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原始・古代
実々:スイッチを押すとき
しおりを挟む――…あーちの姿が見えなくなった後…――
私はそっとベランダから室内へ戻り、沸々と湧き上がる怒りを胸に押し込めながら洗濯物の続きに取り掛かった。
もちろん頭はあーちの愚行の処遇を考えながら。
スーパーまで片道8分、往復16分。そして買い物に要する時間は夕方より早い時間でレジが比較的空いていることを加味しても、【山椒】一つを買うだけだから多く見積もって8分―…合計24分。
時計をチラリと確認し、スマホのタイマー機能を起動して24分にセットする。この思考時間に使った時間はおまけとしよう。
そしてスマホをテーブルに置こうとした際、待受画面に表示されている本日の日付が私の目に飛び込んできた…。
……今日が12月5日だと。
……5日。
…えっ?!…5日?!
今日はあのスーパーはポイントが5倍でも商品が5%OFFになるわけでも無い何でもない日……カチーン…ッ!!
スマホを結局テーブルに置かないまま私は直ぐ様あーちにメッセージを送る。『あと3日待て!!』という文章に怒りの形相の猫のスタンプを添えて。
あーちに慌てて送った直後、凄く近くで聞こえるはずがない受信の音が鳴った……。
頭はその事実を受け入れまいとそちらへ視線を向けることを拒んでいたが、体は反射で音の鳴る方へ目を向けると……キンちゃんにの近くにソレは在った…。
やたらと大きな鼻をした豚がこちらを向いているケースに入ったあーちのスマホが。
私は一度深く瞳を閉じ、ゆっくり心の中で3秒数え、一つ大きな溜め息を吐いた後スマホをテーブルにそっと置き、洗濯に戻ることにした。
洗濯が終わった後は布団を敷き、埃を外に出して窓とカーテンを閉じる。あーちが帰ってくるまで……残り5分。
***
……ッ…シャララララーッ…シャララララーーー…ブツッ…!
…セットした24分が過ぎた。
まだあーちは帰って来ない。
『あと6分以内に帰って来なかったら私、何するか分からないよ?』と、ここには居ないあーちに念を送りタイマーを6分にセットする。
***
…ッ…シャララララーッ…ー…ブツッ…ッ…!
……もう30分以上帰って来ない。
正直今の心境は怒り7割、心配3割と言ったところだ。
今あーちが帰ってきたら勿論、お説教することは確定だけど、ちょっと強めに抓ったりしちゃいそうな自分がいる。……ここは第三者が必要だと判断する。
それに時間が経つにつれて心配3割の割合が少しずつ大きくなっていく。
そのせいで私の中は怒りと心配がグチャグチャに混ざり合って乗り物に酔ったみたいに気分が悪くなってきた。
胃も段々シクシクと痛くなってきた。それもこれもあーちが勝手に家を飛び出し、且つスマホを忘れたからだ。
あははー…、うん、もう色々無理☆
私は意を決して、自分自身では使うことは絶対に無いと思っていたあの存在の元へと少しフラつく足で向かった。
洗面所の下の観音開きの扉を開けて、ビニールに包まれている少しだけ重量があるものをそっと両手で取り出す。
そしてリビングのテーブルの上に袋の口を開けて一つずつ取り出して置いていく。……地球がドンってしそうな雰囲気を纏っている銀色のボディーの真ん中に赤と青の半球のボタンを有しているスイッチを。
最初に多神さんに会った日に、私とあーちの言葉を奪ったあのスイッチが今…私の目の前にある。
多神さんは言っていた、『どうしても困ったことがあったり、どうしても余が必要になったら、このボタンを二人で同時に押せ』と。
はい、今この瞬間、正に必要として居ます。
多神さんが出てきて『麻来は山椒を買って今帰っている所だ』と言ってくれるだけでも良い、欲を言うなら時間を戻して『山椒は3日後に買いなさい』って言ってくれたら尚良し!
そして、もしもあーちが何かに巻き込まれていたらこの世界に引っ張ってきた保護者としてあーちを助けて欲しい。
しかし、私は多神さんの言葉を思い出した時に同時に重大なことを思い出してしまった…。
あーーっ…多神さん!!この場に1人しか居ない時はどうしたら良いんですか!?
1人で押しても起動しないんですか!?
2人同時に居ない時に何かあったらどうするんですか!?
今!正にそんな状況なんですけど!?
……くっ!こんなことを考えている間にも万が一があったら嫌だ!こうなったら!!
私は急いで姉である香凜の部屋兼、食料やトイレットペーパーのストックとかを置いている場所に走り、目当ての物を掻っ攫ってリビングへと戻った。
そして赤いスイッチに私の右手を、青いスイッチに私の左手に掴まれている某有名テーマパークのクマ(メス)のぬいぐるみの右手を翳しー…
カチッ!
……スイッチを押した。想像していたよりも軽い押し心地だった。
だけど、押してから数秒待っても何も起こらなかった。
魔法のランプの魔神みたいに多神さんがボワッと登場するでもなく、ただ静かなリビングがそこには在った。
唯一の音は悪戯に過ぎる時計の秒針の音だけだった。
こんなに1秒1秒が長く感じるなんて。胸の中に嫌にざらついた感触が走った。『一回軽く押したんじゃダメだったのかなぁ?』と無理矢理自分を前向きにして今度は少し長めに押す…
カッッチッ…!
……何も起こらない。
目の前に出て来てくれなくても良いから、ただ一言『麻来はもう帰ってくるぞ』って言ってよ!多神さん!!
私はクマのぬいぐるみを胸に抱いたままテーブルに乗った2つのスイッチに覆い被さるようにうつ伏せになってキツく目を閉じて時計の秒針の音をやり過ごすしか出来ることはなかった。
『タイマーをセットしたからってその通りにあーちが帰って来ないのなんて分かりきってたでしょ!』『あのあーちのことだから寄り道してるんだよ!』と、リトル実々が明るく言ってくれてるけど、なんの慰めにもなってくれなかった。
*****
私の中で永遠とも感じられる数分をリトル実々に励まされながらただ動かずじっと耐えていたら玄関の方からガサゴソとした音が聞こえて来た。
この騒々しさはあーちしか居ない!と確信し、スマホの時間を瞬時に確認する。あーちが家を出てから41分経っていた。
『あーちに何も無かった……良かった』…という気持ちは勿論ある。胃もシクシクと痛んだし、気持ちも悪くなった。
だからね、その分をこんなに心配させたあーちに多少ぶつけても良いよね?だってお説教することは確定してたから☆
私は急いであーちが今にも扉を開く玄関へと走り、腕を組んで仁王立ちして待ち構えた。
ガチャ!
「ふへ~ただいまー。鍵開けといてくれてありがとー。帰ったぞーう」
あーちは満面の笑顔で玄関に入ってきた。
こちらの気持ちを何も知らないとはいえ、コレは無い……。
「41分……」
私は自然と冷たくなる自分の視線と表情を自覚しながら、あーちが家を空けた時間を口にした。
さぁ、あーち?楽しい楽しいお説教の時間がはっじまっるよー☆
end.
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