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第1部 隠された令嬢
5.アルフリードの視点 その1
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さて、どうしたものか。
会場に戻る訳にもいかず、かといって行くあてもないので、騎士服の少女を自宅邸に連れ帰った。
父上やエスニョーラ侯爵にこちらで預かっていると伝えなければならないが、彼女をひとりにしておくのは心許なかった。
それに、ずっとあの服装のままで居させる訳にもいかない。
「彼女に着せられるような服はあるかな?」
執事のゴリックは、石像のように無言で固まっている。
ここの屋敷の使用人は考えを巡らせる時はいつだってこうだ。
「奥様がお召しになられなかった新品の服をご用意いたします」
ゴリックが指示を出すと、すぐにメイドがやってきて薄ピンク色の真新しい部屋着を持ってきた。
母上が亡くなって5年。
それからずっと父上と2人きりの生活だから、女性が着れるような服もそれしかないのは仕方ないだろう。
「お心遣いありがとうございます。でも、私はこのままで大丈夫ですので……」
あんな大事があったからか、それとも僕が自分を抑えられなくなって彼女に迫ってしまったからなのか、ずっとボーッとした様子で元気がない。
帝国の爵位を持つ全ての主人と後継ぎが招かれた会場で、あんな大それたパフォーマンスをした人物が目の前の少女と同一人物だなんて信じられない。
騎士団の演習を終え、着替えるのが面倒だと司令官服のままでいたソフィアナとともに、2年ぶりにやってきたエルラルゴの歓迎式に出席した。
最初は何が始まろうとしているのか分からなかった。
会場に不釣り合いなものが視界に入り、突然武器を取り出したものだから、エルラルゴを襲うのかと思って体が咄嗟に反応していた。
だが、流れるような所作でその場にひざまずき、剣を床に突き立て、顔を上げた時の彼女の透き通った薄茶色の瞳を見た瞬間に、僕の時は止まったようになって、体中から今まで感じた事のない何かが湧き上がってきた。
とてつもない信念を持った、迷いを知らない力強い眼差しだった。
あんな輝き方をする瞳は、生まれて初めて見た。
”エミリア・エスニョーラ”
ソフィアナの言う通り、エスニョーラ侯爵家に令嬢がいるなんて話は聞いたことがなかった。
でも、彼女の見た目や雰囲気は平民ではないだろうし、貴族の生まれと考えた方が自然だ。
それに、髪の色や顔つきも侯爵に似ている。
私生児かもしれないし、親類の者なのか、ただの偽名なだけなのかもしれない。
けれどもし本当に娘だとしたら、エスニョーラ家を取り込みたいと思っている家門は山のようにいるはずだから、縁談がひっきりなしに舞い込むだろう。
それに抜けるような白い肌に大きなアーモンド型の瞳、小柄だが可愛らしく整った容姿をしているから、あんな大勢の人前に出てしまったからには、家柄に関係なく他の男にも目をつけられるに違いない。
誰よりも先に彼女を掴んでおきたい。
この機を逃したら、もう二度と彼女みたいな人には巡り会えない。
そうとしか思えなかったから、結婚を申し込んだ。
後悔はない。
よほど仲の悪い家門でなければ、ほどほどに付き合うようにと父上から言われて、社交界に出てからは誘いを受ければ女性とも仲良くするようにしていた。
だけど、僕の方から気になる人は今まで1人もいなかった。
あの強い眼差しは本来ならソフィアナに向けられようとしていた事を思うと、なんだか悔しい。
なんで、そんなに女騎士になんかなりたいんだろう。
ソフィアナのあんな癇癪を見るのも久々だった。
エルラルゴの事になると昔から正気を失うのは相変わらずだな。
エミリアは知っているんだろうか、男性に向かって女騎士になりたいなんて言うのは、片時も離れない愛妾になりたいという意味だって事を。
泣き出すエミリアをなだめるために、怒るのも無理ないソフィアナから守ってやるなんて悪者扱いしたのは、さすがに不味かったかな。
もしバレたら僕の方がタダじゃ済まされないかもしれない。
「着替えが終わったら教えて」
遠慮しているエミリアに構わず、服を持ってきたメイドに頼んだ。
部屋を出ながら、まだ迎賓館にいるか分からないが、早馬で父上に知らせを出すようにゴリックに伝えた。
会場に戻る訳にもいかず、かといって行くあてもないので、騎士服の少女を自宅邸に連れ帰った。
父上やエスニョーラ侯爵にこちらで預かっていると伝えなければならないが、彼女をひとりにしておくのは心許なかった。
それに、ずっとあの服装のままで居させる訳にもいかない。
「彼女に着せられるような服はあるかな?」
執事のゴリックは、石像のように無言で固まっている。
ここの屋敷の使用人は考えを巡らせる時はいつだってこうだ。
「奥様がお召しになられなかった新品の服をご用意いたします」
ゴリックが指示を出すと、すぐにメイドがやってきて薄ピンク色の真新しい部屋着を持ってきた。
母上が亡くなって5年。
それからずっと父上と2人きりの生活だから、女性が着れるような服もそれしかないのは仕方ないだろう。
「お心遣いありがとうございます。でも、私はこのままで大丈夫ですので……」
あんな大事があったからか、それとも僕が自分を抑えられなくなって彼女に迫ってしまったからなのか、ずっとボーッとした様子で元気がない。
帝国の爵位を持つ全ての主人と後継ぎが招かれた会場で、あんな大それたパフォーマンスをした人物が目の前の少女と同一人物だなんて信じられない。
騎士団の演習を終え、着替えるのが面倒だと司令官服のままでいたソフィアナとともに、2年ぶりにやってきたエルラルゴの歓迎式に出席した。
最初は何が始まろうとしているのか分からなかった。
会場に不釣り合いなものが視界に入り、突然武器を取り出したものだから、エルラルゴを襲うのかと思って体が咄嗟に反応していた。
だが、流れるような所作でその場にひざまずき、剣を床に突き立て、顔を上げた時の彼女の透き通った薄茶色の瞳を見た瞬間に、僕の時は止まったようになって、体中から今まで感じた事のない何かが湧き上がってきた。
とてつもない信念を持った、迷いを知らない力強い眼差しだった。
あんな輝き方をする瞳は、生まれて初めて見た。
”エミリア・エスニョーラ”
ソフィアナの言う通り、エスニョーラ侯爵家に令嬢がいるなんて話は聞いたことがなかった。
でも、彼女の見た目や雰囲気は平民ではないだろうし、貴族の生まれと考えた方が自然だ。
それに、髪の色や顔つきも侯爵に似ている。
私生児かもしれないし、親類の者なのか、ただの偽名なだけなのかもしれない。
けれどもし本当に娘だとしたら、エスニョーラ家を取り込みたいと思っている家門は山のようにいるはずだから、縁談がひっきりなしに舞い込むだろう。
それに抜けるような白い肌に大きなアーモンド型の瞳、小柄だが可愛らしく整った容姿をしているから、あんな大勢の人前に出てしまったからには、家柄に関係なく他の男にも目をつけられるに違いない。
誰よりも先に彼女を掴んでおきたい。
この機を逃したら、もう二度と彼女みたいな人には巡り会えない。
そうとしか思えなかったから、結婚を申し込んだ。
後悔はない。
よほど仲の悪い家門でなければ、ほどほどに付き合うようにと父上から言われて、社交界に出てからは誘いを受ければ女性とも仲良くするようにしていた。
だけど、僕の方から気になる人は今まで1人もいなかった。
あの強い眼差しは本来ならソフィアナに向けられようとしていた事を思うと、なんだか悔しい。
なんで、そんなに女騎士になんかなりたいんだろう。
ソフィアナのあんな癇癪を見るのも久々だった。
エルラルゴの事になると昔から正気を失うのは相変わらずだな。
エミリアは知っているんだろうか、男性に向かって女騎士になりたいなんて言うのは、片時も離れない愛妾になりたいという意味だって事を。
泣き出すエミリアをなだめるために、怒るのも無理ないソフィアナから守ってやるなんて悪者扱いしたのは、さすがに不味かったかな。
もしバレたら僕の方がタダじゃ済まされないかもしれない。
「着替えが終わったら教えて」
遠慮しているエミリアに構わず、服を持ってきたメイドに頼んだ。
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