双子は神隠しから逃れたい!~変人な姉と腹黒な妹の非日常2人暮らしwith時々神~

大柳 律

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原始・古代

【ない】がある 前編

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12月5日(水) 昼過ぎ 曇り おやつから晴れ 最高19℃

 カタカタカタ……カチカチッ!
 (駄目、耐えて。我慢よ…我慢するの、麻来。今はその時じゃな―…)

 「うわぁあぁぁぁぁぁぁーっ!!やっぱ無理ぃいぃぃぃーーっ!!」

 バタンッ!!

 自分の心に従い、キンちゃんを閉じて隣室に走り出し、手に真っ先に触れた服に着替える。
 そして、慌てるうちの後をリビングから追ってきたみーちの「えっ!?何なのっ!?」と言う、驚愕が全面に出た声を背中に受けながら玄関にダッシュで向かい、これまた手前に掛かっていた上着とバッグを引っ掴み、飛び出した。
 本日行くつもりが微塵も無かった世界へと――。

 マンションの階段を万引きが見付かって店員から逃走する犯人も斯くやと言った速度で駆け降り、玄関ロビーを抜け、自動ドアが開いた瞬間をスレスレで抜けて道路へと出た。
 目標は30分以内での帰宅。大丈夫、出来る。
 キンちゃんを閉じた瞬間から、うちにはもう前に進むと言う選択肢しか残されていない。
 そう、例え後頭部に「あーちのバカヤロー!戻って来いっ!」と、凄く聞きなれたみーちの声が今まさに2階のベランダから降り注いでいようとも…。

 山椒を手に入れるまでは戻れない。
 
 よって、敬遠をベンチからサインで促す監督に『自分、相手とストレート1本で真っ向勝負したいです』と、伝える強情なピッチャーのように、少し俯いた状態で一切みーちの方を見ることをせずに首を振る。
 そしてそのまま後ろ手を振りながらうちは走り出した。みーちに(玄関の鍵、開けておいてね)と、念じながら。

***
ー約1時間前ー

 「親子丼めっちゃ久しぶりだー」
 「あーち、普段食べないもんね。ほら早く準備して」

 多神さんに貰った図書カードで購入した図録をすかさず閉じて、洗面台に行き手を入念に洗い、箸と野菜ジュースをテーブルにテキパキと用意する。
 それにしても、親子丼を食べるのはいつ以来だろうか。
 うちは親子丼は金運アップの最強メニューとメディアで取り上げられようが、唐揚げ定食と親子丼の二択だったら迷わず唐揚げを選ぶ。
 だが、今は常に入り用な状況。…あ、[入り用]と[状況]で韻を踏んでラップみたくなったYO。
 とは言え、何かと良くしてくれている多神さんに春闘を起こす事は、人としてあるまじき行為。そもそも今は冬だし。組合員が2人だから戦力が低いし。
 よって、小さな運を引き寄せようと昨日主婦シェフにお願いしていた。
 (これを食べたら金策に苦慮しないで済むわ~)とか、全く思っていないけど、きっと食べれば良いはず。何より、久しぶりだから普通に味を楽しもうと思う。

 「「いただきまー」」

 『す』を発音するタイミングで2人同時に口に入れた。
 お出汁が効いていて美味しい。鶏肉も焼鳥の缶詰のだから、味がしっかりと付いていて、卵と玉ねぎの部分との味の違いがあって良い感じ。

 「おー、美味しいっ!」
 「ん。さよか」

 みーち的にも良い出来だったようで、向かいの席でうちより1.5倍白米をよそった丼をニコニコと食べている。
 その笑顔を視界の端に入れながら、3分の1程までノンストップで食べ、1度箸を置く。
 ここからは味変タイムだ。
 テーブルの横のラックから山椒と七味を取る。
 手始めに定番の七味を一口分振り、それを口に運ぶ。
 ぱくっ。うん、予想通りの美味しさ。
 お次はお待ちかねの山椒を一振りー…

 「あれっ?出てこない…」

 缶の底を強くポンポン叩いても最初にサラサラと極僅かに出たきりで後続が途絶えた。
 嫌な予感が脳裏に過りながら、購入した時に内蓋のフィルムを外して以来、1度たりとも開けていない緑色の缶の蓋を震える手で開ける。

 「はっ…!」

 息を飲んだ。
 正確に言えば、人は本当に衝撃的な事態に直面すると息を飲まざるを得ないのだとたった今身を持って思い知った。
 ちょっとは残っていると淡い期待を胸に開けなければ良かった。
 缶の中に綺麗サッパリ山椒が無いなんて誰が考えようか。いや、考えられまい。
 両手に各々本体と蓋を持ったまま思わず項垂れてしまうのは不可抗力だと思う。目の前がもう真っ暗リアルダーク

 「あ、遂に山椒無くなったんだ。やったー」

 信じられない。
 春の日だまりのように柔らかな声で、ふふふっと笑いながらみーちが喜んだ。……何故?
 この状況は言うなれば、村の子供たちが遊び場にしていた湖が一夜にして土砂崩れで埋まってしまったのと同等の大事件。
 そして、茫然と立ち尽くす子供たちの隣で『お、綺麗に埋まっちゃたねー。凄い凄い』って自然の力に感心しながら言っているのと同じくらいの残酷さだって分からないの?ねぇ、嘘でしょ…。
 目の前の喜色満面によって脳内を困惑一色で満たされ、全くみーちに返す言葉が出てこない。
 取り敢えず、落ち着く為にも1回山椒の香りを吸っておこう。そうしよう。
 依然として両手で持ったままだった亡骸を鼻へと持っていく。

 「すぅ~……うぅっ!違う…。薄い……これじゃない、香りが遠いよ……。清涼感何処に逝っちゃったの?缶の金属の香りが邪魔をする…。ふうぅっ…このままじゃうち……もうおかしくなっちゃうよー」
 「怖っ!」

 自分の表情なのに、勝手に眉毛はハの字に、唇はギザギザに引き結ばれていくのが何処か他人事のように感じた。あ、もう泣きそう。うっすい香りだったからちっとも落ち着けなかったし。
 そんな絶望に沈んでいくうちを見てもみーちは、『怖っ!』の一言だけで一向に慰めてくれない。事の重大さを分かって無いんだ。嗜好品を失う事の辛さを。当たり前を失う怖さを。

 そこからどうやって完食したのかは良く覚えていない。
 七味をかけて、香りを嗅いで『違う…これじゃない…。山椒入ってるけど他の六味が邪魔…』とは言った気がするが、それも定かではない。

***

 早歩きと同等の早さで小走りをし、30m程先の1つ目の曲がり角を曲がり、マンションからうちの姿が見えなくなったところで1度立ち止まる。
 走ったのもあるし、昨日程では無いけど暖かいから上着は要らなかったかもしれないと少し息が上がった現状で思う。
 でももう戻れないしと、溜め息を1つ溢しながら手に持ったままの濃い水色のマウンテンパーカーを腰に結び、オレンジ色のミツユビナマケモノバッグの中に財布がちゃんと入っているか確認をする。
 ん、よしよし。スマホは入れ忘れたけど、これで山椒が買える。
 昨日カフェの後にスーパーのレジの所で唐草模様のガマ口財布唐ガマちゃんを、みーちに渡さずに持ったままで良かった。
 昨日の自分の行動に拍手を送りながら、取手をしっかりと左肩に掛け直して早歩きを再開した。

 そうこうして、箒に乗って宅配する見習い魔女のような長袖の紺色のマキシ丈をバサバサと脚で音を立てながらサカサカ歩くこと体感で5分。
 あ、失敗した…と思った。
 いつもはスーパーの面する大通りに出る為に、全部で3回ジグザグに意図的に曲がる。そうするのは、ある事を避けるために他ならない。
 しかし、今回は慌てていたため判断力が鈍り、1回しか曲がらずに大通りと交わるT字路に着いてしまった。
 問題発生である。
 スーパーはここを左に曲がって5分進んだところにある。
 で、現在うちの左側の視界を覆い隠すように深い緑が繁っている。そう、ご近所で有名な池田さん宅の生垣。
 これが年々見事に成長し、歩道へとどんどんせり出してきていて、向こう側が一切見えないのである。残された道幅はきっかりヒト1人分。お一人様専用レーン。
 おまけに安全面を無駄に配慮されていて、しっかりとガードレールが設置されており、一瞬車道を歩こうざなんて危険な選択肢は除外されている。
 よって、こっちに曲がって来た人と出会い頭に衝突をしてしまう可能性が大。
 だからと言って、引き返していつも通りの道で行く時間もうちには無い。
 そもそも、人と丁度上手い具合に出くわすなんてよっぽどの確率だろう。

 ただこの道を曲がるだけだと覚悟を決める。
 でも人生には万が一が存在するため、予想外の接触事故を防ごうと先行部隊として右手を拳にし、ゆっくりとした足取りで正面にユルーく突き出しながら進む。秒速30cmで。
 あ、そうだ。
 どうせ無駄な動きで終わるけど、折角だからユルい掛け声も付けておこう。

 「えーい」
 ぽすっ。
 「ぐぇ」

 やばっ……人が居た。
 右手、鳩尾に入りました。

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