怪談レポート

久世空気

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№53 迷い家

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――迷い家は山で迷ったら突然現れる一軒家で、生活している様子はあるが誰もいない不思議な家だ。怪奇現象として良く知られている。それに出会ったんだと岸さんは語る。

 2年ほど前の話です。私は友人と山に登りました。
 友人はその数年前に彼は奥さんを病気で亡くし、仕事もやめて意気消沈していました。少し気力が戻ってきたあたりで私は昔一緒に登っていた山に誘ったわけです。最初は言葉少なな様子でしたが、体を動かしていると徐々に表情が出てきて会話も弾むようになってきました。
 しかし、それがいけなかった……とは今も思いたくないのですが、気が付けばうっそうとした木々の間を私たちは歩いていました。道も獣道のようなものに変わっています。私は友人がまた鬱状態にならないかという心配と、このまま遭難するかもしれないという不安で、友人には悟られないよう内心軽いパニックになっていました。そんなときそれは唐突に目の前に現れたんです。

 それを見たとき、私は怪奇現象とは思いませんでした。「ああ、こんなところに寺があったんだ」と思ったんです。そう、それは寺でした。塀と門を通ると目の前にお堂と、少し離れたところに小さな釣鐘がありました。人気がないから最初は廃寺かと思いましたが、中はよく磨かれた床と、張り替えられたばかりのようなイグサの香りのする畳。木魚とふっくらとした座布団の前には黄金の仏像が祀られていました。
「こんな立派な仏さまがいるのに物騒な寺だ」
 と私が言うと、友人は
「こんなところに誰が来るんだ。それにどうやって運ぶだ」
 と笑いました。
 安心しきっていた私達は軽口を叩きながら住職を探しました。しかし誰も居ません。私がお堂の周りの庭を散策して再度中に入ると、友人は座布団に正座して仏像に見入っていました。
 私は軽口の延長で「盗む気が?」と聞こうと近づき、友人の顔を見て言葉を飲み込みました。友人は静かに涙を流し、鼻をすすっていました。私が戻ってきたことに気付いていないのか、小さな声で亡くなった奥さんの名前を呟いています。
 友人と宗教の話をしたことはありませんでしたが、黄金の仏像を見て何かが琴線に触れたんだろうと思いました。私はそっぽを向いてしばらくどうしようか思案していましたが、5分くらいしてタオルでも貸してやろうかと振り返った時、友人の姿はすでになくなっていました。
 座布団はちょうど今誰かが座っていたかのようなくぼみがありました。私が友人の名前を呼ぶとどこからともなく鼻をすする音と何か呟く声がします。もう一度呼ぶとそれははっきりと私の耳元で聞こえました。振り返りました。誰も居ません。ただ振り返ったところにもう一度鼻をすする音がし、私は全身に鳥肌が立ち、反射的にその山寺から逃げ出しました。
 彼は結局帰ってきていません。故意の遭難、つまり自殺だと思われています。そしていくら調べても、やはりあの寺はどんな記録もありませんでした。
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