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原始・古代
涙は秋の空
しおりを挟む「ひっ………!」
窓に付いた小さなバルコニーのような台に、忘れもしない烏が乗っていた。奇しくも座っているうちと全く同じ目線で怖さ倍増。
何でまた因縁のラメ烏がここにっ!?
【オー・ソレ・ミオ】を道中にフルで歌ったから、『あ!この音痴はあの女だ!』って気付かれちゃったの?
それとも獲物を探して偶々近くを飛んでいたら見つけたの?……見逃して下さいよ~。
くっ……今更ワークキャップにフードを被ってエミネム風にしてももう手遅れだ…。ガン見されている中での変装は無理だわ。
それにしても、もしかしてこのまま出待ちされるのかなぁ?
アイドルや有名人じゃないから、出待ちしていただいた所でご期待に添えることは出来ませんよ?
太一ちゃんみたいに足目掛けて嘴を突き刺されりなんてしたら、避けられる気がしないよ?流血沙汰になります。
過剰な接触はマナー違反なのでは?
うぅっ…みーち、早く戻って来てー!姉はとってもピンチです。
ガシャンッ!カラァァーン…!
「えっ?」
烏に気を取られている死角で、ケンケンが勢い良く立ち上がったためか衝撃でお皿が思い切り鳴り、更にはその反動で小さいスプーンがこっちに転がってきた様子。……ケンケン、何食べてたの?
てか、これはとってもマズい状況なのでは?
前方の烏、後方のケンケン……遠方のみーちだ。
烏は窓越しなので威圧・精神不安以外の危害は加えられなそうだけど、ケンケンとうちの間には最早落ちているスプーンしか無い。簡単に跨げちゃうやつや。
このまま詰め寄られてアイアンクローされながら、『てめぇ!何さっきからこっちジロジロ見てきとんのじゃ!アァッ!!』とか言われちゃうのかな…。
それとも容姿的に日本語が流暢じゃなさそうだから、『ナニコッチミテル!オマエ、イタイシタイノカ!?』とかかなぁ?それか外国語。
いずれにしろ怖いことには変わりは無い…。
不意に今、初めて多神さんに会った時に『不躾に人の顔を見すぎだ』って怒られたのを思い出したけど、なんかもう手遅れだわ…。30分前くらいに教訓として思い出したかったな。【余所の人をガン見したらアカンよ】って。
斯くなる上は、痛い思いはしたくないので罵声のみに留めてもらうためにも弱者アピールをしておこう。
烏は取り敢えず置いといて、高い位置にあるケンケンの目を全面降伏のハの字眉・泣きそうな目、震え出して噛み合わない歯を必死に口を閉じて抑えながら見上げる。
「あ、あのっ……」
「おい!何でお前がここに居るっ!!」
うちの声に被せるように般若の形相で重低音のハスキーボイスを放ったかと思えば、大きな歩幅で一瞬で距離を詰められ、
バァァァンッ!!
目の前で壁ドンならぬ窓ドンをされた。
「ひぃぃっ……!」
太く筋肉質な褐色の右腕が鼻先スレスレを通って窓の外の烏を掌で捕獲するかのように伸ばされた後、それに続くように銀髪が眼前を窓の方へと横切った。
うちはここで変な動きをしたら命は無いと悟り、背もたれにへばり付いて体の厚みを最大限薄くする事に全神経を注いでいる。
尚、ケンケンの動きによる風圧で髪の毛がバッサァと思いきり顔に大量にかかったけど直す余裕無し。命第一。
幸いなことに、ケンケンの怒りの矛先がうちではなく烏に対してだったのは本当に良かったが、窓ドンは神隠しの次点の恐怖があった。いや、瞬間的に言えば圧倒的1位の怖さだった。
みーち……ううん、もう誰でも良いから助けて。へばり付いていることにより、周りの人の動きが一切分からないのもあって孤独だよ。
「建……何しに来た?」
「カッカァー!」くいっ!
「ちっ!」
うわぁ……目の前で烏と会話が再び成立している!
また烏が何を言ったのかがフワっと分かってしまったし…。今回は『表に出ろ』って言いながら首を出入り口の方に動かしていた気がする。
それはそれとして、まさかの新事実も判明したようだ。
……えっ?この烏の名前【タケ】なの?
ケンケン、そのラメ烏の飼い主なの?だとしたら烏を飼っている人に初めて会ったわ…。
屈強な肩に烏を乗せている図がありありと浮かんだ。似合う。
とてつもなく似合い過ぎるが、先日のうちの烏暴行未遂事件が既にケンケンに伝わっていたらと思うと、震える。
極力息を圧し殺しつつ髪の毛の隙間から左の1人と1匹を見つめ、果たして自分はこれからどうなるのかと、お白洲の罪人のように戦々恐々と考えていたら、不意に額から後頭部の真ん中にかけて少しの重みを感じた。
「わりぃ、邪魔したな」
ぽんぽんっ。
引き潮のように目の前にあった腕が右側にゆっくりと引いていくのと同時に、視界も頭も自由になった。
半ば呆然としながら顔を右斜め前に向けると、ケンケンが小さなスプーンをテーブルに戻し、その流れで伝票を手に取ってレジに向かって大股で歩き出すところだった。
そのケンケンのTシャツの後ろには、これまた見事な毛筆で【八岐大蛇】と書かれ、その下に8つの頭を持つ大蛇が描かれていた。
そのプリントに何故か視線を奪われてしまいながらも他のテーブルのお客さん達を見渡すと、まだ脳が事態を正常に把握出来ないのか、ケンケンの歩みに合わせて皆が徐々に動き出しているかのように見えた。
その不思議な現象を見ること数秒、ケンケンがレジに付いたのを確認すると全身の強張りがほどけ、やっと深く呼吸することが出来るようになった。
「はっ…はぁ~……」
ズルズルと背もたれから勝手にずり落ちて行く上半身をそのままに、再び横の窓に視線を向けると、やはりと言うべきかタケ烏は姿を消していた。
結局、あの緊張と恐怖との板挟みの時間は何だったんだろうか…。
何かのイベントボーナス?月末イベント?今年も残り1ヶ月だよ記念?……え、迷惑な。
「はぁ~お待たせーっ。トイレもドリンクバーもどっちも凄い混んでて時間掛かっちゃったー!……あれ?あーちどうしたの?」
「ふっ…ふぇぇ~!みぃち~~~っ!怖かったよぉ~~」
「えぇっ!泣いてんの!?そんなに喉渇いてたの?」
「ち、違くて~…タケとケンケンがっ!ひっく……」
「え?誰なのそいつら?何、その田舎のチンピラみたいなコンビ名。その2人に絡まれたの?」
「そうなんだけど、そうじゃなくて~……ひっくっ…!」
「どっちなの…。まぁ、泣き止んでからで良いから説明して。ほらお茶飲んで、その流れに流れた涙も拭きなよ」
「う……うん」ごしっ…ずびっ…。
自分でも驚くべき事に、みーちの顔を見た瞬間、普段は頑固なドライアイのくせに涙が勝手に溢れ出てきた。
嗚咽も幼児バリに暫く止まらず、向かいのみーちの方に泣きながら移動して抱き付いた。
横からしがみつかれたみーちは嫌そうな顔を当初しつつも、余程の事があったんだろうとうちの滂沱の涙で察し、泣き止むのを静かに待ってくれていた。
結果、泣き止んでから事を順序立てて話し、ファミレスを後にするまでに再会から1時間掛かった。
*****
おやつ前 晴れ
「この足で図書館行くんでしょ?」
「うん……」
背負ったリュックの肩紐を両手で握りながら、こくりと頷いて返す。
泣いた事ですっかり疲れ果ててしまった。
でも、泣くのはそれに耐えうるエネルギーが無いと無理だから、やっぱり今は健康になっているんだなと前向きに考えておく。
しかしながら、もっと気持ちを前向きにして未知なる明日を迎えるためには、図書館で天使とお爺様に会うのが手っ取り早い。
会えるかどうかは運次第だが、淡い期待を胸に大通りを自宅方面に歩き、図書館へと向かった。
歌わずに寡黙に歩くこと5分程で図書館の入口に到着。
うちを先頭に自動ドアのセンサーが反応するまであと1歩のところまで来たところで突然ドアが開いた。
中から出る人が優先だと思いその場で立ち止まった瞬間、小麦色の一陣の風が身体を撫で、うちらが今まさに歩いてきた方向に瞬く間に消えて行った。
「え?…今通り過ぎたのって……」
「「太一ちゃん(天ちゃん)??」」
折角開いたドアが目の前で閉じてしまったが、もう豆粒サイズにしか見えない、おそらくうちらが切望していた司書さんの背中を暫し見つめたまま固まる。
この前のうちの時のように、誰かに図書カードを届けに走ったのだろうか?
それにしては、本当に一瞬だけ見えた顔が怒っていた気がしたけど……気のせいだよね?びこーず、しーいずえんじぇる。
今日は太一ちゃんとはこの擦れ違いのみで終わってしまいそうだけど、図書館に来ればまた会えると分かっただけで良しとする。
なので、太一ちゃんが走り去った方向を依然見つめたまま微動だにしないみーちの右腕を取って、ドアを潜る。腕を引いた時に「あぁっ…」と、みーちの悲しげな声が耳に入ったが無視。
返却口前でみーちを解放してからリュックを下ろし、さんきゅー返却しながら世界中の不幸を背負っていそうな雰囲気を醸し出す同伴者に話し掛ける。
「古墳時代は短いから、みーちも何か借りて読む?」
「読まない」
「そう…」
クールに相槌を返したものの、心の中のうちの目からは一筋の涙が流れた。
ここで『お願いだから何か借りてよ』と咽び泣けば借りてくれるのかな?もう涙のストックが無いから無理だけど。
この2週間でみーちは何冊我が家の本を読んだんだろう…。怖くて聞けていない。在庫の確認は年末で大丈夫だよね?ねっ?
不安を悟られないように、ぼーっとしたままのみーちの顔をチラチラ見ながら検索機に移動する。
「トイレは今日は大丈夫!よし、古墳古墳ーっ♪ぽちっ」
ズララララー…
「あーそうだよねー…古墳時代の記述じゃなくて、古墳そのものの写真集みたいなのもそりゃ沢山出るよねー。地表に剥き出しだから」
「剥き出しって、歯茎みたいな言い方止めなよ」
「歯茎も例としてはどうなの…」
ちょっと黙ってたかと思えばコレだよ。
何時なんどき、みーちに歯茎剥き出しで『グヴゥゥッ!』威嚇した事があったよ?
まぁ、例えが面白かったから良し。
弥生時代用に借りた本のほとんどに古墳時代についての記述があったし、今回は少なめで良いかも。
3冊ほど目星いものをチェックし、いつもの本棚に行こうと振り返ったところで、また誰かにぶつかりそうになった。
「わわっ!ごめんなさい!……あれ?この前のお爺様!?」
「おっとっと……こちらから可愛らしい声が聞こえたから、もしやと思って来てみたらまた会えたねぇ。こんにちは」
「はい!こんにちは!」
「はい……」ぺこり。
よ、良かったぁぁぁぁぁっ!
振り返る時に手は広げないって教訓は覚えてて!
今度こそ当たったりなんかしたら、お爺さんを痛め付けてしまうところだった。
そして普段は悪目立ちしてしまう良く通る高い声、グッジョブ!……でも声が聞こえたって、ひょっとして時間的に歯茎の件じゃ…。ううん、気にしない。
折角の再会を今後に活かさないで何とする!
自然と笑顔になった表情で、前と相変わらずに素敵な英国風のお召し物のお爺様に、次に会ったら聞きたかったことを質問する。
「そう言えば、お爺様はお名前なんて言うんですか?わたしたちは小澤です」
「……はい」こく。
「小さくて愛嬌のあるお嬢さん方にぴったりの名字だねー。この老いぼれは皆に[思じい]って呼ばれてます。好きに呼んでおくれ」
「「おもじい?」」
「ほっほ。そうだよ。思ジジイでも思じいさんでも何でも良いからね」
「「いや、ジジイは……」」
お爺様から繰り出された素敵なウィンクに心臓をやられながらも、ちゃんと否定すべきとこで否定が出来て良かった。こんなイケてるジジイはそんじょそこらに居ませんから。
[おも]って漢字なんだろう?尾茂とかかな?
そこはもっと親しくなってから追々聞くことにして、孫(仮)はお爺様の前では愛嬌を振り撒きたいので、きっちりと提案するとこにする。
「これからは[おもじい様]と呼んでも良いですか?」
「別に様なんていらないよ?でも、ありがとうね。小澤さん」
「こちらこそありがとうございます。あ、今日は何か本は借りないんですか?」
「あぁ、先日は案内してくれて助かったよ。今日はその本を返しに来ただけなんだ」
「そうだったんですね」
「また借りるときに会ったら案内をお願いして良いかな?」
「「はいっ!」」
「では、小澤のお嬢さん達、ごきげんよう」
「「さようなら」」ぺこり。
『お嬢さん』って実年齢を伝えても呼んでくれるのかしらと、思いながらおもじい様を見送る。今日は背中を見てばっかだな。
あ、みーちの名字は本当は[一色]で、正確には[元小澤]って面倒だから伝えなかったけど、本人も訂正入れて来なかったし良かったのかな。心は小澤のまんまだゼ☆って。
そんな内心を噯にも出さずに地下へと続く階段へと向かい、階段をルンルン降りながら視界に入った自分の服装を見て戦慄した。
夜逃げ業者の格好だったのを忘れて、平気でおもじい様に会っていたなんて……。泣ける。
***
夜 晴れ
図書館からの流れでスーパーへと寄り、みーちが夕飯に『鶏塩鍋を食べよう!』と息巻いていたので鍋の具材とパンを買って帰宅。
台所の隅に目を向けると、前日に茄子丼になれなかった茄子がいたので鍋製作の前に茄子味噌を30分で作り、その場を後にした。
ちなみに茄子味噌はうちの三指に入る得意料理で、お母ちゃんにも『バイキングにあるやつと遜色無い』とお墨付きを貰っている。
今回は、まな板の豚ちゃんを傷付けることもしなかったし、水を入れ忘れていることにも早い段階で気付いたし、みーちの感想が楽しみである。
「ふへへへへ…」
11/30(Fri)
今日は過去に来てから初めて外食をしました。
玉子の有無で料理の美味しさのランクが左右されるなんて、玉子は本当に侮りがたいです。
タケ烏とケンケンは本当に恐怖でしか無かった。
去り際に頭に乗せられた手は、身長に見合った凄い大きさだった。きっと拳の長さは14cmくらいだと思う。
そう考えると、単純計算で十拳剣は140cm?……いったい何を斬るためのものなんでしょうね。
図書館ではお爺様と自己紹介をしあえて幸せでした。
名前を知ると距離がグっと近付いた気になりますな。
茄子味噌は「あーち、本当に作れたんだね」のお言葉しか貰えませんでした。
電話で作ったよって幾度となくみーちに告げていたのに、虚言だと思っていたってこと?やれやれ、困った妹さんですわ。
おわり
[字数 12188+0=12188]
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