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3 ドラム缶コンクリート

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 スライドドアから蹴り飛ばされた僕はよろけながら後部座席に倒れ込んだ。結果的に先に後部座席に座らされていた彼女の胸に顔を埋める格好になってしまった。

「ちょ、ちょっと何をしているのですか! 離れてよ!」

 彼女は僕の顔を自分の胸元から引き離そうと身体を左右に揺らし動かす。しかしながら後ろ手に手錠を掛けられた状態では上手く動くことができず無駄にターンを重ねるばかりだ。
 顔を赤らめて嫌がる彼女の姿が必至過ぎてなんだか笑えてきた。しかしこのまま無礼者扱いされるのは癪だし、なんとか態勢を戻した僕は冷静に弁解を述べる。

「不可抗力でしょ。ていうか、思ったより無……」
「あなた今なんと言いましたか!?」
「いや、なんにも」

 僕は眼を閉じて首を振り何も見なかったことにした。

「くっ……、この状況になにか身に覚えはありますか?」
「さあ? あり過ぎて分からないや」
「まったく、どうしてくれるのですか?」
「うーん、どうしようか?」

「静かにしろ!」
 夜だというのにグラサンを掛けた黒服男に顔面を殴られた僕の視界は暗転し、呆気なく意識を失った。


◇◇◇


「……いてててぇ」

 ぼやけた視界に薄暗い部屋が映し出される。自分が壁に寄りかかって座っていることに気付いた。鼻血が固まって呼吸がしづらい。制服の白いワイシャツには赤い斑点が落ちていた。
 
「気付きましたか?」

 手錠を嵌められた彼女が僕と同じように床に座っていた。彼女が声を掛けてくれたことに若干驚きながらも僕は周囲を見回す。
 室内であることは確かだ。建物の造りからして倉庫だろう。広さは一般的な体育館ほどで、前方に入口らしき大きな鉄製の引き戸が眼に入る。僕らが座らされているのは体育館でいうところのステージ側といえる。つまり出入口からは最も遠い場所である。

 倉庫の中央には薄汚れたローテーブルが置かれており、テーブルを囲む様に四人掛けの本革のソファーが二台とリクライニングチェアーが二台配置されていた。
 ソファーには僕らを攫った黒服の男たちが座っている。いま確認できる黒服の人数は四人だけ、他の四人はどこかに行ったのだろうか?

「ここは?」
 僕が彼女にだけ届く程度の声量で尋ねると、彼女は前方を向いたまま身体を少しだけ僕の方に倒した。
「どこかの港にある倉庫のようですね」
「てことはドラム缶コンクリートコースかな?」
「なぜ私まで……」

「まあまあ、一人は寂しいから一緒に沈もうよ」
「結構です。おひとりでどうぞ」
「早くデレないかなぁ」
「あなたは何を言っているのですか、この非常時に……」

 僕らの会話に気付いた黒服の一人がソファーから立ち上がり近づいて来た。そいつは僕の前に立つと僕の髪を鷲掴みにして力任せに引っ張り上げやがった。
 禿げたらどうするんだこの野郎……。

「お前、会長のお孫さんに手を出したそうじゃねぇか……」
「……どちらのお孫さん? 女だよね? スリーサイズと性癖を……」

 男は僕の顔を平手で打った。弾かれた頬はジンジンと熱を帯びて血の味が口腔内に広がっていく。

「つまんねぇこと言ってんじゃねえ、ここでバラすぞテメェ」
「止めとけ。会長が来る前に殺したらお前が殺されっぞ」
「だとよ、寿命が数分ばかり延びたな小僧」

 仲間に抑止されて踵を返した男は再びソファーにドカッと腰を沈め、タバコを咥えて寛ぎ始める。薄汚れたローテーブルの上には人数分の銃、それから彼女のトンファーとデバイスが置いてあるようだ。

 僕は隣に座る少女に小声で話しかける。
「君も異能力者だろ? なんとかできないの?」

「……残念ながら午前から夕方に掛けて大規模なレイドがあったので今の私はガス欠状態です」
「レイド? ネトゲ?」
「あなたのような悪意のある異能者が集まり組織された集団を壊滅させることです」
「やれやれ、そんな状態で僕の監視をしていたのか、舐められたものだ。なら選択肢は一つしかない。僕の異能を解放しろ」

 彼女は小さく首を振った。

「デバイスはトンファーと一緒に奴らに没収されてしまいました。あのテーブルの上にあるようですが、例え回収できても両手が後ろ手に拘束されている状態では操作は難しいでしょう」

 声を抑えて冷静を装っているが極度の緊張状態にある彼女の制服は汗で滲んでいる。

「音声入力はできないのか?」
「それは……、できますが……」
「よく聞くんだ。僕は殺されるだろう。君は犯されて殺されるぞ」
「……」

 自分が男たちに輪姦される姿を想像しているのだろうか、少女の顔から若干血の気が引いていく。

 倉庫の巨大な扉がゆっくりと開き始めた。灯台の眩い光によって薄暗い倉庫が照らされ、いくつもの人影が投影される。
 ソファーで寛いでいた男たちが颯爽と立ち上がり、大勢の部下を伴って倉庫に足を踏み入れたボスらしき男を出迎えるために走り出した。

「今がチャンスだ、早くしろ!」
「……ランクEのあなたにこの状況を打開できるのですか?」
「スーパーマオリブラザーズの1の1をクリアするより余裕だね」
「……私はいつも最初に出てくる栗坊主にやられてしまいますが……」

 彼女は聞こえるか聞こえないかくらいの小声でそう呟いた。

「嘘だろ!? しょぼ過ぎ!」

 見る間に顔を紅潮させていく彼女は少し俯いて咳ばらいをする。

「と、とにかく…………仕方ありません。《リリースコール・アカウント01》!」

 テーブルの上にあるデバイス画面にブルーライトが点灯し、
【リリースコール・アカウント01認証シマシタ】

 デバイスが彼女の命令を復唱した。

 
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