皇女様の女騎士に志願したところ彼女を想って死ぬはずだった公爵子息に溺愛されました

ねむりまき

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第4部 彼の笑顔を取り戻すため

103.エミリアが隠されてなかったら

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 公爵子息アルフリード。

 私が2年間ずっと奮闘し続けていたのも虚しく、爽やかな上品で控えめな笑顔をたたえていた以前の彼は、どこかに消えてしまった。

 そして、この世界で奮闘する私の毎日は変わることはないけれど、その目的は変化することとなった。

<エミリアが奮闘する目的>
 その1. 21歳になる皇女様が馬車事故で死んでしまうのを阻止すること

 その2. 消えてしまった大好きなアルフリードの笑顔を取り戻すこと……


 もともと“その1”は、アルフリードの闇堕ちを回避するのとセットだったけど、回避できなかった以上、もう単純に私の主人である皇女様をお救いするため。それ以上でもそれ以下でもない。


 あの日、彼が目覚めてすぐ駆けつけてもらったお医者様から、こう言われた。

「これは、ひどいアルコール中毒です。目覚めているように見えますが、まだ意識が完全には戻っていない状態ですから、しばらくの間は安静にして寝かしてあげてください」

 原作の彼は、皇女様の死でショックを受けた際、父方のヘイゼル家の性質であるひどい女の人好きが発現して、いろんなご令嬢に手を出しまくるという状態に陥ってしまった。

 しかし今回は、私から婚約破棄されるというショックにより、どうやら叔母様であるルランシア様を見ての通り、母方のお酒好きという性質の方が色濃く発現してしまったようだった。
 陛下と公爵様のために薬膳酒を作った時にも、彼のお祖父様であるリューセリンヌの国王様もお酒好きだったって、ルランシア様はおっしゃっていた。


 それから、私は彼のベッドの横で付きっきりでお世話をした。

 彼は時々、まぶたを開けて、虚ろな瞳で天井を見つめていたり、上半身を起こしたりはしたけど、自らベッドから出て起き上がることはしなかった。

 お着替えさせたり、体を拭いたりするのはヘイゼル家の使用人さんにお願いしていたけど、私はご飯を食べるお手伝いをしたり、話しかけたり、片時も離れずにずっと一緒にいて、手を握り続けていた。

 すると、1人のヘイゼル邸のメイドさんが部屋に入ってきて、私に紙を手渡した。

『もうずっと休んでいらっしゃいませんから、隣りのお部屋で少しお休みください』

 私の事を心配そうに見つめている、40代くらいのメイドさん。
 彼女はロージーちゃんのお母様で、アルフリードのお母様の専属メイドだったマグレッタさんだ。

 ロージーちゃんは、アルフリードが自らに短剣を突きつけているのと、私が泣き叫んでいる衝撃的な現場に立ち会ってしまったことで憔悴し切って、働くことができなくなってしまっていた。

 それに加えて、執事頭のゴリックさんや、長くお屋敷に務めている手練れの使用人さんたちが皆、山に療養に行った公爵様に付いて行ってしまっていて、アルフリードのこの緊急時にお屋敷を取り仕切れる人がいなくなってしまっていた。

 そこで急遽、ロージーちゃんが落ち着いて過ごすため実家に帰って行ったのと入れ違いで、長年ヘイゼル邸のメイドをしていたマグレッタさんがやってきたのだ。

 お酒で意識が朦朧としていたとはいえ、自ら命を絶とうとしていた瞬間に出くわしてから、今まで私は昼夜を問わず、彼のベッドの脇で立ったり座ったりしてお世話をして、もう4日くらいにはなるかもしれない。

 すると、無闇やたらに喋っちゃいけないヘイゼル邸 使用人経典の掟に縛られているマグレッタさんは、またメモを私の前に差し出した。

『その奥様のお洋服もずっと着ていらっしゃいます。坊っちゃまの事は私がお守りしていますから、お風呂に入って、お着替えもして、ベッドでお休みください』

 あ……そうだった、うちで縁談状の返事を書いていた時にインクをこぼしちゃって、着替えたクロウディア様の部屋着のまま、ここまで来ちゃってたんだ。

 ふと、この前、哀愁を帯びた表情でアルフリードが見ていた、彼のベッドを挟んで私の目の前にある、大きな窓に自分が映っていることに気づいた。

 髪の毛はボサボサだし、目の下にクマができて、疲れ切った顔をしている。
 それにお返ししようと思って、キレイに洗濯して保管していたクロウディア様の服はヨレヨレになってしまっている。

 もしアルフリードが正常な状態に戻ったときに、こんな姿を見たらきっと心配するだろうな……

 そう思って、マグレッタさんの言う通りにすることにした。

 別のメイドちゃんに案内されて、アルフリードのいる部屋の隣りの部屋に私は移動した。

 酒瓶だらけだった自室から運びこまれた彼がいるこの部屋には中扉があって、同じくらいの広さの寝室につながっている。

 そこにはちゃんとバスルームも付いていて、既に温かいお湯が張られているという素晴らしい状態だったので、すぐにメイドちゃんに背中を洗ってもらったのち、沐浴を開始した。

