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2 ランクE

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 両手に手錠をかけられた僕は公園の横に停車する型の古いセダンの後部座席に乗せられ、僕の隣に彼女が座った。繁々と彼女の横顔を見つめる僕を無視して彼女は無人の運転席に向かって声を発する。

「本部までお願いします」
【カシコマリマシタ】

 無機質な機械音声がスピーカーから鳴り響き、エンジンをスタートさせた車両は滑らかに自動運転で走り出した。
 僕と彼女を乗せたセダンは住宅街を抜けて繁華街に入っていく。ネオンの光が窓ガラスに反射している。窓の外を眺めていた僕は夜の街の灯りに目を窄めた。

「ねえ、訊いてもいいかな?」

 仏頂面で前方を直視していた彼女の長いまつ毛がピクリと動く。
「……なんでしょう?」
「何歳?」
「……十六になります」
「高校一年?」
「……はい」

 僕に対する興味も警戒も特になさそうだが返事はまだまだ固い。少しでも心を開いてくれれば付け入る隙ができそうだけど、それは難しそうだな。

「僕の一学年下か、金髪に緑の瞳ってハーフなの?」
「違います」
「クウォーター? ヨーロッパ系?」
「……エストニア、フランス、インドネシア、日本です」
「彼氏はいるの?」
「……いません」
「うっそ! そんな可愛いのに!? 信じられない! もったいないなぁ……」

 大袈裟に声を上げた僕に彼女はなに一つ感情を見せず瞳を閉じた。

「あなたには関係ありません」
「あ、ひょっとして処女だったり?」

 閉じていた瞳が再び開かれ、彼女の視線がギロリと僕を睨む。
「質問はもうよろしいですね」

 その語気は強い攻撃性を孕んでいた。確信を付かれたときの人間特有の苛立ちが含まれている。

 ああ、処女なんだ……、解りやすい子だなぁ。

 手錠の掛けられた両手を上げて僕は人差し指を立てる。
「待って最後に一つだけ!」

 ふぅ、と小さく息を付いた彼女は再びフロントガラスの向こう側を見つめた。
「……最後ですよ」
「どうして僕の異能が効かないの?」

 その問いに答えるべきか黙っているべきか、しばらく逡巡した彼女は「……本来ならば話す必要もないことですが」と断りを入れて「今後、あなたは収容施設を出る事はないのでお話しましょう」と携帯型デバイスを取り出し画面をスワイプしていく。
 この位置からはハッキリと観えないが、デバイスの画面には顔写真と文字の羅列が映し出されているようだ。

「八重山照、年齢十七歳、異能レベルは最弱のランクE、属性は雷、極めて微弱な雷しか発生させることしかできない。ですが、恐ろしいことにあなたの異能は微弱な電気を電気信号として脳を刺激し対象者の身体を操ることができる。また、脳を介さなくても筋線維を直接刺激することで操作することも可能。原理的には筋電義手などに応用されている技術と同じですね。そこで我々は本件の対策としてこのデバイスを開発しました。このデバイスから発生する電磁波が周囲の微弱な電気を打ち消しているのです」

「なるほどね。しかしまさか異能を利用した悪行がバレているとは思わなかったな。僕の異能はパイロキネシスとかサイコキネシスとかと違って目立たないし証拠が残りにくいのが長所だったんだけどな」

「あなたの言う通り、闇に葬りさられた事件や事故として処理された事案も多いはずです。厚生局異能管理室の資料によれば異能が発覚したのは五歳のとき、リモコンなしにテレビの電源を入切りしていたことから発覚、その翌年、監視対象に指定されるが特に目立った行動や周囲に与える大きな影響はなく二年で監視対象から外されています。しかし十六歳のときにクラスの男子生徒ら三人の同級生が窓から転落死する事件が発生、異能管理室はこれを八重山照の異能による可能性が極めて高いと判断し再び監視対象となる。そして、現行犯で拘束するためにアナタが能力を使用するまで監視していたという訳です」

「人が殺されるまで待っていたのか? 随分な人でなしだぁ……」
「彼らが社会のゴミであることには変わりませんから」
「おお、言うねぇ。君とは気が合いそうだよ」

 彼女はふん、と憂鬱そうに溜め息を吐いた。視線は相変わらずフロントガラスの先を見つめている。

「それにしても異能名が『マリオネットホリック』とありますが、自分で付けたのですか? 随分短絡的というか安直というか、幼稚というか……」

「ん? ああ、自分で付けたさ、分かり安いし通り名としても覚えやすいだろ?」
「……そうですか。まあ、私にはどうでもいい事ですが」

 なんだかんだ言いながら彼女は結構自分から喋っている。本当は話好きで寂しがり屋なのかもしれない。ツンデレってやつか?

 ―――そのときだった。

 後方から突き上げられるような激しい衝撃と共に車両がノッキングを起こす。僕の身体はシートから投げ出され助手席背面に激突した。つくづくシートベルトはしっかり付けておくべきだと思う。衝撃でリアガラスが割れてクモの巣状にヒビが入る。どうやら後ろから追突されたようだ。車両は追突された勢いで安全装置が働き道路の路肩に寄って自動的に停車した。

 間断なく二台の黒いワンボックスカーが前後を挟んで急停車する。ワンボックスカーから降りてきた黒服の男たちがあっという間にセダンを取り囲んだ。総勢八名、どいつもこいつも堅気ではないことは一目瞭然、異能を封じられているこの状況では逃げられないだろう。

「降りろ」
 黒服の一人が後部ドアを開け、反対の手で僕に銃を突き付けた。
「手を後ろに回せ」

「回せないよ、ほら」
 僕は手錠がかけられた自分の手を上げて彼らに見せた。

「ふん、手間が省けたな。おい女、お前もだ……、車から降りろ」

 表情を一切変えずに車から降りた彼女は毅然と男たちを睨み付けている。

「この女はどうしますか?」
「小僧にワッパを嵌めたのはこの女か? だとしたら公安関係かもしれん。顔を見られているからな、一緒に攫うぞ」
「了解。では手を後ろに回してもらおうか、お嬢様」

 深く長い溜め息を付いた彼女は言われた通りに手を後ろに回し、その両手に手錠がかけられた。

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