やさしい夜明け

蒼唯ぷに

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第3話

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浅木さんと一度だけ交わったあの日から一ヶ月。

週2のペースで店にやってきていた浅木さんがパタリとこなくなった。
待てど待てども、浅木さんはやってこない。

ああ…そうだったな。
本番、しちゃったもんな、俺達。
俺との練習は必要なくなったんだよな。

もう、教えることもないし、そもそも恋人がタチかもしれないっていうし。

浅木さん、ちゃんと恋人との時間を過ごしてるかな。
俺とばっかり遊んでたら、そりゃ恋人に勃たなくもなるよ。
ちゃんと、優しくしてやってるかな。


「浅木さん……」


優しかったな。
俺にもそうだったように、きっと恋人にも優しいんだろうな。

いつも午前0時に店に来てた。遅くまで仕事してるんだろうな。
疲れてないかな。

元気にしてるかな。
お腹いっぱいになると、すぐ寝ちゃおうとするから、変なトコで寝てなきゃいいけど。


「あ…」


そんなことを思い出しながら、今日もまた珍しく昼の街を歩いていたら、ある飲食店の前で足が止まった。


「浅木さんと来た喫茶店…」


昼の1時の店内は、まだお客さんがいっぱい。
サラリーマンにOLだらけ。

こんなところで、俺は浅木さんとランチしたんだ…。


――今日のランチ、ノエルと一緒にできて楽しかったよ。ノエルは?楽しかった? 


そんなこと、聞かれたっけ。

楽しかった。

最初は、この空間にいることが落ち着かなくて、周りが気になって仕方なかったけど、
いつの間にか笑ってた。浅木さんしか、見えなくなっていた。
浅木さんといる時間が、夢のようで、本当に楽しかったんだ。


浅木さん…
その時の俺、ヘルスにいるときの俺と、違ったって言ってたよな。

そうだよ。きっと、その時の俺は、浅木さんのこと大好きな素直な俺だったとおもうよ。

いつの間にか浅木さんのことが大好きになっていたよ。

浅木さんのことが、誰よりも、何よりも大好きに―――


「――ッ」


浅木さんと訪れた喫茶店の前で、俺はひと粒だけ涙を溢して空を見上げた。

昼の街は明るく優しい、夜とは違う華やかさがある。

清々しくて、陽射しが眩しい。

穏やかな風が、背中を押した。


俺、自分で自分を決め付けてたんじゃないのかな。

自分はウジムシだと決めつけて夜の世界に身を置いて、自分を守ろうとして。
結局守るどころか、心をひとつまたひとつ削り落して…。
何も救われなくて、また傷ついて、自信を失って…。

俺のしたいことは、本当に自分の戒めだったのだろうか。

ううん、解ってた。わかってたんだ。目をそらしていただけ。

もう希望なんて抱かないって決めておきながら、俺は欲しかったんだ。
恥じることなく夢の世界で生きるという、もうひとつの人生が。

そして再び、誰かを愛せる自分が。

浅木さんを愛していると認めたことで、俺は少しだけど一歩踏み出せたような気がした。

陽のあたる場所に出ていく勇気。夜を抜け出す勇気。
自分を戒めるなんて言葉で、ただ逃げていただけの世界から、脱出する力を得たような気が。


「……浅木さんと…出会えてよかったなぁ…」


きっともう会うことはないと思うけど、不思議と気持ちは晴れやかだ。

空を彩る雲を見つめ、涙を袖で拭った。

俺、やり直そう。
もう自分を戒めるなんて考えはやめて、全部一からやり直そう。


俺は浅木さんに恋をしたことで、生まれて初めてといってもいいほどスッキリした気持ちになった。

うん。
まずはヘルスをやめることから始めよう…



そんなことを思って、視線を地上に戻した俺。
足取り軽く、来た道を戻るように歩きだしたら……


「!!」


向こうから見覚えのある人が歩いてきた。


「…う、そ」


向こうから歩いてくる人。

それは昔の客だった。

本番を強要しては、俺のことをボロ雑巾のように扱い、乱暴に抱くのが好きだった、たちの悪い客。
見た目は落ち着いた美人系の男で、うっかり惚れそうになったくらいタイプの顔だった。でも、腹の底では何を考えているのかわからなくて、それが不気味だった。
一時は俺を家に呼んだりもしていた。プライベートの特別な関係じゃない。ようはデリヘルってやつだ。

俺が、そいつの片思いする男と同じ肌の色をしていたらしく、その片思いの男の代わりに俺を抱くんだ…って言っていた。なのにすごく乱暴に抱く。片思いの男を思い浮かべながら…願望でも晒すかのように。

あんまり覚えていないけど、いつも誰かの名前を呼んでいた。なんて言ってたっけ…。
俺はそれがなんだか怖くて仕方なかった。
いつの間にかこなくなって、安心してたところだったのに…。

