148 / 169
第5部 伝説の女騎士
144.あの部屋の住人への贈り物
しおりを挟む
夏も終わってだいぶ涼しくなり出した頃。
ここ数日、私は四半期に1回やってくるエスニョーラ邸の3階にある貴族家マニュアルの更新作業をせっせらこと進めていた。
「エミリア、今日の朝なんでおじいちゃまの大好きなオーガニック野菜のジュースが出なかったか知ってる? キャルン国が野菜のきょーきゅーを止めちゃったからなんだよ」
私が机に向かって分厚い本のページを差し替えたりしている横の床の上では、もうすぐで2歳になる甥っ子のリカルドが、相変わらず毎日欠かさずに行っているマニュアル本の読み込みに精を出していた。
前は“エミ”としか言えなかったのに、ちゃんと私の名前も言えるようになって、2歳児では普通使わないだろう“供給”なんて言葉も使いこなそうとする成長ぶりを発揮している。
「うん、知ってるよ……ナディクス国の美容グッズも帝国に入ってこなくなっちゃって、おばあちゃまもリカルドのママもすっごく困ってるみたいだよ」
彼の言う通りここ数ヶ月の間に、キャルン国の特産品である農作物に、ナディクス国の美容グッズはどんどん輸入が停止されたり、関税がものすごく上がってしまっていて、貿易面での支障が顕著になってきていた。
それは3国間の王族達が婚姻するという同盟の条件がいつまで経っても履行されないため、本当に同盟を続ける気があるのか不信感を持った各国の経済担当の大臣や商人たちが、歯止めを効かせてしまっているからだった。
いわゆる“経済制裁”ってやつだ。
そして、私が今やってるマニュアル本の中にも、それと同じことをナディクス国やキャルン国にやろうとしてる貴族家の当主や、もっと強硬な手段に出るべきだと主張している人達というのが、目に見えて増えていた。
「リカルド、よく勉強してるな」
「ちちうえ!」
そんなこの国のことを憂いている甥っ子と彼からみたら叔母さんである私の空間に入ってきたのは、すっかりパパさんが板についてしまったお兄様だった。
彼は同じように少し伸びた髪の毛を後ろで縛っている男の子を持ち上げると、肩車をしてその場に座り込んだ。
「ちちうえ、僕考えたんだけど、王族の人達の行く場所を反対にすれば皆の不満も無くなるんじゃないの?」
父親の肩の上からさっきまで読んでたマニュアル本を見下ろしながら、リカルドが喋った。
確かにそういう事を言う人は他にもいたし、私もそういうふうに思っているうちの1人だった。
つまり、エルラルゴ王子様はナディクスに帰らず人質として暮らしてた帝国にとどまって、そのまま皇女様と結婚。
リリーナ姫とユラリスさんはキャルンでなくナディクスへ、皇太子様とエリーナさんは同じように帝国でなくキャルン国にとどまって結婚。
そうすれば、王子様と皇女様が出て行ってしまうのに反対して、今の状況を作ってるファンクラブや孤児出身者みたいな人達の不満も解消できる。
それに、リリーナ姫に帰ってきてもらいたくない上、エリーナさんを帝国に出したくないキャルン国を納得させることも出来る。
同盟の条件は“王族同士の結婚”なのだから、それに反することにはならない。
「そうだな。そうさせる方法があるにはあるが、そう簡単にできる話でも無いんだよな、これが……」
そんなふうに一緒にマニュアル本を眺め出したお兄様は息子からの問いかけに言葉を濁していた。
「エミリア様、この間の業者とは連絡がつかなくなってしまいましたの。もうこれで10件以上ですわ……そんなに廃業してしまうのが多い業界なのかしら? それで、また新しい所を見つけたから今度打ち合わせに……」
「わ~! さすがオリビア様ですわ! 私も色々聞いてみたい事があるから連絡先を控えさせて頂きますわね」
退会扱いになってたエル様ファンクラブにも再入会を無事果たし、この日はサルーシェ伯爵邸で開かれる定例ミーティングに参加していた。
コンサル業者を見つけてくる度に、すぐに私が皇城に連絡を取って検挙してもらってる事にオリビア嬢は幸いな事に全く気づいてないようだ。
連絡先をもらって、その足で皇城に赴く馬車の中、帝都の街中を通っていると窓からは大きな声が聞こえてきた。
「……これまでの輸出入を止めたということは、奴らは我々に宣戦布告をしているも同然だ! 先の大戦ではナディクスより迫害を受け、80年前にはキャルンより領土を奪われた。今こそ、その報復を取るべき時ではないのか!……」
それは人通りの多い市場の中で高い踏み台に乗って聴衆に向けられている、街頭演説だった。
帝都では連日、こんな風に人々を煽っているような場面にしょっちゅう出くわすようになっていた。
今はまだこれまで通りの生活を何とか保っているけど、それがいつ崩れてしまってもおかしくない……
そんな雰囲気を日々感じずにはいられなかった。
皇城に着くと、私は正門からお城の中へと入って行った。
もうエスニョーラ邸で隠された令嬢では無くなっていたので、堂々と表から皇城に出入りしても問題ないからだ。
お城の騎士の人にアルフリードの居場所を聞くと、重大な会議の真っ最中ということで、皇女様の所へと向かった。
「いくら検挙しても次から次へと湧いてくるのだな。そういえば、先日あった鎧が盗まれた事件。あれも、ああした輩が一枚噛んでいたようだ」
皇女様は私が渡したオリビア嬢から聞き出したコンサル業者の連絡先を皇族騎士の人に渡しながらそう言った。
皇女様の言ってる事件とは、元リューセリンヌのお城に残されたままだった黒い大量の鎧を、これから起こるかもしれない戦で有効活用するため帝都に運び出す時に起こった。
鎧のいくつかは帝都に届いたけど、その多くが途中で行方不明になってしまったのだ。
運搬に携わってた下請け業者の仕業という所までは分かったものの、いまだにそれらはどこにあるのか分からない状態だった。
皇女様と私はプライベート庭園へ移動して、木になっている秋の果物を収穫したりすることにした。
そして、しばらく経った頃、向こうの方からアルフリードが駆け寄ってきた。
「終わったか、議論は決着したのか?」
木の枝で可愛らしく作られたカゴを手に持ちながら皇女様はアルフリードにお聞きになった。
ちなみに、王子様が戻ってきてから皇女様は軍服姿をやめて、なぜかどれもゴージャスに見えてしまう普通のドレスを着るようになっていた。
「ともかく白熱して今日中に決まらないかと思ったけど、例の件について陛下や皇太子殿下の強い説得で、各部の大臣達もやっと納得してくれたよ。これがうまくいけば万事解決の方向に向かうはずだ」
例の件……実は、リカルドにお兄様が言ってたみたいに、皆を納得させて今の混乱を乗り切る方法というのが、この半年の間に見出されたのだ。
これを実行するには、婚姻関係にある王族6人がとある”発表”をする必要があるんだけど、それを帝国内で権力を持つ各部署の大臣である貴族家の当主に承認してもらわなければならなかった。
しかしながら、そのほとんどは最新の貴族家マニュアルに載ってたみたいな、経済制裁やら、もっと過激な事をした方がいいっていう考えの人や、街頭演説で聞いたみたいに長年の歴史でやられた事に対する報復をすべきだ、というような意見を持っていた人々だ。
最大の難関と思われていたその人達を納得させることができて、例の”発表”をすることができたのなら……!
私がこの世界にやってきた頃みたいな、平穏で豊かな生活が戻ってくるのも夢じゃない!!
「それでソフィアナ、今回決まった内容をエルラルゴ、ユラリス殿下、そしてリリーナ姫にも伝える必要があるから、一緒に来てくれ。それからエミリア、今日は何時に終わるか分からないから先に戻っていて。明日、話したいことがあるからエスニョーラ邸へ僕から行くよ」
そうアルフリードは忙しそうに言うと、皇女様と一緒にまた来た方へ戻って行った。
次の日、アルフリードは約束通り、ウチまで来てくれてこれから何が起こるのか説明をしてくれた。
「帝国でこの件について承認が降りたことはキャルンとナディクスへも使者を出したよ。2国もこれに同意したら、3国の国境地点で6人の王族たちは発表をすることになる」
3国の国境地点……前にアルフリードが子供時代の事を話してくれた時に言っていた、エルラルゴ王子様たちが人質交換をするのに使われた場所だ。
そこにはその日のために作られた土色をした塔が建っているのだという。
「でも、発表なら皇女様とアルフリードが婚約の知らせを出した時みたいに、帝国中にある掲示板に貼り出すのではダメなの? それに、こんなに混沌としているのに、王族の人達が外へ移動したり集結するのは危なくない?」
私は高級ブティックの前でリリーナ姫が暴漢に襲われそうになった事を思い出していた。
極力、要人である彼らを外出させるのは控えさせるべきなんじゃないのかな……
「6人が勢揃いしている状態で多くの人々のいる前で発信しなければ意味がないんだよ。エリーナ姫はキャルンにいるから帝国でやる訳にはいかないし、やはりその舞台となるのは、あの塔以外には考えられないんだ」
そうか……おそらく、歴史を覆すほどの重大な発表になることは間違いないのだ。
うう、だけど……
「ソフィアナたちが移動する馬車には、皇族騎士団が何重にも周囲を取り巻くから心配しなくて大丈夫だ。それに、18年前と同じように帝国の貴族家の騎士団も全て動員されることになっている」
私の心配を見越してアルフリードは言うように、それだけの騎士が皇女様たちの事をお護りしてくれるなら、私がこれ以上案じても仕方がないかな。
私が1人、皇女様が馬車事故に遭うことを知っていて、女騎士としてお側に就こうとしていた時とは状況が違うのだ。
ローランディスさんが捕まった事を発端に、各国の要人はいつ、どこで狙われるか分からないという事が周知されて、警備が強化されたことで私はもう皇女様の女騎士からは撤収してしまっている。
ここは、騎士団の方々に全てをお任せするしかないだろう。
「それでエミリア。君に渡したいものがあるんだ。ちょうど先日、ウチに届いたところだから一緒に来てほしい」
そうして訪れたヘイゼル邸で向かった先は、彼がアル中で倒れてしまった時に一生懸命に介護しながら、寝泊まりしていた彼の部屋と中扉で繋がっている、あの部屋だった。
そこの一角には黒いカバーで覆われた背の高いものが置いてある。
「これは……?」
それの目の前に立たせられた私は、なんだかソワソワしてアルフリードに尋ねていた。
「前にエミリアが着たい、と言っていたものだよ。仕立て屋に頼んでから、随分時間が経って待たせてしまったけど……どうか受け取ってほしいんだ」
私の横に立っている彼の声は、とても落ち着いたものだった。
元気になったロージーちゃんが教えてくれた所によれば、ここは代々、次期公爵夫人が使っている部屋なのだという。
その部屋で渡す私への洋服のプレゼントといったら……
やっぱり、あの一生に一度のセレモニーで着る……ドレスのこと?
ここ数日、私は四半期に1回やってくるエスニョーラ邸の3階にある貴族家マニュアルの更新作業をせっせらこと進めていた。
「エミリア、今日の朝なんでおじいちゃまの大好きなオーガニック野菜のジュースが出なかったか知ってる? キャルン国が野菜のきょーきゅーを止めちゃったからなんだよ」
私が机に向かって分厚い本のページを差し替えたりしている横の床の上では、もうすぐで2歳になる甥っ子のリカルドが、相変わらず毎日欠かさずに行っているマニュアル本の読み込みに精を出していた。
前は“エミ”としか言えなかったのに、ちゃんと私の名前も言えるようになって、2歳児では普通使わないだろう“供給”なんて言葉も使いこなそうとする成長ぶりを発揮している。
「うん、知ってるよ……ナディクス国の美容グッズも帝国に入ってこなくなっちゃって、おばあちゃまもリカルドのママもすっごく困ってるみたいだよ」
彼の言う通りここ数ヶ月の間に、キャルン国の特産品である農作物に、ナディクス国の美容グッズはどんどん輸入が停止されたり、関税がものすごく上がってしまっていて、貿易面での支障が顕著になってきていた。
それは3国間の王族達が婚姻するという同盟の条件がいつまで経っても履行されないため、本当に同盟を続ける気があるのか不信感を持った各国の経済担当の大臣や商人たちが、歯止めを効かせてしまっているからだった。
いわゆる“経済制裁”ってやつだ。
そして、私が今やってるマニュアル本の中にも、それと同じことをナディクス国やキャルン国にやろうとしてる貴族家の当主や、もっと強硬な手段に出るべきだと主張している人達というのが、目に見えて増えていた。
「リカルド、よく勉強してるな」
「ちちうえ!」
そんなこの国のことを憂いている甥っ子と彼からみたら叔母さんである私の空間に入ってきたのは、すっかりパパさんが板についてしまったお兄様だった。
