15 / 25
Ⅱ.心変わり
15.狩猟祭が終わったら
しおりを挟む
ラドルフ
————
シュバッ
本日28本目の矢が弧を描いて遠くの的の中央に当っていった。
「ふむ。この調子なら問題なさそうだな」
物心つく頃から毎朝のルーティンと化しているこの弓矢の修練に父上が同席するのも久しぶりのことだった。
3年に一度開かれる狩猟祭まで数ヶ月。
18~20歳になる貴族の息子は強制参加という3日間に渡る古くから頑なに続いているこの恒例行事への参加は、文官一族であっても例外ではなかった。
「頭だけで体が動けんと思われるようでは我が家門の名折れだ。ラドルフ、このまま順調に準備を怠るなよ」
シュバッ
父上からの念を押すような忠告とともに、もう一本矢を放ってやった。
うちの家門は帝国に入って以来、その精神の下にみな弓矢は名人並に扱えるのが習わしだからな。
もちろん、例に漏れず父上の腕前も相当なものだが。
「そうだな、この行事が終わればだいぶ落ち着くだろうし、婚姻の時期はその頃にするか」
パタッ
また矢をつがえようとした時、想定外の話にその矢を落としていた。
「はっ……婚姻ですか?」
思わず矢を拾いながら、父上の方を見てしまう。
「まったく、なんのために婚約したと思ってるんだ? マルヴェナの話では、当初からお前たちも満更でもなかったようだし、いつしても問題ないだろう」
うっ……あのアザの手当を見られて母上から変な誤解をされて以来、全くその話題には触れられてこなかったから油断していた。
結婚か……その二文字を思い浮かべてはみたものの、今の状況とその状況になったとして、何か変わるものがあるだろうか?
どうせ仕事のためにイヤイヤながらも出席する舞踏会は今後もほぼ永遠に続くことだろう。
その場を利用してウチの家門に取り入ろうと近づいてくる連中を少しでも消去するため、あの女を盾代わりにしている訳だけが、その言い分が”フィアンセとしか踊らない”から”結婚相手としか踊らない”になるだけだろ?
「ええ、分かりました。その心づもりでいるようにしておきますよ」
結婚なんざ、誰としても同じだし。
父上が射場を後にしていく気配を感じながら今度は落とさずに矢を的の中央に放った。
イリス
――――
不安を抱えながらも、皇城へ提出する書類への書き込みを続けてみるものの……ダメだ、やっぱり書いてても、いつの間にか何書いてるか分かんなくなっちゃってる。
〇〇字以内とかって制限も結構あって、中に収まった! と思って読み直すと30行くらい、切れ目のない一文になっちゃってて、やっぱり意味不明な内容になっちゃってるし……
「うああ!!」
私は思わず叫んで部屋を飛び出し、トレーニングルームへ駆け込んだ。
バーベル持ち上げたり、懸垂したり、サンドバッグに蹴り入れたり、シャドウボクシングしたりともかく一旦頭の中をからっぽにしようと、体を動かしまくった。
はぁはぁ息切れしながら、もともと客間だったから備え付けのソファに仰向けで寝転んでいると、一冊の本がトレーニング器具の横のベンチに置いてあるのに気づいた。
手に取ってみると、この前アイツがニヤつきながら作成してた冊子みたいだった。
エミリアお嬢様に渡すっぽかったから、多分お嬢様が忘れていったのかも。
難しそうなタイトルだけど、なんとなくパラパラ~とページをめくってみたら……
え、なんかパッと見ですっごく見やすい。
文字がビッシリ詰まってる訳じゃなくて、余白が結構入ってるから自然と文字に目がいってしまう。
んで、読み始めると頭の中にスッと書いてある内容が滑り込んできて、文字を見るのが苦手なこの私がいつの間にか没頭してしまってた。
これがヤツの能力なの……?
私には持ってなくて、今、私が必要としているもの。
どうしよう、これはもうヤツに頼るしか道がないってこと?
そんなのヤツに屈したみたいで、悔しいし!
いや待って、発想を変えて……
アイツの能力を買うってことにすれば?
何か私ができる事と引き換えに。
ただちょっと懸念されるのは、アイツが窓口担当の偉い地位にいるらしいから、癒着してるような気になるって事よね……
その事ばかりを考えていた中、また舞踏会がやってきた。
ダンスタイムの時に、そろそろ女騎士としての不満や労働状況の改善を求める訴えを皇城に出す事を話したら、皆すっごく喜んでくれてた。
期待を裏切らないように頑張らなくちゃ。
「お美しいレディ、一曲お相手いただけますか?」
今後のために意気込んでいると、後ろから急に声を掛けられた。
へっ? と思って振り返ってみると、見たことない紳士が自身のお腹と背中に腕を回して私に向かってお辞儀をしてこっちを見ていた。
まただ……
信じられないことだけど、こうして友達と話しているダンスタイムになると、声を掛けてくる男性というのがチョクチョク出現するようになっていた。
これもそれも、超豪華なこのドレスと、びっちりバッチリの濃ゆ目メイクによる相手の錯覚に決まってるけど。
「あ、あのすみません……私、相手がいるので、ダメなんです……」
手を差し出して、両方の口角を上げて微笑みながらこっちをじっと見てくる若い男性から目をそらせながら、やっとのことで声を絞り出した。
一応、見せかけのパートナーではあるけど、私以外とは踊らないっていうヤツの条件に合わせとかないと、後でどんな文句を言われるか分からない。
「相手? 一体どこにいるというのです、あなたのような美女を1人置いて平気でいられる男なんて。私だったらこの時間全てをあなたに捧げても、まだ足りないくらいなのに」
そう言いながら、その男性は離れようとしてる私の手を掴もうとした。
その時。
その掴もうとしている手を遮るみたいに背の高い体が割り込んできた。
————
シュバッ
本日28本目の矢が弧を描いて遠くの的の中央に当っていった。
「ふむ。この調子なら問題なさそうだな」
物心つく頃から毎朝のルーティンと化しているこの弓矢の修練に父上が同席するのも久しぶりのことだった。
3年に一度開かれる狩猟祭まで数ヶ月。
18~20歳になる貴族の息子は強制参加という3日間に渡る古くから頑なに続いているこの恒例行事への参加は、文官一族であっても例外ではなかった。
「頭だけで体が動けんと思われるようでは我が家門の名折れだ。ラドルフ、このまま順調に準備を怠るなよ」
シュバッ
父上からの念を押すような忠告とともに、もう一本矢を放ってやった。
うちの家門は帝国に入って以来、その精神の下にみな弓矢は名人並に扱えるのが習わしだからな。
もちろん、例に漏れず父上の腕前も相当なものだが。
「そうだな、この行事が終わればだいぶ落ち着くだろうし、婚姻の時期はその頃にするか」
パタッ
また矢をつがえようとした時、想定外の話にその矢を落としていた。
「はっ……婚姻ですか?」
思わず矢を拾いながら、父上の方を見てしまう。
「まったく、なんのために婚約したと思ってるんだ? マルヴェナの話では、当初からお前たちも満更でもなかったようだし、いつしても問題ないだろう」
うっ……あのアザの手当を見られて母上から変な誤解をされて以来、全くその話題には触れられてこなかったから油断していた。
結婚か……その二文字を思い浮かべてはみたものの、今の状況とその状況になったとして、何か変わるものがあるだろうか?
どうせ仕事のためにイヤイヤながらも出席する舞踏会は今後もほぼ永遠に続くことだろう。
その場を利用してウチの家門に取り入ろうと近づいてくる連中を少しでも消去するため、あの女を盾代わりにしている訳だけが、その言い分が”フィアンセとしか踊らない”から”結婚相手としか踊らない”になるだけだろ?
「ええ、分かりました。その心づもりでいるようにしておきますよ」
結婚なんざ、誰としても同じだし。
父上が射場を後にしていく気配を感じながら今度は落とさずに矢を的の中央に放った。
イリス
――――
不安を抱えながらも、皇城へ提出する書類への書き込みを続けてみるものの……ダメだ、やっぱり書いてても、いつの間にか何書いてるか分かんなくなっちゃってる。
〇〇字以内とかって制限も結構あって、中に収まった! と思って読み直すと30行くらい、切れ目のない一文になっちゃってて、やっぱり意味不明な内容になっちゃってるし……
「うああ!!」
私は思わず叫んで部屋を飛び出し、トレーニングルームへ駆け込んだ。
バーベル持ち上げたり、懸垂したり、サンドバッグに蹴り入れたり、シャドウボクシングしたりともかく一旦頭の中をからっぽにしようと、体を動かしまくった。
はぁはぁ息切れしながら、もともと客間だったから備え付けのソファに仰向けで寝転んでいると、一冊の本がトレーニング器具の横のベンチに置いてあるのに気づいた。
手に取ってみると、この前アイツがニヤつきながら作成してた冊子みたいだった。
エミリアお嬢様に渡すっぽかったから、多分お嬢様が忘れていったのかも。
難しそうなタイトルだけど、なんとなくパラパラ~とページをめくってみたら……
え、なんかパッと見ですっごく見やすい。
文字がビッシリ詰まってる訳じゃなくて、余白が結構入ってるから自然と文字に目がいってしまう。
んで、読み始めると頭の中にスッと書いてある内容が滑り込んできて、文字を見るのが苦手なこの私がいつの間にか没頭してしまってた。
これがヤツの能力なの……?
私には持ってなくて、今、私が必要としているもの。
どうしよう、これはもうヤツに頼るしか道がないってこと?
そんなのヤツに屈したみたいで、悔しいし!
いや待って、発想を変えて……
アイツの能力を買うってことにすれば?
何か私ができる事と引き換えに。
ただちょっと懸念されるのは、アイツが窓口担当の偉い地位にいるらしいから、癒着してるような気になるって事よね……
その事ばかりを考えていた中、また舞踏会がやってきた。
ダンスタイムの時に、そろそろ女騎士としての不満や労働状況の改善を求める訴えを皇城に出す事を話したら、皆すっごく喜んでくれてた。
期待を裏切らないように頑張らなくちゃ。
「お美しいレディ、一曲お相手いただけますか?」
今後のために意気込んでいると、後ろから急に声を掛けられた。
へっ? と思って振り返ってみると、見たことない紳士が自身のお腹と背中に腕を回して私に向かってお辞儀をしてこっちを見ていた。
まただ……
信じられないことだけど、こうして友達と話しているダンスタイムになると、声を掛けてくる男性というのがチョクチョク出現するようになっていた。
これもそれも、超豪華なこのドレスと、びっちりバッチリの濃ゆ目メイクによる相手の錯覚に決まってるけど。
「あ、あのすみません……私、相手がいるので、ダメなんです……」
手を差し出して、両方の口角を上げて微笑みながらこっちをじっと見てくる若い男性から目をそらせながら、やっとのことで声を絞り出した。
一応、見せかけのパートナーではあるけど、私以外とは踊らないっていうヤツの条件に合わせとかないと、後でどんな文句を言われるか分からない。
「相手? 一体どこにいるというのです、あなたのような美女を1人置いて平気でいられる男なんて。私だったらこの時間全てをあなたに捧げても、まだ足りないくらいなのに」
そう言いながら、その男性は離れようとしてる私の手を掴もうとした。
その時。
その掴もうとしている手を遮るみたいに背の高い体が割り込んできた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる