13 / 37
窮地①
しおりを挟む夏休みが、近づいていた。
周りの生徒たちの態度は依然として冷ややかだったが、この頃になると露骨に貼り紙をされるようないじめは鳴りを潜めていた。
「貼られても貼られても剥がして捨てましたもの。倉橋さんとの根比べに勝ちましたわ」
悉乃は得意気に言ってのけた。キヨも嬉しそうに微笑んだ。が、少し何かを言い淀むような顔をしていた。
「あら、キヨさんどうしたの?」
「悉乃さん、あのね、言いにくいのだけど。もちろん、悉乃さんは立派に戦いましたわ。でも、倉橋さんが大人しくなったのには別の理由もあると思うの……」
「別の理由?」
「結婚よ」
「まあっ!」
やっぱり知らなかったんですのね、とキヨは説明してくれた。
「どうも、警察官の息子さんのところに嫁ぐみたいなんですの。その人のおじい様が、戊辰の戦で会津から落ち延びてきて警察官になった、っていう経歴の持ち主だそうだわ」
「はあ、相変わらずこだわるんですのね」
未だに旧幕府側とか、新政府側とか、いがみ合う気持ちもわからないではないが、そんなのはせいぜい子供の代までにしてほしい。孫世代には関係ないのに。そんなことを思ってしまう悉乃だった。
夏休みの間に結婚し、秋からは学校に来ないという女生徒は倉橋だけではなかった。ざっとクラスの三割から四割が、結婚もしくはお見合いの予定が入っているという。キヨも、すでに二件のお見合いが組まれているらしい。
「最後に決めるのはお父様ですけれどね」
キヨは柔らかな笑みを浮かべてそう言った。
「どんな風だったか、教えてね。どちらか迷ったら私に相談なさって」
未だ縁談のえの字もない悉乃は、キヨを応援しようとそう言った。
「ありがとう、悉乃さん。悉乃さんにも、いいご縁が来るといいわね」
夏休みは、帰省するもよし、寄宿舎に残るもよし、とされていたので、悉乃は迷わず残る方を選んだ。
残る生徒は少ない。寄宿舎を一人占めしてのんびりしよう、などと悉乃は考えていた。
が、そうは問屋が卸さなかった。
明日から夏休み、と生徒たちが浮き足立つ中、事件は起こった。
終業式を終え、そのまま帰る者、寄宿舎の食堂で昼食を取ろうとする者、三々五々下校しようとしていたところだった。
悉乃は、職員室に呼ばれた。
職員室の隅には、簡単な応接スペースがあったが、そこに座る人物を見て悉乃は青ざめた。
「お父様……」
座っていたのは父・文信《ふみのぶ》だった。確か、洋行に出ていてあとひと月は帰らない予定だったはずだ。
「悉乃!」
文信は鬼の形相で立ち上がり、ツカツカと悉乃に歩み寄った。
「なんてことをしてくれたんだ! せっかく縁談が決まりかけていたのに、お前が余計なことをしてくれたおかげですべて台無しだ!」
要するに、「悉乃は元スリ犯である」という話は学校内に留まらず、文信が水面下で話を進めていた悉乃の見合い相手の耳にも入ったらしい。そのことが電報で伝えられ、文信は早めに帰国したというらしいのだ。
まあまあお父様、となだめに入った教員を無視し、文信は怒り狂った様子で悉乃にまくし立てた。
「まったく、何のためにお前を引き取って教育してきたと思ってるんだ」
「お父様、ごめんなさい。でも、私、掏られそうになっている人を助けたんですのよ」
「そんなことはどうでもいい。おかげでお前が前科者だと知れてしまったではないか」
「お父様、どうでもいいだなんて……!」
「どうでもいいとは随分ですなあ!」
父娘の会話に突如割って入ってきた声があった。
この声の主を、悉乃はよく知っている。
振り返ると、職員室の入り口に武雄が立っていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
蘭癖高家
八島唯
歴史・時代
一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。
遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。
時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。
大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを――
※挿絵はAI作成です。
楽将伝
九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語
織田信長の親衛隊は
気楽な稼業と
きたもんだ(嘘)
戦国史上、最もブラックな職場
「織田信長の親衛隊」
そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた
金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか)
天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!
夢の雫~保元・平治異聞~
橘 ゆず
歴史・時代
平安時代末期。
源氏の御曹司、源義朝の乳母子、鎌田正清のもとに13才で嫁ぐことになった佳穂(かほ)。
一回りも年上の夫の、結婚後次々とあらわになった女性関係にヤキモチをやいたり、源氏の家の絶えることのない親子、兄弟の争いに巻き込まれたり……。
悩みは尽きないものの大好きな夫の側で暮らす幸せな日々。
しかし、時代は動乱の時代。
「保元」「平治」──時代を大きく動かす二つの乱に佳穂の日常も否応なく巻き込まれていく。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
浅葱色の桜 ―堀川通花屋町下ル
初音
歴史・時代
新選組内外の諜報活動を行う諸士調役兼監察。その頭をつとめるのは、隊内唯一の女隊士だった。
義弟の近藤勇らと上洛して早2年。主人公・さくらの活躍はまだまだ続く……!
『浅葱色の桜』https://www.alphapolis.co.jp/novel/32482980/787215527
の続編となりますが、前作を読んでいなくても大丈夫な作りにはしています。前作未読の方もぜひ。
※時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦組みを推奨しています。行間を詰めてありますので横組みだと読みづらいかもしれませんが、ご了承ください。
※あくまでフィクションです。実際の人物、事件には関係ありません。
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる