23 / 169
第1部 隠された令嬢
23.囚われの姫に囚われた彼 披露会編1
しおりを挟む
「今回のテーマは、いつもの親しみやすい君の可愛らしさをあえて封印した”ミステリアスビューティー”」
あまりの変貌ぶりに鏡の中の私が目を見開いて硬直していると、王子様は持っていた化粧ブラシを指でくるりと回して、ビシッと私に向けた。
「隠された令嬢の名にふさわしく、まるで深い森の中に人知れず幽閉されていた囚われの姫のような神秘さと美しさを全面に引き出してみたのさ」
な、なるほど……王子様の脳内ではそんなストーリーが練り上げられていたのね。
「あの公爵邸の不気味さも、そんな姫がずっと囚われていた廃墟の城ってイメージを逆に利用して装飾や照明にもこだわってみたよ」
そうそう、王子様は披露会全体のプロデュースも任されているんだった。
あのお屋敷もすごい変貌を遂げたんだろうか……想像もつかない。
「お嬢様、婚約者様がお見えになりま……」
呼ばれてそちらを向くと、声をかけたメイドは口をあんぐりと開けて、固まっていた。
「し、失礼いたしました! あんまりお綺麗なので……」
頬を赤くして彼女は私が外に出る準備が整うまで、そそくさと部屋の入り口で待機していた。
気づけば準備を手伝ってくれている他のメイド達も、同じように頬を赤らめて言葉数も無くいつもと様子が違っていた。
「私は後でソフィと会場に向かうから。行ってらっしゃい」
準備が整うと、王子様はニコッとしながら部屋から出たところで私を見送った。
階段を降りて玄関ホールへ向かうと、金色の肩飾りの付いた黒い正装をまとったアルフリードがこちらを背にして立っていた。
ドレスの衣擦れの音に気づいたのか、こちらを振り返った。
いつもは下ろしている柔らかそうな前髪がキッチリと後ろに固められて、額が露わになっている。
今まで知っている彼とは雰囲気の違う整ったハンサムな顔立ちが視界に飛び込んできた。
それにスタイルの良さが際立つその正装姿は、まるで彼の周りだけキラキラと輝いているみたいに見える。
反対にアルフリードはといえば、私が初めて彼の前に現れた時みたいに、神妙な面持ちで固まってこちらを見ていたけれど、次第に催眠術にかかったみたいにボンヤリとした表情を浮かべていった。
「エミリア……なんて綺麗なんだ……こんなに美しいなんて。いや、言葉では表せないくらい……」
彼は私の手を取ると、もう何度もしたことがあるのに、なぜか恐る恐るその甲に口付けをした。
さっき……いつもならエミリア嬢と呼ぶのに、呼び捨てだったのは気のせい?
「エミリア。じゃあ、行こうか」
やっぱり気のせいじゃない!
彼が差し出した腕に、おずおずと私は自分の腕をからませた。
こうして触れるだけで心臓が狂ったみたいに高鳴り出す。
早くこの夜から解放されたい……私は祈るように心の中でそう唱えながら馬車に乗り込んだ。
公爵邸に到着するとまず目についたのは、暖炉の炎のようなオレンジ色の光が下からライトアップされた、屋敷の外観だった。
蔦がそこら中に絡みついているのも相まって、怪しげで幻想的な世界に入り込んだみたいな気がしてくる。
中に入ると、以前は暗闇に倹約のためかポツンポツンとしかロウソクの火が灯されていなかったけど、見違えるほど明るくなっていた。
といっても皇城やエスニョーラ邸より断然薄暗いのだが、アンティーク感漂う置物や、築年数を感じさせずにはいられない内装にもマッチした落ち着いた明るさで、怖さは不思議と感じさせないオシャレ空間と化していた。
会場となる舞踏室に向かう間、アルフリードは私の方を見つめては、夢から覚めたみたいにハッとして前を向くのだけど、気づくとまた私の方を見つめている、という動作を何回も繰り返していた。
私もそんな視線を感じると、思わず体が固まって頭の中が真っ白になりそうになる。
2人ともこんな状態で、招待客との対応が持つのだろうか……もっとしっかりしなくては!
「……それでは2人を紹介する」
時間となり招待客が集まった舞踏室の正面奥にある舞台上には、挨拶をしている公爵様と、お父様とお母様が立っている。
舞踏室は4階分はあろうかという吹き抜けに、立派なシャンデリアが何台も天井から吊るされていて、豪華だけれど厳かで、まるで石造りの礼拝堂のような雰囲気だ。
3人が立っている舞台の両サイドには2階部分へ上がれる立派な階段が備えつけられていて、会場の人々からは階段の影になって見えないスペースに私とアルフリードは待機していた。
公爵様からの合図を受けて、いよいよ人前に出なければいけないのかと思うと、分かっているのに緊張が走る。
思わず、アルフリードに絡めている腕に力がこもって震えてる……と自分自身で気づいたとき、トントンと肩を叩かれた。
見ると、アルフリードが“大丈夫”と声に出さずに口だけ開いて、いつもの優しい控えめな笑みを浮かべていた。
なぜかそれを見ると自信が湧いてきて、震えが止った。
アルフリードが歩き出すのに置いて行かれないように付いて舞台に出ると、こちらを見ている人々から一斉に息を飲む音が聞こえた。
ヒソヒソと話しているご婦人方が何人か見えたりする。
「こちらはエスニョーラ侯爵家の長女エミリア嬢だ。彼女は病弱でずっと邸宅で療養していたが、夢遊病によりあの日会場に迷い込んでしまった」
公爵様は簡単に私の紹介をしていた。
少し説明に無理がある気がするけれど、私の行動を精一杯かばってくださって本当にありがとうございます……
「今では病状も快方に向かい、息子アルフリードとの婚約話を進めることになった。今宵は2人を祝福して、飲んだり踊ったり楽しく過ごしてくれたまえ」
拍手が鳴り響くと、音楽団の優雅な音楽が流れ始めて、いよいよ招待客からの挨拶タイムが始まった。
さあ、さあ、どこからどんな攻撃が飛んでくるの!
心の中で身構えていると、最初のお客様がやってきた。
あまりの変貌ぶりに鏡の中の私が目を見開いて硬直していると、王子様は持っていた化粧ブラシを指でくるりと回して、ビシッと私に向けた。
「隠された令嬢の名にふさわしく、まるで深い森の中に人知れず幽閉されていた囚われの姫のような神秘さと美しさを全面に引き出してみたのさ」
な、なるほど……王子様の脳内ではそんなストーリーが練り上げられていたのね。
「あの公爵邸の不気味さも、そんな姫がずっと囚われていた廃墟の城ってイメージを逆に利用して装飾や照明にもこだわってみたよ」
そうそう、王子様は披露会全体のプロデュースも任されているんだった。
あのお屋敷もすごい変貌を遂げたんだろうか……想像もつかない。
「お嬢様、婚約者様がお見えになりま……」
呼ばれてそちらを向くと、声をかけたメイドは口をあんぐりと開けて、固まっていた。
「し、失礼いたしました! あんまりお綺麗なので……」
頬を赤くして彼女は私が外に出る準備が整うまで、そそくさと部屋の入り口で待機していた。
気づけば準備を手伝ってくれている他のメイド達も、同じように頬を赤らめて言葉数も無くいつもと様子が違っていた。
「私は後でソフィと会場に向かうから。行ってらっしゃい」
準備が整うと、王子様はニコッとしながら部屋から出たところで私を見送った。
階段を降りて玄関ホールへ向かうと、金色の肩飾りの付いた黒い正装をまとったアルフリードがこちらを背にして立っていた。
ドレスの衣擦れの音に気づいたのか、こちらを振り返った。
いつもは下ろしている柔らかそうな前髪がキッチリと後ろに固められて、額が露わになっている。
今まで知っている彼とは雰囲気の違う整ったハンサムな顔立ちが視界に飛び込んできた。
それにスタイルの良さが際立つその正装姿は、まるで彼の周りだけキラキラと輝いているみたいに見える。
反対にアルフリードはといえば、私が初めて彼の前に現れた時みたいに、神妙な面持ちで固まってこちらを見ていたけれど、次第に催眠術にかかったみたいにボンヤリとした表情を浮かべていった。
「エミリア……なんて綺麗なんだ……こんなに美しいなんて。いや、言葉では表せないくらい……」
彼は私の手を取ると、もう何度もしたことがあるのに、なぜか恐る恐るその甲に口付けをした。
さっき……いつもならエミリア嬢と呼ぶのに、呼び捨てだったのは気のせい?
「エミリア。じゃあ、行こうか」
やっぱり気のせいじゃない!
彼が差し出した腕に、おずおずと私は自分の腕をからませた。
こうして触れるだけで心臓が狂ったみたいに高鳴り出す。
早くこの夜から解放されたい……私は祈るように心の中でそう唱えながら馬車に乗り込んだ。
公爵邸に到着するとまず目についたのは、暖炉の炎のようなオレンジ色の光が下からライトアップされた、屋敷の外観だった。
蔦がそこら中に絡みついているのも相まって、怪しげで幻想的な世界に入り込んだみたいな気がしてくる。
中に入ると、以前は暗闇に倹約のためかポツンポツンとしかロウソクの火が灯されていなかったけど、見違えるほど明るくなっていた。
といっても皇城やエスニョーラ邸より断然薄暗いのだが、アンティーク感漂う置物や、築年数を感じさせずにはいられない内装にもマッチした落ち着いた明るさで、怖さは不思議と感じさせないオシャレ空間と化していた。
会場となる舞踏室に向かう間、アルフリードは私の方を見つめては、夢から覚めたみたいにハッとして前を向くのだけど、気づくとまた私の方を見つめている、という動作を何回も繰り返していた。
私もそんな視線を感じると、思わず体が固まって頭の中が真っ白になりそうになる。
2人ともこんな状態で、招待客との対応が持つのだろうか……もっとしっかりしなくては!
「……それでは2人を紹介する」
時間となり招待客が集まった舞踏室の正面奥にある舞台上には、挨拶をしている公爵様と、お父様とお母様が立っている。
舞踏室は4階分はあろうかという吹き抜けに、立派なシャンデリアが何台も天井から吊るされていて、豪華だけれど厳かで、まるで石造りの礼拝堂のような雰囲気だ。
3人が立っている舞台の両サイドには2階部分へ上がれる立派な階段が備えつけられていて、会場の人々からは階段の影になって見えないスペースに私とアルフリードは待機していた。
公爵様からの合図を受けて、いよいよ人前に出なければいけないのかと思うと、分かっているのに緊張が走る。
思わず、アルフリードに絡めている腕に力がこもって震えてる……と自分自身で気づいたとき、トントンと肩を叩かれた。
見ると、アルフリードが“大丈夫”と声に出さずに口だけ開いて、いつもの優しい控えめな笑みを浮かべていた。
なぜかそれを見ると自信が湧いてきて、震えが止った。
アルフリードが歩き出すのに置いて行かれないように付いて舞台に出ると、こちらを見ている人々から一斉に息を飲む音が聞こえた。
ヒソヒソと話しているご婦人方が何人か見えたりする。
「こちらはエスニョーラ侯爵家の長女エミリア嬢だ。彼女は病弱でずっと邸宅で療養していたが、夢遊病によりあの日会場に迷い込んでしまった」
公爵様は簡単に私の紹介をしていた。
少し説明に無理がある気がするけれど、私の行動を精一杯かばってくださって本当にありがとうございます……
「今では病状も快方に向かい、息子アルフリードとの婚約話を進めることになった。今宵は2人を祝福して、飲んだり踊ったり楽しく過ごしてくれたまえ」
拍手が鳴り響くと、音楽団の優雅な音楽が流れ始めて、いよいよ招待客からの挨拶タイムが始まった。
さあ、さあ、どこからどんな攻撃が飛んでくるの!
心の中で身構えていると、最初のお客様がやってきた。
0
お気に入りに追加
203
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活
ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。
「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」
そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢!
そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。
「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」
しかも相手は名門貴族の旦那様。
「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。
◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用!
◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化!
◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!?
「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」
そんな中、旦那様から突然の告白――
「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」
えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!?
「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、
「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。
お互いの本当の気持ちに気づいたとき、
気づけば 最強夫婦 になっていました――!
のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる