疾風の往く道

初音

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それから、四年後

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「悉乃や、用意はいいかい?」
「はい、お義父様」

 悉乃は義父の宗助と共に、アパルトマンを出た。

 日本にはまだないような技術や文化に目を丸くする日々だったが、パリでの生活もようやく慣れてきた。
 街を歩けば、暖かい風が心地よく頬を撫でる。悉乃は、遠くに見えるエッフェル塔を見て微笑んだ。「PARIS 1924」の旗が掲げられている。

「しかし、悉乃がしかと仏語を身に着けてくれて大助かりだ。昨日のペレットさんとの商談がうまくいったのもおまえのおかげだよ」
「そんな。私は通詞をつとめただけですわ」
「これからもこうして私の仕事を助けてくれるなら、子供ができなくてもいいかもしれんなあ」
「まあ、お義父さまったら」

 悉乃の笑顔に少し陰りがさした。だが、悟られないように宗助の話に耳を傾ける。

「まあとにかく、今日は仕事のことは忘れ、思い切り武雄の応援をしよう。四年ぶりの晴れ舞台だ」
「はいっ……!」
「どうした、顔色が悪いんじゃないか」
「そうですか? ふふ、私の方が緊張しているのかもしれませんわ」

 二人は、立派なスタジアムに入った。今日、ここから武雄が四二.一九五キロの道のりへと走り出す。

「がんばって! 武雄さん!」

 武雄は進行方向一点を見つめていたが、自分の声はきっと届いている。悉乃は確信していた。

 そして、その声援を聞いたのは、武雄だけではなかった。悉乃の中に宿りはじめた、新しいいのちも、また――


<了>
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