皇女様の女騎士に志願したところ彼女を想って死ぬはずだった公爵子息に溺愛されました

ねむりまき

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第3部 君は僕を捨てないよね

99.世の中を甘く見てた代償

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「や、やめてください……離してっ」

 あまりの緊急事態に、私はなんとか自分の顔の前に腕をクロスさせて、この男性がやろうとしている事を阻止しようとした。

「今は誰とも婚約していないのでしょう? なら、これくらい、いいではありませんか」

 また、あり得ない事を言って、私の両腕を掴むと、再び顔を近づけてきた。

 はっ……この体の前で腕を掴まれた体勢……

 その時、私はある事を思い出して、とっさに右足を動かした。

 ……相手の股間めがけて勢いよく蹴り上げてやったのだ。

「!! う、うぐっ……」

 カデンシェ伯爵はイリスから以前教わった護身術の前に、あえなく股間を両手で押さえたまま、その場にしゃがみ込んでいった……

 い、今だ!! 
 私はそこに座り込んで悶えている人の脇をすり抜け、ともかくこの場からできる限り離れる事ばかりを考えながら、無我夢中で走りまくった。


 はぁ はぁ……
 も、もうこれくらい離れれば大丈夫かな。

 まさか、あの方が私の事をそんな目で見ていたなんて、全然気づかなかったよ……

 人って見た目によらないんだな。

 これからは財務部門へのお届けものは、側近であるお兄様かお父様に代わってもらうように、皇女様にお願いしよう……

 そう思いながら気を取り直して当初の任務を遂行するために、持ってる書類を届けるため、食糧部門のある建物へと私は入って行った。

「失礼いたします。 皇女様からのお届け物をお持ちしました!」

 目的の部署のお部屋に到着すると、そこにはバッツ次期子爵様という、20歳くらいの食糧部門担当の人が1人だけ座ってお仕事をされていた。

 その方は私の方をチラリと見ると、笑顔になって、

「どうもご苦労様です。それでは、そちらの机の上に置いておいて下さい」

 そう言われて、手のひらで示された机の方に移動すると、その方は立ち上がって私が入ってきたドアの方へ向かって行った。

 どうやら、出掛けていく所だったようだ。
 誰もいなくなってしまう前に、届けるのが間に合ってよかったー。

 内心ホッとしながら、その人が出ていくドアに背を向けながら机の上に書類を置いていると、

 ガッチャン……カチャリ

 という、ドアが閉まる音と、なぜか鍵を閉めるような音が聞こえた。

 ん? なんだ?

 そう思ってドアの方を振り向こうとした時、私の全身を再び悪寒が襲った……

 なんと、後ろから腰のあたりに手が回されてきて、ギュッと抱きしめられている……

「婚約相手がいなくなってすぐの方が、無防備に男が1人しかいない部屋に入ってくるなんて、不注意すぎますよ……」

 へ、へえぇ……?

 耳元のすぐ近くで聞こえてくるそのセリフに、さらにゾゾッとしながら、顔だけを後ろに振り向けてみる。

 そこには、さっきまで笑顔でいたバッツ次期子爵様が、なんというか、誘うような表情と眼差しで、こちらを見ているではないか……

 この方はこの部署の中では年齢も若いので、これまでは気さくで明るい印象があったんだけど、こんな事を平気でしてくる人だったなんて……!

「な、何するんですか!?」

 私が離れようと、腰に回された腕に手をかけてもがこうとすると、

「あなたがここに来るたびに、ずっとこうしたかった……このまま私のものになって下さい」

 さっきのカデンシェ伯爵と同じ……いや、それ以上にマジであり得ないセリフを吐きながら、さらに私の事をきつく抱きしめてきた。

 くっ……仕方ない、この体勢の時はこうするしかないっ……

「!! う、うぐっ……」

 私は腕を曲げて、相手のみぞおちに勢いよく肘鉄を食らわしてやった。

 そして、ひるんだ隙を見て相手の胸ぐらを後ろ手で掴み、ついでに床に向かって背負い投げも食らわしてやった。

 ガッターン!!

 すごい音がしているけど、ともかくここは逃げるしかない!

 なんとか鍵のかかってたドアをこじ開けて、食糧部門の入ってた建物から脱出した。


 い、一体、どういうことなのか……
 2人とも今まで、普通に接してた人なのに、態度がこんなに急変してしまうなんて。

 ま、まぁ、たまたま、どういう訳か変な気を起こした人に、今日だけ立て続けに出会ってしまっただけで、さすがにもうこんな事する人いないよね。

 ともかく、これからは食糧部門へのメッセンジャーも辞めさせてもうらうようにお願いしよう……そう思いながら、皇女様の執務室へ戻ろうとすると、

「花のように愛らしいエミリア嬢、今夜一緒にお食事でも、そしてその後は……」

 ドガッ バキッ ゲシッ

「ずっとあなたをお慕いしていました、この婚約証に今すぐサインを……」

 ガシッ バリッバリッバリッ ギュフ!!

「美しい亜麻色の髪の毛だ……食べてもいいですか?」

 ボフッ ダダダダダッ! ザックザク……


 ど、ど、どいうことなのか……?

 執務室へ行くまでの大したことのない距離で、5人もの皇城内で働く貴族家の男たちが、さっきの2人みたいな求愛行動と呼べるものを、私に仕掛けてきたのだ。

 その度に護身術をお見舞いしてやったので、今のところ私は難を逃れて無事だけど……

 帝国の貴族の独身男性って、こんなにも積極的なアプローチを取ってくる人達だったの? もう何もかもに驚きを隠せないよ。

 だけど、まさか、まさか……私の家族や、ロージーちゃんにヤエリゼ君まで心配していた“恐ろしいこと”ってこれのことだったりして?

 それに、アルフリードがXSサイズの兜を送ってきたのも、こういう事が起こるのを見越して、せめて顔だけも隠しておくようにってことだったとか……?

 い、いや……いくらなんでも、自惚れすぎだよ! 
 こんな事がそう何回も、何日も続く訳ないし。

 私は王子様のことで気持ちの整理をつけて、やっと元気になった皇女様に心配と迷惑を掛けまいと、この件はしばらく様子を見てからご相談することにした。

 そして、この日の勤務が終わって、足早にフローリアに乗り、エスニョーラ家に到着した時だった。

 お屋敷の玄関から白い何かが溢れ出していて、中に入ることができなくなってしまっている。

 玄関前のロータリーでフローリアから降りて近づいてみると、これはどうやら郵便物の山のようだ。

 そしてよくよく見てみると、その宛先には『エミリア・エスニョーラ』と書かれている!

 私はその中の1通を手に取って、封を開けてみた。

 これは以前、初めて王子様の歓迎会で人前に出てしまった時にも家に届いて、見たことがある内容のものだ。

 すなわち、私への縁談の申し入れ。

 ……って、この玄関を埋め尽くすほどの、この郵便物の山、全部が!!?

「もう、エミリアどうするのー!? 縁談状はお断りするにも、1通1通お返事を書かなくちゃならないのよ!」

「まさか、またこの作業をやる羽目になるとは思いませんでした……お嬢様、今すぐにでも公爵子息と復縁した方がいいですよ!」

 やっと縁談状の山を倉庫代わりに使うことが多くなってしまってる客間の1つに運び入れると、お母様とイリスが私に向かって一斉に抗議を申し立ててきた。

 それでも、腕まくりをして3人で仕分け作業と、『独身主義を貫きたいので縁談はお断りします』という返事をひたすら書き続けたけど……

 次の日も、次の日も、縁談状の山は届くばかりで、しまいには帝国以外の近隣諸国からも届くようになってしまっていた。


 そして……

「いやっ やめて下さい! 離してっ……」

 相変わらず、私に襲いかかってくる皇城で働く貴族男性は後を絶たず、私はついに皇女様にこの件について、ご相談する覚悟を決めた。

 この日もまた、廊下の隅っこで羽交締めにされそうになって、掴まれた手を必死に振りほどこうとしていると、急に相手の動きが止まった。

 なんだろう、と思って見てみると、私の手首を握ったままの相手は渋い顔をしながら、ある一点を見ている。

 その視線の先にいるのは……焦茶色の瞳を据わらせて、威圧感のある雰囲気でこちらを見つめている、アルフリードだった。

「うっ……」

 私の手を掴んでいた相手は、その雰囲気に圧倒されたようで、アルフリードは何もしていないのに私の手を離すと、その場から離れて行った。

 護身術を使わずにこの場を何とか切り抜けられてよかったけど、アルフリードに何て言おう……お礼は言った方がいいよね……

 そんな気まずさを感じながらも、掴まれていた手首を自分で握って、彼の方を見れないでいると、ツカツカと足音が近づいてきた。

 そして目の前に立った気配があったので見ると、それは相変わらず威圧感のある瞳で私の事を見下ろしている、アルフリードだった。

 2人きりでいるのはクロウディア様の中庭で婚約証を破いてお別れした、あの日以来初めてだ。

「あの……あ、ありがと……」

 彼を直視することができなくて、目線を逸らせながら、お礼を言おうとした時、

「こうなる事が最初から分かっていたから、君を手放したくなかったのに……!」

 そう言うと同時に、彼は私の体を真正面から勢いよく抱きしめた。






•護身術の話
「59.ママ先生による身を護るための授業」
•縁談状を仕分けしている以前の登場シーン
「19.見てはいけないもの」
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