怪談レポート

久世空気

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№4 ベビーカー

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――栄田さんはベビーカーを押してゆっくりと部屋に入ってきた。
 ごめんなさい、こんなに狭い部屋とは思わなくて。すぐに畳みますね。え、ああ、そちらの箱をどけてくださいます? ありがとうございます。……よかったねー。大人しく寝ててねぇ。

 すみません。遅くなりました。この子がぐずっていたもので。ええと、そうそう、怖い話ですね。怖くないかもしれません。私はとても救われましたが、少し……不思議な話なので人によっては怖いと思うかもしれません。
 私は二十年前に長女をたった半年で亡くしました。先天的な病気で……。当時は慰めてくれる母にも夫にも酷く当たってしまうほど荒れていました。
 そんな時に夫が運転する車の中からこの子が倒れているのを見つけたんです。私はすぐに夫に車を止めるよう訴えました。
 夫にはそれがただの子供が遊ぶ人形に見えたようです。いえ、私にも人形に見えました。セルロイド製の女の子の姿をした可愛らしい人形です。しかし赤いドレスは薄汚れ、髪も何日も梳かしていないようでした。きっと捨てられたのでしょう。……私なら本当の娘のように大切にするのに。そう思うと気持ちが抑えきれなくなりました。夫は嫌がりましたが私はこの子を無理やり連れて帰りました。
 私はこの子のために服を作り、体を洗い、髪を整えてあげました。話しかけ、言葉を教え、一緒に眠りました。すると不思議なことが起きたのです。この子が、私に話しかけてくるようになったんです。……おかあさん、って。ある時は袖を引かれました。見ると別のところで寝かしていた人形がすぐそばにありました。動いているところは一度も見たことはありませんが、私に縋ってきてくれたのでしょう。
 この子が来てから、長女の死を乗り越え、私は生きる希望を持ちました。……以上が私とこの子の物語です。
――栄田さんはふーっと息を吐き、私が出した、もう冷めてしまったお茶を一気に飲み干した。そしてお手洗いに立った。
――私はベビーカーと取り残された。ベビーカーの中には古いが手入れされたセルロイド製の人形が丁寧に寝かされている。ふと電話が鳴った。栄田さんだった。
 すみません、もう、無理なんです。その子のことが怖くて。どこに行ってもついてくる。母も夫も私ごとその子を切り捨てて逃げました。私も、逃げます。すみません。
――そこで電話は切れた。ベビーカーをのぞき込むと、そこにはすでに何もなかった。
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