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写真の裏側①
しおりを挟む金曜日の夜。武雄は、秀成に見せられた写真に、あんぐりと口を開けていた。
「こ、これ……悉乃さん?」
尋ねたものの、確かに悉乃だという確証が武雄にはあった。この前洋食屋にいった時と同じ着物を着ている。
「ほら僕、博多のおじさんのとこで家業を手伝うことになってるだろ。遠縁で小さい頃に会ったきりだから僕もあんまり詳しく知らなかったんだけど、たった一人の息子さんが亡くなったらしいんだ。娘さんはいるけど、それぞれ嫁いでしまっているというし。それで、卒業したらこの人と二人で夫婦養子になってくれって言われたんだ」
「で……これがその見合い写真ってわけ?」
「そう。僕もびっくりしたよー。なんだか悪い気がするけどねえ。だって、タケちゃんの想い人だろう」
「おおおお想い人なんかじゃっ……!」
武雄は大声を出し過ぎた、と自分の口を閉じた。部屋ではもう皆布団に入り、眠りにつこうとしている。
そんな武雄を、秀成はニマニマと楽しそうに見ていた。
「ねえタケちゃん。僕にいい考えがあるんだけど」
***
悉乃は、広いベッドに寝転んで溜息をついた。実質、この部屋に軟禁されていた。外に出せば何をしでかすかわからないからだという。まったく、信頼がない。これで何が花嫁修業だというのだ。悉乃はもちろん、相手の三田秀成だって、まだ学生生活が残っている。結局、結婚するのは一年先なのだ。だったら、学校に行ってもいいではないか。
悉乃は主に自室で本を読んで過ごしていたが、自転車であちこち走っていた日々を思うと、体がなまっていく感覚がなんとも気持ち悪かった。
それにしても、今回舞い込んだ縁談話。もちろん気乗りするものではないが、いろいろ想定されるパターンの中では、いくらかマシな方だろうと悉乃は思った。向こうに義兄弟姉妹がたくさんいて虐められるとか、今の浅岡家より格式が高すぎて窮屈な思いをするとか、そういう心配はなさそうである。何より、文信たちから離れて遠くに住めるというところは、思ってもみない魅力であった。
ただ、相手が相手だけに、憂鬱な気持ちは残る。
なにせ秀成とは市電でのスリ事件の時と、二月の駅伝見物の時、二回だけとはいえ、なまじ会ったことがあるだけに気まずい。もちろん、悪い人でないのは百も承知だ。
そして縁談が進み、嫁いだ暁には悉乃も武雄の縁戚に名を連ねることになる。
今、悉乃と武雄の結びつきは、脆い。どの道学校を卒業したら、今のような関係性は儚く崩れ去ってしまうだろう。今回の縁談は、そんな二人を繋いでくれるもののような気がした。
――武雄さんだったら、よかったのに。
縁談相手が武雄だったら悩みの種などすべて吹き飛んでしまうのに。それが嘘偽らざる気持ちだった。
秀成の妻をつとめながら、武雄のことをチラチラ気にしているのは、よくない。それは悉乃にもよくわかっていた。だから、この縁談は、マシだけど、辛い。
悉乃に、否という選択肢は残されていなかった。もしこのまま学校に行かなければ、まともに卒業などできないだろう。就職するなら「卒業した」という肩書があった方が絶対有利なはずだ。卒業できず途中退学するのであれば、結婚するしか道はない。
三田秀成が武雄のはとこだということに文信は気づいていないようなので、悉乃はそのまま告げないでおいた。知れば、何を言い始めるかわからない。もしかしたら、秀成との縁談は破談になるかもしれないが、その先に待ち構えているものが今よりいいものなのか、悪いものなのか、まったく見当がつかない。賭けに出る勇気が、出なかった。
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