疾風の往く道

初音

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四大校駅伝競争 ――第一回箱根駅伝③

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 悉乃は、頭に浮かんだ考えをぶんぶんと振り払った。そうこうしているうちに、「高師、八区通過!」という情報が入ってきた。明治との差は十数分程度だ。その差がすぐに縮まるものなのか悉乃にはわからなかったが、とにかく今走り始めたであろう九区の走者の次が武雄ということだけは明らかだった。

「なんだかそわそわして来ましたわ。九区を越えたら、いよいよ茂上さんですわね」

 キヨの台詞は、悉乃をはじめ、その場にいる大勢の見物人の気持ちを代弁していた。気が付くと、再び人が増え始めている。

 悉乃とキヨは、その場を一歩も動かずにただひたすら待った。先ほど人波が一時引いた時にゴール横最前列を陣取ったのだ。ここを死守して、武雄のゴールの瞬間を見届ける。そしてとうとう、「明治、九区通過!」数分の後に「高師、九区通過!」と声が聞こえた。

 一位の明治と、二位・東京高師の差は、先ほどより縮まっている。「明治」と書いた旗を振る人はより激しく旗を振り、「東京高師」の旗も俄かにバサバサと勢いよく音を立てはじめた。

「いけるかもしれねえぞ! 高師の逆転!」

 誰かがそんなことを叫んだ。それができるとしたら、武雄の走りにかかっている。悉乃は、ここまで来ればもう、祈るしかないと腹をくくった。

 ――武雄さん、がんばって。

 九区通過! の報に、わっと盛り上がった有楽町だったが、選手が目の前に来るであろう時間まではまだまだかかる。皆徐々に静かになり、固唾を飲んで西の方角を見つめた。再び歓声が聞こえたのは、一時間も経った頃合いだった。

「明治だ!」

 誰かの声が聞こえた。悉乃とキヨは身を乗り出して、皆の見ている方向に目を凝らした。確かに、明治の選手がこちらに近づいてきているのが見える。
 武雄はどうしたのだろう。途中で怪我などしていないか。棄権したという情報はないけれど、無事なのだろうか。悉乃はそんなことを考えながら右手で左の腕を握った。あまりに強く握っていたことに、左腕の痛みで気づいた。

 その時である。おい、もう一人来てるぞ! という声がした。明治の選手の後ろから、一人の選手が走ってくるのが見えた。

「武雄さん……」

 悉乃の膝ががくっと崩れた。

「悉乃さん!? 大丈夫?」
「大丈夫ですわ……少し、安心したら、力が抜けてしまって……」

 キヨに支えられ、よろよろと体勢を立て直した悉乃の視線は、武雄の姿だけをとらえた。
 周囲の声援も熱を帯びていく。悉乃も、どさくさにまぎれてしまえと、声を張り上げた。

「がんばって! 武雄さん!」

 悉乃の声が届いたのか、はたまた偶然そのタイミングだったのか、武雄は徐々にスピードを上げた。ゴールまではあと数十メートル。一位の明治の選手まで、あと数メートル。

 わあっと、ひときわ歓声が大きくなった。武雄が、先頭に躍り出た。
 悉乃は、近づいてくる武雄の顔を見つめた。あの時と、初めて自分の目の前を過ぎ去っていったあの時と、同じだった。疲れの中にも、楽しそうな、満足げな表情が浮かんでいる。
 会場の盛り上がりは最高潮に達していた。武雄は勢いを保ったまま、ゴールテープを切った。

「一着! 東京高師!」

 その声が聞こえた瞬間、武雄の足は急にふらりともつれた。崩れ落ちるように、悉乃の目の前に倒れこんだ。




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