皇女様の女騎士に志願したところ彼女を想って死ぬはずだった公爵子息に溺愛されました

ねむりまき

文字の大きさ
上 下
111 / 169
第4部 彼の笑顔を取り戻すため

109.もう1つの王国

しおりを挟む
 ペロペロ ペロペロ

 落ち着きを取り戻して部屋の隅で寝そべっているフローリアの顔を、横で立っているガンブレッドがその長い首を下げて舐め回している。

「おめでとうございます。ご懐妊です、お腹に赤ちゃんがいます」

 フローリアのことを診て下さったお医者様から告げられた、まさか……まさかの一言。

 そ、そんなバカな……一体、いつ!?
 主人である私の許可も得ないで、大事なフローリアにこんな真似しでかしたのは、どこの馬の骨!!?

 ……まぁ、その可能性大なのは言うまでもなく、彼女のことをヒマさえあればずっと舐め続けてる、あそこの栗毛の男の子だろうけど。

「体調の微妙な変化に、ついオーバーリアクションになってしまったようですね。静かに休ませれば、またすぐに動き回れるようになるでしょう」

 そう言ってお医者様はよくあること、という感じで全く動じることもなく、去って行ってしまった。

 だけど、よかったぁ! このままアルフリードだけでなく、フローリアまでどうかしてしまったら私は……きっと立ち直れなかったと思う。

「う~ん、うまやの管轄の者からは、エミリア様が肖像画の整理に訪れていた日に、使用人の目を盗んでガンブレッドが彼女に××チョメチョメしていたと報告がきています。もしこの時だとすると……妊娠4ヶ月という事になりそうですね」

 急に懐からノートらしきものを取り出したヘイゼル騎士団長さんが、核心に迫るような話をし始めた。

 やっぱり、相手はあの子しか考えられないよね……

 ガンブレッドやここにいる彼のパパとママも、何も無い時は運動不足にならないように、この広大なヘイゼル邸の敷地を使用人さんがお散歩させたり、併設されている馬場で好きに動き回っていたりする。

 その時に多分フローリアは、そういう事態に陥ってしまったんだろう……

 そう考えると彼らがこの前、今生の別れのように振る舞っていたのも納得だよ。
 生まれてくるベイビーを見てみない限りハッキリとしたことは言えないけど……もはや夫婦と見なして問題もなさそうだ。

 しかし、騎士団長さんが言ってた厩の管轄って?
 ここでは彼の部下の騎士さんを見かけた事なんか無いけど、ガンブレッドが××チョメチョメしてた事をどうやって知ったんだろ。

 この間、マグレッタさんが言っていた“見られていますからね”という世にも奇妙な一言、あれとも関係している気がするんだけど。

 そんな事を考えていた私の横から、最近ではお酒を欲する以外に自ら進んで動くことがほぼ無いアルフリードが、珍しく前に進み出た。

 そして、寝そべっているフローリアのそばに行ってしゃがみ込むと、彼女の頭についているタテガミをワシャワシャと撫で始めた。

 その顔は冷めた無表情ではあったけど、そんな彼でもフローリアやガンブレッドに対する愛情は以前と変わらないんだ、ということを知らしめてくれて、私の胸はジーンと震えていた。


「あらまぁ……アルがこんな事になるなんて、私も読みが甘かったわね」

 あの恐ろしい禁断症状を発した日以来、アルフリードはたまに夜中にフラッと扉の破壊された倉庫に行こうとしていたけど、その度に見張りの騎士さんに止められて、首後ろの急所を押されて眠りについていた。

 あの治療のおかげか、そうした兆候も最近は現れなくなってはいたけど、大量のお酒を物理的に遠ざけるため、ルランシア様を探して欲しいという私の切なる願いを騎士団長さんは叶えて下さったようだ。

「ル、ルランシア様……彼がこうなってしまったのは全部私のせいなんです。大事な甥御おいごさんをこんな事にしてしまって、ごめんなさい……」

 ヒュッゲで心地いい、いつもの応接室でアルフリードの手を握ってソファに座っていた私だったけれど、アグレッシブな様子で入ってきた彼の叔母様に向かって、立ち上がり深々とお辞儀をした。

「ヘイゼル騎士の人からアルの事を最初聞いた時は驚いちゃったけど、お父様も嫌なことがあると、すぐにお酒に走ってたものね。アルとお父様は全然タイプが違ったから、そんな所が似るなんて思いも寄らなかったわ!」

 彼女はあっけらかんとしながら1人掛けソファにドカッ! と勢いよく腰掛けた。

 ルランシア様のお父様でアルフリードのお祖父様は、リューセリンヌ亡国の王様だった。

 私も彼の母方が酒癖が悪いという性質にもっと勘を働かせておけば、彼をここまで酷い状態に追い詰めてしまう事はなかったかもしれない……

 いや、そもそも私が彼のプロポーズを拒否さえしなければ、何も起こらなかったんだから、お酒のせいにするのもいけないな……

「2人とも人生こんな事もあるし、クヨクヨしないで。しかし、この状態じゃ一刻も早くお酒たちをここから撤去しちゃいたいわね。どうしようかしら……」

 そんなポジティブに慰めてくれるルランシア様は、肘掛けに頬杖を付いて考え始めた。

「エミリア様、10分たちました」

 アルフリードが暴れないように、監視役のヘイゼル騎士団長さんはここにもいて、ちゃんと忘れずに私の任務の時間を伝えてくれた。

 致し方なく、ルランシア様との会話の途中で、隣りに座っているアルフリードに抱きついて任務をこなしていると、

「あら? ギャザウェル団長じゃない! この部屋に案内された時はマグレッタもいたし。 何だか、お姉さまがいた頃に戻ってきたみたいだわ~」

 そんなふうにして、彼女のお姉さまクロウディア様の専属騎士さんと、専属メイドさんだった2人を懐かしむルランシア様。

 キスをし終えたアルフリードは、彼女のように当時を懐かしむ素振りもなく、私がすることにも全然興味がなさそうにしている。

 この間フローリアが倒れる前にあったように、自ら私にしてくれる事が、最近はごく稀に起こるようになっていた。

 だけど、そのタイミングにはムラがあるようで、私は団長さんと思い出話をしているルランシア様を尻目に、彼の心が私の方に戻ってきてくれるように、その体を思い切り抱きしめた。


 そういえば……この間、ユラリスさんの話で思い出した黒い騎士のこと。

 あれは元リューセリンヌの城に入って行った訳だけど、以前そこに住んでいたルランシア様。

 1番最初にあのお城が見える森に連れて行って、あそこが今では帝国に所属する領主の騎士団が、国境警備の拠点として占拠してると教えてくれたのだ。

 今まで思いつきもしなかったけど……何か知ってたりするだろうか?

 ちなみに、その領主の人には皇城からも、エスニョーラの諜報隊からも調査が送られていたけど、この家門が黒い騎士をかくまっているという決定的なものは掴めていなかった。

「黒い鎧ですって?」

 1年くらい前にアルフリードとお城に黒い騎士が入って行くのを見たこと、そしてナディクスの王子様達が彼らに襲われたらしい事をお話すると、ルランシア様はソファから身を乗り出した。

「それが同じものかは分からないけど……私がまだあの城にいた頃、深い地下室に黒い鎧の山が置いてあったのを見たことがあるわ」

 お、おお……!
 聞いてみるものだった。少し話が広がりそうだ。

「むかーし、栄えていた頃のリューセリンヌは今の帝国みたいに至る所に騎士がいて、王族の男子も皆んな騎士の称号を持ってたくらいなのよ。その名残で、ほら、エミリアちゃんの婚約パーティーにも来てた、私のいとこのグレイリーは王国の騎士長をやってたわ」

 えっと、確かにグレイリーさんという方は2年前のアルフリードとの婚約披露会に出席されていた。

 お兄様からもらった貴族家の問題集にも、この方が帝国との戦いを指揮するリューセリンヌのトップであったと記されていた。

 ただ、ルランシア様の言う通り、騎士長というのは王族の男子が代々受け継いできた称号という伝統の名残だったし、降伏後は全く抵抗がなかったので、危険人物ではないと判断された。

 そして、亡国とはいえ元王族という身分を保障されて、帝国は彼を始め、クロウディア様にルランシア様たちを貴族として受け入れたのだった。

 以前リリーナ姫のパートナー選考会で、アルフリードに気さくに話しかけていた彼のはとこ、ローランディスさんはそのグレイリーさんの息子になる。

「滅びる直前は国民も減っちゃったし、騎士も華美な鎧の近衛騎士しかいなかったから、一般兵用の黒い鎧は長い間、城の奥に放置されてしまってたのよね」

 そうルランシア様は続けた。

 とすれば、リューセリンヌのお城に眠っていたその鎧を何者かが引っ張り出してきて、キャルン国の元騎士達に与えて何かを企んでいる線が濃厚ってことか……?

「だけど、あのお城の地下室はお父様が、我が国の長年の歴史を帝国に明け渡す訳にはいかない、とか何とか言って、入り口を分からないように塞いでしまった筈なのよね」

 いくら戦いがとっくの昔に終わっているとはいえ、亡き国王様の必死の行動を、もう時効だと言わんばかりにルランシア様は惜しげもなくこのヘイゼル邸で暴露してしまった。

「あ、そうだ! グレイリー達にも何か心当たりがないか聞いてみようかしら? ついでに、あそこの邸宅にとりあえずお酒達を移動させてもらおうかしらね」

 さらに、黒騎士の話が展開を迎えそうな気配と、お酒の撤去場所が新しく見つかり、ルランシア様は意気揚々と引き上げて行った。


 私とアルフリードは、お腹に新たな命を宿したフローリアの所で過ごす時間が増えていた。

「お馬さんの妊娠時期は11ヶ月くらいなんだって。だから……あと7ヶ月くらいかな」

 私はアルフリードの逞しい腕に抱きついて、元気に戻ったフローリアを眺めながら独り言のように呟いた。

 今は8月の終わりなので、来年の3月くらいにはフローリアと、おそらく……ガンブレッドとの赤ちゃんが見れるはず!

「……君は子どもは欲しくないの?」

 え……?
 な、なんだろう。今、確かに私に話しかける声が聞こえた気がしたんだけど……

 しかも、私の大好きなあの人の声……?

「ねえ、どうなの?」

 何が起こったのか分からず混乱していると、また声がして、私の口は……彼の口づけによって完全に塞がれていた。







・グレイリーが出てきた話「24.避けられる理由 披露会編2」
・ルランシア様が初めてお城を案内してくれた話「39.遠乗り」
しおりを挟む
【Twitterで作品イメージの投稿始めました】
#皇女様の女騎士イメージ

↑クリックでイメージ投稿のみ表示されます
感想 15

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

window
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

処理中です...