 お湯に浸かっていると、体の力が抜けてリラックスした感じがしてきて、私はこれまでの事を少し振り返った。


 私はひたすらに原作通りの筋書きを疑わずに、今まで行動してきた。

 皇女様が馬車事故で亡くなってしまった後、その死を受け入れられずに彼は様々な女性と恋愛関係になることで心の穴を埋めようとする。 
 だけど、皇女様以上の女性に出会うことはなく、人生に絶望して彼女を追って命を絶ってしまう。

 だから、彼は皇女様より他に死んでまで想いを遂げようとする人なんて、いないと思っていた。

 それなのに……私とお別れすることが原因で、こんな事になってしまうなんて。

 どうして、こんな事になってしまったんだろう……

 原作ではエミリアはずっとエスニョーラ邸で隠されていて、多分その生涯を外に出ることなく終えることになったんだと思う。
 もちろん、アルフリードに出会うこともなく。

 だけど、私が彼女に宿ったことで、アルフリードとエミリアは出会うことになった。

 原作との違いの始まりは、ここになるんだろうな。

 でも他の女性では、いくら深い関係になろうとも、皇女様を超えることにはならなかったのに、なんでエミリアだけこんな事になるんだろう……


 ……ちょっと待って。
 もし……もし、原作でアルフリードがエミリアと出会っていたとしたら、どうなっていたの?

 彼にとっての皇女様はおそらく、自分に愛情を注いでくれなかったお母様から受けた心の穴を埋めてくれる存在だった。

 だけどそんな皇女様がいなくなって、心の穴を埋めてくれる女性を探していた。

 それがもし、原作で隠されていて出会うことのなかったエミリアだったとしたら……?

 皇女様と王子様の回想話をしてくれた時に、彼が言っていた、

『はっきりと君が運命の人だと感じた』

 というセリフ。

 その感覚が、彼が出会うことがなかった唯一の女性、エミリアにしか持ち合わせていないものだったとしたら……?

 バシャバシャバシャッ!!

 私は思わず、お湯の中に下ろしていた両腕を水しぶきを上げながら持ち上げて、頭を抱え込んだ。

 そもそも……私と出会った時点で、闇堕ちなんか、しなかったってこと!?

 私の頭の中には、これまで頑張ってきた、彼を救うための仕込み作業が駆け巡っていた。

 リフォーム計画に、香水作り、リルリルの脅威から公爵様と陛下をお救いしたこと、王子様に捏造小説を渡したり、皇太子様と不仲にならないようにピアノで会話できるようになったり。

 そして……ずっと、彼とは皇女様のために婚約破棄しないと、いけないと思い込んでいた。

 だから、私も彼もこの世が終わってしまうくらい、傷つきながらもそれをしたのに……!!

 エミリアが原作でも運命の人だったとしたら、こんなことする必要なかったんじゃん!!!

 それなのに、アルフリードは……

 私の馬鹿……この大馬鹿……

 家族に彼とお別れした話をした時に、お母様も“どうしてそんなお馬鹿なこと”って言ってたけど、本当にその通りだ。


 私が彼の言う『運命の人』って言葉を信じなかったからだ……

 原作じゃなくて、目の前にいる彼を信じるべきだったのに……


 私は洗ってキレイにしてもらった顔を真っ赤にして、1人浴槽の中で泣き続けた。

 何としても……何としても私の大好きな、爽やかで控えめで上品な笑顔をこぼす元の彼に戻さなきゃいけない。


 だから、この事と、皇女様を馬車事故から守ること、その2点が私がこの世界で生きる新たな理由になった。



 あの日から1週間。相変わらず無表情で、時折、憂いを帯びた寂しげな表情をするけど、彼は食事もしっかり取るようになって、起きている時間も増えてきた。

 そんな中、再びお医者様である皇城でも働くオルワルト子爵様が、皇女様と私のお父様を伴って、アルフリードの経過をみるためにいらっしゃった。

「5,986,752 足す 47,598,682 引く 8,795,862 掛ける 47,985 は?」

「……2,149,227,612,420」

「ふむ、思考能力に問題はなさそうですね」

 子爵様は、意識がちゃんと正常になってるかチェックするため、彼に文章を読ませたり、絵を描かせたり、帝国に関するクイズなど、色んなテストを実施した。

 アルフリードは常に無表情で、冷め切った顔つきをしていたけど、そのどれもに的確に答えていった。
 激ムズの暗算問題にも、瞬時に答えを出してみせた。

「これでしたら、少し様子をみて皇城での側近業務にも戻れるでしょう」

 もう、以前の朗らかで、爽やかだった彼の面影はカケラも感じられない雰囲気に変貌してしまったけど、健康状態や認知機能なんかには問題がないみたいで、一先ひとまず安心した。

 すると、ベッドの真ん中で座っていた彼が、おもむろに足に掛けてあった布団をはいで、ベッドから降り始めた。

「ア、アルフリード、どうしたの。何か欲しいものでもあるの? 取ってきてあげるから、今はお医者様のお話を聞こう。ね?」

 私は彼の前に立ち塞がって、その体に抱きつくみたいにしながら、子どもに語りかけるみたいに声を掛けた。

 彼は一応、立ち止まってはくれたけど、顔を私から背けて吐き捨てるように言った。

「……酒。酒をくれ」

 この1週間、全く言葉を発することが無かった彼の最初の言葉に、私は目を見開いて固まることしか出来なかった。
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