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最悪の夏休み①
しおりを挟む悉乃にとっては、地獄のような夏休みだった。
寄宿舎でひとりのんびりと読書をしたり、自転車であちこち出かけたりして過ごすつもりだったのに、浅岡の屋敷でほぼ父の監視下で生活する羽目になった。
あの時、もっと父と戦えばよかった、と後悔した。武雄がそうしてくれたように、反論して、抵抗して、梃子でも動かないぐらいのつもりで学校に残ってしまえばよかった、と思った。しかし、それも今だから言えることで、あの時は「掏り稼業に戻らなければならなくなるぞ」の一言が、効いた。
せめて今からでも父に一矢報いようと、悉乃は「原則として屋敷の敷地外に出るべからず」という言いつけを逆手に取り、食事の時以外自室から一歩も出なかった。おかげで学校の宿題は早々に終わってしまって、結果として読書をする時間はたっぷりできたのだが、内容がほとんど頭に入ってこない。
見合いが破談になったということが、これから自分にどういう影響をもたらすのか、悉乃には皆目見当がつかなかった。ひょっとしたら、本当にこの家を追い出されるかもしれない。そうなったら、どうしよう。ぐるぐると考え事をしてしまう。
そんな折、部屋のドアをノックする音がした。どうぞ、と答えると女中のシゲが入ってきた。三十を少し過ぎたというシゲは、この屋敷の中で最も悉乃に優しく接してくれる人物であり、悉乃は彼女に少しだけ母の面影を見ていた。
「悉乃さま、旦那さまがこれをと」
シゲが持ってきたのは、何枚かの端切れだった。花柄、麻の葉、格子……様々な柄、色が取り揃えられている。
「お好きなものを選んでください。夏休みの間に袷を新調して、お写真を、と。ここにないものがよろしければ、反物屋に聞いてみますのでなんなりと。刺繍を入れるのもいいかもしれませんね」
楽しそうに笑うシゲとは裏腹に、悉乃はじとっとした目で端切れの束を見つめた。
要するに、新しい着物で着飾って見合い写真を撮り、なんとか新たな縁談を、というのが文信の思惑だろう。とりあえず、家を追い出されることはなさそうだと悉乃は安堵したが、同時に、あくまでも悉乃をどこか良家に嫁がせんとする文信の執念にげんなりするのであった。
「写真なんて撮っても仕方ないでしょう。そんな付け焼刃が通用すると思って?」
「ですが、悉乃さまはいつも同じ……その、少々地味な着物をお召しですから、これを機に少し華やかな装いをされてもよいかと……」
華やかな装い。
いいのだろうか。自分が、そんな風に、着物の色や柄を選んで、楽しんでもいいのだろうか。
当たり前じゃないですの、と笑うキヨの顔が浮かんだ。そして、武雄だったら「わあ、新しい着物ですか! 素敵ですね」とでも言ってくれるのではないかという期待のようなものが芽生えた。
「わかったわ。詳しく見せてちょうだい」
「はい。ごゆっくりご覧になってくださいましね」
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