いやだ。

なんで。
こんなところで、会うなんて…。

でも、気付かないよ、な。
もう最後に会った時から、一年以上経ったし…。 


「……」


俺は下を向いて出来るだけ歩道の端を歩いた。目立たないように…だ。

そのまま男とすれ違った。

男はチラっとだけ俺の顔を見た。
一瞬目が合ったけど、向こうから視線をそらされた。

気づいているな。俺のこと、やっぱり覚えている。

でも、男はそのまま通り過ぎて、何事もなくその瞬間は過ぎた。

よかった…。もう関わりたくないと思っていた客だ。
これを機に、思い出した様にまた店に来られたら、たまったもんじゃない…。

ほっとしたのも束の間。


「優夜!」

「!?」


通り過ぎたその男が、突如聞き覚えのある名前を叫んだ。

驚いて立ち止まる。

優夜?
優夜って…、確か、…浅木さんもそんな名前だったはず…

まさか…と思い、俺は咄嗟に後ろを振り返ってしまった。

ざわめく賑やかな昼の街。
そこに颯爽と現れたのは、前にも見た、スーツ姿の浅木さん…。

わぁ…、浅木さん、今日はなんだか可愛らしい水色のネクタイをしている。
そんな色も似合うんだ…なんて、思わず浅木さんに見とれる俺。

でも、そんなのはほんの一瞬だけだった。

何故なら浅木さんに声をかけた人物は、たった今すれ違った俺の客で…
その男は浅木さんの傍に駆け寄ったと思うと、馴れ馴れしく浅木さんの肩に手を置いて抱き寄せ、とても親しい雰囲気で…。


「昼飯、どうする?朱嶺商事にはアポ入れてんだろ?」

「ああ。まだだいぶ余裕あるから、蒼下専務に会ってから行こうと思…」

「優夜、ネクタイ曲がってるぞ。相変わらずネクタイ結ぶのが下手なんだな」

「え?ああ、悪い」


そういって男は、浅木さんのネクタイに手を伸ばし、慣れたように結び直す。
その姿を見て、俺は直感で思った。

うそだろ…。浅木さんの恋人って、この人だったの……!?


ゾクリっと背中に走った悪寒。

まずい。
浅木さんの恋人と、俺が知り合いだなんてバレたら、浅木さんなんて思うか…
この男に、俺と浅木さんが知り合いなんてバレたら、この男なにをしでかすか…

俺はその場から直ぐに立ち去ろうとした。

なのに、浅木さんってば意外と周りをよく見てて…


「あれ?ノエル!?」


なんで…
なんで俺を見つけちゃうんだよ…。

なんで声かけてくるんだよ…っ!
そいつの秘密知ってる俺に、話しかけんなよ浅木優夜…っ!


「ノエルじゃん。また会ったね!買い物?」

「……」


浅木さんはいつものように優しく笑って俺に話しかける。

昼の太陽に照らされた浅木さんの髪、外側だけハイトーンな赤毛の髪がキラキラ光って見える。

どこまで優しいんだよ…どこまでお人好しなんだよ。
ゲイな恋人の前で、ゲイ相手の仕事してる他の男に声かけるなんて、アンタ何考えてんだよ…

そして、わかってるのに俺、なんで浅木さんから目が離せないの…
どうして俺はこんなに、嬉しいと思ってるの…


「ノエル、ねぇ、一緒に昼飯でもどう?」

「え…あ、えと」

「ね、今日はさ、何食べたい?今度はイタリアンにしよっか?」


そう言ってふにゃりと嬉しそうに笑う浅木さんは、俺の手を取り、浅木さんと一緒にいた男の前に連れて行く。
そして男の前で

「この子、ノエルって言うんだ。俺の知り合いなんだけどさ、一緒に昼飯してもいいよな」

なんて、恋人に俺を紹介する浅木さん…。

俺は驚いて浅木さんの顔を見た後、恐る恐る男の方を見上げた。

そしたらその男は、


「あ~…?……ハハハ!俺コイツ知ってる~」


と、見下すような冷ややかな顔で、うすら笑いを浮かべた。

そして俺を指差し、


「コイツさ、ヘルスで働いてる男娼だよねぇ」

「!!」


そうハッキリ言ってきた。


「え…?」


男が俺を知っていたことに、驚く浅木さん。

男の言った言葉、間違いじゃない。確かに俺は男娼だ。
オトコを慰め、オトコを招き入れ、快楽だけを売る、薄汚い男娼だ。

こんなこと、言われ慣れてる…
わかっていることなんだ…。何も間違っちゃ…。


「嘘だろ、優夜~。なんでコイツと知り合い?まさかお前ヘルス通いしてたの?」

「……」


浅木さん、固まったまま、俺の顔見てる。

ああ、軽蔑してるんだ。俺を、軽蔑している…。

浅木さん、俺と一対一で会うもんだから自覚してなかったんだね。
俺が、男娼だってこと。

…つまり、浅木さん以外の男とも、淫らな付き合いしてたこと。 


「勘弁してくれよ優夜~。全然ヤラせてくんねーと思ったら、こんなクソ汚ねぇ犬とセックスごっこしてたのかよ。おい、お前、気持ちわりぃな、こんな昼間になんでお前みたいな汚ねぇ犬がうろついてんだよ。お家に帰んな」


男から放たれた言葉に、俺の胸がドクンと鳴り響いた。
全身から血の気が引いて凍り付く感覚に襲われる。

はは…クソ汚ねぇ犬って、ホントそうだわ…。

こんな明るい場所に出てくる資格もないのはわかってるけど…、ははは…、ハッキリ言われるとこたえるなぁ…。
でも、その通りなんだよな。

わかってはいても、こうも面と向かって言われると、さすがの俺も凹むっていうか…。

目、ジワジワしてきた。やば…足、震える…。

耐えられない…な、こんなの。

浅木さんの視線。男の乾いた笑い声。

この昼の日差しの下、不相応な俺が立っているこの場所。

なにしてんだろ、俺…。
なんで、こんな明るい場所に、ノコノコ出てきてんだろ…
何、浅木さんに声かけられて、いい気になってたんだろ…

バカだな、俺…

たとえ前を向いて、陽のあたる場所に歩み出したとしても
俺がこれまでしてきた薄汚い行為は、消えることはないわけで。

ウジムシはどこまでいっても、ウジムシ

暗い夜を抜け出すことなんて できないのに…―――


―――バキ…ッ


「!?」


すると突然、耳に響いた鈍い音。

それに驚き、音と共に顔をあげて確認できた出来事。

それは、浅木さんが目の前にいた男を殴り飛ばした惨状だった。


「――はぁ、はぁ……はぁ」

「っ痛てぇ……っ」


な…
なにがおきた?

