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第4部 彼の笑顔を取り戻すため
112.エミリアの挑戦
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「今日もダメだったぁ……」
ここは、ヘイゼル邸の本館の裏手にある“使用人の館”。
ロージーちゃんがいた時には時々遊びに来させてもらってお喋りなんかもしていた、癒されるような水色の壁紙にクリーム色した花柄のソファのある、使用人さん達のくつろぎスペースだ。
「エミリア様、坊っちゃまのお心を溶かすには、きっとまだ時間が必要なのですよ。ガッカリなさらないでください」
そう言って私の前の白くて縁が金色になっているティーカップにお茶を注いでくれているのは、マグレッタさんだ。
その熱くて美味しいお茶を口に運びながら、ここ最近のアルフリードとの出来事を思い返した。
“過去の私”復刻作戦。
これは、出会った頃から婚約破棄をするまでの、私とアルフリードとの楽しかった思い出を再現するプロジェクトだ。
そうすれば、その頃の私の大好きな彼も戻ってくるんじゃないか……
それがこの作戦の狙いだった。
まず最初に始めたのは、彼との出会いの場面を再現するってところから。
皇太子様と他の皇城で働く人々との架け橋となる、側近であるアルフリード。
彼の人当たりがものすごく悪くなってしまった事で、スムーズに連携が取れなくなり、迷惑を被っている人も多かった。
そういった、元の彼に戻って欲しいっていう有志を集めて、あの迎賓館でのエルラルゴ王子様の歓迎パーティーを再現した訳だ。
時間になり、参加者達でひしめく会場の中から、エスニョーラの騎士服を着た私が登場。
そして、エルラルゴ王子様の代わりのユラリスさんと、その横に立ってるアルフリードの前で、
『私はエミリア・エスニョーラ。皇女様、わたしをあなたの女騎士にしてください!』
あの恥ずかしいセリフを必死になって叫びながら、一応、女騎士姿の時にはいつも腰にぶら下げている騎士訓練生用の剣を鞘から抜いて床に突き立てる。
その次に、
『あんた人の婚約者に向かって何してんの?』
私の背後から、キレ気味の軍服姿の凛々しい皇女様ご登場。
そして、ガチガチと手を震わせながら鞘から剣を抜いて、私に切り掛かるようなポーズ。
ここで! あの時ならアルフリードは、私のことを抱き上げて、
『君、こちらに来て!……しっかり、つかまってて』
と言って、テラスに出る開けっ放しのガラス戸から、私を抱いたまま外に飛び出してしまうんだけど……
目の前にいる彼は、こんな小芝居に付き合ってられるか、と言わんばかりにズボンのポケットに両手を突っ込んで、横を向いてとってもつまらなそうな顔をしている。
周りでエキストラ的に一緒に参加して下さっていた人々も、やっぱりダメか……という空気を漂わせている中、こういう状況用に用意していた台本に従って、私は彼の手を引っ張ってガラス戸から外に走って出た。
そして、待機してもらってたガンブレッドに乗っかり、ヘイゼル邸へ。
ガンブレッドを見ると本能的に乗っかりたくなるようで、アルフリードはちゃんと私の後ろに乗っかってはくれたけど、邸宅に到着した後は特に変わった様子もなく。
あの時のように、後から遅れてやってきた公爵様とお父様もスルーして、自室へ戻ってしまった。
『エミリア嬢、もう遅い時間だから帰りなさい』
『そうだぞ。先日渡した婚約証も、陛下はまだ受け取っていないとおっしゃっていた。婚姻が決まるまでは、お泊まりはもう許さんぞ……!』
そうして元婚約者パパと、実のパパからも阻止され、クロウディア様の部屋着に着替える再現まで進むことなく、この日は終了。
忘れられない初対面の再現は、あえなく失敗に終わった。
別の日はエスニョーラ邸に初めて来た時みたいに、お母様とティールームでお茶をしてお母様が席を立ったところで、私の口の端に皇城のパティシエさんのケーキの食べかすをくっつけておくシチュエーションをやってみることに。
気まぐれになってしまった彼は、この時は、当時のように私の口元に手を伸ばして、かすめ取った食べかすを自分の口にパクリと入れて、憂いに満ちた表情を浮かべた。
これは……成功なの?
当惑しながら見つめていると、彼は私の耳元に顔を寄せて、
『君のことも食べたい』
私はもちろん、心臓をドクンッと鳴らして、顔を真っ赤にさせたけれど、それと同時に……
以前の彼だったら、こんな事言わなかったのに……
そんな複雑な気持ちになってしまった。
そして、この日はうるさく言うお父様もお兄様もいなかったので、彼の心を繋ぎ止めておきたい私は自室に彼を案内してしまったのだけど、その途端、
『やっぱり……やーめた』
彼は部屋に入るなり、先日のように、そう言って帰ってしまったのだった。
そして今日は皇城にて、皇女様とエルラルゴ王子様がチューしていた現場を目撃してしまった時の再現にトライしてみた。
再現といっても、この時は執務室のミーティングルームで、それを目撃してしまった私が部屋を飛び出した所にちょうどいたアルフリードに半泣きしながら抱きついてしまった、というシチュエーションなので全然大変じゃないんだけど。
アル中治療が終わった現在、今までずっとそばに付いていたのに、いきなり辞めてしまうのも心配なので、少しずつ彼から離れている時間を作って様子を見ながら、最終的には私はまた皇女様の女騎士に戻る、という予定で進めていた。
ちなみに、皇帝陛下が戻られた今、皇太子様は陛下にお仕事の引き継ぎ中で、まだ皇太子様の執務室は皇女様が使用している状態だった。
アルフリードから離れている時間帯に執務室で待ち伏せしていると、彼が部屋の前を通り掛かる時にお願いしていた合図を、見張りの騎士さんが送ってきた。
あのお美しい皇女様とエルラルゴ王子様のキスシーン……自分はもう恐ろしいほどアルフリードと交わしているものだけど、いまだにあの光景は鳥肌が立つほど衝撃的なものだった。
その時の事を思い浮かべて……足早に廊下を歩いているアルフリードに向かって、体当たりするように勢いよく抱きつき、体を震わせながら、涙を浮かべて彼の顔を見上げた。
あの時の彼は驚いたように声をかけて、優しく背中をさすったりしてくれたのに……
アルフリードは迷惑そうに眉間にしわを寄せて、私の顔を見つめているだけだ。
そして、私の両腕を掴んで、抱いている彼の腰から離させると、一言も何も言わずに、行こうとしていた方向にまた足早に去って行ってしまった。
お茶をすすりながら、1人廊下に取り残されたその時の、虚しい感覚を私は思い出していた。
アルフリードの送り迎えは毎日続けているので、今日もそんな事があったとはいえ彼を皇城からヘイゼル邸に送ってきたところ、休憩中だったマグレッタさんに誘われて、使用人の館でお茶をご馳走になっているのだ。
「次は、このお屋敷の大舞踏室であった婚約披露パーティーの再現をしようかと思っているんです……ですが、出席者のエキストラさんも沢山必要なのに、失敗した迎賓館での初対面シーンに参加してくれた人達には声を掛けづらいし、演出のプロデュースをしたエルラルゴ王子様もいないから、再現できるか心配なんです……」
私はそうした愚痴をマグレッタさんにこぼしていた。
「私もお2人のそのパーティーの事を母やロージーから聞いて、参加してみたかったと思っています。しかし、何もかもを忠実に再現できないのは、仕方ないのでは? 坊っちゃまのお喜びになりそうな事を少しずつされては、いかがでしょう」
お茶が無くなってしまった私のカップにお代わりを注ぎながら、マグレッタさんは落ち着いた様子で語りかけた。
あの披露会のたくさんの招待客の中には、彼女のお母様でアルフリードの乳母であるステア様もいらっしゃった。
ロージーちゃんはメイドとして、会の最中はお仕事をしていたのだろう。
「そうですね……あの時のアルフリードはとっても幸せそうで、楽しそうで……あの時の感覚を思い出してもらいたいけど、これは飛ばして、次は初めて帝都に連れて行ってくれた時の事をやってみようと思います!」
そう決めて顔を上げると、前のソファに腰掛けていたマグレッタさんは、ご自分のカップに手を掛けて、優しく微笑んで下さった。
あの披露会の時、マグレッタさんは旦那さんが仕えている領主のお屋敷に、同じように使用人さんとして働きに行っていた。そちらのお仕事が忙しくて出席できなかったのだそうだ。
そういえば……初めてマグレッタさんとお会いしたのは、どうしても使用人経典の秘密が知りたくて、ローダリアン地方のステア様のお宅にお邪魔した時だった。
あの時、マグレッタさんは不思議な事を私にだけ伝えてきたんだった。
「あの……私ずっと気になっていた事があるんです。以前、“花泥棒に注意して”とおっしゃっていましたよね? あれの意味が、今でも全然分からなくって……」
私がそう言うと、マグレッタさんは静かに飲んでいたカップを置いた。
「あの時は、突然申し訳ありませんでした。ヘイゼル邸に奥方として入られる方には以前よりお伝えしたいと思っていたのですが、次はいつエミリア様とお会いできるか分からなかったもので、あのような形になってしまいました」
「そ、そうだったんですね……昔、クロウディア様のお花が根こそぎ無くなっていた事があったと、庭師のエリックさんから聞いたことがあるんですけど、それと関係してたりするのでしょうか?」
ヘイゼル邸の謎の1つである、お花根こそぎ消失事件。
クロウディア様は、生前ご祖国のお花をお屋敷に植えていたけど、アルフリードの社交デビュー前のある日、1度根付くと消えないくらい丈夫なその花達が、急に無くなってしまったそうなのだ。
公爵様が真相を調べているらしいが、その後どうなったのか私には分からない。
マグレッタさんは私の問いかけを聞くと、ソファから立ち上がった。
「エミリア様、こちらへいらして下さい」
そう言われて彼女の後を付いていくと、館の外に出てヘイゼル邸の敷地内にある、とある場所に辿り着いた。
そこは敷地のかなり外れの方で、アルフリードにも案内されたことがない場所だった。
石造りのそこそこ大きな建物で、リフォーム計画にも組み込んでいなかった場所なのに、外観も厳かながら綺麗にしてあって、整備が行き届いていた。
「ここはヘイゼル公爵家の代々のご祖先が眠る霊廟です。ここにはクロウディア様も眠っておられます。エミリア様が先ほどお話しした事件……それは、クロウディア様が亡くなりこちらに運ばれた2日後に起こったものでした」
マグレッタさんは、当時の事をこの場で私に語り始めた。
※メモ
・再現の収録話「4.序章:そう、それは完全なる勘違いだった」「11.ティールームにて 皇女様からのお誘い編」「19.見てはいけないもの」
・お花根こそぎ消失事件の登場話「45.イェーガーなエスニョーラ part1」
・マグレッタさん初登場シーン「62.嵐の一夜と虹」
ここは、ヘイゼル邸の本館の裏手にある“使用人の館”。
ロージーちゃんがいた時には時々遊びに来させてもらってお喋りなんかもしていた、癒されるような水色の壁紙にクリーム色した花柄のソファのある、使用人さん達のくつろぎスペースだ。
「エミリア様、坊っちゃまのお心を溶かすには、きっとまだ時間が必要なのですよ。ガッカリなさらないでください」
そう言って私の前の白くて縁が金色になっているティーカップにお茶を注いでくれているのは、マグレッタさんだ。
その熱くて美味しいお茶を口に運びながら、ここ最近のアルフリードとの出来事を思い返した。
“過去の私”復刻作戦。
これは、出会った頃から婚約破棄をするまでの、私とアルフリードとの楽しかった思い出を再現するプロジェクトだ。
そうすれば、その頃の私の大好きな彼も戻ってくるんじゃないか……
それがこの作戦の狙いだった。
まず最初に始めたのは、彼との出会いの場面を再現するってところから。
皇太子様と他の皇城で働く人々との架け橋となる、側近であるアルフリード。
彼の人当たりがものすごく悪くなってしまった事で、スムーズに連携が取れなくなり、迷惑を被っている人も多かった。
そういった、元の彼に戻って欲しいっていう有志を集めて、あの迎賓館でのエルラルゴ王子様の歓迎パーティーを再現した訳だ。
時間になり、参加者達でひしめく会場の中から、エスニョーラの騎士服を着た私が登場。
そして、エルラルゴ王子様の代わりのユラリスさんと、その横に立ってるアルフリードの前で、
『私はエミリア・エスニョーラ。皇女様、わたしをあなたの女騎士にしてください!』
あの恥ずかしいセリフを必死になって叫びながら、一応、女騎士姿の時にはいつも腰にぶら下げている騎士訓練生用の剣を鞘から抜いて床に突き立てる。
その次に、
『あんた人の婚約者に向かって何してんの?』
私の背後から、キレ気味の軍服姿の凛々しい皇女様ご登場。
そして、ガチガチと手を震わせながら鞘から剣を抜いて、私に切り掛かるようなポーズ。
ここで! あの時ならアルフリードは、私のことを抱き上げて、
『君、こちらに来て!……しっかり、つかまってて』
と言って、テラスに出る開けっ放しのガラス戸から、私を抱いたまま外に飛び出してしまうんだけど……
目の前にいる彼は、こんな小芝居に付き合ってられるか、と言わんばかりにズボンのポケットに両手を突っ込んで、横を向いてとってもつまらなそうな顔をしている。
周りでエキストラ的に一緒に参加して下さっていた人々も、やっぱりダメか……という空気を漂わせている中、こういう状況用に用意していた台本に従って、私は彼の手を引っ張ってガラス戸から外に走って出た。
そして、待機してもらってたガンブレッドに乗っかり、ヘイゼル邸へ。
ガンブレッドを見ると本能的に乗っかりたくなるようで、アルフリードはちゃんと私の後ろに乗っかってはくれたけど、邸宅に到着した後は特に変わった様子もなく。
あの時のように、後から遅れてやってきた公爵様とお父様もスルーして、自室へ戻ってしまった。
『エミリア嬢、もう遅い時間だから帰りなさい』
『そうだぞ。先日渡した婚約証も、陛下はまだ受け取っていないとおっしゃっていた。婚姻が決まるまでは、お泊まりはもう許さんぞ……!』
そうして元婚約者パパと、実のパパからも阻止され、クロウディア様の部屋着に着替える再現まで進むことなく、この日は終了。
忘れられない初対面の再現は、あえなく失敗に終わった。
別の日はエスニョーラ邸に初めて来た時みたいに、お母様とティールームでお茶をしてお母様が席を立ったところで、私の口の端に皇城のパティシエさんのケーキの食べかすをくっつけておくシチュエーションをやってみることに。
気まぐれになってしまった彼は、この時は、当時のように私の口元に手を伸ばして、かすめ取った食べかすを自分の口にパクリと入れて、憂いに満ちた表情を浮かべた。
これは……成功なの?
当惑しながら見つめていると、彼は私の耳元に顔を寄せて、
『君のことも食べたい』
私はもちろん、心臓をドクンッと鳴らして、顔を真っ赤にさせたけれど、それと同時に……
以前の彼だったら、こんな事言わなかったのに……
そんな複雑な気持ちになってしまった。
そして、この日はうるさく言うお父様もお兄様もいなかったので、彼の心を繋ぎ止めておきたい私は自室に彼を案内してしまったのだけど、その途端、
『やっぱり……やーめた』
彼は部屋に入るなり、先日のように、そう言って帰ってしまったのだった。
そして今日は皇城にて、皇女様とエルラルゴ王子様がチューしていた現場を目撃してしまった時の再現にトライしてみた。
再現といっても、この時は執務室のミーティングルームで、それを目撃してしまった私が部屋を飛び出した所にちょうどいたアルフリードに半泣きしながら抱きついてしまった、というシチュエーションなので全然大変じゃないんだけど。
アル中治療が終わった現在、今までずっとそばに付いていたのに、いきなり辞めてしまうのも心配なので、少しずつ彼から離れている時間を作って様子を見ながら、最終的には私はまた皇女様の女騎士に戻る、という予定で進めていた。
ちなみに、皇帝陛下が戻られた今、皇太子様は陛下にお仕事の引き継ぎ中で、まだ皇太子様の執務室は皇女様が使用している状態だった。
アルフリードから離れている時間帯に執務室で待ち伏せしていると、彼が部屋の前を通り掛かる時にお願いしていた合図を、見張りの騎士さんが送ってきた。
あのお美しい皇女様とエルラルゴ王子様のキスシーン……自分はもう恐ろしいほどアルフリードと交わしているものだけど、いまだにあの光景は鳥肌が立つほど衝撃的なものだった。
その時の事を思い浮かべて……足早に廊下を歩いているアルフリードに向かって、体当たりするように勢いよく抱きつき、体を震わせながら、涙を浮かべて彼の顔を見上げた。
あの時の彼は驚いたように声をかけて、優しく背中をさすったりしてくれたのに……
アルフリードは迷惑そうに眉間にしわを寄せて、私の顔を見つめているだけだ。
そして、私の両腕を掴んで、抱いている彼の腰から離させると、一言も何も言わずに、行こうとしていた方向にまた足早に去って行ってしまった。
お茶をすすりながら、1人廊下に取り残されたその時の、虚しい感覚を私は思い出していた。
アルフリードの送り迎えは毎日続けているので、今日もそんな事があったとはいえ彼を皇城からヘイゼル邸に送ってきたところ、休憩中だったマグレッタさんに誘われて、使用人の館でお茶をご馳走になっているのだ。
「次は、このお屋敷の大舞踏室であった婚約披露パーティーの再現をしようかと思っているんです……ですが、出席者のエキストラさんも沢山必要なのに、失敗した迎賓館での初対面シーンに参加してくれた人達には声を掛けづらいし、演出のプロデュースをしたエルラルゴ王子様もいないから、再現できるか心配なんです……」
私はそうした愚痴をマグレッタさんにこぼしていた。
「私もお2人のそのパーティーの事を母やロージーから聞いて、参加してみたかったと思っています。しかし、何もかもを忠実に再現できないのは、仕方ないのでは? 坊っちゃまのお喜びになりそうな事を少しずつされては、いかがでしょう」
お茶が無くなってしまった私のカップにお代わりを注ぎながら、マグレッタさんは落ち着いた様子で語りかけた。
あの披露会のたくさんの招待客の中には、彼女のお母様でアルフリードの乳母であるステア様もいらっしゃった。
ロージーちゃんはメイドとして、会の最中はお仕事をしていたのだろう。
「そうですね……あの時のアルフリードはとっても幸せそうで、楽しそうで……あの時の感覚を思い出してもらいたいけど、これは飛ばして、次は初めて帝都に連れて行ってくれた時の事をやってみようと思います!」
そう決めて顔を上げると、前のソファに腰掛けていたマグレッタさんは、ご自分のカップに手を掛けて、優しく微笑んで下さった。
あの披露会の時、マグレッタさんは旦那さんが仕えている領主のお屋敷に、同じように使用人さんとして働きに行っていた。そちらのお仕事が忙しくて出席できなかったのだそうだ。
そういえば……初めてマグレッタさんとお会いしたのは、どうしても使用人経典の秘密が知りたくて、ローダリアン地方のステア様のお宅にお邪魔した時だった。
あの時、マグレッタさんは不思議な事を私にだけ伝えてきたんだった。
「あの……私ずっと気になっていた事があるんです。以前、“花泥棒に注意して”とおっしゃっていましたよね? あれの意味が、今でも全然分からなくって……」
私がそう言うと、マグレッタさんは静かに飲んでいたカップを置いた。
「あの時は、突然申し訳ありませんでした。ヘイゼル邸に奥方として入られる方には以前よりお伝えしたいと思っていたのですが、次はいつエミリア様とお会いできるか分からなかったもので、あのような形になってしまいました」
「そ、そうだったんですね……昔、クロウディア様のお花が根こそぎ無くなっていた事があったと、庭師のエリックさんから聞いたことがあるんですけど、それと関係してたりするのでしょうか?」
ヘイゼル邸の謎の1つである、お花根こそぎ消失事件。
クロウディア様は、生前ご祖国のお花をお屋敷に植えていたけど、アルフリードの社交デビュー前のある日、1度根付くと消えないくらい丈夫なその花達が、急に無くなってしまったそうなのだ。
公爵様が真相を調べているらしいが、その後どうなったのか私には分からない。
マグレッタさんは私の問いかけを聞くと、ソファから立ち上がった。
「エミリア様、こちらへいらして下さい」
そう言われて彼女の後を付いていくと、館の外に出てヘイゼル邸の敷地内にある、とある場所に辿り着いた。
そこは敷地のかなり外れの方で、アルフリードにも案内されたことがない場所だった。
石造りのそこそこ大きな建物で、リフォーム計画にも組み込んでいなかった場所なのに、外観も厳かながら綺麗にしてあって、整備が行き届いていた。
「ここはヘイゼル公爵家の代々のご祖先が眠る霊廟です。ここにはクロウディア様も眠っておられます。エミリア様が先ほどお話しした事件……それは、クロウディア様が亡くなりこちらに運ばれた2日後に起こったものでした」
マグレッタさんは、当時の事をこの場で私に語り始めた。
※メモ
・再現の収録話「4.序章:そう、それは完全なる勘違いだった」「11.ティールームにて 皇女様からのお誘い編」「19.見てはいけないもの」
・お花根こそぎ消失事件の登場話「45.イェーガーなエスニョーラ part1」
・マグレッタさん初登場シーン「62.嵐の一夜と虹」
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