32 / 37
写真の裏側⑤
しおりを挟む
やがて二人は神田川沿いの土手に上がってきた。いつもの場所とは違うが、見える景色には大差がない。芝生に腰を下ろし、爽やかな春風を頬に感じた。
「悉乃さん、いろいろと驚かせてしまってすみませんでした」
武雄は悉乃に向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「いえ……謝らないでください。でも、なんだか信じられなくて……。本当に、武雄さんは、三田さんも、それでいいんですの?」
「はい。けれど、一番大事なのは悉乃さんの気持ちだと思って、この提案をどう思うか聞いてみようと思っていたんですけど……。週末になってもいつもの場所に悉乃さんは来ないし、手紙を出しても音沙汰がないしで、どうしたものかと。それで女学校に行ってみたら、キヨさんに会ったんです」
「まあ。キヨさんに?」
悉乃は目を見開いた。武雄はその時のことを順を追って話し始めた。
女学校の前で、武雄は中の様子を伺っていた。ちょうど翌日から春休みになるらしく、楽し気な女学生が次々と下校してくる。そんな中、血相を変えたキヨが現れたという。
「茂上さん! ああよかったわ。こんなことを話せるの、あなたしかいませんもの。ちょうどお会いしに行こうかと思っていたところですのよ。悉乃さんが三田さんと結婚されるってもうお聞きになって!?」
「はい、そのことで悉乃さんにお話が……。ですが最近音沙汰がなくて……」
「悉乃さんは、勉学よりも花嫁修行だということで、このまま退学するそうですの。たぶん、悉乃さんのお父さまが、また強引に……」
「そ、そんな……!」
「とにかく、ここではなんですわ」
キヨは、「ついていらして」と武雄を先導した。数分歩いて着いた先は、悉乃とキヨが寝起きしている女学校の寄宿舎だった。
中まで足を踏み入れるなんてさすがに気がひけると思った武雄だったが、そんな気持ちを察したか、キヨは「心配なさらないで」と言った。
「談話室があるんですの。父兄の出入りも許されてますから、私の兄ということになさって」
それでもやっぱり入りづらい、とは思ったが、キヨがずんずんと敷地に入っていってしまうので、武雄はおっかなびっくり後をついていった。
談話室には低いテーブルとソファが数組置いてあり、一組か二組は女生徒で埋まっていたが、一番奥が空いていたので二人はそこに腰掛けた。
「これを。今朝、悉乃さんから届いたものですわ」
そう言って、キヨは手荷物から一通の手紙を取り出した。武雄はざっと目を通した。自分には出さないのに、キヨには手紙を出すのかと、少し複雑な気持ちになったが、キヨの「ここ、よくお読みになって」という一言で我に返った。キヨは手紙の中の一文を指し示していた。
――父の方針で、学校をやめて花嫁修業に専念することにいたしました。お相手は三田秀成さんという方で、東京高等師範学校を来年卒業するそうです。
「これ。三田さんのことは私当然知っているのに、こんな初めて会う人みたいな書き方、変でしょう? 『父の方針で』と書いてあるから、きっとこの手紙を送るにも、悉乃さんのお父様が内容を確認しているんですわ」
「ええっ!?」
言われてみればそうかもしれない。武雄はキヨの推理力に舌を巻いた。それほどまでに文信の影響力が強いとしたら、退学というのは悉乃の本意ではない可能性がある。やはり状況を好転させるには宗助を味方につけるしかないのでは、と武雄は確信を深めた。だが、実際のところ肝心の悉乃の気持ちを確かめようがない。会うことはおろか、手紙のやりとりすら、キヨを通してこんな暗号めいたやり方をするしかないのだ。
「キヨさん、実は……」
武雄は、今秀成と考えている「縁談の交換」案について話した。
「悉乃さん、いろいろと驚かせてしまってすみませんでした」
武雄は悉乃に向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「いえ……謝らないでください。でも、なんだか信じられなくて……。本当に、武雄さんは、三田さんも、それでいいんですの?」
「はい。けれど、一番大事なのは悉乃さんの気持ちだと思って、この提案をどう思うか聞いてみようと思っていたんですけど……。週末になってもいつもの場所に悉乃さんは来ないし、手紙を出しても音沙汰がないしで、どうしたものかと。それで女学校に行ってみたら、キヨさんに会ったんです」
「まあ。キヨさんに?」
悉乃は目を見開いた。武雄はその時のことを順を追って話し始めた。
女学校の前で、武雄は中の様子を伺っていた。ちょうど翌日から春休みになるらしく、楽し気な女学生が次々と下校してくる。そんな中、血相を変えたキヨが現れたという。
「茂上さん! ああよかったわ。こんなことを話せるの、あなたしかいませんもの。ちょうどお会いしに行こうかと思っていたところですのよ。悉乃さんが三田さんと結婚されるってもうお聞きになって!?」
「はい、そのことで悉乃さんにお話が……。ですが最近音沙汰がなくて……」
「悉乃さんは、勉学よりも花嫁修行だということで、このまま退学するそうですの。たぶん、悉乃さんのお父さまが、また強引に……」
「そ、そんな……!」
「とにかく、ここではなんですわ」
キヨは、「ついていらして」と武雄を先導した。数分歩いて着いた先は、悉乃とキヨが寝起きしている女学校の寄宿舎だった。
中まで足を踏み入れるなんてさすがに気がひけると思った武雄だったが、そんな気持ちを察したか、キヨは「心配なさらないで」と言った。
「談話室があるんですの。父兄の出入りも許されてますから、私の兄ということになさって」
それでもやっぱり入りづらい、とは思ったが、キヨがずんずんと敷地に入っていってしまうので、武雄はおっかなびっくり後をついていった。
談話室には低いテーブルとソファが数組置いてあり、一組か二組は女生徒で埋まっていたが、一番奥が空いていたので二人はそこに腰掛けた。
「これを。今朝、悉乃さんから届いたものですわ」
そう言って、キヨは手荷物から一通の手紙を取り出した。武雄はざっと目を通した。自分には出さないのに、キヨには手紙を出すのかと、少し複雑な気持ちになったが、キヨの「ここ、よくお読みになって」という一言で我に返った。キヨは手紙の中の一文を指し示していた。
――父の方針で、学校をやめて花嫁修業に専念することにいたしました。お相手は三田秀成さんという方で、東京高等師範学校を来年卒業するそうです。
「これ。三田さんのことは私当然知っているのに、こんな初めて会う人みたいな書き方、変でしょう? 『父の方針で』と書いてあるから、きっとこの手紙を送るにも、悉乃さんのお父様が内容を確認しているんですわ」
「ええっ!?」
言われてみればそうかもしれない。武雄はキヨの推理力に舌を巻いた。それほどまでに文信の影響力が強いとしたら、退学というのは悉乃の本意ではない可能性がある。やはり状況を好転させるには宗助を味方につけるしかないのでは、と武雄は確信を深めた。だが、実際のところ肝心の悉乃の気持ちを確かめようがない。会うことはおろか、手紙のやりとりすら、キヨを通してこんな暗号めいたやり方をするしかないのだ。
「キヨさん、実は……」
武雄は、今秀成と考えている「縁談の交換」案について話した。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
浅葱色の桜 ―堀川通花屋町下ル
初音
歴史・時代
新選組内外の諜報活動を行う諸士調役兼監察。その頭をつとめるのは、隊内唯一の女隊士だった。
義弟の近藤勇らと上洛して早2年。主人公・さくらの活躍はまだまだ続く……!
『浅葱色の桜』https://www.alphapolis.co.jp/novel/32482980/787215527
の続編となりますが、前作を読んでいなくても大丈夫な作りにはしています。前作未読の方もぜひ。
※時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦組みを推奨しています。行間を詰めてありますので横組みだと読みづらいかもしれませんが、ご了承ください。
※あくまでフィクションです。実際の人物、事件には関係ありません。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

【架空戦記】蒲生の忠
糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。
明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。
その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。
両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。
一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。
だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。
かくなる上は、戦うより他に道はなし。
信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。
浅葱色の桜
初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。
近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。
「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。
時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。
楽将伝
九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語
織田信長の親衛隊は
気楽な稼業と
きたもんだ(嘘)
戦国史上、最もブラックな職場
「織田信長の親衛隊」
そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた
金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか)
天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!
出雲屋の客
笹目いく子
歴史・時代
短篇です。江戸堀留町の口入屋『出雲屋』は、乳母奉公と養子縁組ばかりを扱う風変わりな口入屋だった。子を失い、横暴な夫に命じられるまま乳母奉公の口を求めて店を訪れた佐和は、女店主の染から呉服商泉屋を紹介される。
店主の市衛門は妻を失い、乳飲み子の香奈を抱えて途方に暮れていた。泉屋で奉公をはじめた佐和は、市衛門を密かに慕うようになっていたが、粗暴な夫の太介は香奈の拐かしを企んでいた。
夫と離縁し、行き場をなくした佐和を、染は出雲屋に雇う。養子縁組の仕事を手伝いながら、佐和は自分の生きる道を少しずつ見つけて行くのだった。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる