皇女様の女騎士に志願したところ彼女を想って死ぬはずだった公爵子息に溺愛されました

ねむりまき

文字の大きさ
上 下
131 / 169
第4部 彼の笑顔を取り戻すため

129.一発勝負

しおりを挟む
 男性陣はそれぞれ型を作って、鞘から抜き取った剣を構え始めた。

 公爵様とアルフリードは柄を両手持ちして、それを体の前で斜めに構えている。

 この型は……!

 私はこれまで騎士の訓練を皇女様に仕込んでもらっていた訳だが、それを実践で使っている所を見たことは一度も無かった。

 それでも、帝国式の剣術については一通りの型や技を教えてもらっていたので、彼らのそのポーズに記憶がフツフツと蘇ってきたのだ。

『この型はだな、動き出したら最後、相手の間合いまで一気に踏み込んで、一瞬の隙も与えずにバッサリと切り倒す、いわば究極の殺人技だ。手練てだれであれば、百発百中、何人なんぴとたりとも逃れることはできないだろう』

 そう言って、訓練相手である地面に突き刺さっている藁人形を上下半分に真っ二つに切り裂いた皇女様の姿を私は思い浮かべていた。

 公爵様とアルフリードはどんな剣でも一流に扱えるソードマスターな訳だから、皇女様の言うところの“手練れ”、つまり相対あいたいしているグレイリーさんとローランディスさんは、その技が発動してしまえば一貫の終わり……

 も、もちろん私はヘイゼル家の味方ではあるし、アルフリードがいると騙してここまで連れ出された上、クロウディア様とルランシア様まで誘拐してるローランディスさん達を庇う義理なんてあったもんじゃないけど……

 彼らがこのまま人殺しになってしまうのを見過ごしてしまっていいのか、っていう迷いも生じていた。

 すると、私と手を取っていたクロウディア様が何かを言い始めた。

「あの人達……初めて見るような気がしない……それにあの若者、似ている……?」

 クロウディア様は必死で記憶を思い起こそうとしながら、眉間のシワをさらに濃くして公爵様とアルフリードの方を見ているみたいだった。

 もしかして……ヘイゼル邸にいた時のことを思い出しそうになっているのかな!?

 この状況にどう動けばいいのか考えあぐねていると、クロウディア様はチラリとグレイリーさん達の方にも目線を向けた。

「リリアナ、わたくしは騎士のことには詳しくないけれど、グレイリー達はどのような技を仕掛けるつもりでいるか分かりますか?」

 開けっぱなしになっているこの部屋の扉の近くで、様子を見ているリリアナさんに向かってクロウディア様は声だけを投げかけた。

 対するグレイリーさん達はというと、少し体を斜め後ろに向けた状態で剣を片手で横向きに持って、頭上で高く掲げている。
 そして空いている方の手は、その剣の先の方に軽く添えられているような格好だ。

 一応、皇女様からはキャルン国やナディクス国といった近隣諸国がどんな剣術方式を取っているのか軽く教えてもらったことはあったのだが、彼らの型はそのどれとも違っていた。

 滅んでしまったリューセリンヌの剣術は、私にとっても未知のものだった。

「はい、この構えは動き出したら最後、相手の間合いまで一気に踏み込んで、一瞬の隙も与えずにバッサリと切り倒す、いわば究極の殺人術です。グレイリー様達ほどの手練てだれであれば、百発百中、何人なんぴとたりとも逃れることはできません」

 !!

 私はそんな説明をするリリアナさんに、見開いた瞳を向けずにはいられなかった。

 つまり……
 どちらの陣営も、一発で勝負を決めにかかっている。

 どちらかが力で競り勝って、どちらかが負けるか、ともすれば相打ちということもあり得るのだろうか……?

 公爵様もアルフリードも神経を研ぎ澄ましているような表情で、相手を見据えている。

 そして、ローランディスさんもアルフリードと似ている顔を同じように鋭くさせていて、グレイリーさんは、先ほどのオドオドとしていた様子も嘘のようにちょっと近づき難いオーラを放ってしまっている。

 そして……

 張り詰めていたはずの空気の流れが一瞬、変わったような感覚がした。

 その途端、部屋の両端にいる静止していた2組の男性たちが目にも止まらない速さで動き出したのだ。

 誰かが死ぬ……!

 声も出すことができなければ、動くこともできなくなってしまった私の頭の中に、その言葉が点滅するみたいに表れて、この部屋があっという間に惨状と化すとしか思えなくなった時……

「やめーー!!! やめ、やめ、やめーーーー!!!!」

 鼓膜をぶち破ってしまいそうなくらいの声量が部屋中に響き渡った。

 よく分からずにいると、いつの間にか2組の男性達は、まるで一時停止したみたいに剣を打ち合おうとしている姿で、見事に体の動きを止めてしまっていた。

 そして、その中央には……

「お前たちーー!!! 一体何してんのよ!!? そんな物騒なもの、さっさと仕舞いなさい!」

 そこには、ブラウン系のブレザーにロングスカートを身にまとった金髪のカーリーヘアーの女性。
 ル、ル、ルランシア様だ!!

 さっきまで姿なんか見えなかったのに、どうやって斬り合いを始めた彼らのあの速さを押し退けて、その中央に入り込んだのか謎だけど、よ、良かった!

 どうやら仮死状態から抜け出した上、わたし史上最悪なこの修羅場をなんとか収めてくれそうな人物が最後の最後に登場してくれた、と理解したいところだ。

 男性たちは渋々といった感じで何も言わずに剣を下ろして、ピリピリとした空気感で睨み合っていた視線をお互いに外していた。

 しかし、ローランディスさんはルランシア様のことを恐ろしい目つきで睨んだ後、今度はこちら側に視線を移したのだ。

 今度は何を始めるつもりなのか、ドキドキして私は握っているクロウディア様の手につい力を入れてしまっていた。

「おい、今日の分を飲まさなかったのか? とんだヘマをしてくれたな」

 そう威圧感のある低い声をローランディスさんが出すと、

「も、申し訳ございません……クロウディア様に落ち着いていただくのに精一杯で、ルランシア様のお世話がおろそかになっておりました……」

 そう答えたのはリリアナさんだった。そして彼女は顔を下に俯けながら床の上にへたり込んでしまった。

 飲まさなかったとは……2階に眠っていたルランシア様を発見した時、クロウディア様はパニック状態になってしまっていた。

 それをリリアナさんはなだめてたって事みたいだけど、もしルランシア様が仮死状態でベッドの上に横になってたって事なら……もしかして彼女はこの半年間、毎日そうさせる秘薬を飲まされてたって事だろうか?

 それにしても……アルフリードが死んでもいいだの、公爵様に不遜な態度は取るは、自分のお父様をコントロールしようとしたり、挙句の果てには自分のお母様に対して、こんな見下すような発言をするなんて!

 その他にも、私にもクロウディア様にも卑劣なマネをして。一体、どうしてこんな事ばっかりしてるんだよ!? も、申し訳ないけど、彼が12歳の時にヘイゼル邸で行なった犯行を見過ごした公爵様のご判断は、完全に間違いだったんじゃないかな。

「おい、こら! リリアナに向かってなんてクチ聞くの……」

 おおっ 私が思ってた怒りを糸も簡単にルランシア様は代弁して下さった。さすがすぎます。

 そう思った時、リリアナさんの方を向こうとしたルランシア様は急に言葉を発するのをやめて、動きが固まってしまった。

「ルランシア……お前、お嫁に行ったのではなかったのですか?」

「お、お、お姉さま……?」

 固まってしまったルランシア様に話しかけたのは、私と手を繋いでいるクロウディア様。

 ルランシア様はもちろん言うまでもなく……信じられないとばかりに目を見開いていたけれど、その瞳にみるみると光るものを溜めていって、一目散にこちらに駆け寄ってきた。

「お姉さまーー!!!」

 バッ! と勢いよくクロウディア様に彼女は抱きついて、わんわんと泣きじゃくっていた。

「はぁ……ルランシア、お前が嫁ぐなんて信じられなかったけれど、出戻ってきたという事ですね。つらかったでしょう? 心行くまで泣きなさい」

 クロウディア様はご自身が死んでしまってたと思われてるなんて、夢にも思っていないのでルランシア様が嫁いで戻ってきたのだと、泣いてる理由を解釈しているみたいだ。
 一体……ローランディスさんたちはルランシア様のことをそんな風に説明していたなんて、めちゃくちゃにも程があるよ。

「焼酎の販路開拓にいそしむのにこんな所で寝てられないから、すぐに着替えて出口を探し回ってたら……グレイリー、こんなものを見つけたのよ。まさかお姉さまにも、これを使ったんじゃないでしょうね!!?」

 ルランシア様はひとしきり泣いてクロウディア様から離れると、涙だらけのお顔を拭きもせずに、グレイリーさんの方に近付くと、懐からちょっと分厚めにできた本を取り出した。

 その本を目の前に突きつけられたグレイリーさんは、公爵様達と向き合ってた時みたいな近寄り難い表情のまま、そこから目線を外した。

 その本の表紙には、私がいる所からもよく見える大きな文字で、

 “禁書”

 こう書いてあった。

「あの日、リリアナとあんたと3人で入った部屋に置いてあった本よね。あの、黒い鎧がたくさん積まれてたお城の地下室よ」

 ルランシア様は、とても厳しい表情でグレイリーさんのことを見据えられた。

 黒い鎧、地下室。

 そのお話は私も以前、ルランシア様から教えてもらったことがあった。

 何人もの黒い騎士が元リューセリンヌのお城に入っていくのを見た事があるってことを彼女にお聞きした時に、昔使われていた同じ色をした一般兵用の鎧がまだ祖国が滅びる前に、お城の地下室で見たことがあるって事だった。

 そして、そのお部屋は彼女のお父様であるリューセリンヌの国王様が、長年の歴史を帝国に明け渡すわけにはいかない! ってことで、入り口を塞いでしまったとも言っていた。

 もし、その部屋のことだとしたら……今、ルランシア様が持ってる“禁書”って本も、その長年の歴史が詰まってる部屋に置かれていたものじゃなかろうか……?
 なんだか、名前的にもそんな気がするのだが。

「ルランシア……その通りだ、それは私たちが子ども時代に城を探索した時に興味本位で持ち出していたリューセリンヌの秘伝書……あまりにもその内容が危険すぎたがために封印された禁忌の書だ」

 予想通り、グレイリーさんは諦めたように、そうお話された。

「これを手に入れてしまったこと……それが全ての誤りの始まりだった」

 リューセリンヌの秘伝書とは一体……
 ルランシア様の登場により戦闘を回避することはできたのだけれど、ここに集まったメンバーはこれから始まるグレイリーさんの語る真相に一点集中した。



地下室の話「109.もう1つの王国」
しおりを挟む
【Twitterで作品イメージの投稿始めました】
#皇女様の女騎士イメージ

↑クリックでイメージ投稿のみ表示されます
感想 15

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

処理中です...