158 / 169
エピローグ
1
しおりを挟む
衝動にまかせ、結婚の申し入れをしてしまった初めての出会いから3年。
一時は完全に心に穴が空いたようになり、それでも自分には彼女しかいないのだと、仕方なく再び彼女と向き合った。
それでも、あの時と同じ気持ちが再び芽生えることは難しく……
例え彼女が自分のそばにいたとしても、一生その心を本当の意味で自分のものにする事はできないのだと、どこかで線引きをしていた。
それが、あの心を射抜かれた瞬間の彼女の気持ちを初めて知ることになり、それまであったことの全てが、過去へ過去へと遠ざかって行って、まるで追体験をしているかのように、あの頃の夢中になっていた鮮明な感覚が蘇ってきた。
それからというもの、再び生きる意味の全てとなった君。
白い手袋を握りしめて、窓からどこからともなく舞ってきた花びらを見ていると、呼び掛けられて部屋を出た。
蝶が舞い、ピンクや紫に黄色といった色とりどりの花に囲まれた美しい庭。
その中に佇んでいる彼女は、まるでこの世のものとは思えないほど儚げで、ゆっくりとこちらを振り返った。
純白の色をした軽やかなロングドレスに、肩元が露わになった白い長袖の両腕の先には、オレンジ色の花束が胸元の高さで握り締められている。
長い亜麻色の豊かなウェーブがかった髪が垂れ下がるその頭の上には、やはりオレンジ色をした花輪が付けられていて、そこから下に向かって薄いベールがその髪の毛全体を覆っていた。
大きな薄茶色の愛嬌のある瞳に、けぶるような亜麻色のまつげ、バラ色をした頬に、薄く紅を差した可憐な唇。
この世で唯一の、安心を与えてくれるその穏やかな表情が満面の笑みに変わって、こちらに向かって声を張り上げた。
******
「アルフリード! 準備できたよ!」
初めて見た黒くて、金色の飾りが所々に付いたヘイゼル家の婚礼用の正装を身につけたアルフリード。
後ろに流されて固められた黒髪によって、どこからどう見ても端正で麗しいという表現しか出来ない彫りの深い顔立ちがあわらになっていた。
「これがエルラルゴが用意してくれたドレスなんだね。まるで、君とこの庭園のためだけに作られたかのように、どちらにもよく似合っているよ」
彼は私の頬に手を当てて、顔を近づけると、耳元でそう囁いた。
約束通り、王子様はそういう風になるようにこのドレスをデザインしてくれた。
彼からの第一声がそれだったなんて、私達の狙いは大成功だったという訳だ。
アルフリードは私の頬に唇をあててキスをした後、再び耳元に顔を寄せてきた。
「エミリア、すごく……すごく綺麗だよ。今までみてきた、どんな君よりも」
その声がとてもくすぐったくて、頬が紅潮するのを感じながら、彼の顔を正面から覗いた。
「アルフリード、あなたも、すごく素敵。いつもそう思ってるけど……今日はそれ以上に、一際カッコ良く見えるの」
恥ずかしながらも、本当のことなのでそういうと、最初はウットリとしていた表情の彼だったけど、次第にどこか真剣なものに変わっていって、目を瞑りながら顔を近づけてきた。
私はとっさに自分の唇に手をあてて、
「ここはまだダメ! 今日の初めてはもう少し待ってて? その方が特別な気分になれそうだから……」
自分で言っていて、またまた恥ずかしくなってきてしまい下を向いてしまった。
「僕は別に10分に1回だって、1秒に1回だって何度でも構わないけど、君がそうしたいって言うなら……それに従うよ」
彼は私の髪の毛の一房を手に取ると、イタズラげに目線だけをこちらに向けながら、そこにチュッと口づけした。
……そう。彼はあの日以来、私と一緒にいる時は10分に1回と言わずに、だいたい5分に1回くらいの頻度でキスを求めるようになってしまっていた。
そうしないと病気になってしまうと駄々をこねて。
ただ、そんな彼に私もまんざらでは無くて、言われるがままに求めに応じていたけど、今日のこの日だけはなんとか押し止めることに成功したみたいだ。
そして庭には、公爵様とクロウディア様をはじめ、私の家族みんなにルランシア様、そして私の準備をしてくれた王子様とあとから皇女様もいらっしゃって、その儀式が穏やかなお昼前の空の下、こじんまりと執り行われたのだ。
時間になると、私達の前には2つの指輪が運ばれてきた。
一方には少し大きめの青いサファイアが、そしてもう一方には、中央に赤い小さなルビーが輝いていて、その左右にリングに沿って緑色のエメラルドが3つずつほど嵌め込まれている。
以前にも一度見たことがある2つの指輪だった。
夜のライトアップされた庭園で、お食事を楽しむことができる1日1組限定の貸切レストラン。そこで、彼に渡されそうになった時のことだ。
それ以来、見ることのなかったルビーとエメラルドのリングを彼は手に取ると、花束を抱えていない私の左手の薬指に、スッと嵌め込んだ。
私もサファイアが乗っている指輪を手に取ると、彼の骨張っていて、長いその薬指に同じように嵌めた。
正面にいる彼を見ると、溢れ出すような幸せそうなオーラを隠すこともなく、その顔に爽やかで上品な微笑をいっぱいに広げて、輝くような焦茶色の瞳で私のことを見つめていた。
私の胸の内からはこの瞬間に、一気に次から次へと感情が高まるような何かが込み上げてきて、体全体を包み込んでいった。
きっと、この感覚が”幸福に包まれている”という状態なんだろうな、と見つめ合っている私たちを見守っている家族や皇女様たちの存在を感じながら、フッとそんな直感が降りてきた。
そして、私とアルフリードは約束した通り、今日の初めての口づけを、とろけそうなくらいに長い口づけを、思う存分に味わった。
「アルフリード様、エミリア様。ご結婚おめでとうございます!!」
内輪だけの婚礼の儀が一通り済んだ後、時間を置いて夕暮れが訪れる少し前。
ヘイゼル邸には次々と招待客が到着して、中庭が見える大舞踊室の窓のところに集結していた。
窓はガラスが全部取り払われていて、庭と舞踏室がそのまま行き来できるような状態にされていた。
そして、そんな大勢の人々が待っているそこへ向かって、お花の咲き乱れている庭の奥の方からアルフリードは白いドレスを身にまとった私のことを抱きかかえて見つめながら、ツカツカと歩みを進めた。
私たちの前には、甥っ子のリカルドや親戚や知り合いの小さな可愛い子ども達が花びらのシャワーを振りまいて、天使みたいに先導をしてくれている。
そして式の間、私たちのサポートをしてくれるお友達のご令嬢たちがブライズメイドとしてお揃いの淡いピンク色のドレスを着て、私たちの後ろを一緒に付いてくれていた。
「このシチュエーションは、3年前の婚約式を思い出しますな」
今回も王子様がプロデュースして、帝国の伝統的な式の飾り付けをさらにスタイリッシュに仕上げた大舞踏室の中へとアルフリードが進むと、たくさんの歓迎の拍手とともに、そんな声も聞こえてきたのだった。
……それは、初めて中庭のテラスで彼に口づけをされて気絶してしまった私を、ここまで運び入れたという、そのシチュエーションのことを言っているみたいだ。
「アルフリード……私は歩いて行けるって言ったのに、こんな格好で登場しようと言ったのは、わざとだったんだね?」
一段とキラキラとしたオーラをまとって、とても人当たりよく微笑みながら人々からの祝福を一心に受けている彼に向かって、私は小声を掛けた。
すると、彼はチラリと私の方を見やって、爽やかな表情をしながらも、意味深な様子で何も言わずに一瞬ニヤッと口元だけに笑みを浮かべたのだ。
はぁ……やっぱり!
とは思ったものの、今日は彼にとっても特別な日なのだから、好きなようにさせてあげようと思い直した私は、そのまましばらくの間お姫様抱っこで、ここにいらっしゃる招待の方々全員とご挨拶をするハメになったのだった。
そして……
空も薄暗くなって、外のお庭はライトアップされ、舞踏室の中も照明がいい具合に落とされたムード漂う雰囲気の中。
高い吹き抜けのこの舞踏室は2階にも入り口が設置されていて、アルフリードがはめている青いサファイアの指輪と同じ色のドレスを着てお色直しをされた私は、そこから再び会場へ入った。
お食事や談笑を楽しんでいた人々は、スポットライトが当たっているこちらを一斉に振り返ったので、私はその注目を浴びてしまったことにドギマギとしていた。
すると、横から手が差し伸べられて見ると、アルフリードが“大丈夫”と声に出さずに口だけ開いて、優しい控えめな微笑を浮かべていた。
きっと、この帝国で最も有名で力を持っているヘイゼル家の一員となれば、こうして注目を浴びてしまう事もたくさん起こるに違いない。
それでも、こうしてそばにいて微笑んでくれる彼と一緒なら、どんな事も乗り越えられる。
そう不安が取れるのを感じ始めた私は、彼と同じように口だけを開いて“ありがとう”と微笑むと、その手を取って下へと続いている豪華な階段を降りていった。
ゆったりとした、ロマンティックな音楽が流れる中、私たちはその広い会場で優雅に踊り始めた。
「エミリア、髪も上げて、そのイヤリングをしてくれたんだね。何もかもが完璧で、美しすぎてどうかなってしまいそうだよ」
体を引き寄せて、私の頭にその横顔をもたらせながら、彼は切羽詰まったような声でそう言った。
このお色直しで身につけたイヤリングは、以前私の誕生日にアルフリードがイメージして、王子様がデザインを固めて製作されたものだった。
ダイヤモンドが散りばめられていて、耳につけるとユラユラ揺れる感じの、アップヘアによく似合うアクセサリーだ。
「君の細いうなじが露わになるこのスタイルが……すごく好きなんだ」
彼は耳元で体の芯が痺れるような、甘い言葉を急に投げかけてきた。
「ちょっと……アルフリード、なんだか変な気分になってきちゃうから、突然そんなこと言わないで?」
彼から少し身を離して焦って叱責するように言うと、彼は全く動じることなく少し微笑みながら私のことを見つめると、有無を言わさぬように目をつむって唇を合わせてきた。
いつものようにダンスタイムとなると体がフワフワと浮いてきて、彼と2人きりの感覚に陥ってしまっていた私は、抵抗することもできずされるがままに、目をつむって彼の口づけを受け入れる他なかった。
「エミリア様、これで準備が整いました」
そして、夜も更けた頃、盛大なる結婚披露宴は華やかにお開きを迎え、私は皇族騎士団の白い制服をプレゼントされた部屋に移動していた。
今日から、ついに私が正式に暮らすお部屋となる場所だ。
その併設されたバスルームにて、メイドのロージーちゃんとそのママのマグレッタさんは今日1日の疲れをほぐしてくれるかのように、私のことを綺麗に清めてくれた。
そして、胸元にフリルのついた新調したネグリジェを私に着せて、広い天蓋のベッドの上に案内すると、そのまま2人は部屋を後にしていった。
アップにしていた髪の毛も今は解かれていて、私はベッドの中央にひざを折り曲げて座り込んだまま、そのサラサラとした髪の毛を片方の肩に一つに寄せて、自分の手で静かに何度も梳いていた。
そして、
コンコン
と、隣りの部屋との中扉から、ノックの音が聞こえてきた。
一時は完全に心に穴が空いたようになり、それでも自分には彼女しかいないのだと、仕方なく再び彼女と向き合った。
それでも、あの時と同じ気持ちが再び芽生えることは難しく……
例え彼女が自分のそばにいたとしても、一生その心を本当の意味で自分のものにする事はできないのだと、どこかで線引きをしていた。
それが、あの心を射抜かれた瞬間の彼女の気持ちを初めて知ることになり、それまであったことの全てが、過去へ過去へと遠ざかって行って、まるで追体験をしているかのように、あの頃の夢中になっていた鮮明な感覚が蘇ってきた。
それからというもの、再び生きる意味の全てとなった君。
白い手袋を握りしめて、窓からどこからともなく舞ってきた花びらを見ていると、呼び掛けられて部屋を出た。
蝶が舞い、ピンクや紫に黄色といった色とりどりの花に囲まれた美しい庭。
その中に佇んでいる彼女は、まるでこの世のものとは思えないほど儚げで、ゆっくりとこちらを振り返った。
純白の色をした軽やかなロングドレスに、肩元が露わになった白い長袖の両腕の先には、オレンジ色の花束が胸元の高さで握り締められている。
長い亜麻色の豊かなウェーブがかった髪が垂れ下がるその頭の上には、やはりオレンジ色をした花輪が付けられていて、そこから下に向かって薄いベールがその髪の毛全体を覆っていた。
大きな薄茶色の愛嬌のある瞳に、けぶるような亜麻色のまつげ、バラ色をした頬に、薄く紅を差した可憐な唇。
この世で唯一の、安心を与えてくれるその穏やかな表情が満面の笑みに変わって、こちらに向かって声を張り上げた。
******
「アルフリード! 準備できたよ!」
初めて見た黒くて、金色の飾りが所々に付いたヘイゼル家の婚礼用の正装を身につけたアルフリード。
後ろに流されて固められた黒髪によって、どこからどう見ても端正で麗しいという表現しか出来ない彫りの深い顔立ちがあわらになっていた。
「これがエルラルゴが用意してくれたドレスなんだね。まるで、君とこの庭園のためだけに作られたかのように、どちらにもよく似合っているよ」
彼は私の頬に手を当てて、顔を近づけると、耳元でそう囁いた。
約束通り、王子様はそういう風になるようにこのドレスをデザインしてくれた。
彼からの第一声がそれだったなんて、私達の狙いは大成功だったという訳だ。
アルフリードは私の頬に唇をあててキスをした後、再び耳元に顔を寄せてきた。
「エミリア、すごく……すごく綺麗だよ。今までみてきた、どんな君よりも」
その声がとてもくすぐったくて、頬が紅潮するのを感じながら、彼の顔を正面から覗いた。
「アルフリード、あなたも、すごく素敵。いつもそう思ってるけど……今日はそれ以上に、一際カッコ良く見えるの」
恥ずかしながらも、本当のことなのでそういうと、最初はウットリとしていた表情の彼だったけど、次第にどこか真剣なものに変わっていって、目を瞑りながら顔を近づけてきた。
私はとっさに自分の唇に手をあてて、
「ここはまだダメ! 今日の初めてはもう少し待ってて? その方が特別な気分になれそうだから……」
自分で言っていて、またまた恥ずかしくなってきてしまい下を向いてしまった。
「僕は別に10分に1回だって、1秒に1回だって何度でも構わないけど、君がそうしたいって言うなら……それに従うよ」
彼は私の髪の毛の一房を手に取ると、イタズラげに目線だけをこちらに向けながら、そこにチュッと口づけした。
……そう。彼はあの日以来、私と一緒にいる時は10分に1回と言わずに、だいたい5分に1回くらいの頻度でキスを求めるようになってしまっていた。
そうしないと病気になってしまうと駄々をこねて。
ただ、そんな彼に私もまんざらでは無くて、言われるがままに求めに応じていたけど、今日のこの日だけはなんとか押し止めることに成功したみたいだ。
そして庭には、公爵様とクロウディア様をはじめ、私の家族みんなにルランシア様、そして私の準備をしてくれた王子様とあとから皇女様もいらっしゃって、その儀式が穏やかなお昼前の空の下、こじんまりと執り行われたのだ。
時間になると、私達の前には2つの指輪が運ばれてきた。
一方には少し大きめの青いサファイアが、そしてもう一方には、中央に赤い小さなルビーが輝いていて、その左右にリングに沿って緑色のエメラルドが3つずつほど嵌め込まれている。
以前にも一度見たことがある2つの指輪だった。
夜のライトアップされた庭園で、お食事を楽しむことができる1日1組限定の貸切レストラン。そこで、彼に渡されそうになった時のことだ。
それ以来、見ることのなかったルビーとエメラルドのリングを彼は手に取ると、花束を抱えていない私の左手の薬指に、スッと嵌め込んだ。
私もサファイアが乗っている指輪を手に取ると、彼の骨張っていて、長いその薬指に同じように嵌めた。
正面にいる彼を見ると、溢れ出すような幸せそうなオーラを隠すこともなく、その顔に爽やかで上品な微笑をいっぱいに広げて、輝くような焦茶色の瞳で私のことを見つめていた。
私の胸の内からはこの瞬間に、一気に次から次へと感情が高まるような何かが込み上げてきて、体全体を包み込んでいった。
きっと、この感覚が”幸福に包まれている”という状態なんだろうな、と見つめ合っている私たちを見守っている家族や皇女様たちの存在を感じながら、フッとそんな直感が降りてきた。
そして、私とアルフリードは約束した通り、今日の初めての口づけを、とろけそうなくらいに長い口づけを、思う存分に味わった。
「アルフリード様、エミリア様。ご結婚おめでとうございます!!」
内輪だけの婚礼の儀が一通り済んだ後、時間を置いて夕暮れが訪れる少し前。
ヘイゼル邸には次々と招待客が到着して、中庭が見える大舞踊室の窓のところに集結していた。
窓はガラスが全部取り払われていて、庭と舞踏室がそのまま行き来できるような状態にされていた。
そして、そんな大勢の人々が待っているそこへ向かって、お花の咲き乱れている庭の奥の方からアルフリードは白いドレスを身にまとった私のことを抱きかかえて見つめながら、ツカツカと歩みを進めた。
私たちの前には、甥っ子のリカルドや親戚や知り合いの小さな可愛い子ども達が花びらのシャワーを振りまいて、天使みたいに先導をしてくれている。
そして式の間、私たちのサポートをしてくれるお友達のご令嬢たちがブライズメイドとしてお揃いの淡いピンク色のドレスを着て、私たちの後ろを一緒に付いてくれていた。
「このシチュエーションは、3年前の婚約式を思い出しますな」
今回も王子様がプロデュースして、帝国の伝統的な式の飾り付けをさらにスタイリッシュに仕上げた大舞踏室の中へとアルフリードが進むと、たくさんの歓迎の拍手とともに、そんな声も聞こえてきたのだった。
……それは、初めて中庭のテラスで彼に口づけをされて気絶してしまった私を、ここまで運び入れたという、そのシチュエーションのことを言っているみたいだ。
「アルフリード……私は歩いて行けるって言ったのに、こんな格好で登場しようと言ったのは、わざとだったんだね?」
一段とキラキラとしたオーラをまとって、とても人当たりよく微笑みながら人々からの祝福を一心に受けている彼に向かって、私は小声を掛けた。
すると、彼はチラリと私の方を見やって、爽やかな表情をしながらも、意味深な様子で何も言わずに一瞬ニヤッと口元だけに笑みを浮かべたのだ。
はぁ……やっぱり!
とは思ったものの、今日は彼にとっても特別な日なのだから、好きなようにさせてあげようと思い直した私は、そのまましばらくの間お姫様抱っこで、ここにいらっしゃる招待の方々全員とご挨拶をするハメになったのだった。
そして……
空も薄暗くなって、外のお庭はライトアップされ、舞踏室の中も照明がいい具合に落とされたムード漂う雰囲気の中。
高い吹き抜けのこの舞踏室は2階にも入り口が設置されていて、アルフリードがはめている青いサファイアの指輪と同じ色のドレスを着てお色直しをされた私は、そこから再び会場へ入った。
お食事や談笑を楽しんでいた人々は、スポットライトが当たっているこちらを一斉に振り返ったので、私はその注目を浴びてしまったことにドギマギとしていた。
すると、横から手が差し伸べられて見ると、アルフリードが“大丈夫”と声に出さずに口だけ開いて、優しい控えめな微笑を浮かべていた。
きっと、この帝国で最も有名で力を持っているヘイゼル家の一員となれば、こうして注目を浴びてしまう事もたくさん起こるに違いない。
それでも、こうしてそばにいて微笑んでくれる彼と一緒なら、どんな事も乗り越えられる。
そう不安が取れるのを感じ始めた私は、彼と同じように口だけを開いて“ありがとう”と微笑むと、その手を取って下へと続いている豪華な階段を降りていった。
ゆったりとした、ロマンティックな音楽が流れる中、私たちはその広い会場で優雅に踊り始めた。
「エミリア、髪も上げて、そのイヤリングをしてくれたんだね。何もかもが完璧で、美しすぎてどうかなってしまいそうだよ」
体を引き寄せて、私の頭にその横顔をもたらせながら、彼は切羽詰まったような声でそう言った。
このお色直しで身につけたイヤリングは、以前私の誕生日にアルフリードがイメージして、王子様がデザインを固めて製作されたものだった。
ダイヤモンドが散りばめられていて、耳につけるとユラユラ揺れる感じの、アップヘアによく似合うアクセサリーだ。
「君の細いうなじが露わになるこのスタイルが……すごく好きなんだ」
彼は耳元で体の芯が痺れるような、甘い言葉を急に投げかけてきた。
「ちょっと……アルフリード、なんだか変な気分になってきちゃうから、突然そんなこと言わないで?」
彼から少し身を離して焦って叱責するように言うと、彼は全く動じることなく少し微笑みながら私のことを見つめると、有無を言わさぬように目をつむって唇を合わせてきた。
いつものようにダンスタイムとなると体がフワフワと浮いてきて、彼と2人きりの感覚に陥ってしまっていた私は、抵抗することもできずされるがままに、目をつむって彼の口づけを受け入れる他なかった。
「エミリア様、これで準備が整いました」
そして、夜も更けた頃、盛大なる結婚披露宴は華やかにお開きを迎え、私は皇族騎士団の白い制服をプレゼントされた部屋に移動していた。
今日から、ついに私が正式に暮らすお部屋となる場所だ。
その併設されたバスルームにて、メイドのロージーちゃんとそのママのマグレッタさんは今日1日の疲れをほぐしてくれるかのように、私のことを綺麗に清めてくれた。
そして、胸元にフリルのついた新調したネグリジェを私に着せて、広い天蓋のベッドの上に案内すると、そのまま2人は部屋を後にしていった。
アップにしていた髪の毛も今は解かれていて、私はベッドの中央にひざを折り曲げて座り込んだまま、そのサラサラとした髪の毛を片方の肩に一つに寄せて、自分の手で静かに何度も梳いていた。
そして、
コンコン
と、隣りの部屋との中扉から、ノックの音が聞こえてきた。
5
お気に入りに追加
203
あなたにおすすめの小説
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる