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原始・古代
幕間:言葉<物理≪笑顔
しおりを挟む2018年11月28日(水) 深夜
ピロンッ♪
{麻来、寝ました)
「やっと寝たか…」
まだかまだかと待ち続けた通知音とメッセージがやっと出てきた。
質問があるのは麻来の方であるのに、こんなにも待たせるとは何なんだ。お陰で片付けが残り4分の1になる程捗ってしまったではわないか。
そもそも普段からして、寝付くのに実々の約1時間後なのは何故なのか。今日なんか更に30分も待ったぞ。
「まったく…」
独り言を拾ってくれる神も相槌を打ってくれる神も此処には居ないため、何か苦いものが残る中、準備を始める。
「よいしょっ…」
フローリングの上に選りすぐった分厚い辞書を5冊綺麗に積み上げる。
そこに、予め台所の流しの下の棚から持ってきておいた朱塗りの大盃をバランス良く乗せる。
そしてこれまた事前に心字池の水を汲んでおいた、星梅鉢が側面に描かれた手桶から柄杓で溢れないように気を付けながら大盃の7分目程まで満たす。
最後にお気に入りのデニム地のビーズクッションに椅子のように座り、麻来の顔を思い浮かべながら1輪の白梅を水面に浮かべたら完成だ。
水中にゆっくりと花が沈んで行き、花弁の色が水に滲んでいくように徐々に白濁する。
真っ白になった水面が1つ強く光輝いたら、相手の精神としっかり繋がった合図である。
「さて、いったい何を聞く気だ…」
麻来にこちらから歩み寄って話し掛けてやるのは癪なので、向こうからの声掛けを待つことにする。
変人を待つこと数十秒後、
[来た来た来たっ……!]
と、水面に黒に近い暗い赤紫である桑の実色の文字が浮かび上がってきた。
この大盃は相手の思考が全部分かる仕組みになっており、発言をされずとも思っていることは無意識も含め、全て此方に筒抜けになる。勿論、思い浮かべた事も映像となり映し出される。
まさに斜め上の言動が甚だしい麻来との会話にはうってつけの代物だ。
そして、水面に出てくる文字の色は相手の【個性】そのものを表している。
麻来の桑の実色の文字を初めて見たときに、凄くしっくりと来たのは忘れない。…妹の実々の色は腹の色は黒としても何色なのだろうか。
思考が些か脱線したが、全く問題はなさそうだ。
…なぜなら相手が一向に話しかけてこないのでなっ!
[ワクワクして眠れないヤングの如く~…]
って、何なんだ。
もう三十路だし、若者を『ヤング』といっている時点で若くないだろ。
おっ!
やっと何しに来たか分かったぞ。本当に大盃様様だな。
「なになにー…」
[過去の時間で日本史をまとめたり生活する事で、それに関連したエピソード記憶を思い出して、それについて反省したり後悔したりをして、元の時間に戻ってからの人生に活かせって多神さんは考えてくれてんのか確認しなきゃ!ま、絶対そうだけどね~!]
「なっ…」
吉野ヶ里遺跡での顛末や麻来がこの考えに至った経緯が文字と共に、さながら字幕映画のように流れた。
「違う…」
麻来には珍しく、とてつもなくそれっぽい事を考えているが……違う。
ただ単純に直近の過去の方が暮らすのに不自由が無いと考えただけだぞ…。
あと、環壕に落ちた友を少しは心配してやりなさい。その点についてはしっかりと反省しろ。
[睡眠時間が惜しいので、とっとと聞いてサクッと帰ろう]
イラッ!
まるで余の話がいつも長いかのように言うな!
腹が立ったので、これから復讐を始める。
『多神さぁーん!そこいらに居るのは分かってるんですよーっ。質問っ!質問に答えて下さーい!………あ、こんばんは』
「………」
最悪だっ…。
初日に双子と出会った時の格好の余が傷だらけになりながら薄暗い倉庫の中を逃げ惑い、それを鉄パイプをあちらこちらにぶつけながらズルズル引き摺って「多神さーん大人しく出て来ォい!」と猟奇的な表情で探している麻来の映像が目に飛び込んで来た。
なんてものを想像してくれているんだっ…。
全部伝わるんだからやめてくれ!
…もう処置無しだ。即刻止めを刺そう。
「はぁ……答えは『違う』だ」
『へ?』
よしよし、不思議がっている。成功だ。
だが待て……事情が変わった。
【『フッ…汝の考えている事など手に取るように分かるわ』ってな具合に、全てお見通しなのかしら】
……麻来はそれを余が言うと本気で思っているのか?なんだフッって。
【『挨拶の仕方が違う』って指摘だったのかもしれない】
……もう何をどう考えているのか分からん!
そして麻来、奥底でうっすらと考えた「押忍」って挨拶は絶対違うぞ!どこの武道家だ…。
全く…余を何だと思っているんだ。
混乱と困惑により危うく理性を失いかけてきたところで、麻来が自力では見付けられなかった答えを催促してきた。
『えっと…何の答えが違うんですか?』
「汝が前のめりになって聞こうとしている質問の答えが『違う』と言っているんだ。ほら、用意していた質問を言ってみろ」
『んななっ!』
ジェンダーレスの時代だが、麻来はもっと成人女性らしさが必要だと思う。奥ゆかしさが皆無でペラッペラだ。
家族や親しい友人らとはどんな口調でも自由だとは思うが、その他の場面では「んななっ!」や「はへ?」は未来永劫封じた方が己のためにも絶対良い。
況してや現在進行形で相手にしているのは神だぞ。……自分で思っておいて切なくなっている神だぞ。くぅぅっ…。
そんな余の心中も全く知らずに、
[質問変えちゃえ!恥かかせたれっ!]
って……何を考えてくれているんだ。
[精々自分のフライングの回答を訂正するが良い、多神さんようっ!]
って……何を煽ってくれてんだ。何で真っ向からの対決姿勢なんだ。
麻来はぐちゃぐちゃと余計な事を色々考えた末、観念したのかやっと当初の目的である質問をして来た。
更には、余がそれに対して黙っているのを良い事に邪推を遠慮なくして来た。
[うちは広い心の持ち主なので、発言の訂正を詫びる謝罪はちゃんと受け止めますよ]
…どんなに腹が立とうが女性に手はあげない。
麻来よ、女子として産んでくれた両親に感謝するんだな!
歯を強く食い縛り、止めどなく汲み上げてくる負の感情を必死に押さえ込んでいると、麻来が気を使って続けざまに話し掛けて来た。
『あの、質問に対する答えを仰ってくれて良いんですよ?』
「もうとっくに言っているだろ。何度言わせる気だ…」
『えぇっ!』
余の言葉を聞いて、流石の変人も恥じ入ったようだ。
人間らしい一面もあって安心しー…
[多神さんに対する感謝は完全に無駄だったって事!?]
…安心する訳が無いなっ!
それに、もっと感謝と敬意はするべきだろう。
しかしながら、真っ白に燃え尽きたボクサーのようにスポットライトの下で椅子に座り俯く麻来の映像と、[うわー…うわー…]の字をゲシュタルト崩壊寸前までずっと見させられるのも辛いものがあるため、ここは1つ歩み寄ってやらないこともない。
オトナのオトコの余裕なるものを意識して諭す。
「まぁ…実の所は違ったわけだが、麻来がそう考えたのなら、自分なりに上手く過去や記憶を利用して成長すれば良いんじゃないか?」
『……はぁ…はい』
相手は全く響かない人間だと言うことを不覚にも失念していた。
しかも直ぐ様気持ちを切り替えて別の話題に行こうとしている。
渡した優しさを返せ。
『あの……ここ2日、みーちと全然話が噛み合わないんですけど、どうしてだと思います?』
質問と同時に、これまた実々との頭の痛くなるやり取りの数々が流れた。
変人に気遣いは不要だと思うが、予め言質を取っておこう。
「先に確認しておくが、率直に言っても良いか?」
『……へ?遠回しやオブラートに包んだ言い回しだとイマイチ理解出来ないので、ハッキリ言って貰った方が良いですよ?』
よし、言ったな。
麻来に今まで関わった人々の総意に違いない言葉を贈ってやろう。
皆の者、喜べ!今ここで変人を懲らしめるぞっ…!
とても大事な局面であるため、1つ「こほんっ!」と喉を調えてから告げる。
「では、汝と数日関わって感じた余(われ)の意見を言う。実々だけでなく他の者と会話が噛み合わないのは、ここ最近の話ではなくいつもではなー…」
『うわぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!』
「……は?」
この状況は何だろうか…。
ハッキリ言ってくれと言ったのは麻来の方だったろう!?
まるで余が悪人みたいじゃないか!
取り敢えず落ち着かせねば…。
「おいっ…落ちつー…」
『うわぁーーっ!うわぁあーっ!』
誰か錯乱する人間の遠隔からの止め方を教えてくれ…。
目に光の無い実々を筆頭とする大人数に囲まれている中で、目と耳を塞いでしゃがみ込み、「あーち、何言ってるか分かんない」「話合わない…」「噛み合わない…」などの声を聞かないようにしている妄想真っ只中の女の止め方を教えてくれェっ!
目の前の混沌とする現状で途方に暮れている内に、心なしか大盃内の水が熱くなってきた気がするのは気のせいか?
時間経過と共に顔に当たる熱気が強くなっていくな…。
これは……?
もしや……?
予想外の新発見かもしれない。
麻来のパニックごときで分かりたくは無かったが、大盃は相手の精神なり脳内の感情の揺れにつられて水温が変化する仕組みだったようだ。
まさかの嬉しい誤算であるが、このまま変人による湿気で書物や木簡が駄目になってしまうのは全くの本意では無いため、早急に手を打たねばならない。
尚、相手は呼び掛けても応答無し。
よって、物理で行こうと思う。
手桶の中に残っていた水を柄杓で掬い、最早沸騰寸前にまでなっている熱湯に継ぎ足す。
無論、要救助者に声かけは忘れない。
「麻来ーっ!還って来ーい」
「変人ーっ…」(小声)
「返事しろー!」
並々3杯注ぎ、大盃の水位が8分目になったところで漸く麻来が自我を取り戻した。
問題を起こした本人は、[直ぐ様冷静になることが出来た]などと抜かしていて、危うく勝手に力んだ手で柄杓の柄が折れるところだった。
しかも、やはりと言うか何度も話掛けてやったのに全く声が届いてなかったようだ。…この野郎。
『ほんの少し取り乱しました。ごめんなさい』
こちらは少しなどではなく山程言ってやりたいことがあるが、もう心身共に疲れ果ててしまった。
そもそも、あんなに乱心したばかりの人間とは即刻別れるに限る。
よって、終わりの雰囲気にそれとなく持っていくことにしよう。
「す、少しか……?まぁなんだ…これからも麻来の思うように行動しても大丈夫だと思うぞ……うん」
『ですよねっ。今までだって何か問題があった訳でも無いし、色んな思想の人間が居て、世界は回っているんですもんね。では、帰りますね。ありがとうございました。お休みなさい』
「あ、あぁ……ではな」
別れの言葉に反応し、白から透明の水にゆっくりと戻っていく。
白梅は跡形も無くなり、水中には何も無い。片付けが楽である。
それは良い。
それは良いが………
おぃぃぃぃぃぃーーっ!
終わりの空気にはしたが、普通汝から明るい声で突然終わりにするか!?
しかも去り際に[あれ?結局多神さんに会った意味あった?]とか思うなぁぁぁっ!
「はぁ……少し休んでから片付けよう。もう嫌だ…」
麻来では無いが、何も会話からは生まれなかったし意味が無かったと思わざるを得ないな。
寧ろ、恐怖と言うトラウマを確と植え付けられただけで終わった。…次回大盃を使うのを躊躇う程に。
「だが、直接会うのはなぁ~っ!」
迷いを口にしながら、クッションに座った状態から寝そべる体勢に両腕を頭の方に大きく伸ばしながら移ろうとした。
スッ…
……移れなかった。
中途半端に伸ばしかけていた両手を頭の横に無抵抗を示すためにゆっくり持っていき、後ろに倒れようと少し傾いていた上半身を静かに腹筋を使って戻す。
そして、後ろから無音で首の右筋に添えられた物に自ら当たりにいってしまわないように乱れる呼吸を最大限抑え、ゆっくりと首元に意識を向けたまま右回りで振り返る…。
初めに視界に入ったのは鮮やかな赤と白の2色だけだった。
首から汗が垂れてきた中、視線を上に恐る恐る持っていくと……最上級の微笑があった。
「ひゅっ…」
今まで全く気配が無かった恐怖。
思い当たる節が全く無いのに関わらず、首に何かを添えられている緊張。
出来れば公式の場のみでご尊顔を拝見したかった嘆き。
その全てが綯い交ぜになり、声になら無い音だけが口から出た。
「今は『こんばんは』で合うとる?」
変人と別れた直後、芥子色の瞳の美しい女神に出遭った。
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