浅葱色の桜 ―堀川通花屋町下ル

初音

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沖田氏縁者④

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 総司は、赤子の亡骸を抱えた千津と共に光縁寺に向かっていた。気を利かせたつもりなのか、「お前が付き添って行ってこい」とさくらに送り出されたのだ。
 気持ちはありがたいのだが、今となってはお節介と言っても過言ではない。今更千津と二人きりになったところで、何を話せばいいのか総司にはわからなかった。だが、道中の沈黙はすぐに破られた。
「産まれてすぐ連れ出したから、この子は生きられんようになったんやろか」
 千津は沈痛な表情を浮かべていた。それは紛れもなく母親の顔だった。千津はもう、他の男と所帯を持っている。この子は死んでしまったが、双子のもう一人が今も母親の帰りを待っている。
「白石先生も言っていたじゃないですか。特に双子の場合、片方が弱く産まれてきてしまうこともあるって。数日の命だったけれど、この子なりに頑張ったんだって」
 総司はつとめて明るい調子で言葉をかけた。慰めになっているのか、はたまた傷口に塩を塗っているのか判断がつかず、少しヒヤヒヤしたが、「せやね」と千津の表情がわずかに和らいだのを見て少なくとも後者ではなさそうだと総司は胸をなでおろした。
 本当は光縁寺の紹介で別の寺に赤子を預けるつもりでいたが、このまま光縁寺で弔うことにしていた。
「この子の、お名前は」
 住職は当たり前のように尋ねた。千津は困ったように俯いた。
「まだ、決めてへんかったんです。お寺さんの方で決めてもらお思うて。うちがつけたら、ますます別れが惜しゅうなってしまうさけ」
「そうですか。いきなり戒名を考えなあかんことほど悲しいことはありしませんなあ」
 住職はしかし、と付け加えると、やや笑みを浮かべて総司をじっと見た。
「島崎はんが言うてた知り合いの赤子いうんは、沖田はんのお子でしたか。そんなら、立派な戒名つけてやらんとなあ」
「あ、いえ、そういうわけでは」
「そうどす。新選組・沖田総司の娘として恥じないような名前をお願いします」
 否定の言葉を遮った千津に、総司は驚いて何も言えなかった。
「ほなちょっと待っとってな」
 住職が奥へ消えていったのを見届けてから、総司は小声で「お千津さん、どうして」とたずねた。
「そういうことにしといた方が、お父ちゃんたちにもわからしまへんやろ」
「た、確かにそうですね……」
「っていうのは建前や」
 千津は愛おしそうに赤子に視線を落とした。
「沖田はん、何度かこの子、抱っこしてくれはったやろ。それ見てなあ。あー、ほんまに沖田はんとうちの子やったら、どないやったやろうって、思うたんえ。すんまへん、勝手なこと言うてるのはわかっとります。せやけど、後生や、今のは聞かんかったことにして、『建前』のために口裏合わせてくれへんやろか」
「……わかりました。その代わり、約束してください。ここを出たら、お家に帰って、息子さんを立派に育てると」
「沖田はん……おおきに。ありがとうございます」

 戻ってきた住職に、千津は一瞬渋るような素振りを見せながらも、赤子の亡骸を手渡した。
 赤子には生前の名前がなかったため、「沖田氏縁者」として葬られた。戒名は「真明院照誉貞相大姉」。大人の女性につける戒名だが、来世での成長を祈ってつけられた。
「沖田はん、ほんまに、ほんまにありがとうございました」
 深々と頭を下げ、千津は元の家に帰っていった。総司はその姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
「もう、会うことはないだろうなあ」
 ぽつりと、つぶやいた。赤子を自分の娘として葬るという突拍子もない案に乗ったのも、その思いからだった。最後くらい、わがままを聞いてやってもいいじゃないかと。
 脳裏には白石の言葉が蘇っていた。昨日、診察の結果として言われたことだった。
『沖田さん。これは、労咳です。安静にしていれば二、三年生きられるかもしれませんが……新選組の隊務を続けるというのなら、命の保証はできません』
 ――まあ、どちらにしても明日をも知れぬ身なのだから。
 今日の夕餉はなんだろう。そんなことを考えながら、総司は屯所への帰路についた。






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