なにがどうなって…?


「はぁ?!っざけんなよ優夜っ、なんで俺がてめぇに殴られなきゃなんねぇんだよっ!」

「うるせぇ!黙れっ!!」


気づくと男はよろけて電柱に背中を付いていた。

浅木さんは拳を作って肩で息をしている。

俺の目に映るのは、そんな二人の姿。
浅木さんは俺に背を向けているから、その表情はわからない…。


「ノエルの事…もういっぺん言ってみろ…。てめぇ、ぶっ殺すからなっ」

「はぁ!?意味わかんねぇよ…汚ねぇヤツに汚ねぇって言って何が悪ぃんだよっ。そいつは金と野郎に尻尾振るクソ犬だろうが!てめぇだってヤってたんだろ!」

「ノエルは犬じゃないっ!」


―― ガンッ…ッ


「っ!」

「ノエルに謝れ…、ノエルに謝れよ!!…謝れっっ!」

「なんで俺が…っ、ゲホッ――…お前イカレてんだろっ…、どっちが恋人か間違ってんじゃねぇのか…っく」


浅木さんは怒りで我を忘れた様に、男の首をネクタイごと掴んで、電柱に押し付けた。

首を詰められた男が、切れ切れの声で浅木さんに訴えるけど、浅木さんはその手を緩めなかった。

その騒ぎに、街ゆく人々がざわめき、俺たちを見てくる。

やめて…よ。

もういいから、やめろよ…

俺が、悪いんだ。俺が悪いんだよ!
俺が、陽の当たる世界に出たいなんて願ったから!

俺は今まで通り、暗い夜の世界で、ウジムシはウジムシらしく、汚い場所で汚い男たちの精にまみれて暮らしていればよかったんだよなっ。
それが何より相応しいんだよな…っ。

夢をみちゃいけない…。

こんな世の中に、希望なんてあるもんか。
ただひたすら、毎日を生きることだけで、楽しいことなんてなにもない。
誰かを信じて、誰かに裏切られて、自分が傷つくだけなら、誰ともかかわりたくない。

そう思ってたじゃないか。

これからだって変わらない…。

バカみたいに夢を見ようとしたから、俺は結局、傷ついただけじゃないか。


「ごめ…なさい」


いがみ合う浅木さんと男を前に、俺はどうしようもなくなってしまって、ただ謝った。


「ごめんなさい、ごめんなさい!!」


そうして、その場から逃げ出した。
人だかりを掻き分け、逃げることしかできなかった。


「ノエル!」


浅木さんの呼ぶ声が聞こえた。

でも、俺は振り返ることができなかった。

もう、温かい陽差しの前には行けない。

思い知らされた。

やっぱり

俺とは住む世界が違うんだ。

長い間、汚れた世界で生きてきた俺。
俺が陽を浴びれば、誰かを傷つけ、誰かの幸せを壊すんだ。

俺は居場所を作ることさえ叶わない。

俺なんかが…やり直せるわけがなかったんだ!


だから
俺は暗闇で生きるに相応しい。

何も、期待しちゃいけない。
何も、望んではいけない。

恋も、愛も、俺には

眩しすぎた。 









風俗を辞めて人生をやり直すことを、一時は決意したというのに、結局ここに戻ってきた。

地上は明るく、眩しく輝いていて。憧れる夢の世界そのものだった。
けど、顔を出したら結局傷ついて帰ってきてしまった。

あれほど嫌だった、男たちとの交わりが、今なら心地よくさえ感じる。

よくわかるな。ここにいる自分が、一番合っているって。


「ねぇ社長サン、今夜は大サービス中なの。ほら、ココにハメてイってみない?」

「うほほっ!どうしたんだいノエルくん、はぁはぁ、いいのかい!?」

「うん、いいの、トクベツ……ね。誰にも言っちゃダメだよ?」

「言わないよ~~、うほほぉ!ノエルくんのナカぁああ」


全部忘れるためには、もっと汚れるしかない。
少しでも隙があると、可能性とか希望とか、探ってしまうから

真っ黒になるまで、何重にも塗り重ねて、染めあげよう。

俺は要求もされていないのに、自ら尻を突き出し、その秘部に男達を招き入れた。
取り憑かれたように腰を振って、果てた男から精液を搾り取るまで。
出勤してからずっと、相手した男たち数人と絶えず身体を繋ぎ続けた。

そうしていないと、涙が止まらなくなりそうだった。

俺は希望を抱いてはいけない。
その先にあるのは、裏切りと絶望。
だれも信じない。

そう想い続けて、この身体で金を生み出してきたあの頃に戻っただけ。

ううん、あの頃に戻っただなんて、そんな大した時間じゃなかった。

俺は、一瞬だけ、夢を見ただけだ。

儚い夢だったな。




―― シャァアア……――ッ


「――っく、痛うう…」


客とのサービスを終えて、シャワーを浴びた俺。

ちょっと、無理しすぎたかな。
ケツの粘膜切れたっぽい。
でも、まぁ、ローション塗りたくれば、どうにでもなるよな。

どうせ、俺なんて、どうなっても構わないんだから。
この身体、とことん汚して、こっちの世界で売れっ子になって死んでやる…。






午前0時…。

いつもなら、この時間になると浅木さんが来てた。
でも浅木さんはもうずっと来てない。

そのうえ今日の出来事…。


あんな会い方するなんて、最悪だよ。
恋人にバレちゃった浅木さん、あのあとどうしたかな。

まぁ、もう気にしても仕方ないけどさ。
もう浅木さんが来ることは、二度とないだろうし…。

でも、浅木さん…。
俺を庇ってくれた…んだよな。
俺が犬呼ばわりされたことに、あんなに怒って…。

なんで、あんなコトしたんだろう…

それってもしかして……


「――っ、いや、ちがう。気のせいだ。もう考えるのはやめよう」


俺は頭を振って、呼吸を整え、客の待つ個室の扉を開ける。

――コンコン カチャ


「こんばんは、ノエルです。ご指名ありがとうございま…」


もう、考えるのはやめようって、
浅木さんのことは、いい思い出にしてしまおうって、
そう決めたのに…。

狭い個室のマットレスに、白いガウン羽織って座っていたのは…―

……――なんでなの?

どうして俺を期待させようとするの?

ねぇどうして

浅木さんがそこにいるの……―― 


「浅木…さん」


俺は扉を締めて、立ったまま、浅木さんに声をかけた。

浅木さんは、初めて来た時のように、マットレスの端に座って俯いていた。

あの時のように…。
初めて会った
あの日のように。

俺はそっと浅木さんの側に近寄り、向かい側に膝をついて、浅木さんの顔をのぞきこむ。

それに気づいた浅木さんが、ゆっくり顔を上げた。

「!」

すると浅木さんの顔…
左の口角が切れて出血したのだろうか。唇には瘡蓋ができてて、頬に生々しい青痣があった。
目元には引掻き傷もある。


「浅木さん、これ…」

「ん…痛いな…」

「浅木さん…」


そっと頬に手を当て、浅木さんの顔をただ見つめた。

端正な浅木さんの顔が、傷だらけだった。

きっと、あのあと、彼と殴り合ったんだと思った。

ふたりは恋人同士なのに。どうしてこんなことになっちゃったの?

どうして、俺なんか…

…――俺なんかを庇うから…

俺と知り合ったせいで…


「ノエル、昼間はごめんな…。酷いことをした…。謝るよ」

「そんなこと、ない」

「俺が悪いんだ、俺があいつにちゃんと向き合わなかったから。あいつの性格が歪んでしまったのは俺のせいなんだ」


浅木さんはそう言って、またうつむいてしまった。


「…ていうか、あれ?…なんで俺が謝ってんのかな、はは…あいつが悪いのにな、すげぇ、ムカついたのに…なんで、かな……」

「彼は…友達だったんだろ…?浅木さんの、大学のころからの…」

「友達…、そうだな…。友達だったんだ。俺にとってあいつはどこまで行っても、友達だった。それ以上でもそれ以下にもなれなかった…。なのにハッキリさせなかったんだよ。…俺が悪かったんだ。俺は気付くのが遅かった…」

「浅木さんは一生懸命だったよ。ちゃんと、彼に応えようとしてたよ…?」

「……ノエル…」

「うん?」


ひとしきり話し終えると、浅木さんは顔を上げた。

浅木さん、申し訳なさそうな顔して俺を見る。


「だからわかった……」

「あさ…ぎ…」


やだ…やめろよ。
なんで、そんな顔すんの?

