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第1章 三姉妹と義妹
01 三姉妹にフラれて義妹になる
しおりを挟む桜が咲き乱れる、高校二年生の春。
わたし、花野明莉は歓喜していた。
「尊い……尊すぎる!!」
思わず、そう悶えてしまうくらいの美貌がそこにはあった。
月森三姉妹。
学園でいちばん可愛いと称されるその三人は、三つ子の姉妹だった。
一人でも学園のアイドルになるであろう逸材が、三人も同時に存在するという奇跡。
進級によるクラス替えによって、わたしはその三姉妹と同じクラスになったのだ。
月森三姉妹が同じクラスになるだけでも奇跡なのに、そこにわたしも入れるなんて。
神様もとんでもないサプライズを用意してくれる。
「ありがたや、ありがたや……」
思わず両手をすりすりして眼前に映る芸術のような三人を崇めてしまう。
わたしはその幸せを噛み締めつつ、教室の端から三姉妹の尊い姿を目に焼き付けて同じ空気を肺に流し込むのだった。
「花野、あんたちょっとおかしいんじゃないの?」
「え……」
そんな幸せを噛み締めるはずの放課後。
わたしのこの感動を踏みにじるような冷徹で非難めいた声音を突き刺してくるのは、以前も同じクラスだった陽キャリア充系女子だった。
「なにずっと月森のことばっかり見てんのよ」
「そ、そんなことは……」
あれ、迷惑にならないようにと思って直接的に眺めるのはかなり控えているつもりだったのだけど。
他人から見てはそうではなかったのだろうか。
いや、仮にそうだったとしても、どうしてこの人にそんなことを指摘されなければいけないんだ?
放っておいてもらえないだろうか。
「あんたの反応は普通じゃないんだって」
確かに普通ではないかもしれない。
わたしの月森三姉妹に対する想いは並々ならぬものがあるからだ。
「あんたまるで月森たちのこと好きみたいじゃん」
「……そうだけど」
そう、わたしは純粋に月森三姉妹が好きである。
それを否定する気はない。
「女同士でただのクラスメイトでしょ?そんな夢中になる?」
「それは、わたしの自由だと思うんだけど」
陽キャ女子は途端に顔をしかめた。
わたしのような地味系女子に自己主張されるのは不満のようだ。
「あんたのは見ててなんか不快なのよ」
「……なんで」
「月森に対する熱量が異常で、他の人達には全く興味を示さない所とかよ」
「……“愛は盲目”って言うし」
むしろ、ほいほいと目移りしてる人の方がわたしには不健全に思えるのだけど。
「いや、女同士で愛っておかしくね」
「いや、これには深いわけが……」
わたしが言葉にして表現している“好き”とか“愛”を、そんじょそこらの表現だと思っては困る。
わたしの愛とは、恋愛感情のような刹那的なものではない。
そもそも付き合いたいとか、そんなおこがましいことは思ってもいない。
そうじゃなくて、わたしは美しい三人の少女たちをあくまで見守っていたいだけ。
つまりこれは、母なる海のように大きく包み込むような感情なのだ。
これを“愛”と表現せずに、何を愛と呼べばいいのだろう。
「前々から思ってたんだけどやっぱり変だわ。あ、ちょうどいいじゃん。あそこに月森たちいるよ」
「……は?」
タイミングが良いのか悪いのか、クラスにはまだ月森三姉妹が残っていて、陽キャ女子は何やら月森三姉妹に声を掛けてわたしの前に連れて来てしまった。
何考えてるんだ、あの人。
「ねー月森?ここにいる花野って子、月森たちのこと愛してるみたいなんだけど、話し聞いてあげられる?」
「――!?」
おいおい、嘘でしょっ、この人!?
なんてことしてくれるんだっ!?
「……二人とも聞いてたかしら、どうやらこの方は私たちに特別な感情を抱いているみたいよ」
その冷たく凛とした声音でわたしを見据えるのは月森千夜。
長い黒髪をストレートに伸ばしている月森三姉妹の長女である。
「あらあら、困りましたねぇ」
ゆったりとした包容力のある優しい声音で返すのは月森日和。
栗色の髪をゆるくウエーブさせている、見た目もほわんとした二女である。
「いやいや、千夜姉。さすがに女同士はないでしょ」
強く荒々しい声音で意見を主張するのは月森華凛。
金色の髪をツインテールで揺らす、活気盛んな三女である。
「え、あの、いや、そうじゃなくて……」
うそうそうそ。
三者三様に圧倒的な美貌とスタイルを持ち合わせる月森三姉妹が、今、わたしのことを話題にしているなんて恐れ多い……あ、いや、今はそうじゃなくて。
これ、わたしがお三方に恋してるみたいに思われてない?
絶対そうだよね?
ちがう、ちがう、ちがうのよ。
わたしはそういうのじゃなくて、もっと純粋な感情で……!
しかし、咄嗟に説明しようとすればするほど思考がまとまらない。
だって憧れの人を目の前にしているだけで緊張するのに、あらぬ誤解もうけているのだ。
これで落ち着ける方がどうかしている。
「そういうことよ。貴女には悪いけど、ゆめゆめ叶わぬ願いを抱かぬように」
そんなわたしの躊躇など伝わるわけもなく、長女である千夜さんに情け容赦なく拒否られた。
千夜さんはその一言で満足したのか、わたしからすぐに視線を反らし立ち去っていく。
「ごめんなさい、でもお気持ちは嬉しかったですよ」
日和さんはわたしに会釈しながら、千夜さんの後に続いて行く。
「ドンマイ」
華凛さんは興味なさげに告げると、二人の姉の後を追った。
「……え?」
な、なぜ、こんなことに。
「あーあ。残念だったね」
教室から月森三姉妹の姿が消えると、陽キャ女子は半笑いだった。
マジでこの人、わたしが悲しむの楽しんでいるだけじゃなかろうか。
「残念っていうか、わたしそんなのじゃないって……」
「言い訳とか、見苦しいよ?」
そして陽キャ女子は、ぽんとわたしの肩に手を置いた。
「フラれたね」
そこには嘲りと、見下しの感情しか垣間見えなかった。
……ていうか。
そういう意味じゃないのにいぃぃぃっ!!
そもそも、わたしの愛ってそういう安っぽいものじゃなくてえええぇぇぇっ!!
ああ、でもいまさらこれを説明しても絶対フラれた後の言い訳だと思われる。
最悪だ。
もう、完全に何もかも手遅れ。
こうして、わたしの春はあっけなく散るのだった。
◇◇◇
「あー、もう最悪」
家に帰りベッドにダイブする。
月森三姉妹と一緒のクラスになれて喜んでいたら、いきなりフラれて爆死とか。
最悪すぎる、控え目に言ってメンタル崩壊だ。
傷ついた心を癒すには現実逃避しかない、寝るか。
「明莉ー?今、いいかしら」
――ガチャリ
と、扉が開かれる。
お母さんだった。
「いきなり部屋に入ってこないでよっ」
ていうか返事待たないなら、聞いてくる意味ないと思うんですけど。
あと、今誰にも会いたくないんですけどっ。
「ごめんごめん。それでね、明莉に話しておきたいことがあるんだけど」
絶対わたしの話テキトーに聞き流してる。
ごめんって言っとけば済むと思ってる。
「なにさ」
もぞっ、と寝返りをしてお母さんの方に顔だけ向ける。
話があるなら手短にしてもらいたい。
「お母さんね、再婚することにしたから」
……。
なるほど。
サイコンね。
……再婚!?
「いきなりすぎじゃないっ!?」
ガバッと思わずベッドから体を起こす。
さっきから展開がジェットコースターでついてけないんですけど!?
「いやー、お母さんもまさかこんなことになるなんてビックリ」
おほほほほ、と高笑いする。
なにそのテンション。
わたしは不幸のどん底で、お母さんは幸せの絶頂。
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「そんなのわたしも想像できないしっ」
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……。
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――というわけで。
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「このお家ね」
「ほんとにお母さん、再婚したんだ……」
さすがに家の前まで連れて来られると現実味が増してくる。
それと、知らない人たちとこれから家族になるという緊張感も同時に襲ってきた。
「本当。それじゃ行くわよ」
「あ、はい」
インターホン押すと、男の人の声が対応してくれた。
お母さんは余所行きの声で返事をすると、そのまま家の中に入って行く。
あ、そう言えば何ていう名前の方なんだろ。
表札とか見忘れたな……、ま、いっか。
「こちらの方が月森さんとその娘さんたちよ」
聞き馴染みのありすぎる苗字だった。
ま、まっさかぁ……。
「――えっ!?」
そして、その光景に戦慄する。
居間には、朗らかな男性。
そ……そして、その横には見目麗しい三人の娘さんがソファに座っていた。
わたしは驚きのあまり息が止ま……止まって……
「がはあっ!!」
「明莉!?なに変な声出してるの!?」
そりゃそうだっ。
そして三人の娘さんたちも、わたしを見て目を見開いていた。
「貴女、さっきの……」
千夜さんの凛とした声は言葉を失い。
「これは大変。驚きましたねぇ?」
日和さんのおっとりとした声音も動揺を隠せず。
「マジ、さすがにヤバイでしょ」
華凛さんの刺々しい声と視線がわたしに突き刺さる。
「つ、月森さんって……月森三姉妹の……」
そして、その衝撃はわたしも同様である。
フラれた直後で会いづらいというのに、まさかこんな形で再会してしまうだなんて。
しかも、これからは他人としてではなく……。
「月森さんの娘さんたちは、明莉より誕生日が早いみたいだから、同い年だけど立場上はお姉さんってことになるのかしらね」
母が衝撃の事実を余すことなく伝えてくれる。
「つ、つまり、わたしは月森三姉妹の義妹ってことに……?」
そ、そんなバカなことが……。
あ、あれ、じゃあ月森四姉妹……?
「そうなるわね」
「ぐはあああっ!?」
「明莉!?なんでまたおかしな声を出すの!?」
ま、まさか……そんなことが……。
フラれた三姉妹の義妹になってしまうだなんて。
乙女の花園、その深淵に足を踏み入れてしまった瞬間だった。
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