疾風の往く道

初音

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四大校駅伝競争 ――第一回箱根駅伝④

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「武雄さん!? 武雄さん!」

 悉乃は声をかけたものの、手を触れることはできなかった。触ったら壊れてしまうのではないかと思った。

「ああ……悉乃さん、来てくれたんですねえ……」
「と、当然ですわ……!」

 だが、悉乃がそれ以上何か言う暇は与えられなかった。東京高師の学生や教員と思われる人たちがあっという間に集まってきて、武雄を取り囲んでしまった。

「茂上くん! やったなあ!」
「もーう、どぎゃんなるかと思ったばってん、よかったあ、本当によかったあ!」

 悉乃は、押しのけられるようにして数歩下がり、その様子を黙って見ていた。目の前に、武雄がいるのに、なんだかとても遠く感じられた。
 悉乃が武雄と会う時は、いつも二人だった。こんなに大勢の人に囲まれて歓声を浴びている様子を、見たことがなかった。なんだか急に、武雄が遠くに行ってしまうような気がした。否、武雄は本当に遠くに行ってしまうのだ。遙か遠く、アメリカ大陸に。

 やがて、二位の明治、三位の早稲田もゴールし、観客の関心もそちらに集中した。
 悉乃は、人垣の隙を縫って再び武雄に近づいた。武雄は、ゴールから少し離れたところに設けられた関係者席の傍で仰向けに寝転んでいた。

「悉乃さん、来てくれて、ありがとうございます。悉乃さんの姿が見えたら、なんだか一段元気が出て、スパートかけられました」

 応援の声が届いていたのだと、悉乃はなんだか照れ臭くなって、しかしそれを隠すように声に怒気をこめた。

「武雄さん、こんなの、聞いてませんわ。こんなに過酷だなんて、生きているのが不思議なくらいよ」
「ああ、これで僕は、胸を張って悉乃さんのお友達になれるような気がします」
「まだそんなことを言ってらっしゃるの? とっくに、私とあなたは対等ですわ。いいえ、むしろ、私の方が……」

 ――私には、こんな風に誇れるものが、何もないわ。

 そのことをひしひしと感じた悉乃の歪んだ表情を見て、武雄は優しく「悉乃さん」と名を呼んだ。

「ありがとう」

 悉乃は熱くなる目頭から意識を逸らそうと、無理矢理ほほ笑んだ。

 しばらくの後、四位の選手が到着した。表彰式の準備があるから選手は集まるようにと、声がかかった。武雄は立ち去ってしまったが、去り際に悉乃だけに見せてくれた笑顔は、悉乃の脳裏にしかと焼き付いた。
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