皇女様の女騎士に志願したところ彼女を想って死ぬはずだった公爵子息に溺愛されました

ねむりまき

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 衝動にまかせ、結婚の申し入れをしてしまった初めての出会いから3年。

 一時は完全に心に穴が空いたようになり、それでも自分には彼女しかいないのだと、仕方なく再び彼女と向き合った。

 それでも、あの時と同じ気持ちが再び芽生えることは難しく……
 例え彼女が自分のそばにいたとしても、一生その心を本当の意味で自分のものにする事はできないのだと、どこかで線引きをしていた。

 それが、あの心を射抜かれた瞬間の彼女の気持ちを初めて知ることになり、それまであったことの全てが、過去へ過去へと遠ざかって行って、まるで追体験をしているかのように、あの頃の夢中になっていた鮮明な感覚が蘇ってきた。

 それからというもの、再び生きる意味の全てとなった君。

 白い手袋を握りしめて、窓からどこからともなく舞ってきた花びらを見ていると、呼び掛けられて部屋を出た。

 蝶が舞い、ピンクや紫に黄色といった色とりどりの花に囲まれた美しい庭。
 その中に佇んでいる彼女は、まるでこの世のものとは思えないほど儚げで、ゆっくりとこちらを振り返った。

 純白の色をした軽やかなロングドレスに、肩元が露わになった白い長袖の両腕の先には、オレンジ色の花束が胸元の高さで握り締められている。

 長い亜麻色の豊かなウェーブがかった髪が垂れ下がるその頭の上には、やはりオレンジ色をした花輪が付けられていて、そこから下に向かって薄いベールがその髪の毛全体を覆っていた。

 大きな薄茶色の愛嬌のある瞳に、けぶるような亜麻色のまつげ、バラ色をした頬に、薄く紅を差した可憐な唇。

 この世で唯一の、安心を与えてくれるその穏やかな表情が満面の笑みに変わって、こちらに向かって声を張り上げた。

 ******


「アルフリード! 準備できたよ!」

 初めて見た黒くて、金色の飾りが所々に付いたヘイゼル家の婚礼用の正装を身につけたアルフリード。

 後ろに流されて固められた黒髪によって、どこからどう見ても端正で麗しいという表現しか出来ない彫りの深い顔立ちがあわらになっていた。

「これがエルラルゴが用意してくれたドレスなんだね。まるで、君とこの庭園のためだけに作られたかのように、どちらにもよく似合っているよ」

 彼は私の頬に手を当てて、顔を近づけると、耳元でそう囁いた。

 約束通り、王子様はそういう風になるようにこのドレスをデザインしてくれた。
 彼からの第一声がそれだったなんて、私達の狙いは大成功だったという訳だ。

 アルフリードは私の頬に唇をあててキスをした後、再び耳元に顔を寄せてきた。

「エミリア、すごく……すごく綺麗だよ。今までみてきた、どんな君よりも」

 その声がとてもくすぐったくて、頬が紅潮するのを感じながら、彼の顔を正面から覗いた。

「アルフリード、あなたも、すごく素敵。いつもそう思ってるけど……今日はそれ以上に、一際カッコ良く見えるの」

 恥ずかしながらも、本当のことなのでそういうと、最初はウットリとしていた表情の彼だったけど、次第にどこか真剣なものに変わっていって、目を瞑りながら顔を近づけてきた。

 私はとっさに自分の唇に手をあてて、

「ここはまだダメ! 今日の初めてはもう少し待ってて? その方が特別な気分になれそうだから……」

 自分で言っていて、またまた恥ずかしくなってきてしまい下を向いてしまった。

「僕は別に10分に1回だって、1秒に1回だって何度でも構わないけど、君がそうしたいって言うなら……それに従うよ」

 彼は私の髪の毛の一房を手に取ると、イタズラげに目線だけをこちらに向けながら、そこにチュッと口づけした。

 ……そう。彼はあの日以来、私と一緒にいる時は10分に1回と言わずに、だいたい5分に1回くらいの頻度でキスを求めるようになってしまっていた。

 そうしないと病気になってしまうと駄々をこねて。

 ただ、そんな彼に私もまんざらでは無くて、言われるがままに求めに応じていたけど、今日のこの日だけはなんとか押し止めることに成功したみたいだ。


 そして庭には、公爵様とクロウディア様をはじめ、私の家族みんなにルランシア様、そして私の準備をしてくれた王子様とあとから皇女様もいらっしゃって、その儀式が穏やかなお昼前の空の下、こじんまりと執り行われたのだ。

 時間になると、私達の前には2つの指輪が運ばれてきた。

 一方には少し大きめの青いサファイアが、そしてもう一方には、中央に赤い小さなルビーが輝いていて、その左右にリングに沿って緑色のエメラルドが3つずつほど嵌め込まれている。

 以前にも一度見たことがある2つの指輪だった。
 夜のライトアップされた庭園で、お食事を楽しむことができる1日1組限定の貸切レストラン。そこで、彼に渡されそうになった時のことだ。

 それ以来、見ることのなかったルビーとエメラルドのリングを彼は手に取ると、花束を抱えていない私の左手の薬指に、スッと嵌め込んだ。

 私もサファイアが乗っている指輪を手に取ると、彼の骨張っていて、長いその薬指に同じように嵌めた。

 正面にいる彼を見ると、溢れ出すような幸せそうなオーラを隠すこともなく、その顔に爽やかで上品な微笑をいっぱいに広げて、輝くような焦茶色の瞳で私のことを見つめていた。

 私の胸の内からはこの瞬間に、一気に次から次へと感情が高まるような何かが込み上げてきて、体全体を包み込んでいった。

 きっと、この感覚が”幸福に包まれている”という状態なんだろうな、と見つめ合っている私たちを見守っている家族や皇女様たちの存在を感じながら、フッとそんな直感が降りてきた。

 そして、私とアルフリードは約束した通り、今日の初めての口づけを、とろけそうなくらいに長い口づけを、思う存分に味わった。


「アルフリード様、エミリア様。ご結婚おめでとうございます!!」

 内輪だけの婚礼の儀が一通り済んだ後、時間を置いて夕暮れが訪れる少し前。

 ヘイゼル邸には次々と招待客が到着して、中庭が見える大舞踊室の窓のところに集結していた。

 窓はガラスが全部取り払われていて、庭と舞踏室がそのまま行き来できるような状態にされていた。

 そして、そんな大勢の人々が待っているそこへ向かって、お花の咲き乱れている庭の奥の方からアルフリードは白いドレスを身にまとった私のことを抱きかかえて見つめながら、ツカツカと歩みを進めた。

 私たちの前には、甥っ子のリカルドや親戚や知り合いの小さな可愛い子ども達が花びらのシャワーを振りまいて、天使みたいに先導をしてくれている。

 そして式の間、私たちのサポートをしてくれるお友達のご令嬢たちがブライズメイドとしてお揃いの淡いピンク色のドレスを着て、私たちの後ろを一緒に付いてくれていた。

「このシチュエーションは、3年前の婚約式を思い出しますな」

 今回も王子様がプロデュースして、帝国の伝統的な式の飾り付けをさらにスタイリッシュに仕上げた大舞踏室の中へとアルフリードが進むと、たくさんの歓迎の拍手とともに、そんな声も聞こえてきたのだった。

 ……それは、初めて中庭のテラスで彼に口づけをされて気絶してしまった私を、ここまで運び入れたという、そのシチュエーションのことを言っているみたいだ。

「アルフリード……私は歩いて行けるって言ったのに、こんな格好で登場しようと言ったのは、わざとだったんだね?」

 一段とキラキラとしたオーラをまとって、とても人当たりよく微笑みながら人々からの祝福を一心に受けている彼に向かって、私は小声を掛けた。

 すると、彼はチラリと私の方を見やって、爽やかな表情をしながらも、意味深な様子で何も言わずに一瞬ニヤッと口元だけに笑みを浮かべたのだ。

 はぁ……やっぱり!
 とは思ったものの、今日は彼にとっても特別な日なのだから、好きなようにさせてあげようと思い直した私は、そのまましばらくの間お姫様抱っこで、ここにいらっしゃる招待の方々全員とご挨拶をするハメになったのだった。

 そして……
 空も薄暗くなって、外のお庭はライトアップされ、舞踏室の中も照明がいい具合に落とされたムード漂う雰囲気の中。

 高い吹き抜けのこの舞踏室は2階にも入り口が設置されていて、アルフリードがはめている青いサファイアの指輪と同じ色のドレスを着てお色直しをされた私は、そこから再び会場へ入った。

 お食事や談笑を楽しんでいた人々は、スポットライトが当たっているこちらを一斉に振り返ったので、私はその注目を浴びてしまったことにドギマギとしていた。

 すると、横から手が差し伸べられて見ると、アルフリードが“大丈夫”と声に出さずに口だけ開いて、優しい控えめな微笑を浮かべていた。

 きっと、この帝国で最も有名で力を持っているヘイゼル家の一員となれば、こうして注目を浴びてしまう事もたくさん起こるに違いない。

 それでも、こうしてそばにいて微笑んでくれる彼と一緒なら、どんな事も乗り越えられる。
 そう不安が取れるのを感じ始めた私は、彼と同じように口だけを開いて“ありがとう”と微笑むと、その手を取って下へと続いている豪華な階段を降りていった。

 ゆったりとした、ロマンティックな音楽が流れる中、私たちはその広い会場で優雅に踊り始めた。

「エミリア、髪も上げて、そのイヤリングをしてくれたんだね。何もかもが完璧で、美しすぎてどうかなってしまいそうだよ」

 体を引き寄せて、私の頭にその横顔をもたらせながら、彼は切羽詰まったような声でそう言った。

 このお色直しで身につけたイヤリングは、以前私の誕生日にアルフリードがイメージして、王子様がデザインを固めて製作されたものだった。
 ダイヤモンドが散りばめられていて、耳につけるとユラユラ揺れる感じの、アップヘアによく似合うアクセサリーだ。

「君の細いうなじが露わになるこのスタイルが……すごく好きなんだ」

 彼は耳元で体の芯が痺れるような、甘い言葉を急に投げかけてきた。

「ちょっと……アルフリード、なんだか変な気分になってきちゃうから、突然そんなこと言わないで?」

 彼から少し身を離して焦って叱責するように言うと、彼は全く動じることなく少し微笑みながら私のことを見つめると、有無を言わさぬように目をつむって唇を合わせてきた。

 いつものようにダンスタイムとなると体がフワフワと浮いてきて、彼と2人きりの感覚に陥ってしまっていた私は、抵抗することもできずされるがままに、目をつむって彼の口づけを受け入れる他なかった。


「エミリア様、これで準備が整いました」

 そして、夜も更けた頃、盛大なる結婚披露宴は華やかにお開きを迎え、私は皇族騎士団の白い制服をプレゼントされた部屋に移動していた。

 今日から、ついに私が正式に暮らすお部屋となる場所だ。

 その併設されたバスルームにて、メイドのロージーちゃんとそのママのマグレッタさんは今日1日の疲れをほぐしてくれるかのように、私のことを綺麗に清めてくれた。

 そして、胸元にフリルのついた新調したネグリジェを私に着せて、広い天蓋のベッドの上に案内すると、そのまま2人は部屋を後にしていった。

 アップにしていた髪の毛も今は解かれていて、私はベッドの中央にひざを折り曲げて座り込んだまま、そのサラサラとした髪の毛を片方の肩に一つに寄せて、自分の手で静かに何度も梳いていた。

 そして、

 コンコン

 と、隣りの部屋との中扉から、ノックの音が聞こえてきた。
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