怪談レポート

久世空気

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№224 洋食屋の絵

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 私の父は洋食屋をしていました。小さいお店でしたが、近所の人にも評判で愛されていました。私も父の店が大好きで、小学校が終わると必ずお店に寄ってから帰りました。

 でも中学生くらいになって、客足が遠のきました。住んでいた場所が観光地として注目されるようになり、新しいお店が増えたんです。父と母は今後どうするかを遅くまで話し合っていたのを覚えています。

 ある日父が一枚の絵を買ってきてお店に飾ろうと言い出しました。A3程度の大きさの油絵でした。綺麗な女性が少しこちらを振り返るようなシーンで、シンプルでしたがとても目を引く物でした。地元の有名な画家の作品だそうです。

 綺麗な絵でしたが、私は正直余り好きではありませんでした。でもそれを言うとせっかく父が買ってきて、母も喜んでいるのに悪いと思い口をつぐみました。

 絵を飾ってからまた、客足が戻ってきました。高校生になると私もアルバイトしないといけないほどでした。

 ある日、私は閉店したお店で一人、清掃をしていました。父と母は厨房で翌日の仕込みをしていたと思います。そろそろ帰ろうと顔を上げると、壁には何もない額縁が貼ってありました。なんだろうと首をかしげていると、ふと視界のギリギリを人影が通りました。お客さんは誰もいないはずなのでビクッと振り返りましたが、やっぱり私一人でした。そしてまた額縁を見ると、絵画の女の人がいつも通りいました。

 そう、さっき額縁だけに見えたのは、女の人がいない絵だったんです。嫌な汗流れてきました。思い返すと人影は絵の中の女性に似ていました。

 しばらくすると、母の様子がおかしくなりました。ずっとイライラしているようでした。注意してみると私には極力優しく接しようとしているようでしたが、父に対しての口調は厳しかったと思います。

 あるとき喧嘩している二人の会話が聞こえてきました。

「あの女」

 と母が吐き捨てていました。まさか父が浮気か、と驚きましたが、店も忙しく、仕事中も母と一緒なのでそんな隙は無いはずです。父はそんなあたりの強い母に対しても、言い返さずに優しく接していました。

 そして私が高校を卒業する間際に、母は自殺しました。家のバスルームで首を切って大量に血が出ていました。そして何故かそこにはお店にあるはずの女性の絵があって、母の血で染まっていました。

 父は母の葬儀の前、私を誘って庭でその絵を焼きました。そのときの父は怒りと悲しみをこらえるような表情をしていました。だから何も聞けず、一緒に絵が燃え尽きるのを待ちました。

 父は店を、私が大学を卒業して就職するタイミングで手放しました。それからは知り合いの店で働いています。

 一体あの絵は何だったのか、今でも分かりませんが、父が母の遺影を毎日丁寧に拭いているのを見て、「あの女」より母を選んだんだと思っています。
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