18 / 169
第1部 隠された令嬢
18.ソフィアナ先生による鍛錬のレッスン
しおりを挟む
その日、プライベート庭園には剣が打ち合う激しい音が鳴り響いていた。
白いシャツに黒いスラックスを身につけた皇女様が、手にした剣を左横から勢いよくなぎ払うと、普段通りの格好をしているアルフリードは片手でバク転して軽く身をかわした。
そのまま体を捻りながら地面につかなかった方の手に持っていた剣を振り払うと、待ち構えていた皇女様の剣とぶつかり合い、カキン!! といった一際高い音が鳴った。
今日は初めての皇女様との女騎士になるための鍛錬の日。
渡された訓練用の服に着替えて庭園に入ったところ、またジャンルの違う世界に迷い込んでしまったのかと思うようなバトル風景が繰り広げられていた。
頭上で、アルフリードの剣を自分の剣で押さえていた皇女様の足が少し滑った。
獲物を捕らえるタイミングが来たとばかりに、アルフリードは大きく目を見開くと皇女様に向かって剣を振り下ろした。
ちょっと待って、アルフリード……すごく怖いし、本気で皇女様を殺しにかかってるように見えるのは気のせいですか?
すると、足が滑って地面に腰をついている皇女様が足を伸ばしてアルフリードの脛のあたりを横に蹴りあげた。
彼は体勢を崩して、皇女様の横に倒れ込んだ。
「お2人とも大丈夫ですか!?」
私が慌てて駆け寄ると、2人は剣を支えにして立ち上がりながら、
「久々に手合わせしてみたら、だいぶ体がなまったなソフィアナ?」
「あんたこそ、最後の詰めが甘いんだよ」
長年の戦友のようなセリフを吐いて、片方の口端だけ上げてお互いに笑っていた。
「エミリア嬢、そんな顔をするな。実戦ではいつ何が起こるか分からない。アルフには手合わせの時は、手加減しないで殺すつもりで相手しろと常日頃から言っている」
アルフリードよりもまず皇女様のそばに行って、起きるのを手伝っていた私に向かって皇女様は笑いかけた。
うーん……
こんなに強くて実戦訓練まで積んでいた皇女様が事故で命を落としてしまうなんて。
どれだけ酷い事故だったんだろう。
それにしても手合わせとは言っても、やっぱり殺すつもりでなんて心臓に悪い。
私は思わず、先程の殺気立った様子からいつもの爽やかな彼に戻ったアルフリードの事を睨んでしまった。
「そうそう、これ。忘れ物だ」
皇女様は庭園の端に植わってある木へ向かうと、立てかけてあった物を手にして私に渡した。
ああ! これは! エスニョーラ騎士団の訓練生用の剣だ。
王子様の歓迎会で女騎士にしてください! とポーズを取った時に床に突き立てた後、迎賓館の中に放置していた剣だった。
そういえば、着ていた騎士服はどうなったんだろう?
アルフリードの屋敷で着替えた後、メイドが運んでいるのを見たきりだけど……
「ふぅーん、なかなか基本が出来てるな」
剣を鞘から取り出して右手に持ち、基本の姿勢を取った私を見て皇女様は唸った。
3ヶ月間だけど、基礎だけは身につけたいと思って頑張ってやっていたから、褒められて嬉しい。
教えてくれたイリスにも皇女様から直々のお言葉をもらえたと伝えたら喜ぶだろうな。
イリスは私から目を離したお咎めを少し受けてしまったのだが、今はお母様の女騎士を務めていた。
「剣もまあまあ重さがあるが、重心を捉えてうまく扱えている」
その日は他の型を見たり、自主練メニューを作ってくれたりして皇女様のレッスンの時間は過ぎて行った。
相当ひどい事故だったなら、さっきの皇女様とアルフリードの手合わせくらいのレベルまで行けるようにならないと、皇女様を守ることなんかできないな……
そんな事を考えていると、
「そろそろ休憩するか。アルフ、私はエミリア嬢と2人で話したい事があるんだ。席を外してくれるか?」
レッスンの間、皇女様と私の様子を見守るようにしていたアルフリードは、一瞬ムッとしたような雰囲気になったけれど特に何も言わずに小さく頷くと、庭園を後にしていった。
もしかして皇女様と2人きりで女子トーク?
庭園の席に皇女様と座ると、侯爵家でも休憩の時いつも飲んでいた冷たいレモネードが運ばれてきた。帝国人は疲れたりした時にレモネードを飲むのが大好きなのだ。
「聞いていると思うが、私は近いうちにエルとともにナディクスへ渡ることになる。もしかすればエミリア嬢が女騎士になる前に、離れる事になるかもしれないな」
もし、王子様に何事もなければですが……
「分かっています! でも少しでも皇女様のおそばにいる事ができて幸せです」
皇女様はレモネードを一口飲むと「そうか」と言ってけぶるような黒いまつ毛に縁取られた目を少し細めた。
それは先日、王子様が私の笑顔を見てアルフリードが喜んでいたと話していた時にしていたのと同じ仕草だった。
「私とアルフはほとんど生まれた頃からずっと一緒だった。途中でエルもやってきて、私達3人は兄弟よりも強い結びつきを持っていた」
皇女様は淡々と話し始めた。
「だから、私とエルがナディクスに行ってしまった後、アルフが1人でやっていけるか心残りだった。
しかし、エミリア嬢が現れて、あんなに人に対して夢中になっているヤツを見たのは初めてだった」
皇女さまは、ふんわりとした柔らかい笑みを目元や口元に浮かべて私を見つめた。
「どうか、アルフの事を頼むな」
もし……もし、私がこの世界に来た事そのもので、王子様に何かが起こるっていう未来が無くなり、皇女様と祖国へ旅立ったとしたら。
そんな事、今まで考えたことも無かった。
もしかしたら結局、アルフリードは皇女様の面影を追う日が来るのかもしれないけど……
せめて、婚約者として彼が闇に落ちないように注意してあげる事ならできるかもしれない。
皇太子様が戻るまでに、王子様に何かが起こる未来、起こらない未来、どちらが来るか分からないけど……
私は皇女様を安心させたくて、そのお願いに対して一度だけハッキリと頷いた。
白いシャツに黒いスラックスを身につけた皇女様が、手にした剣を左横から勢いよくなぎ払うと、普段通りの格好をしているアルフリードは片手でバク転して軽く身をかわした。
そのまま体を捻りながら地面につかなかった方の手に持っていた剣を振り払うと、待ち構えていた皇女様の剣とぶつかり合い、カキン!! といった一際高い音が鳴った。
今日は初めての皇女様との女騎士になるための鍛錬の日。
渡された訓練用の服に着替えて庭園に入ったところ、またジャンルの違う世界に迷い込んでしまったのかと思うようなバトル風景が繰り広げられていた。
頭上で、アルフリードの剣を自分の剣で押さえていた皇女様の足が少し滑った。
獲物を捕らえるタイミングが来たとばかりに、アルフリードは大きく目を見開くと皇女様に向かって剣を振り下ろした。
ちょっと待って、アルフリード……すごく怖いし、本気で皇女様を殺しにかかってるように見えるのは気のせいですか?
すると、足が滑って地面に腰をついている皇女様が足を伸ばしてアルフリードの脛のあたりを横に蹴りあげた。
彼は体勢を崩して、皇女様の横に倒れ込んだ。
「お2人とも大丈夫ですか!?」
私が慌てて駆け寄ると、2人は剣を支えにして立ち上がりながら、
「久々に手合わせしてみたら、だいぶ体がなまったなソフィアナ?」
「あんたこそ、最後の詰めが甘いんだよ」
長年の戦友のようなセリフを吐いて、片方の口端だけ上げてお互いに笑っていた。
「エミリア嬢、そんな顔をするな。実戦ではいつ何が起こるか分からない。アルフには手合わせの時は、手加減しないで殺すつもりで相手しろと常日頃から言っている」
アルフリードよりもまず皇女様のそばに行って、起きるのを手伝っていた私に向かって皇女様は笑いかけた。
うーん……
こんなに強くて実戦訓練まで積んでいた皇女様が事故で命を落としてしまうなんて。
どれだけ酷い事故だったんだろう。
それにしても手合わせとは言っても、やっぱり殺すつもりでなんて心臓に悪い。
私は思わず、先程の殺気立った様子からいつもの爽やかな彼に戻ったアルフリードの事を睨んでしまった。
「そうそう、これ。忘れ物だ」
皇女様は庭園の端に植わってある木へ向かうと、立てかけてあった物を手にして私に渡した。
ああ! これは! エスニョーラ騎士団の訓練生用の剣だ。
王子様の歓迎会で女騎士にしてください! とポーズを取った時に床に突き立てた後、迎賓館の中に放置していた剣だった。
そういえば、着ていた騎士服はどうなったんだろう?
