上 下
9 / 74
事前準備

知の宝庫、食の宝庫

しおりを挟む

2018年11月18日(日) 曇り おやつ時


 「ふふんふふんふん♪到着ーーーーっ!」

 
 第一の目的地、図書館に着いた。
 この図書館は外観からしてモダンで、中に入ると長いテーブルに検索機が6台。その隣にファストファッション店のように、マットの上に借りたい本を置くだけで自動的に登録される貸出し機が5台並んでいる。とってもノンストレス。

 でも人とのふれあいを大切にしている人には少し寂しいのかもしれない。
 まぁ何も図書館に温かさを求めずとも他の場所でふれあうか。
 そんな不毛な事を考えながら入る。
 お、日曜日だからキッズ達も結構居るな。

 まず、ここに入ったならば何を差し置いてもしなければならない事がある。

 それは……トイレに行くこと!!

 腹痛に問答無用で襲われてしまう理由は、インクの臭いでなのか、はたまた別の何かなのか分からず、前に検索したら【青木まりこ現象】と答えが出てきた。

 それを受けてのうちの素朴な疑問は、「青木現象じゃダメなの?」だった。
 でも、何の影響もない青木さんも居るから、青木さん全員を示すような名称は憚られたのかなと自己完結した。

 「みーち、取り敢えずトイレ」
 「とっとと行きなよ」

 冷たい言葉を背中に受けながら行き慣れたトイレに行き、危難は無事に去った。

 「では、検索に移ります」
 「とっととしなよ」

 …実々さん、餡子が足りないんですか?
 さっき道中で「おはぎ買おーよ!」って言ってたもんね。
 あ、分かった。
 早く適当な本借りて、迅速に買い物して、おやつしたいんだね。

 でも、それは無理なお話なんだ。
 出版年が出来るだけ新しいヤツじゃないと、史実はコロコロ変わっているから「こいつ、時代に乗り遅れてるなー」ってなっちゃうわけで。
 さらに言うならば、ちょっと内容を見ないと必要な本なのか分からないわけで。(富良野の少年風)

 「うーん…とりあえず旧石器、縄文で検索してみるか。…ポチッ!」


 ズラズラズラー……


 「Oh…めっちゃ出てきた。日本の歴史学の未来は安泰だね」

 「ご託は良いからどれ借りんの?」
 「まぁまぁ。ここの図書館しっかりジャンル毎に置いてあるから行き着く先は一緒なんだよ」

 出版年が新しい、良さそうなタイトルをクリックして印刷する…お、これは地下1階か。
 児童向けの本もクリック。…2階だった。

 「先に地下に行きます」

 目が座っているみーちを手招きしながら階段へと誘う。
 うちは資格試験の勉強や暇潰しで何となく勝手が分かるが、お嫁に行ったみーちは初心者に等しい。 そもそも尋常じゃないレベルの方向音痴だから、単独だと目的地に辿り着けないと思う。

 歴史コーナーの日本史ジャンルの棚に無事に到着。

 「おぉー!親切に左から時代毎に並んでる!」

 ありがとう司書さん。
 ありがとう住民税。
 ありがとう市政。

 テンションが上がりすぎて、若干ガクガクな動きになりながら魅力的に見える背表紙達に近付く。

 「日本史用語集は絶対必要でしょー。世界史との比較年表とか最高じゃん。うぅー迷うねーっ!」

 目についた本の目次と出版年を手当たり次第チェック。
 うちの審査を合格したものは傍の椅子の上に載せていく。
 本を重ねて行く度に、うちの心は薔薇色にどんどん近付いていっている自覚があった。これが恋…?ってな感じで。

 この本はどんなもんかなー?と、弛みきった顔で下段にある新たな本にしゃがみこんで手を伸ばしながら、おもむろに放置していたみーちの方を見てみた。

 真顔で見下ろして下さっていた。

 …心を閉ざしてうちに対するイライラから自己防衛なさっているのだろうか。
 一刻も早くこの場から解放してあげた方が良い。お互いのために。

 「み、みーち。まだ時間かかるし、上の階にも行かないとだから先に買い物してる?後でそっちに行くからさ」

 うちの投げ掛けを受け、みーちの目に光が僅かに戻った。
 
 「うーん…そうしようかな。効率的にも」
 「そう言えばお財布の中身まだ見てなくない?本当に3万円入ってんのかな?」

 …これを多神さんが聞いてたら、確実にブン殴られてるな。

 「じゃ、今見てから先に行くわ」

 みーちは肩に掛けていたトートバッグから件の財布を取り出した。

 「では……」


 ぱちん。[がま口を開ける音]


 「んん?」

 みーちは首を傾げながら財布の中から小さな封筒を取り出した。

 「何それ?それしか入ってなかったの?」

 立ち上がってみーちの隣に行き、手元を覗き込んだ。

 「ううん、ちゃんと入ってたよ。それプラスでこれが入ってたの。開けるね」

 迷いなく開けるみーち。

 「これはっ……」
 「多神さぁーーーん!ありがとうっ!」

 中には貰って嬉しい、贈って嬉しい図書カード3000円分が入っていた。

 「あ、手紙も中に入ってる」

 みーちが二つ折りになっている小さな紙を開いて見せてくれた。
 そこには流麗な筆文字で一言だけ書かれていた。

 『使うと良い』

 イケメンか。
 誕生日やクリスマスにサプライズ演出をして喜ばせたところに、もう一段階とっておきを用意しているイケメンか。
  
 「こ、これは本屋に行ってバイブルとなる本を買いなさいって言う神のお告げだわっ!」

 返却期限の無い本。
 うちの隣に常に居てくれる本。
 迷ったときの道標となってくれる本。
 ………最高か。
 
 「………」

 みーちは黙って財布と図書カードをずっと見つめていた。
 …ん?ちょっと震えてる?
 みーちも嬉しいんだろな。うんうん。

 「こうしちゃいられないねっ!旧石器らへんだけとりあえず借りて本屋に行こ!ダッシュで2階に行ってくるから、みーちは出入口のとこで待ってて!」

 イケメン具合に心臓をやられたのか、心拍数も血圧も絶好調になり、エレベーターで行けば良いところを階段をノンストップで駆け上がって目的の本と良さげな本を掴んですぐに駆け下りた。


 「とりあえず手始めに8冊。また欲しければいつでも借りに来れるしねー」

 貸出し登録のマットの上に本を置いて、カードをカードリーダーに入れる。

 ピピッ!

 自動で借りた本がカードに印字されるハイテク仕様。
 …良かったー。本来の時間に本借りてなくて!  「なんで返却期限日が2019年11月になってるんですか?」って司書さんに怪しまれずに済んだよ。
 てか、本当に2018年に居るんだね、うちら。

 無事に借りれた本をリュックに入れる。
 用語集もあるからめっちゃずっしりだ。推定4㎏。
 これ病気のままだったら翌日確実に寝込むコースだったな。

 
 会社で突然首から頭に電気が走ってからかれこれ約7年、現在まで重いものが全く持てなくなってしまった。
 どこぞのお嬢様かってくらい、限界重量が2リットルのペットボトルのか弱さに成り下がった。
 でもそれもずっと持てるわけでもなく、軽いネックレスでさえも重みを突然感じて急いで外す始末なのが現状。

 本当に病気は治っているのだろうか?
 意を決して背負う。

 「よっこら(しょ)」

 …おぉ!なんか平気そう!
 ちゃんと健康になってる!
 お母ちゃーーんっ!あなたの娘は今重たいの背負ってますよーっ!

 勝手に顔がニヤついちゃってるうちにみーちは嫌な顔を向けてきたが、スルーするー。あ、またつまんない事考えちゃった。

 
 お目当ての本屋はスーパーに入っている。
 で、そのスーパーは図書館のすぐ側!一切の無駄の無い布陣。

 お財布を持っているみーちを半ば引っ張る形で本屋に入店。
 さっきトイレに行ったから、青木まりこ現象恐るるに足らずっ!
 ここも何だかんだ行きつけみたいなもんなので、教養コーナーに迷いなく行く。

 すると、なんと言うことでしょう。

 うちらの目の高さの棚に2冊の本が輝いていたのです。

 「…WOW!」
 「ぇ、えー…っ」

 最早何でもアリだな。
 うちらは竹取物語のおきなおうななのかな。

 この状況どうすれば良いんだろうかと逡巡していたら、本は光を消してくれた。
 よって、渋々手を伸ばす。

 確かに欲しかった二冊の本だった。
 大人向けの教科書と図録。
 でも、言いたい。

 うちに選択肢は無いのかと。

 買うならこれかなーとは思ってたよ?
 でも人生って選ぶのが醍醐味なのでは?
 そもそもスーパーの本屋の規模だと図録って普通売ってないから。
 ここで神の見えざる手を使われるんですね。

 「これ買いなさいって事だよね?」
 「この期に及んで他を買うのは無理でしょ…」

 〆て2656円。迷わず図書カードを出す。
 「おつり?取っておきなさい」と、妄想で多神さんが言っていると思い込んで、戸惑いを感謝の気持ちに強制的に切り替える。
 勿論、最初から感謝しきりですとも。えぇ。


 「…みーちが一緒に居てくれて良かったよー。まじで」
 「カードだけ渡して買い物に行けば良かった…」

 いやいやー。そりゃないって。
 もしかしたら金額足りなかったかもだし、何より道連れでしょ?
 ふふふっ、二人で思ひ出作っていこうね♪

 
 全部で10冊、手元に揃った。
 最高の門出じゃないか。
 勉強ってやり出すまででもう9割終わっているようなもんだよね。一度やりだせばもうあっと言う間だもん。青春と同じだね。
 あれ?もう終わったも同然だわー。

 ※あくまで個人の意見です。


 「みーち、長らくお待たせしたね!買い物して帰ろう!」
 「…やっとだ」

 みーちの左腕を無理矢理取って腕を組む。
 自然と小さい時から立ち位置が決まっている。
 歩く時はみーちの左じゃないと落ち着かない。でも横並びで座る時は絶対右側。

 …べっ、別に、外で車に轢かれない側をキープしたい訳じゃないからねっ。現にこうして屋内でも左側だから。ね?

 カートに籠を載せて、リュックを手前のフックに掛けて出発。
 元気になったからと言え、重いものずっと背負っておきたくはない。


 まずはパン。
 うちはシリアルでも良い派だけど、みーちは松下由樹さんの信者かのように【朝はパン♪パンパパン】なのである。

 「何枚切り?」
 「んー…4枚切りでも良いけど、折角ならホットサンドにしようかなー」
 「じゃ、8枚で」

 実々さんはお目が高かった。
 一色家には無いホットサンドメーカーに目を付けるとは、食をとことん楽しみますな。
 まぁうちの誕生日にみーちにおねだりしたらくれたやつなんだけどね。ありがたいものです。

 お次はみーちお待ちかねのおはぎ。

 「やっとだー…」
  
 本当に嬉しそう。…ん?ちょっと涙ぐんでる?
 柔らかい表情で幸せオーラを感じさせながらおはぎ選んでるー。うん、また今度買おうね。今日はうちはずんだ味にしますよ。

 そしてメインディッシュ。
 さあ!「何食べたい?」って問いかけて来て。かもんかもん。

 「夜何が良いー?」
 「豚の生姜焼き!」

 初日は景気付けに元気が出るものっしょ!
 それに、うちは覚えているよ。みーちが大学の面接で得意料理を聞かれて「豚肉の生姜焼きです」と答えたことを。それ、どんな面接だよって思った気持ちを。

 「えーーー。鶏肉じゃダメ?」
 「ダメダメダメだよ!」

 何言い出すの?うちが食べたいのはみーちのNo.1料理なんだよ?鶏肉になるとモノが変わっちゃうよ。
 月末のカツカツな時の我儘は大罪だけど、今日は初日で1番懐が温かいから!給料日にちょっと贅沢しちゃうアレだから!

 みーちを説得し、無事に豚肉の生姜焼きを勝ち取った。
 
 でもアボカドとセロリは頑なにOKを出してくれなかった。
 何故ならみーちが嫌いな食べ物の筆頭だから。  育ってきた環境は一緒なのに、なんでセロリ嫌いなの?頑張ってみてよー。ま、今更頑張れないよねー。

 ん?待てよ……これは元の時間に戻らないとずっと食べられないコースなのかしら?
 アボカドとセロリを食べるためにも、外食出来るように頑張ろうと誓って帰路に就いた。


 家に帰るとみーちは戦利品を素早く冷蔵庫に仕舞うとお茶とおはぎをセッティングし、おやつをした。
 そこからはいつも通りの見た目ほわわんとしたみーちに戻ったので嬉しく思い、姉は借りた本を読みながら無駄に微笑み掛けたためにウザがられた。えーん。


 夕食にみーち特製の生姜焼きも美味しく食べ、食後にうっかり薬を飲もうとしたハプニングがあった。習慣って怖い。
 
 その後、お風呂もしっかり入り、日課の日記も書いて何だかんだ後は寝るだけに。

 「まだ寝ないのー?」

 「んー…もうちょっと読んでからー。みーち先寝てて良いよ」
 「じゃ、これ質問まとめたやつねー。おやー(すみ)」

 …どうしよう。
 勉強が終わらない。
 【勉強に終わりはない】ってこれから何回思うんだろうってくらい終わらない。
 欧陽菲菲の『ラヴ・イズ・オーヴァー』の「終わりにしよう きりがないから」の歌詞が思考を占めてきた。

 よし、ここまで読んだら今日は終わりにしよう!
 健康になってても寝ないと作業効率は落ちる。
 高1の時の数学教師が、「人間いつかはずっと眠りにつくんだから、若いうちは寝なくても平気だ」ってブラックジョークを言っていたけど、それはTVでテロップにたまに出てくる【特殊な訓練をした人】だけだから。

 一人ツッコミをしつつも自分に課したノルマを終えた。

 「よし、寝よう!」
 
 みーちの右隣の自分の布団に入り、目を閉じた。


*****

11/18 (Sun)

 今日は一生忘れられない日になりました。
 もしかしたら強制的に記憶を消されるかもしれないけど…。
 みーちと二人暮らしなんて、遊びに行った時にいっさんが出張で居なかった1日2日くらいじゃないかしら?

 高校から違う学校に行って、うちは殆ど部活やサークル、遊びで家にほとんど居なかったからみーちと二人っきりでゆっくり過ごすなんてずっと無かったな。それに常に誰かが側に居たしね。
 今まで一緒に居れなかった時間を、この1年間で埋められたら良いと思います。

 神様、みーち本当にありがとう。
 「ありがとう」の上の言葉ってなんだろうね。
 それも自分なりの言葉で見付けられると良いな。
  
 今日のお昼はクリームうどん。夕飯は豚の生姜焼きでした。
                   おわり




しおりを挟む

処理中です...