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第三部【後編】

20 異能第一世代

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 冬夜の街に光が灯り始める。淡い街灯が照らす公園は仄暗い。
 敷き詰められた細かい砂の上を、雪がうっすらと白い絨毯のように積もり始めていた。

 自らの両手を見つめる咲の顔は今にも泣き出してしまいそうなほど弱々しく、彼女の小さく震える肩を抱きしめそうになった照は、直前で思いとどまり自らの手を下して強く握り締めた。

 僕には彼女を慰める権利も励ます資格もない。
 だが、彼女を守ることが今の自分の存在意義なのだ。
 彼女の痛みを取り除くためだけにこの身を捧げ、死力を尽くそう。

 自分の不甲斐無さに照は奥歯を噛みしめた。
「……もっと注意しておくべきだった」
   
「どういうことなの……」
 照を見上げた咲の瞳はまるで半身を失ったかのように深い悲しみで満ちていた。

「サイコメトリーはそこに存在するモノ、そこにある記憶を読むだけの能力だ。ないモノは当然読むことができない。僕は君の記憶をデリートした。完全ではなかったにしろほぼ百パーセント削除した。でも、室長はそれをリカバリーしたんだ」

「室長の異能はサイコメトリーではなく、記憶を復元させるということ? でも、それが私が異能を失ったことに何の関係が……」

「もしそれだけじゃなかったら? 異能で対象者の知識や技術、そして異能を切り取ることが出来るとしたら……、君が異能を失った理由も説明が付く」

「そ、そんな……」

「いますぐ異能管理室に戻ろう。室長に直接会って確かめるんだ。とりあえずそれまでは僕の拘束は保留にしといてくれ」

 強い意志が籠められた照の瞳に咲は頷き、踵を返した。新雪を踏みつけて進む二人の足跡が小さな公園に残されていく。



 
「緊急走行で、本部までお願いします」
 後部座席に乗り込んだ咲が無人の運転席に向かって指示を出した。

【カシコマリマシタ】

 咲の命令に反応した車両が起動音と共に車内の電子機器を立ち上げ、中央モニタとヘッドライトを点灯させる。ワイパーでフロントガラスに薄く積もった雪を振り払い、二人を乗せた緊急車両はサイレンを吹鳴させて滑らかに走り出した。

 外気との温度差によって雪がぶつかっては溶けていくフロントガラス、照はその先に広がる不穏な灰色の雲を見つめていた。

「この前に訊いた収容施設に送られた異能者が異能を失うって話……、キナ臭いと思ったんだ。異能がなくなるなんて通常では考えられない」

 ハッと瞳を大きく開いた咲は隣に座る照を見つめた。
「ま、まさか室長が!?」

「ああ……、おそらく室長が関わっている可能性は高い」

「で、でも……、一体なんのためにそんなことを……」

 今まで一度も見せたことのない険しい表情で前方を見つめる照に咲が訊くと、照は隣に座る咲に視線を移した。

「……室長は確か四十五歳だったな」
「え、ええ……」
 咲は小さく頷く。

「異能第一世代だ」

 照が発した単語は異能者のみならず、誰もが知っている言葉だった。しかしそれは暗黒の時代の呪われた言葉―――。

「異能第一世代……、異能が発現し始めた最初のティーンエイジャー」

 息を呑んだ咲に対し、照はしっかりと頷く。

「時代が移り変わりだいぶ色あせてきているが、第一世代が異能者にとって地獄だったことは周知の事実だ。未知の感染症患者として収容され、自由を奪われた挙句、そこで待っていたのは長期間にわたる隔離と繰り返される人体実験、心身共にボロボロになって外に出てからも続くいわれのない差別、恐怖に駆られた市民からの暴行、そして殺戮……。あの世代の生き残りは少ないが、政府や社会に恨みを持っている者がほとんどだろう」

「……つまり室長の目的は異能を集めて、国家に復讐すること?」

 咲の顔が真っ青に染まった。
 照は咲を思いやり、声色を和らげる。

「これはあくまで僕の勝手な妄想だよ……。だけど、もしそうなら最悪の結果になりかねない。とにかくそれは本人に会って確かめよう。いまならまだ室長がなんらかの行動を起こす前に止められるかもしれない」

 異能を失った動揺を引きずり、気持ちを切り替えせないでいる咲は照の言葉にただ頷くことしか出来なかった。

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