん?」
「いつになったら、伝わるのかなぁ!!」
「ええ!?」
完全に伝わったと思ったんですけどね!?
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