疾風の往く道

初音

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写真の裏側⑥

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「……そういうわけでして、僕は秀成の提案に乗りたいと思っています。ただ、僕の独りよがりで話を進めるのも……」
「茂上さん。ここをお読みになって」

 キヨは再び手紙を指し示した。今度は最後のあたりだ。

 ――他のお友達にも、どうぞよろしくお伝えください。上野さんに、重森さん。私は元気で、ここにいますと。いつまでも健康や、活躍や、幸せを、祈っていますと。

「これが何か……?」
「私たちの同級生に上野さん、重森さんなんて方はおりません。ということは、これには何か意味が込められている、と。こんな回りくどいやり方で名前を示しているなんて、茂上さん、あなたくらいしか思いつきませんわ。そう考えると、上野さんの上と、重森さんの重を茂と読み替えて組み合わせれば簡単なことですわ」
「……ほ、本当にそうなんでしょうか? いくらなんでもそんな謎かけみたいなこと……」
「そうまでしても、悉乃さんは自分の無事とあなたの『健康や、活躍や、幸せ』を祈っていると伝えたかったのではありませんこと?」

 キヨの強いまなざしに圧倒されそうだった。そう言われても、やはり都合のいいこじつけなのではないかという気持ちが拭えなかった。

 まだ浮かない顔をしている武雄に、キヨは「少し、待っていらして」と言い残してどこかへ行ってしまった。
 
 まさか一人にされると思っていなかった武雄は、落ち着かない気持ちでそこに鎮座するしかなかった。改めて見ると談話室は高級感の溢れる内装で、武雄が通う学校の男くさく忙しない雰囲気とは正反対のゆったりした空気が流れていた。それだけに、武雄は自分がいかに場違いな存在かということを身に染みて感じた。

 あまりの居心地の悪さにもう一時間くらい経ったのではないかと思った頃合いに(実際には数分後だったが)、キヨは談話室に戻ってきた。その手には、薄い包みが抱えられていた。

 キヨはソファに腰を下ろすと、コホンと咳払いをして意を決したように言った。


「茂上さん。これはまたとないチャンスです。その親戚のおじ様に正式にお願いすべきですわ」
「し、しかし……」

 本当に大丈夫だろうか。すっかり弱気の武雄を一瞥すると、キヨは包みを開いた。
 生き生きとした表情の男の似顔絵が現れた。

「これ……もしかして……」
「そうですわ。市電で会うよりも前に、あなたが走っているところに、悉乃さんは出くわしているんですの」
「え……?」
「もちろん、これはきっかけにすぎないと思います。けれど、あなたの姿が悉乃さんの印象に強く残ったことは間違いありませんわ。そして……この一年の、悉乃さんを見ていればわかります。悉乃さんがあなたからの結婚の申込みを断るはずがありませんわ」

 武雄は、嬉しさやら、気恥ずかしさやらで顔が熱くなるのを感じたが、同時に何か内なる力がみなぎってくるような、不思議な高揚感に包まれた。

「キヨさん……ありがとうございます。僕、おじさんに話をしてみます!」

***

 ぽかんとした顔をしている悉乃を、武雄は覗き込むように見た。

「……と、いうわけでして。その後秀成と一緒に汽車に飛び乗って、博多の宗助おじさんに会いに行ってきまして。それで、さっきお屋敷で話したような顛末に」
「まあ、博多まで、行ったんですか!」
「はい。直接話した方が早いし、ちょうど春休みでしたから。キヨさんに背中を押されたのも大きいですが、僕はやっぱり、できることなら秀成に縁談を代わってほしいと思って。悉乃さんのお父さんには申し訳ないですが、僕は後悔はしていません」

 悉乃は、自分の頬が熱くなっていくのを感じた。照れくさくて、武雄の目を直視できない。でも、逸らしてはいけないと思い、まっすぐに見つめた。武雄の真剣な目と、視線が絡んだ。

「ですから、悉乃さん……明日、選考会、見にきてください。悉乃さんが見てくれてるって思えば、もっと頑張れそうな気がするから」
「も、もちろんですわ。……必ず、見に行きます」

 ありがとう、と武雄は笑みを浮かべた。悉乃も笑い返した。

 

 明日、すべてが決まる。期待、不安、希望……いろいろな感情が、入り交じり、悉乃はその日眠れなかった。




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