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原始・古代
幕間:多神の現鬱日記 壱
しおりを挟む○過去時間 二〇一八年十一月十八日(日) 〇日目
麻来と実々の双子の姉妹を計画通り過去に連れてきた。
二人とも初めは当然の事ながら狼狽えていたが、余が去った途端、いつもの生活のように振る舞い出した。驚きである。
昼過ぎ、二人の漫才を見させられた直後、天照様と建角身命様がお見えになった。
そして、二人が契約を完遂出来なかったら実際に神隠しすると仰った。困惑である。
決して忘れてはいけないのは、【伊勢の地には二度と踏み入れてはならない】と言う事。ここに記録しておく。
夜、まず実々と会った。日中の素の様子を知ってしまったがために、些か緊張した。嫌な質問を丁寧にされた。
少し時間を空けて、麻来と会った。まともな質問もあって一安心したが、頭突きが当たった胸部の痛みは暫く癒えなかった。
明るい未来のために、これからの二人の頑張りに期待、いや……頼むしかない。
○過去時間 二〇十八年十一月十九日(月) 一日目
麻来が初めて日本史をまとめた。
まず、表題に知性が全く感じられなかった。そして、[人類の誕生]からまとめろと告げたのにも関わらず、[地球の誕生]から始めてきた。しかも語り手指定ときた。意味が分からなかった。
夜、山陰亭に呼ぶまでもないため、麻来の精神を水を張った大盃に映して会話をした。余の精神面の健康のためにも、これからはこの方法で会話をしよう。
麻来には、[まとめに自分らしさを出すこと]と[今後について]の忠告をした。
その後、蓄積された疲労で直ぐに閉じようとする瞼を物理的に指で押し止めながら双子に貸与している財布に入金をし、力尽きるかのように眠った。
○過去時間 二〇十八年十一月廿日(火) 二日目
いつもより遅めに起床。
麻来が旧石器時代をまとめ出した。表題を二回目にして略してきた。そして語り手を変更して来た。
これらに対して余の理解が追い付かないのは、生まれた時代や年齢は関係無いと思う。
内容に対する評価は【可】と言ったところだろう。
入金の確認を双子はしたのだろうか。
○過去時間 二〇十八年十一月廿一日(水) 三日目
今日で旧石器時代は終わりらしい。まとめの部分は【良】だった。普段の会話の様子と文章の差が相変わらず激しいと思う。
本日で3度目の入金になるのだが、ちゃんと確認しているのだろうか。礼の一つ…いや、せめて受領したの一言くらい欲しいものだ。
○過去時間 二〇十八年十一月廿二日(木) 四日目
神災に遭った。
社は未だ壊滅的状態である。
そしてまだ四日目だと言うのに、双子は天照様だけでなく思金神様とも逢ってしまった。麻来の振り向き様の手が思金神様に当たらずに済み、これ以上無いくらい安堵した。実々が天照様を建角身命様から庇うように抱き締めたのを見て、これ以上無いくらい戦慄した。
以下の言葉は声高には決して言えないが、記しておく。
あの双子で暇を潰さないでいただきたい!
余の休みも自ずと潰れますから!心も擦り切れますから!
夜、居ても立っても居られなくなり、麻来に天照様と思金神様の事を告げようとした矢先、いつの間にかいらしていた天照様に思い切り横腹に跳び蹴りを入れられ阻まれた。そして神生において二度目の、胸ぐらを掴まれる恐怖体験をした。
建角身命様がいらっしゃらなければ、今頃余はどうなっていたのだろうか。消し炭か…?
動揺を隠しきれぬまま御用向きを伺ったところ、とても嫌そうなお顔で口を尖らせながら「社の片付けを手伝う」と天照様が仰られた。それに対して即座に辞退した余の判断は正しかったと思う。
あれから数刻経っているが瞼を閉じると、間近に迫ったあのほの暗い輝きを放つ深紅の双眸が鮮明に脳裏に蘇る。震える。
追記:気になり続けた入金の確認は、麻来の話ぶりから察するに、今日初めて行ったと判明。極めて遺憾である。
○過去時間 二〇十八年十一月廿三日(金) 五日目
麻来が縄文時代をまとめ始めた。
順調な事は良いことだが、[ワイドショー風]との指定に、とても引っ掛かりを感じる。単に自分の個性を出しているだけだろう。
【自分らしさ】とは一体何だろうかと、逆に此方が考えさせられた。
夜、麻来の方から話しに来た。
天照様が前夜の記憶を全てお消しになったはずだが、驚くことに所々覚えているようだった。何と言うか、変人らしい。
ここ二日、通常業務だけでなく予想外の片付けに追われているがために、他人の感情に鈍そうな麻来にまで疲労を気付かれてしまった。余もまだまだ未熟である。
○過去時間 二〇十八年十一月廿四日(土) 六日目
どうやらこれからも自称ワイドショー風を貫くらしい。内容が余程の酷さで無いならば最早何も言うまい…。
夜、全く予想外な事に実々が来た。
麻来と同じように大盃で会話をしても良いが、それだと実々の全ての思考を知る事になるため、敢えて自粛した。
書斎に着て早々、実々に困った顔で余の服装をまじまじと見られ、ひょっとして着方を間違えているのかと不安になった。洋服は難しい。
そして着席して直ぐに土下座で謝罪をしてきた。
しかも「多神さん」と余を呼ぼうとしたのを恰も悪口のように慌てて「神様」と直してからだ。
実々の思考は一切読まないようにしていたため、どんな意図で謝って来たのかは分からなかった。もしかしたら『うちの麻来が先日お世話になったそうですねェ?保護者としてお礼参りに来ましたよ』と、裏の意味だったのかもしれない。
余が思うに、実々は身内に何かあれば容赦が無さそうだ。
土下座の後は、怒涛の勢いだったと言って良い。
頭突きを「ジダン」と言いかけたり、「盗聴されてる」と不穏な言葉を出したり、まな板の豚を麻来が「殺った」と言ったりと、やはり直接会って良かったと思った。
実々の本音は見えなくて良い。
それと同時に、麻来は初日の夜に会った時の出来事をどんな風に実々に伝えたのか非常に不安になった。神になったと言うのに、再びの冤罪は御免である。
そして最後にまた嫌な質問をされた。
咳き込みながら、余の背中を擦ってくれている実々を見ると、硯の墨汁と余に視線を何度も動かしていた。何も見なかった事にする。
また、実々の質問のせいで脳裏に再び太陽の瞳がちらついたが、それも無かったことにする。
○過去時間 二〇十八年十一月廿五日(日) 七日目
縄文時代が終わった。
旧石器時代終了の翌日のように、恐らく明日は予習を兼ねて休むのだろう。自ずと此方も休日のような気分になる。
明日は天照様の矢によりばら蒔かれてしまった資料や文献を頁毎に並べ直す作業を一日やろう。
○過去時間 二〇十八年十一月廿六日(月) 八日目
予想通り【わたにほ】は、更新されなかった。
手元の作業に没頭していたがために良く分からなかったが、一瞬だけ豊受大御神様の気配が社の外でした気がした。だいぶ疲れているのだろう。
しかしながら疲れた分、半分ほど片付いた。まだ半分だが…。
○過去時間 二〇十八年十一月廿七日(火) 九日目
弥生時代をまとめだした。
今日はいつもより更新がだいぶ遅れていたが、双子に何かあったのだろうか。あまり過保護になり過ぎても此方が馬鹿を見るだけなのは明白な為、確認はしない。そもそも二人は一昔前に成人している。
それを分かっているのに、つい子どものように感じてしまうのは、童顔・低身長・幼さの残る声の為せる技なのだろう。恐ろしい。
*****
2018年11月28日(水) 夕方
ピコンッ!
「お。今日は昨日と打って変わって更新が早いな」
床に雑多に積み上げていた本や巻物を元の場所に並べていると、パソコンからすっかり聞き慣れた音が聞こえてきた。
麻来が『完成』と意思表示なり意識をすると、下賜した指輪がそれを感知し、余のパソコンに通知する設定になっている。
我ながら無駄の無い仕事をしたと思う。
「休憩がてら確認するとするか」
手に持っていた数冊を手早く本棚の既存の場所に戻し、分厚い辞書数冊の上に乗せただけのノートパソコンの前に胡座をかきつつ開く。…本当は漆塗りの机の上にあったはずなのに、大破してしまったからな。
カチッカチカチッ![クリック音]
「今日の内容から中国の書物が登場するのか…。そして、相変わらず細々と自分を出すな……」
まぁ良いだろう。
今日は何字だ?……1554字か。
ピコピコピコピコンッ!
「何だ?ん……麻来が夜に何か聞きたいことがあるのか?」
麻来の顔写真と名前が書かれたアイコンがけたたましい音とともに現れ、続いてそこから吹き出しで、
{多神さんに質問ありありですっ!)
{前のめりです!)
{絶対聞きたーい!)
と、メッセージが表示された。
「はぁ……」
カッチ…
溜め息を大きく一つ吐きながら、メッセージの1番下に表示された【今夜話しますか? [了承]or[拒否]】の、[了承]ボタンをゆっくり押した。
一瞬だけカーソルを[拒否]ボタンの上に合わせた事は不可抗力だ。
「いったい何を聞きたいんだ…」
嫌な予感しかしないのは、通知音が『ピコンッ!』で良いところを『ピコピコピコピコンッ!』と、今まで聞いたことの無い音で響き渡ったのも一因だろう。
「兎に角、夜までまだ時間はあるし片付けを再開するか…」
前回の実々の物悲しそうな顔で此方をじっと見ている写真と正反対の、顔の下で両手のひらを合わせた、目がギラついている笑顔の麻来のアイコンに一瞥をくれてやりながらパソコンを閉じ、立ち上がった。
…アイコンが相手の感情によって変化する機能は不要な仕事だったかもしれない。
「うっ!腰が……」
油断をすると天照様の跳び蹴りで痛めた腰が疼く今日この頃である。
続
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