汚れのない、まっすぐな瞳。
透き通る、綺麗な浅木さんの目が、いとおしそうに俺を見る。

そんな目をしないで
だってその目は……―――


「ノエルを好きになってたよ。…あいつを殴って、今頃気づいたんだよ…」

「っ!!」


そういって、浅木さんは俺の頬を両手で掴んだと思うと、激しく貪るように深いキスをしてきた。


「――っん!」

「―っノエル、…ッチュ、ん」


ドサ…っとマットレスに転がる俺と浅木さん。

浅木さんはそれでも、俺の唇を啄むことを止めない。

深く深く、何度も繰り返し息も付けない程の激しいキスに襲われた。

その瞬間、俺の中の何かが、呪縛から放たれたように溢れだした。

浅木さんの止まらない愛撫に身を任せ、浅木さんの舌が見えた瞬間にその舌に噛みついた。


「んんっ…チュっ」

「んは、…っん―チュル」


舌に舌を絡めて、唾液を啜って、唇を、歯面を、全部舐めまわして、きつく互いの身体を抱き寄せた。


「ノエル…、好きなんだ、ノエル…俺わかったんだよ…」

「あさぎ、さ…」

「ノエルが好きだ。君が、他の男に好きにされるなんて、考えただけで、怒りでどうにかなりそうだ…」

「…んっ」

「あいつにどうされた…っ、他の奴らに、どんな風に抱かれたんだ…っ」

―バサッ…

密着していた身体を離し、浅木さんは俺の着ていたガウンを荒々しくはぎ取った。

そして両足を掴まれ、折り畳まれたかと思うと、少しだけ尻が浮いて、浅木さんの腕が滑り込んできた。


「俺だって、ノエルを気持ちよくできるよ…」

「浅…木さ」


あ、うそ…こんなの、アソコも穴も丸見え…恥ずかしい…っ。
その態勢のまま、浅木さんは俺のモノを口に頬張った。

― ジュルゥッ

「ひぁあっ!」


堪らない刺激が背中を走り、その感覚に身体が勝手に震えた。 


「んっあ、あっ、や…ああ」

――チュプ ジュルル、ジュプ

「やめ、やだ、あっ、ああぅ」


そのまま浅木さんは、舌と口の粘膜を使って俺のモノを丹念にしゃぶる。

ねっとりとした唾液が生暖かくて、ツ…と尻の割れ目に向かって溢れた。
その感覚にさえ、敏感に反応してしまう。


「あっ、あはぁ、あ。あああ」

「チュ、チュパ、――どう?ノエル、キモちぃ?」

「んっ、う、うんっ」


恥ずかしさと、襲ってくる甘い刺激に、思わず顔を隠した俺。
指の隙間から浅木さんの顔を確認して、こくりと頷いて返す。

浅木さんはニッと口角を上げ、更に激しく俺のものをしゃぶり続けた。


「あああっ、あぅ、あっ、あっ、それ…あっ!」

「ン、チュパ、ノエルに教わった通り…だろ?」

「ああんっ!あっ、はぁ、はっあっ…ああ」


以前俺が浅木さんのをフェラしたときにしたように、絶え間なく啜るように舐め上げてくる。

ちゃんと、覚えてた…んだ?恋人にしてやるって、そのために…なのに…。


「はっ、はっ、あっ、あさ、ぎさ、あっ」

「ノエル、は、チュプ、チュ、レロ――、はっ」

「んっあ、ああ、や、浅、ぎさん、だめ、もう…」

「ノエル、イく…?ジュルルル――っ」

「んっあああああっ、や、ぁあっ!」


― ビュク……トプ


信じられない。本当に、あの浅木さんなの?
別人みたいだよ…。

慣れた手付きで、俺の身体を我が物顔で好きにして…。

ギラついた雄の眼を向けてきて、行為に隙がない。
抵抗する気もなくなるほど、熱い視線と沸き上がる色気に酔わされる。

俺、こんなに早くイかされたの初めて…。

でもきっと、好きになった浅木さんだから…だ
俺は浅木さんが、大好きになってて…――


「はぁ、はぁ、は…はぁ」

「ノエル、ちゃんと気持ちよくなったね?」

「浅木さん…、なんで…」

「ノエルを抱きたい。抱いていいよな?好きなんだから、抱けるよ…」


浅木さんはそう言ってガウンの紐を外し、その逞しい身体と熱を帯びる下半身を露わにした。


「ハァ…、みてノエル…俺の、もうガチガチに勃ってるよ…」


見せつけられたソレは以前にも増してはち切れんばかりに腫脹していて。
途端に一度味わった快感を思い出し、俺のナカがズクっと重く疼いた。


「っは、あ、う、浅木、さん…」

「ノエルだから勃つんだよ…?ノエルが好きだからだよ。わかる?俺はノエルが好きなんだ。今までだってそうだった。ノエルが好きだから、俺はこんなにノエルが欲しくなる」

「浅木さん…~ッ」


やだよ…
なんでそんなこと言うの…

目頭が熱くなって、ボロボロと勝手に涙が零れる…。

俺、そんな風に言われたら
もう、この気持ち止めらんないよ…。

もう、浅木さんを好きって気持ちが、溢れちゃうよ……


「挿入るよ、ノエル…」

―ズ…プッ… ジュププッ…

「うっ、ああああっ!」

「っく、…――キツ…」


唾液と俺の吐精物を絡めただけの肉棒が、柔らかな壁を割り開くように一気に最奥までねじ込まれる。
ローションほどの潤いを持たないというのに、全く痛みを感じない。
それどころか、浅木さんと俺の粘膜がピタリと合わさることに喜びを感じて、恐ろしい程に感度が高まる。


「あっ、ああっ、あっ、あさぎ、さっ」

「っは、っ、っく、ノエルっ…っ」

「あっ、あああ、あっ、あっ」


挿入して一息もつかず、激しく奥を突き上げられる。
抑えていた欲望がすべて弾けて、枷が外れたように、浅木さんは容赦なく俺の身体をしならせる。


「あさぎさ、浅木さぁ…っ」

「すぐには、イかないよ、…っ、ノエル…」

「あっ、ん、あっ、浅木さん、もっと、あっ」

「ああノエル、ちゃんと、ヨくしてやるからっ…っ」

「あっ、あああっ、ふぁあん」


片足だけを浅木さんの肩に乗せられて、頭のてっぺんまで犯される。
腹の中が浅木さんの存在でいっぱいになり、ナカから侵食されるようだ…。

「ああぅ、はぁ、あさぎさんが奥、に、あっいっぱ…ああっ」

「ココだろ、前立腺、なぁ?気持ちぃトコ、ほら…ッ」

― コリッ…

「あああうっ!!!」


気持ちいい…、気持ちいいよ…、たまんないよ浅木さん。
もっと頂戴…もっと…俺をもっと欲しがって、果てても何度でも。


「あん、あっ、あっ、あっ、さぎ、さ、あっ」

「はっ、っはっ、ノエル、ッノエル、はぁ、ノエル…ッ」

「あんっ、あ、ああソコ、っあ、きも、ち」

「イイ?っ、は、ノエル、かわいい…ノエル、なんてカオ、っく」

「あんっ、あん、あっさ、ぎ、さ、っふぁ」


浅木さんが俺に欲情して止まらなくなってるその姿が嬉しくて、たまらない幸福を感じる。
セックスを幸せだと感じるなんて初めてで。
夢中で抱いてくれるその熱が愛おしくて、もっともっと欲しくなる。

身体を包む、この甘い痺れにずっと浸っていたい。

「ノエル…っ、はぁ、っは、あぁっ」

「あっ、あっ、あ、ああっ、あさぎ、さ、浅木っ、さんっっ」

浅木さんの全部が俺の身体に流れてくる。
溶け合って、一つになるような浮遊感に包まれる。

してる行為は、これまでのどの行為となんら変わらないことなのに…
他のそれとも、どれとも違う。経験したことがない。
快感の中に安らぎと幸福を覚えるなんて。

身体は間違いなく昂っているのに、同時に弛緩して蕩けて行くようにさえ感じる……

何度も押し寄せる波は、ずっと続いて欲しいと願うほど心地いい。 

「はっ、は…っ、はっ…っっ」

「あっ、ああぅ、あっ」


浅木さんの吐息、脈打つ鼓動が聞こえる。

時折、ヒクンと痙攣したように浅木さんの指が俺の太ももに食い込む。
その瞬間、浅木さんはその綺麗な顔を歪めて見せる。

ああ、俺に感じてるんだ…って、そう思うと胸がいっぱいになって。


「んっ、あさぎ、さ…、そこ突きすぎ…ると」

「突きすぎると、どうなる?」

「あっ、あ…イ、きそ、にな…」

「いいよ、ノエル。いくらでもイって…、何度でもイかせてやるから…ッ」

「あああっ、あぅんっっ」


力強い浅木さんの腕の中。
心まで満たされたセックスに、完全に酔ってしまった俺。
浅木さんにされるがままに、絶頂へと導かれる。


「だめ、も…イ…!っふあっ…あああああッ」


―トク…ッ トプッ


「ん、はぁ…はぁ、あ、はぁ…」


自分の腹の上にたっぷりと吐精し、浅く息をついていると、俺の中に入ったままの浅木さんが


「まだだよ、ノエル。もっとノエルを堪能させて」

「あ、さぎ、さん、なんで、俺ばっか…」


そう言って覆いかぶさってくる。

浅木さんはイくこともなく、かといって萎える気配もない。
俺の中で存在感を保ったまま。

本当にあの浅木さんなの?俺に弄られるとすぐに果てちゃってたのに…別人みたいだ。
何が浅木さんをそこまで変えたの?


「なんでって。何度でもノエルを気持ちよくしたいからだよ…」

「っん、あああっ!」


抜けるギリギリまで引き抜いて、その後勢い良くナカを突かれた。
背中が反って跳ね上がる俺の身体。

浅木さんが的確に攻めてくるのは、俺が教えた前立腺の場所。


「ノエル、起きて」

「ふ、あ…」


浅木さんに腕を引っ張られ、反動で上体を起こすと、今度は浅木さんの上に跨る様に体位を変えた。

向かい合って繋がる。
目の前に浅木さんの顔…。

胸が張り裂けそうになる…。
果てた下部が、ジン…と熱く反応した。


「ノエル。もっとノエルを抱きたい。ノエルの全部を俺だけのものにしたい」

「浅木、さん」

「他の男がノエルに触れたと思うと、嫉妬で狂いそうになる……」

「浅木さん…」

「この身体を汚した男たちを…、全部…っ、全部俺で塗り替えたいっ」

「―――っ」


浅木さん

どうして浅木さんは

俺の何よりも欲しい言葉をくれるの

今、一番

俺が欲しかったもの

俺が消し去りたいと思っていたもの

どうして全部

わかってしまうの…


「ノエル…、ノエル…っ」

「んっ、あ、ああっ」

「ノエルは俺だけのものになるんだ…、もう誰にも触らせたりしない…っ」

「あっ、浅木、さんっ」

「ノエル…好きだよ、やっと気づいたよノエル、ノエルのことがずっと好きだった…っ」

「あっ、あっ、あっ、ああっ、あさぎ…さああ」

「俺だけの、ノエル…っ」


下から激しく突き上げられながら、浅木さんは何度も俺を「好き」と言った。

その言葉に、俺の身体は小刻みに震えて、浅木さんの声に反応する。
その言葉に込められた、あたたかくやさしい、情熱的な想いに俺は……


「あさぎ、さん、おれ…も、俺も、浅木さんが好き…っ、浅木さんが、好きっ!」


堪らず秘めた想いをぶちまけた。
だらしなく涙を流した。

人を愛することを諦めたはずなのに
いつの間にか浅木さんを好きになっていた。
愛していた。
俺は愛することを忘れることなんてできなかった。

諦めた「つもり」だった俺は、心のどこかで
再び愛されることを願っていた。
誰かを愛したいと、願っていた…。


「んっ、あ、はっ、あっ…あっ、さぎ、あさぎさ…っんっ」

「ノエル…、嬉しいよ、ノエル…、大好きなノエル…ほら、俺たち…」

「あっ、ん、両想い…だ、ね、あっ」

「そうだよ…、ノエル。もっと、愛してやるから隠さないで、ノエル…」

「あんっっ、っは、ああっ!」


浅木さんがぎゅっと俺の身体を抱きしめてくれて。
突き上げる下半身の刺激はそのままに、逃げられない程身体を拘束されて。

熱い浅木さんの身体。逞しい背中。厚い胸板と硬い腕。
小さく華奢な俺の身体は、浅木さんの腕の中に閉じ込められる。
まるで、浅木さんに守られているような安心感と幸福感。
溶けていく、闇に蝕まれた俺の心と身体。