彼は同じように少し伸びた髪の毛を後ろで縛っている男の子を持ち上げると、肩車をしてその場に座り込んだ。
「ちちうえ、僕考えたんだけど、王族の人達の行く場所を反対にすれば皆の不満も無くなるんじゃないの?」
父親の肩の上からさっきまで読んでたマニュアル本を見下ろしながら、リカルドが喋った。
確かにそういう事を言う人は他にもいたし、私もそういうふうに思っているうちの1人だった。
つまり、エルラルゴ王子様はナディクスに帰らず人質として暮らしてた帝国にとどまって、そのまま皇女様と結婚。
リリーナ姫とユラリスさんはキャルンでなくナディクスへ、皇太子様とエリーナさんは同じように帝国でなくキャルン国にとどまって結婚。
そうすれば、王子様と皇女様が出て行ってしまうのに反対して、今の状況を作ってるファンクラブや孤児出身者みたいな人達の不満も解消できる。
それに、リリーナ姫に帰ってきてもらいたくない上、エリーナさんを帝国に出したくないキャルン国を納得させることも出来る。
同盟の条件は“王族同士の結婚”なのだから、それに反することにはならない。
「そうだな。そうさせる方法があるにはあるが、そう簡単にできる話でも無いんだよな、これが……」
そんなふうに一緒にマニュアル本を眺め出したお兄様は息子からの問いかけに言葉を濁していた。
「エミリア様、この間の業者とは連絡がつかなくなってしまいましたの。もうこれで10件以上ですわ……そんなに廃業してしまうのが多い業界なのかしら? それで、また新しい所を見つけたから今度打ち合わせに……」
「わ~! さすがオリビア様ですわ! 私も色々聞いてみたい事があるから連絡先を控えさせて頂きますわね」
退会扱いになってたエル様ファンクラブにも再入会を無事果たし、この日はサルーシェ伯爵邸で開かれる定例ミーティングに参加していた。
コンサル業者を見つけてくる度に、すぐに私が皇城に連絡を取って検挙してもらってる事にオリビア嬢は幸いな事に全く気づいてないようだ。
連絡先をもらって、その足で皇城に赴く馬車の中、帝都の街中を通っていると窓からは大きな声が聞こえてきた。
「……これまでの輸出入を止めたということは、奴らは我々に宣戦布告をしているも同然だ! 先の大戦ではナディクスより迫害を受け、80年前にはキャルンより領土を奪われた。今こそ、その報復を取るべき時ではないのか!……」
それは人通りの多い市場の中で高い踏み台に乗って聴衆に向けられている、街頭演説だった。
帝都では連日、こんな風に人々を煽っているような場面にしょっちゅう出くわすようになっていた。
今はまだこれまで通りの生活を何とか保っているけど、それがいつ崩れてしまってもおかしくない……
そんな雰囲気を日々感じずにはいられなかった。
皇城に着くと、私は正門からお城の中へと入って行った。
もうエスニョーラ邸で隠された令嬢では無くなっていたので、堂々と表から皇城に出入りしても問題ないからだ。
お城の騎士の人にアルフリードの居場所を聞くと、重大な会議の真っ最中ということで、皇女様の所へと向かった。
「いくら検挙しても次から次へと湧いてくるのだな。そういえば、先日あった鎧が盗まれた事件。あれも、ああした輩が一枚噛んでいたようだ」
皇女様は私が渡したオリビア嬢から聞き出したコンサル業者の連絡先を皇族騎士の人に渡しながらそう言った。
皇女様の言ってる事件とは、元リューセリンヌのお城に残されたままだった黒い大量の鎧を、これから起こるかもしれない戦で有効活用するため帝都に運び出す時に起こった。
鎧のいくつかは帝都に届いたけど、その多くが途中で行方不明になってしまったのだ。
運搬に携わってた下請け業者の仕業という所までは分かったものの、いまだにそれらはどこにあるのか分からない状態だった。
皇女様と私はプライベート庭園へ移動して、木になっている秋の果物を収穫したりすることにした。
そして、しばらく経った頃、向こうの方からアルフリードが駆け寄ってきた。
「終わったか、議論は決着したのか?」
木の枝で可愛らしく作られたカゴを手に持ちながら皇女様はアルフリードにお聞きになった。
ちなみに、王子様が戻ってきてから皇女様は軍服姿をやめて、なぜかどれもゴージャスに見えてしまう普通のドレスを着るようになっていた。
「ともかく白熱して今日中に決まらないかと思ったけど、例の件について陛下や皇太子殿下の強い説得で、各部の大臣達もやっと納得してくれたよ。これがうまくいけば万事解決の方向に向かうはずだ」
例の件……実は、リカルドにお兄様が言ってたみたいに、皆を納得させて今の混乱を乗り切る方法というのが、この半年の間に見出されたのだ。
これを実行するには、婚姻関係にある王族6人がとある”発表”をする必要があるんだけど、それを帝国内で権力を持つ各部署の大臣である貴族家の当主に承認してもらわなければならなかった。
しかしながら、そのほとんどは最新の貴族家マニュアルに載ってたみたいな、経済制裁やら、もっと過激な事をした方がいいっていう考えの人や、街頭演説で聞いたみたいに長年の歴史でやられた事に対する報復をすべきだ、というような意見を持っていた人々だ。
最大の難関と思われていたその人達を納得させることができて、例の”発表”をすることができたのなら……!
私がこの世界にやってきた頃みたいな、平穏で豊かな生活が戻ってくるのも夢じゃない!!
「それでソフィアナ、今回決まった内容をエルラルゴ、ユラリス殿下、そしてリリーナ姫にも伝える必要があるから、一緒に来てくれ。それからエミリア、今日は何時に終わるか分からないから先に戻っていて。明日、話したいことがあるからエスニョーラ邸へ僕から行くよ」
そうアルフリードは忙しそうに言うと、皇女様と一緒にまた来た方へ戻って行った。
次の日、アルフリードは約束通り、ウチまで来てくれてこれから何が起こるのか説明をしてくれた。
「帝国でこの件について承認が降りたことはキャルンとナディクスへも使者を出したよ。2国もこれに同意したら、3国の国境地点で6人の王族たちは発表をすることになる」
3国の国境地点……前にアルフリードが子供時代の事を話してくれた時に言っていた、エルラルゴ王子様たちが人質交換をするのに使われた場所だ。
そこにはその日のために作られた土色をした塔が建っているのだという。
「でも、発表なら皇女様とアルフリードが婚約の知らせを出した時みたいに、帝国中にある掲示板に貼り出すのではダメなの? それに、こんなに混沌としているのに、王族の人達が外へ移動したり集結するのは危なくない?」
私は高級ブティックの前でリリーナ姫が暴漢に襲われそうになった事を思い出していた。
極力、要人である彼らを外出させるのは控えさせるべきなんじゃないのかな……
「6人が勢揃いしている状態で多くの人々のいる前で発信しなければ意味がないんだよ。エリーナ姫はキャルンにいるから帝国でやる訳にはいかないし、やはりその舞台となるのは、あの塔以外には考えられないんだ」
そうか……おそらく、歴史を覆すほどの重大な発表になることは間違いないのだ。
うう、だけど……
「ソフィアナたちが移動する馬車には、皇族騎士団が何重にも周囲を取り巻くから心配しなくて大丈夫だ。それに、18年前と同じように帝国の貴族家の騎士団も全て動員されることになっている」
私の心配を見越してアルフリードは言うように、それだけの騎士が皇女様たちの事をお護りしてくれるなら、私がこれ以上案じても仕方がないかな。
私が1人、皇女様が馬車事故に遭うことを知っていて、女騎士としてお側に就こうとしていた時とは状況が違うのだ。
ローランディスさんが捕まった事を発端に、各国の要人はいつ、どこで狙われるか分からないという事が周知されて、警備が強化されたことで私はもう皇女様の女騎士からは撤収してしまっている。
ここは、騎士団の方々に全てをお任せするしかないだろう。
「それでエミリア。君に渡したいものがあるんだ。ちょうど先日、ウチに届いたところだから一緒に来てほしい」
そうして訪れたヘイゼル邸で向かった先は、彼がアル中で倒れてしまった時に一生懸命に介護しながら、寝泊まりしていた彼の部屋と中扉で繋がっている、あの部屋だった。
そこの一角には黒いカバーで覆われた背の高いものが置いてある。
「これは……?」
それの目の前に立たせられた私は、なんだかソワソワしてアルフリードに尋ねていた。
「前にエミリアが着たい、と言っていたものだよ。仕立て屋に頼んでから、随分時間が経って待たせてしまったけど……どうか受け取ってほしいんだ」
私の横に立っている彼の声は、とても落ち着いたものだった。
元気になったロージーちゃんが教えてくれた所によれば、ここは代々、次期公爵夫人が使っている部屋なのだという。
その部屋で渡す私への洋服のプレゼントといったら……
やっぱり、あの一生に一度のセレモニーで着る……ドレスのこと?
0
お気に入りに追加
203
あなたにおすすめの小説
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる