皇女様の女騎士に志願したところ彼女を想って死ぬはずだった公爵子息に溺愛されました

ねむりまき

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第4部 彼の笑顔を取り戻すため

120.その人との奇妙な会話

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 目の前に突如として現れた、ありえない人。

 そ、そんなバカな……生成りのアンティーク感ただようフリルが施された、落ち着いた様にも華やかな様にも見えるネグリジェを身につけた、とても美しい女性。

 この方は絵画でしかお見かけしたことがない、アルフリードのお母様にそっくりだけど……

 彼女は7年も前に亡くなっているのだ。
 それにその姿は、公爵様と結婚された20代頃のお若い姿そのものなのだ。
 ここは彼女の親類であるグレイリーさんとローランディスさんの邸宅らしい、ということを考えると、この女性もまた彼らの縁者であるに違いない。

 つまりクロウディア様のお若い頃とそっくりだけど、まったくの別人。
 そういうことだ。

「そのお洋服は……あのオカシな邸宅に隠れていた時に着るつもりでいたのに、結局着れなかった部屋着じゃないかしら?」

 私の着ている薄ピンク色の部屋着の胸元にあしらわれたレースに手を伸ばしながら、彼女はそう言った。

 さっきまで働かせていた、彼女がクロウディア様じゃないっていう名推理は……
 息つく間も無く、すぐにくつがえされ始めたのだった。

「あら……この香りは……」

 そして、彼女は一段と私の方に近づくと、その鼻先を服に近づけた。

「アエモギの香水だわ! 調香師は戦が始まる前に去ってしまったから、この香りを身につけることはもう随分していなかったけれど……とても懐かしいわ。あなた、名前は何というの?」

 意思のお強そうな焦茶色の瞳と、包容力を感じさせる穏やかで素敵な口元の笑み。

 私は思わず、この不可思議で奇妙奇天烈きてれつな状況の中にいながらも、安心感に包まれそうになった。

 だけど……
 まさか……まさか……

 この方は、ヘイゼル邸で貸してもらったままになっている、私の着ているアルフリードのお母様の服を見たことがあるというの?

 それに、この服に移っているアエモギのお花の香水のことも知っている?
 確かに、この香水は20数年前にリューセリンヌ国が滅びた後は生産が途絶えてしまっていた。
 まるで帝国との戦が始まった当時を知るような口ぶりをするこの女性がまさか、そんなはず……

「どうしたの? あなたも孤児でローランディスに保護されて連れてこられたのね。ここはとても静かで安全な場所ですから、もう大丈夫ですよ」

 私が頭の中でグルグル、グルグルと目の前の状況を整理しようとしていると、女性は私の顔を覗き込んで、ニコリと聖母様のごとく温かみのある笑みを向けられた。

 ど、どういうことだろう……
 この方の言っていることの意味が全く理解できないのですが。

 だけど、この場はさっきのローランディスさんのように、目の前から逃げ出す訳にはいかない状況の様にだけは思えた。

 なんと言っても、お亡くなりになってヘイゼル家の霊廟れいびょうに眠っているはずの、アルフリードのお母様らしき方が……目の前にいるっぽいのだ!!

 この謎を放置して、ここを後にする事はできないだろう。

 もし……もしこの方が本っっ当に本物のクロウディア様だったとしたならば、

 なんとしてでも、ヘイゼル邸に連れ帰ってあの2人に引き合わさなければ……

「あ、あ、あ、あの! 私の名前はエミリアと言います! わ、私、何がどうなっているのかサッパリ分からなくて……色々ここでの事を教えていただけたら、とても助かります!!」

 一種のパニック状態に陥りながらも、引きつった表情を無理やり笑みに変えながら、私は叫ぶように髪を振り乱しながらお辞儀をした。

「エミリアというのね。とても綺麗なお嬢さんだこと。それに……その身なりに、物腰は教育を受けた良家ののようね。それならば既に分かっているでしょうけれど……わたくしはリューセリンヌの王女、クロウディアです。どうぞよろしくね」

 本当はまだ……半信半疑ではあるけれど、ご本人みずからそう名乗られてしまった。

 変わらずニッコリと優しげだけれど、芯のある微笑みを向けている女性に、いざ思いつく限りの質問を投げかけまくろうと、拳を握りしめて気合を入れた。

 しかし、

 ボーン ボーン

 ヘイゼル邸の廊下にも置いてあったような振り子時計の鐘の音が、部屋の中に響き渡った。

「もう10時だわ。お話はまた明日にしましょう。エミリア、お父様ともお母様とも別れて一人ぼっちになって怖かったことでしょう。今日は特別に私の部屋でお休みなさい」

 確かに今日1日、奇妙で怖かったことは怖かったけれど、なぜか私の事を孤児だと思われているクロウディア様に促されるまま、私もネグリジェにお着替えをさせられ、彼女と同じお布団で眠るというシチュエーションを迎えてしまったのだ。


 一体、何がどうなっているのか、訳が分からないけど……

 私は今まで、クロウディア様はアルフリードに愛情を注がなかった、とても冷たい方なのかと思っていた。
 すぐ横でスースーと規則正しい寝息を立てて寝入っている、この綺麗な女性は優しそうに見えるし、ご自身の子どもにそんな態度を注ぐ様な人には思えない。

 だけど、おっしゃっている内容というのが全く理解できない……

 また、オカシな世界にやって来てしまったのか。
 それとも、私がオカシクなってしまったのか……

 クロウディア様の気配を隣りで感じながら、私は眠れぬ夜をこのリュース邸でも過ごすことになったのだった。


 シャーッ シャーッ 

 よく眠れないまま、眠ったふりをし続けていると音がしたので目を開いた。

「相変わらず日の光が全く入らないわね……エミリア起きなさい。7時になりましたから、お着替えをして上に朝食を摂りに行きますよ」

 さっきしていたのはお部屋の窓を覆っていた、カーテンを全開にしている音だったようだ。

 前の世界のお母さん的な起こされ方をされるクロウディア様の言われるがままに、1人でも着れるような部屋着を与えられ、朝の支度を整えた。

 そして地下で薄暗いので、昨日こちらの部屋に入ってきた時に使っていた燭台に火を灯して、お部屋を出ると、クロウディア様を先頭に上の階へと進んだのだった。

 1階は明るく日が差し込んでおり、火を消した燭台を廊下の一角にあったテーブルに置くと、昨日見かけたラウンジのような椅子やテーブルが並べられたスペースにやってきた。

「リリアナ、おはよう。今日もこんなに豪華な食事を用意してくれたのね……農村部は人手が足りていないでしょうに、大丈夫なの?」

 テーブルの一つには確かに、エスニョーラ邸でも食べていたような、一般ピープルの人にとったらかなり豪勢なお食事が所狭しと並べられていた。

 そして、その脇には紺色のドレスに白いエプロンを付け、胸あたりまである薄茶色の髪の毛を1つに縛っている、メイドさんらしき女の人が立っている。

「おはようございます、クロウディア様。はい、農村部の方は帝国の攻撃もしばらく途絶えておりますので、収穫にみな戻っております」

 リリアナさんと呼ばれた人は、伏し目がちにそう答えたんだけど……

 こ、攻撃……?
 私が再び隠されていたこの半年の間に、平和だった帝国はどこかの国と戦争を始めてしまったの……?

 でも、クロウディア様の言い方だと、彼女は帝国の敵国側の人間のように思えるし……

 何、なんなの!? もう、思考停止状態だよ!!

「さあ、エミリア。たくさん、お食べなさい。遠慮することはないですよ」

 そう言って、食事たちの前に腰掛け始めたクロウディア様に続いて、私もそこに同席させてもらうことになった訳だけれど……

 そばにいるリリアナさんが椅子を引いてくれて、お水をコップに注いでいる間、そのお顔をチラ見していた私の脳裏には、ある記憶が思い起こされてきたのだった。

 この方も……以前見たことがある!!

 あれは、アルフリードとの婚約披露会のパーティーの時。

 確か、グレイリーさんの奥様として紹介を受けた女性だ!
 そして、それはつまり、ローランディスさんのお母様にあたる方のはずだ。

 そんな方が、ここではメイドさんをやっているの?
 ……本当におかしすぎる。おかしすぎる家族だよ。

 この怪しげな邸宅で出されるお食事、それに手を付けるのも躊躇したい気分だったけれど、気づけば私は昨日の朝ごはんから何も食べていない状態だった。

 グー……

 お腹のぺったんこ具合は、限界状態であることは言うまでもなかった。

 目の前にいるクロウディア様はとても上品にナイフとフォークを使って、ベーコンエッグみたいな卵料理を食されている。

 私も意を決して、それらを頂くことにした。

 味はとても美味しいし、どんどんお腹は満たされていくけれど、このお料理たちはこれまで見てきた帝国料理とは、違うもののように思えた。
 見た目にしても、味付けにしても。

「戦状態では、こういった正統なリューセリンヌ料理も口に運ぶのは久しぶりなのではありませんか? わたくしもたみ達と同じものを食したいのですが……」

「クロウディア様。国王様のご意向ですから、どうかお従いください」

 食べ終わって、ナプキンで口元を拭きながらクロウディア様がおっしゃると、続けざまに男性の声がした。

 クロウディア様が真っ直ぐに見ている視線の方に顔を向けると、相変わらずキラキラと爽やかな笑みを放っているローランディスさんが姿を現したのだった。

 そして、その後ろには、昨日夕日の沈む花園の中で跪いて私の目の前の女性の名前を呼んでいた、彼の父もいらっしゃった。

「グレイリー、お父様はまだ戦場からお戻りにならないの?」

 クロウディア様はそう言うと立ち上がって、お2人の方へツカツカと気高いお姿で近づいて行った。


 私はというと……まだ食べている途中だったけれど、そんなクロウディア様に顔を向けながら、ナイフとフォークを手にしたまま、それをテーブルの上に置いた状態で固まってしまっていた。

 昨夜、対面した時から全く私の思考と噛み合わない、クロウディア様の会話。

 まさか、彼女はまだリューセリンヌ国が存続していて……いまだに帝国と戦っている……そう思っているというの?
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