涙が溢れて止まらなかった。


「あっ、あっ…ん、あっ」

「っく、はぁ、はっ…ハッ、ノエル…っ」

「あっ、あん、あっ、あさ、あっ、あさぎさん」


こんなにも甘く激しい熱は初めて。
深い愛情に包まれる感覚。心が繋がる一体感。

今までの汚いだけの性処理とは比べようがない。


「浅木さ、っあ、もぉ、ああ、あっ、イ…あ」

「俺も、もうモタない…、ノエル…一緒に…」

「あっ、ん、あ…浅木、さんと一緒に…俺っも」

「ん、っ、っは、もう離さない…ノエル…」

「あっ、あっ、浅木さんの側に、い、る…っは、ああっ」

「っは、はっ、あ、っ…―――っくっ」

「っひ、あ、ああああっ!」


繋がった場所から、ビリビリと電気が走るような刺激に身を任せる。

全身に互いの皮膚が合わさり、全ての細胞さえ一つになった気がした。

そして、俺の中に巣食う闇のようなものが、激しい炎に包まれて
跡形も無く消えていった。

浅木さんの大きな愛は、俺の過去の汚れさえも燃やし尽くしてくれた。

そう感じた、激しく情熱に満ちた交わりだった。 








浅く速くなった呼吸が鎮まるまで、浅木さんは俺を抱きしめたまま身体を放すことはなく。

俺も黙って浅木さんの腕の中に甘えた。

風俗店のマットレスの上で、素っ裸になって抱き合って愛を誓うなんて
滑稽な姿だなと思いながら、天井の鏡に映る自分たちを見ていた。

すると浅木さんが俺の手を取り、指を撫でてきた。

それに何の意味があるのかは知らない。
前にもこんなことをされた。

けど俺、こういうなんてこと無い浅木さんの所作が結構好きなんだ。

自然と口元が綻ぶ。



「浅木さん…。セックス上手になったね?」

「…ん~、どうなのかな」

「女の人は抱いたことあるんでしょ」

「まぁ、それなりに」

「あんな風に、女の人も抱いたの?」

「……なんでそんなこと聞くの?やきもち?」

「浅木さんだって。嫉妬で狂いそうとか言ってたじゃん」

「――そんなの、相手がノエルだからだよ。…こんなに他の男が頭にキたことも、嫉妬したのも、初めてだ」


俺の指を撫でながら、そんなことを言う浅木さんに、俺はキュンとしてしまった。
同時に、またジワリと涙が浮かんだ。



「浅木さん…いいの?本当に…」

「ん、なにが?」


横向きで俺を見ている浅木さんに、静かに目を合わせて訪ねた。
本当に、浅木さんに甘えていいのだろうか…
そんな気持ちがまだあったのかもしれない。


「俺はずっと夜の世界で生きてきた。闇に紛れて、闇に囚われて、夜の暮らししか知らない人生。俺はきっと浅木さんに相応しくない…」

「ノエル…知ってるだろ?」

「浅木さん…?」


すると浅木さんは優しく優しく微笑んで、俺の指に自身の指を絡めて。
ギュ…っと手を握って、俺を見つめ返して


「夜は必ず、明けるものなんだよ」

「―――――!」


そう言った。


それだけで

俺にはもう十分だった。



「っふ、っう、うっ……」


とめどなく溢れてくる涙。
浅木さんは何も言わずに、俺の頭を、背中を撫で、あやすように抱きしめてくれた。

そして俺は、浅木さんの胸で再び声を上げて泣いた。


俺は、浅木さんの手を取って、眩しい陽の当たる場所に出て行けるんだね。

夢の世界だと隔てていた、あの世界に、俺は堂々と立っていいんだね。


浅木さんの側にいることが、誇らしく思える日が、やってくると信じていいんだね。


俺はもう二度と、闇に戻ったりしないから。
俺はもう二度と、自分を傷つけるようなことはしないから。

浅木さんがこんなにも愛してくれるこの身体とこの心。
浅木さんのために、大切にするから。

そばにいたい。そばにいさせて。
俺が最後に愛した浅木さん…貴方とともに…。










「ノエルって本名だったんだな」

「そうだよ。源氏名かなんかだと思ってた?」

「いや、そういうわけじゃないけどどんな字なんだろうとは思った」

「俺の母さんフランス人だったらしいから」

「ハーフなの?なるほど、綺麗な金髪だと思っていたら、そうだったのか」

「言っとくけどフランス語なんて話せないからな~。日本生まれの日本育ち」

「そういえば苗字は?」

「……」

「ノエル?苗字は?」

「…佐藤」

「ふつうだな」

「ふつうって言うなよ!」



その後俺は風俗を辞め、自分のアパートを引き払い、浅木さんの家に転がり込んできた。

借金がまだある俺は、さすがに働かないと、と思い求人誌をパラパラめくる。

浅木さんは、「嫁の借金は俺の借金。世帯主が払う」なんてこと言ってたけど。
っていうか、世帯主ってなんだよ、俺らいつ夫婦になったんだよ。

浅木さん、何者なのかと思ってたら、やっぱり一流企業のエリート商社マンだった。
そりゃ浅木さんの給料なら、俺の借金返済なんて屁でもないかもだけどさ。

でも、借金のことまで浅木さんに甘えるわけには行かないから、求人誌を見ながら、あれやこれや探すけど…。
どこも時給が安くて困っている…。
ああ、やっぱり稼げたよな、風俗は。今更だけど、これが現実。地道にやっていくしかない。
しばらくはダブルワークかなぁ…なんて考えたりしてた。


「ノエルさ、ところで店、ちゃんと辞められたの?」

「うん。強制的に働かされてたとか、しがらみがあった訳じゃないし。まぁ、ちょっと引き止められたけど…」

「…個人的な客は?」

「もう連絡とりようないよ。携帯解約しちゃったし」

「ならいいけど…。ノエル、しばらく一人で外出かけるなよ?」

「はぁ?…浅木さん、もう少し俺のこと信じてよ」

「ノエルのことは信じてるけど、わかんねぇじゃん。ノエルのこと好きだったやつが現れたりしないか、心配で心配で」

「そしたら俺、働けないじゃん」

「働かなくてもいいっていってるだろ」

「嫌だよ、ヒモみたいで」

「ヒモじゃないよ、嫁だって」

「あ~、はいはい」


ポカポカお日様が温かい日曜日の正午、浅木さんの部屋で珈琲を飲みながら話していた。

仕事探さなきゃいけないのに、浅木さんはちょっと束縛がすぎる…。
ヤキモチも大概にしてもらわないと、俺の自由がないな。
って、それも嬉しく思っちゃてる俺、浅木さんに甘いな。


「だいたい、俺、今まで気づかなかったなんて不覚だったよな」

「まだ言ってんのぉ?」

「だってさ!俺とセックスの練習してたとき、ノエルは俺が来る前にいろんな奴らとヤってたってことだろ!?」

「ちゃんと身体洗ってたから、大丈夫だよ」

「ちがう、そういうことじゃない!俺が知らない間に、ノエルは何人もの野郎共と…、ああ、考えるだけで頭がおかしくなりそうだ…。俺のノエルなのにだよ?俺のノエルを他の野郎はどんなふうに…」

「もう過ぎたことだろ。浅木さんも言ってたじゃん。塗り替えるとかなんとか」

「そうなんだけどさぁ…。ああ~なんだこのモヤモヤした感情は、悔しくておさまりどころがないっ」

「浅木さん、嫉妬初体験なんだな。わかった、気が済むまで浸ってろ」

「気が済まない!ノエル…」

「わっ!なんだよ!急にびっくりするだろ」


嫉妬という感情をどう処理していいかわからない浅木さんは、俺から求人誌を奪って、急に抱きついてきて。
……あ~こりゃ真昼間から、襲われるのかな…と思ってたら、後ろから抱きついたまま、俺の首元に顔を寄せるだけでなにもしない。
なんだ?甘えたいのかな。かわいいひとだな、フフっ。


「ノエルは俺のものだから」

「うんうん。浅木さんのものだよ」

「誰にもやらない」

「うんうん。どこにも行かないよ」

「ノエル…大好きだよ」

「うん。俺も浅木さんが大好きだよ……」

「ね、ノエル、キスしていい?」

「そういうのは聞かないでしてよ」

「ん、そっか」

「ん」


温かい昼の日差しの中で、俺は愛する人と甘いひとときを過ごしている。
こんな日がくるなんて、ついこの間までは思いもしなかった。


眩しい陽の当たる世界は、もう、夢の世界なんかじゃない。
確かに感じる、現実。

貴方という太陽が昇る限り、俺はもう二度と、あの闇夜に戻ることはない。


そうだよね、浅木さん。

暗くて冷たい、闇のように深い、抜け道の見えない夜だって
必ず終わりがやって来て、明るい太陽が顔を見せる。

夜は必ず明けるんだ。


浅木優夜…

俺にとって貴方は

やさしい夜明けそのものでした。




END 




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感想 4

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みんなの感想(4件)

Blue Rose
2022.12.19 Blue Rose
ネタバレ含む
蒼唯ぷに
2022.12.19 蒼唯ぷに

本当はとっても男らしいヒトだったのです٩( ''ω'' )و鈍感なのか…浅木よ…
ですね!前向きはハッピーを連れてきます!!

解除
赤毛のサニー
ネタバレ含む
蒼唯ぷに
2022.12.19 蒼唯ぷに

最後までお付き合いいただきありがとうございましたぁ!!

解除
Blue Rose
2022.12.01 Blue Rose

浅木さん ノエルを好きになっちゃったから 恋人?に勃起なくなったんじゃん?
この2人 これからどうなるんだろう?
私は ノエル推しだけど 🤣🤣🤣

蒼唯ぷに
2022.12.01 蒼唯ぷに

浅木さんはノエルを好きという自覚が無さそうですね~(*´・д・)でもしょっちゅう来るんだから、恋人のためじゃなくてノエルに会いにきてますよね( *´艸`)
ふふふ、好きになってる自覚のないオトコはかわいいですねぇ~(攻だけど)
三話で完結なので次のお話をお楽しみに!

解除

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