アルフリードの屋敷で着替えた後、メイドが運んでいるのを見たきりだけど……
「ふぅーん、なかなか基本が出来てるな」
剣を鞘から取り出して右手に持ち、基本の姿勢を取った私を見て皇女様は唸った。
3ヶ月間だけど、基礎だけは身につけたいと思って頑張ってやっていたから、褒められて嬉しい。
教えてくれたイリスにも皇女様から直々のお言葉をもらえたと伝えたら喜ぶだろうな。
イリスは私から目を離したお咎めを少し受けてしまったのだが、今はお母様の女騎士を務めていた。
「剣もまあまあ重さがあるが、重心を捉えてうまく扱えている」
その日は他の型を見たり、自主練メニューを作ってくれたりして皇女様のレッスンの時間は過ぎて行った。
相当ひどい事故だったなら、さっきの皇女様とアルフリードの手合わせくらいのレベルまで行けるようにならないと、皇女様を守ることなんかできないな……
そんな事を考えていると、
「そろそろ休憩するか。アルフ、私はエミリア嬢と2人で話したい事があるんだ。席を外してくれるか?」
レッスンの間、皇女様と私の様子を見守るようにしていたアルフリードは、一瞬ムッとしたような雰囲気になったけれど特に何も言わずに小さく頷くと、庭園を後にしていった。
もしかして皇女様と2人きりで女子トーク?
庭園の席に皇女様と座ると、侯爵家でも休憩の時いつも飲んでいた冷たいレモネードが運ばれてきた。帝国人は疲れたりした時にレモネードを飲むのが大好きなのだ。
「聞いていると思うが、私は近いうちにエルとともにナディクスへ渡ることになる。もしかすればエミリア嬢が女騎士になる前に、離れる事になるかもしれないな」
もし、王子様に何事もなければですが……
「分かっています! でも少しでも皇女様のおそばにいる事ができて幸せです」
皇女様はレモネードを一口飲むと「そうか」と言ってけぶるような黒いまつ毛に縁取られた目を少し細めた。
それは先日、王子様が私の笑顔を見てアルフリードが喜んでいたと話していた時にしていたのと同じ仕草だった。
「私とアルフはほとんど生まれた頃からずっと一緒だった。途中でエルもやってきて、私達3人は兄弟よりも強い結びつきを持っていた」
皇女様は淡々と話し始めた。
「だから、私とエルがナディクスに行ってしまった後、アルフが1人でやっていけるか心残りだった。
しかし、エミリア嬢が現れて、あんなに人に対して夢中になっているヤツを見たのは初めてだった」
皇女さまは、ふんわりとした柔らかい笑みを目元や口元に浮かべて私を見つめた。
「どうか、アルフの事を頼むな」
もし……もし、私がこの世界に来た事そのもので、王子様に何かが起こるっていう未来が無くなり、皇女様と祖国へ旅立ったとしたら。
そんな事、今まで考えたことも無かった。
もしかしたら結局、アルフリードは皇女様の面影を追う日が来るのかもしれないけど……
せめて、婚約者として彼が闇に落ちないように注意してあげる事ならできるかもしれない。
皇太子様が戻るまでに、王子様に何かが起こる未来、起こらない未来、どちらが来るか分からないけど……
私は皇女様を安心させたくて、そのお願いに対して一度だけハッキリと頷いた。
0
お気に入りに追加
203
あなたにおすすめの小説
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる