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原始・古代

幕間:企みは顔に出る

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 「暇暇暇暇暇暇ひーまーだーよー!」

 天照が揺り椅子を思いきり前後に揺らしながら喚いている。とてもはしたない。
 他の神達がこれを見たら一瞬で失望する事だろう。
 はいっそのこと、この醜態を皆にさらけ出した方が天照的にも楽になるんじゃないかと常日頃から思っている。
 しかし、天照は生意気にも外見を気にする性格で、社の中でしか本性を出さない。とても面倒臭い。

 「たけちゃん何か面白い話してよー!ねーぇー」
 「………」

 うるさい。
 早く食事の時間になって豊受が来てくれないかと、もう何千万回思った事だろうか。今しがた食事をし終えたばかりだが、早く来い。

 「多神くんの所に遊びに行こうかなー。また行くねって言ったしー」
 「………駄目だ」

 天満に会ってみて良く分かったが、天照とは相性が悪い。
 そもそも天照への耐性が全く無いから、短時間の会話だけで精神面をことごとく削られていた。
 天照にとっては恪好の餌食だったわけだが、傍から見ればただ弱者を小突き回している権力者だった。恥を知れ。

 「けちっ!」

 不愉快な表情で口を突き出しながら脚をばたつかせて言うことか。
 誰でも良いから代わりに相手をしてくれ…。

 シャリンッ!
  
 「誰か来たみたいっ!お迎えしてあげないと♪」
  
 ガバッと立ち上がり、鈴の音がした社の入口に向かって走り出した。 
 まさか自分の代わりの相手を求めて直ぐに来客があるとは……嫌な予感しかしないな。

 「ごきげんよう日女ひるめちゃん。お邪魔しても良いかな?」
 「おもじい!良いよ良いよー!さ、上がってー」
  
 天照が扉を開けたら好好爺こうこうや然とした風貌の神が立っていた。

 思金神おもいかねのかみ
 厄介な者が来たな。
 風貌からして真っ先に警戒対象だ。何故神界で英国かぶれの格子模様の服を着ているのか。見た目の年齢も老人のようにしている。
 天照が天岩戸に籠った時に、中から誘い出すための案を出した神。
 その神がいったい何しに来た?
 
 「建角身命よ、そんな怖い顔しなさんな。ちょっとばかし日女ちゃんとお喋りして帰るだけのことよ」
 「………」

 甲斐甲斐しくも天照が自分がさっきまで座っていた椅子の向かいにもう1脚同じものを用意し、思金を座らせている。
 退室しても良いが、それは危険だと心が警鐘を鳴らし続けているため、二人の顔が見える位置の壁に寄り掛かった。

 「おもじい何のお話する?」
 「そうさね……日女ちゃんは今お暇かな?」
 「えぇっ!何で分かったの!?」

 …なんだこの茶番は。
 お互いに相手の現状を知っている上でのやり取り。
 天照自身も暇だと相手に知られているのが分かっているのに、何だその驚いた表情は。いつも暇だろ。

 「そんな日女ちゃんにちょっとした提案をしようと思って来たのさ。聞きたいかい?」
 「聞く!」

 両手を挙げて喜んでいるが、ただ暇潰ししたいだけだろう。
 思金も無駄な質問を投げ掛けて時間を掛けるな。効率が悪過ぎる。

 「最近気になる双子が居るんじゃないかな?多分過去に居ると思うんだが、違うかな?」
 「多神くんの双子ちゃんね!それがどうしたの?…あ、天満大自在天神のあだ名が多神くんだよ!これからはそう呼んであげてー」
 「はははっ良いあだ名だねー」

 嫌な予感が直ぐに的中した。
 天神の平穏のためにも、「応援したいものだな」とか適当に喋ってとっとと帰れ。
  
 「過去における決まりとは言え、自分達の知り合いは誰も居ないってのはいささか可哀想だとは思わないかい?話し相手が1人しか居ないんだよ?」
 「そうよねー。も可哀想だと思っていたのよ。どうしたら良いのかしらね…」
  
 言葉と目のギラつきが全く合っていない。
 頬に手を当てて憂いの表情をしようとしているが、口元がニヤついていて全く出来ていない。

 「少し日常に第3者との会話が入るだけで生活が良くなると言うもの。優しい日女ちゃん、双子の話し相手になってあげてくれないかな?……いや、だが高天原の中心の日女ちゃんにお願いするのは不躾だったな。すまんがこの話は忘れてくれ。では帰りまー…」

 ガッシィッ!

 「待って!人間の心を守るのも神の大事な務めですもの!本当に少しだけ、ほんの少しで良かったら、やってあげなくもないわ」
  
 立ち上がりかけた思金の両肩を上から思いきり押さえ付けておいて何を言っているんだ。しかも言外に自分は忙しい身分だと匂わせて。
  
 「流石優しき女神だね。そう言ってくれるのではと期待していたよ」  
 「そんな当たり前な言葉は一先ず良いから、我はどうすれば良いの?あっちに言って双子ちゃんと話せば良いの?」

 天照は座り直しはしたが身体が前のめりになっていて、椅子の後ろ側が高く浮いている。落ち着け。

 「日女ちゃんが神様のまま行ったら吃驚しちゃうよ。そこで、老いぼれの考えだ。その双子ちゃんが良く行くところは何処かな?」

 天照は人差し指を顎に当てて暫し考えにふけったかと思えば、瞳を煌めかせながら口の両端を上げてにんまりと微笑んだ。

 「成る程ねー。思い立ったが吉日だわ!早速準備しないとっ。おもじいも一緒に行こ♪」
 「言い出しっぺですから、勿論行きますよ」
 「おい………」

 これ以上は黙っていられず、今すぐにでも飛び出して行きそうな天照に声を掛けた。
 すると、不快感を隠しもせずに眉を寄せた顔で見上げてきた。

 「もう何ぃ~?別にたけちゃんは来なくても良いよ?ちょっと話してくるだけだもん。おもじいも居るし」

 それが問題なんだ。
 天満に全部任せておけば良いものを、出しゃばって余計な心労をかけるな。
 そもそも、天満に会いに行く事を許したのも、『一度詳しく話を聞くだけ。他は何もしないから~』と言っていたからだろうが。

 「あ!多神くんに連絡を忘れてるぞってこと?さっすがたけちゃんだね。報・連・相は大事だもんね。ちゃんと行く時に連絡するよー」
  
 それもそうだが、違う。そうじゃないだろ。
 それに報告と相談はどうした。自分で大事って言っておいて無視か。

 「では、また後程に。日女ちゃんの準備が出来たら知らせておくれ」
 「おっけー☆」

 お互いに片目を閉じて目配せをしあい、やっと別れた。

 「さぁ着替えるから、たけちゃんも出てってー。ご飯の時間にお土産話聞かせてあげるねっ!」
 「………」


 社から出た。
 正確に言うならば天照に物理的に弾き出された。とても腹立たしい。
 着替えも指を鳴らすだけで出来るくせに、わざと追い出したな。思金と作戦を練るために。
  
 さて、これからどうしたものか。
 やはり自分も監視で行かなければならないのは間違いないだろう。天満にも伝えなければ。

 まったく…暇の何が悪いのだろうか。
 平穏無事なのは良いことではないか。手間を掛けさせるな。
  
 取り敢えず、2柱が社から出て来たら後を追うか。一緒に行ったら行ったで厄介だ。
 それまでの暫しの時間、青い空でも見て心を落ち着かせていよう。
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