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原始・古代

実々:まいっちんぐ、あーちさん。

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12月1日(土) 朝

 朝イチから私の向かいの席で興奮している人間が一人…。その人間は 「美味ひーい!美味ひーーっ!」と叫びながら食べ進めていく。
 ふむ、どうやら語彙力が少し低下しているようだ。
 しかし、その手に持っている物は色味的にどう見ても…

 「見た目、全く美味しそうじゃないけどね」

と、言ってしまうのは最早避けられないことだった。
 向かいの席に座っている人間あーちが朝食に食べているのは昨日あーちが作った可もなく不可もない絶妙な味付けのナス味噌炒めの残りをマヨネーズとチーズと一緒にパンにのせて焼いた物だった。
 ナスがせめて鮮やかな紫色だったらまだ良かったのにすっかり色が抜けて灰色になったナスがデデーンと乗っているのはいただけない…。しかもパンにほんのりナスの色が移ってる…。
 しかも!あろうことかあーちは、その灰色ナス味噌パンを一緒にどうかとアツくトースターの前で誘ってきた。はい、お断りです。
 「茄子味噌はトッピングとしてじゃなく副菜として食べたい!」パンにナス味噌はのせません!ナス味噌には白米だろうが!!

 そんな私はいつも通りにパンに切れ込みを入れて焼き、大好きなオニオングラタンスープにつけパンして食べております。染みジュワで美味し~い♡
 パンに塗ってあるバターとスープの塩っぱさがベストマッチしてもう言うことナス!
 ……ハッ!めっちゃつまんないこと考えてたわ!!この組み合わせも語彙力を低下させるモノが入ってたなんて…ッ!!

 あーちは半分ほどニッコニコの笑顔のまま食べ進めると味変の為に『山椒』を……もう一度言おう、[山椒]をナス味噌に振りかけいつも通りに「ハァハァ」しだした。
 ……パンにまで振り掛けるのかよ。
 あーちの「ハァハァ」と、匂いを嗅ぐ「クンカクンカ」を視界に入れたくなかったので意識をオニオングラタンスープに没入させるべく思いっきり自分のカップとお皿の方を凝視しながら食べることにした。

 ……しかし、それは結論から言うと無意味だった。

 あぁ~……私ったら聴力めっちゃ良いんだった…。
 「ハァハァ」と、匂いをかぐ「スンスン」って音が聞こえるよ~。目から入る情報が制限された分余計に耳が研ぎ澄まされちゃってるよ~、ヤダよ~おかあた~ん……。
 そう心の中で泣いていたら、向かいの席から右手をパタパタさせるモーションが視界に入ってきた。
 なんだよ?と渋々視線を上げたらあーちが話し始めた。

 「約3週間前にね、直が来たのさ」
 「ふーん…」

 (そんな珍しくもない話題で山椒を振ってひとしきり「ハァハァ」した後に話し掛けないでくれる?)と、ついつい冷ややかな目で相槌をうってしまったのはご愛嬌である。
 あーちはそんな私の目を見返し、満面の笑顔で思わぬ一言を発した。

 「でね、その時に直を殺しかけちゃったの」
 「!?ゴフッ…!」
 
 危うく口から食べてたパンが盛大に吹き出るところだったわ。
 というか、笑顔で殺人未遂しちゃったって言うやつ普通に怖えから。
 自分を落ち着けるべくお茶を飲みながらあーちの話を聞いていたら、いつも通りあーちお得意の『水の入れ忘れ』だった。
 せめて…せめて生姜のチューブを少し入れていたらもう少し美味しくなったよ?……って違うか。

 ……はい、お巡りさんコイツです。

 終始ニコニコ笑顔のまま殺害の経緯を語る加害者。
 そして物憂げに頬に手を添えながら他人事のように尚も語り出す。

 「何が悲劇って麺つゆが4倍濃縮だったことだよね~」

 ……違うから。麺つゆのせいにするな。

 「違うから。あーち、あのね?あーちみたいに料理が出来ない奴は味見しないといけないんだよ。第一、今まで水を何回入れ忘れてんの!?」

 味見さえ、味見さえしていれば母も苦しまずに済んだのに…ッ!
 しかし、加害者は責任能力の有無を自己弁護し始めた。

 「水は万物の根源アルケーだから、つい当たり前にそこにある物として忘れちゃうんだよね」と。
 「壮大な感じでモノ言ってるけど、ただの入れ忘れやんけ!」
 「昨日は直ぐに思い出して水入れたから成長してるよ。直に感謝だね」
 「普通だから!」

 ……おぃぃ!!待て待て!!!私も昨日危うく殺されかけてたんかい!『直に感謝だね』じゃないから!
 そして加害者は『この裁判は閉廷しました』と言わんばかりに肩をすくめてこの会話を無理矢理終わらせてきた。
 終いには、どこか遠くに視線を飛ばしながら薄く微笑んでいた。おい!帰ってこい!!
 もうこうなったら話しかけるだけ無駄だと思い、残りのパンとスープを流し込む。せっかくのハッピーモーニングが……。
 最後にお茶を飲みきり、お皿とカップを持って今まさに立ち上がろうとした時、トリップしていた人間が話しかけてきた。

 「そう!でね、本当の今日はみーちが直のお店に初めて食べに行った日なんだよ」と。
 「そう…。なんか『直』って聞くと今は切なさしか感じないわ…」

 直、あーちが本当にすまないことをしたね…。

 「ねー。直にも会えないもんねー」
 「………違う、そっちじゃない」

 チガウ、ソウジャナイ……。

 「切ないって言うのは過去だから会えなくて寂しいって事じゃなくて、あーちの被害者になっちゃって可哀想って意味だから!」

と、言った私の声は再び瞬く間にトリップした人間には終ぞ届かなかった。

 洗濯物を干しながら今日の昼の献立を再確認する。そうだ、昨日の鶏塩鍋の〆のうどんだ。
 ん?まてよ?うどんってことは…?
 うどん=ちゅるちゅる=薬味必要=山椒ハァハァ=イライラしちゃう☆
 という計算式が出てきた。
 ……えっ?!まだ山椒無くならないの??

*****
同日、夕方 


 「12月の1発目完成ーっ!Huuuuuuーッ!!」

 Q.両腕を高々と突き上げて、親指・人差し指・小指を立てて完成の報告をされる一般人は誰?

 A.はい、私です。

 「まとめ出す前は、古墳時代はさらりと終わると踏んでたんだけど、古墳人達がすっごくアクティブでまいっちんぐだったわー」
 「私は古墳人よりも、目の前の人間にとてもまいっちんぐ」
 「……さよか」

 ……さいですよ。


………【わたにほ】の内容。


 (『リメンバーワイドショー風』って別に忘れてないし。そもそも覚えてる自分がなんかヤダ…)
 (前方後円墳だー。懐かしい。ぱっと見た感じはわさわさと木が茂ってる森にしか見えないよね~)
 (国内をほぼ統一っていうけど何処までを国内って言ってるの?)
 (ふむふむ、鉄資源は日本では採れなかったのか)
 (『お山の大将、世界を知る。お楽しみにっ!』って次回の予告どうなの?もうお山の大将っていうのが小物感凄い)

………【読了】


 「では…どうぞ」と、私が読み終わったのを見計らったように声をかけられる。
 私は声の主の方を一瞥してからまた画面に向き合い、無意識に腕を組み、あーちに疑問を投げ掛ける。

 「まず、ヤマト政権が国内をほぼ統一ってあるけど、どの辺りまで?」

 これ結構大切じゃない?
 北海道はまだ入っていないのはわかるけど、どの辺まで国として認識してたのか気になる所でしょ。

 「わぁっ……また予想してた質問と違うっ!」

 あーちは思わずといった感じで頭をガクッと少し仰け反らせたが、眉毛をハの字にしながらも答えを紡ぎ出した。

 「んー…読んだ本によって記述は区々まちまちだったんだけど、九州から関東までくらいって考えてくれれば良いかな?」
 「関東から先は未開の地って認識だったの?」

 やっぱ東北は寒くなったから人が住まなくなったんだね~。

 「明日か明後日の【わたにほ】に出てくるけど、東北は蝦夷の土地だから」
 「みちのく!」

 思わず拳で手のひらをポンと叩いてしまった。
 青森のお爺ちゃん、お婆ちやん元気ですか?どうぞご自愛ください。私はあーちに振り回されております。
 …さて、次の質問行きますか。あぁ、これこれ。
 私は画面の該当箇所を指先でツンツン指しながらあーちに質問をぶつける。

 「ヤマト政権が百済の救援に行くのは良いけど、朝鮮半島に着くまでに大半が海の藻屑になって戦えなくね?そもそも、そんな悠長に待てる程、穏やかな戦いだったの?」
 「『戦えなくね?』って聞き方が若いし、最後の質問なんてほぼ悪口じゃん……」

 確かに、今のは口が悪かったわ。なんかあーちじゃないけど若ぶっちゃったってた。でも海を渡るのは大変だったと思うんだよね~。

 「えーと…海流の関係で半島との行き来は容易だったみたいだから藻屑にもそこまでなってないと思うし、救援にも長期間かからずに行けるよ。でね、この時期についての記述が七支刀と、明日出てくる石碑しか確かなものが無いからほとんどミステリーなの」
 「へぇ~…倭国民ご苦労だったね」

 鉄資源がよっぽど喉から手が出る程欲しかったんだね…。
 さて、次はアレだよ、アレ。
 『どうせクイズあるんでしょ?』という目であーちを見つめると案の定クイズタイムが始まった。
 
 「前方後円墳は畿内だけでなく、日本各地にあるのは何故でしょう!?」

 チッチッチッ……チーン!【シンキングタイムの音】
 
 「うーん……あ!記念碑的な感じで、何処の土地でも崇められるように?」
 
 偶像崇拝じゃないけど何かそういうのありそうだし。

 「モニュメント!天才的な答えだわ!」
 「おおっ!」

  まさかの大正解か!?

 「正解は、各地の豪族がヤマト政権に従ったことで築造を許されたからだよ」
 「違った違った……」

 うわー、何か恥かいたわ。
 無駄にめっちゃ喜んじゃったし…。ただ権力に従ったご褒美っていう単純な奴だった…。うわー…うわー…。

 はい、本日のお勉強タイム終了。

 「で、夕飯は何が良いの?」
 「オムライス!」

 ……即答か。しかし、オムライスか…。

 「ふむ……良いこと考えた。待っておれ」

  オムライスに遊び心を入れてしんぜよう。

 「ん?はぁ~い」

 私は立ち上がる前にもう一度【わたにほ】を確認し、疑問を浮かべるあーちを置き去りにしてキッチンへ向かった。
 先ず手を洗ってから使う食材を冷蔵庫から出していく。玉ねぎ、ピーマン、ウィンナー、今日はご飯は炊かないで冷凍のストックを使おう。
 [オムライス]か…。もう過去の世界に来てから2週間経ってるんだなぁー…。
 確か連れ去られた日の夕飯が『オムライス』の予定だったんだよねー。

 かなちゃんは…まぁ、お昼ご飯の時間で時が止まっているんだろうけど元気にして居るかなぁ?って思っちゃうよね…。
 『会えなくて寂しいか?』って聞かれれば、まぁ毎日モチモチほっぺをスリスリしていたのが出来ないし、ぽっこりしているお腹もフニフニしてない、抱っこの時の腕の重みもしばらく感じていない…――

 ――…うん…―寂しい。

 あ?……いや?うーん…??

 確かに寂しい。
 寂しいんだけど、なんだかんだあーちが毎日のようにかなちゃんのことを話題に出してくるし、私の中にもちゃんとかなちゃんは居る。小姑ばりに心の中にドンっと鎮座してる。特に料理中は私の心の中なのに主張が強い気もする。
 それにオムライス作りに関しては『もっとママは上手になれるよ』って言っていた。そうだ、私にはまだまだ『伸びしろ』がある。
 あーちのサポートで1年間過去の世界に飛ばされて来て日々を過ごして居るけど、もしかしたらこれは…チャンスかもしれない。
 私が作った料理を食べてかなちゃんは『美味しくない』とは言わない。イマイチ自分の口に合わなくて食べたくない時、彼女はこう言う。

 『これ(料理)、かなちゃんには【あんまり】かな?』―――と。

 (……うるせぇよ)って思った数はもう数えていない。
 かなちゃんは新しいレシピとか知らない味や見た目に抵抗が強い。人見知り同様に味見知りも凄い。……繊細か。
 そうだ、この1年間は小姑の【あんまり】という発言を減らすチャンスだ。
 1年間で更なるスキルアップをはかって【あんまり】じゃなく、日々【おかわり】や【おいしい】を沢山言わせてやる。待ってろ!三歳児!!
 と、一人アツくなりつつも、ちゃんと手は動いてくれていたので、もう仕上げのケチャップです。
 さっき【わたにほ】で確認したからバッチリだ。あーちがどんなリアクションをするか今から楽しみだわ。

 「はい、出来たよ~」と言いつつ、あーちが気を利かせてセッティングしてくれていたテーブルに先ずあーちのオムライスを置く。
 あーちは「わーい♪」と喜びを零しながらオムライスを見た。そしてそのまま驚いたように、

 「えっ?何で二重丸?」

と声を上げた。
 私はその反応に内心ニヤニヤしつつ、キッチンに置いていた自分の分のオムライスを両手で大事に持って席に着く。
 あーちは私のオムライスに何が描かれているのかと気持ち首を伸ばして見てきた。……そして気付く。

 「んん!?うえぇっ!まさかっ……え、円墳!?みーちのは前方後円墳って事!?」

 …御名答。

 「ふふふっ♪」

  サプライズが成功した喜びから思わず声が漏れてしまった。さ、冷めないうちに食べませう。
 あーちは「いただきます」と言うや否や早々に二重丸もとい、円墳をスプーンの裏で卵全体に延ばしてきた。もう少し残しておいてくれても良かったのに…。
 


12月1日(土)

 今日は朝も昼も『山椒ハァハァ』で、その内自分ブチ切れちゃうんじゃないかと思った。
 でも昼ごはんの時に山椒の入れ物のお尻の部分をポンポンしながら出していたので、終わりが近い気がする。

 夜のオムライスはほぼいつもと同じ味だった。『伸びしろ』カモン。

 この1年間で得る技能や知識、レシピは元の世界に持って帰れるのか…まぁそうそう会うことはないけど、会えた時に多神さんに聞こうかな。
               end.
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