疾風の往く道

初音

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出航の時

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 予選会の結果を聞いた武雄の養父・三田宗助はすぐに東京に駆けつけてきて、正式に武雄と悉乃の婚礼を進めましょうと打診してきた。

 宗助は

「いやあ、なんだか悉乃さんには武雄がいろいろと助けてもらったようで。秀成からその話を聞いていたものだから、てっきり、助けられたのは秀成だとばかり思っていましてねえ。それで最初は秀成との縁組をと思ったんですが、いやはや、仲良くさせてもらってたのは武雄だったとは。すべては丸く収まりますな。はっはっは」

 という、おおらかな人物であった。文信が青筋を立てながらも不自然な笑顔で「ええ、誠に結構なことで」と答えていたのを、悉乃は思い出すたび笑いそうになる。

 悉乃の女学校卒業を待って婚儀とすることで、無事話はまとまった。




 そして、五月。

 武雄たちオリンピック日本代表選手団は、たったひと月で慌ただしく渡航の準備を済ませ、横浜港に集合していた。それぞれの選手が、家族や友人との別れを惜しんでいる。また、選手を一目見ようと一般人も多数詰めかけていた。

 キヨや秀成と見送りに来た悉乃は、船に向かう武雄にまくし立てるように言った。

「怪我だけはしないで。あと、出された食事はきちんと食べてくださいね。長旅には滋養が大切ですから。フォークとナイフの使い方ももうちゃんとできるようになってますものね。あと、船酔いで眠れなかったら一度外の空気を吸うといいって……」
「悉乃さん」

 おかしそうに笑う武雄に、悉乃は口ごもった。

「ごめんなさい、私……」
「いいんです、ありがとう。大丈夫。きっと無事に帰ってきますから。気が早い話だけど……は悉乃さんも見に来てくださいね」

 武雄は秀成や他の学友にも挨拶をすると踵を返し、他の選手たちと一緒に船に乗り込んだ。

「いってらっしゃい!」
「気を付けて!」
「がんばれ!」

 皆の声援に包まれながら、選手たちは港に残った群衆に手を振り続けた。
 やがて船は港を離れていった。悉乃たちは、その姿が見えなくなるまで、手を振り、声援を送り続けた。


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