浅葱色の桜 ―堀川通花屋町下ル

初音

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沖田氏縁者③

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 五日後。さくらと総司は菊の家に出向いていた。千津の顔色はだいぶよくなっており、診察に来ていた白石もそろそろ家に帰れるだろうとお墨つきを与えていた。
「帰りたないなあ……お父ちゃんも旦那様もえろう怒っとると思う」
「お気持ちはわかりますが、ここは帰っておかないと」
 ぶつくさ垂れる千津を、総司が諭した。
「ところでお千津さん、どこのお寺に預けるか、目星はつけていたんですか」
 さくらの問いに、千津は首を横に振った。
「うちに縁のあるお寺やと、父たちに見つかってしまう思うて、どこに預けたらええもんか迷うてたんです」
「やはりそうでしたか。実はそうなのかもしれないなと思って。余計なお世話とは思いつつも、知り合いの住職さんの伝手でいいところを紹介してもらいました」
「ほ、ほんまどすか……? ほんに、なんとお礼を言うたらええか。島崎はんかて、お忙しいはずやのに」
「まあ、主に動いたのはこっちの総司ですけどね」
「沖田はんが……。おおきに。助かります」
「いえ、私はただ、何かできることがあればと思っただけですから」
 総司は照れたように視線を逸らした。その先には赤子が眠っていた。
 さくらと総司が相談していたのは、山南ら新選組隊士も眠る光縁寺の住職だった。縁のある寺が、捨て子やみなし子を引き取って雑事を手伝わせながら面倒を見ているというので、そこに預けるのがちょうどいいと思っていた。
 さくら達の会話を聞いていた白石も、「それがいいでしょう」と頷いた。
「さて、沖田さん、隣の部屋で診察をしましょうか。この前は慌ただしくて結局できませんでしたから」
「えっ、ああ、そうでしたね……。では……よろしくお願いします」
 総司は忘れていたのではなく、忘れていたふりをしていたのではないかと、さくらは思った。だが有無を言わせぬうちにスタスタと隣の部屋に向かう白石に、総司は素直についていった。
 その様子を見ていた千津が、さくらに尋ねた。
「沖田はん、どっか悪いんどすか?」
「うーん、なんだか最近咳がよく出ていて、長引くもんですから一度診てもらった方がいいと思いましてね。私が半ば無理矢理、白石先生に引き合わせたというわけで」
「咳って……まさか……」
 千津が何かを言いかけた時、ドスン、と大きな音がした。音のした方を見ると、菊が顔をしかめて縁側でうずくまっていた。
「お菊さん!? 大丈夫ですか!?」
 菊は返事もできない程苦しそうだったが、わずかに頷いた。
「島崎はん! それ、お産が始まるんやないどすか!?」
「ええっ!?」
「と、とにかく、そこに寝かせたって! あと、産婆はん呼ばんと!」
 さくらはまず急いで美代に知らせ、産婆を呼んでもらった。総司と白石も何事かと出てきて菊の傍に駆け寄ったが、「男はんは出ていっとくれやす!!」という産婆の剣幕に負け、家を出される羽目になった。
「あの人は医者なんですが……いてもらった方が何かと役に立つのでは」
 さくらはおずおずと声をかけたが、産婆にキッと睨まれるだけだった。
「男はんは出ていうんが聞こえなかったんどすか! ここからは女の領分やさかい、お引き取りを!」
 そういえば自分も見てくれは男だったと気づき、いちいち説明している場合でもなかったので、さくらはその場を美代に任せて家を出た。
 総司は診察が途中だったので白石の病院に向かった。さくらは一応、菊が産気づいたことを歳三に伝えた方がいいだろうと思い、総司とは別れて屯所に戻った。

 だが、歳三は不在だった。
「ったく、いつもは部屋にでんと座って偉そうにあれこれ指示しているくせに」
 と、文句は言ってみたものの、歳三に会えずどこか安堵している自分がいることにもさくらは気づいていた。
 菊が腹に宿した歳三の子が、まもなく産まれると、どんな顔で報告すればいいやら、実際のところわからなかったのだ。

 もともと菊の家には午前中に少し立ち寄る程度のつもりだったので、午後は通常通り稽古の指導係やら雑務に専念した。夕方になってひと段落ついたので、さくらは再び様子を見に行こうと菊の家に向かった。
 着くやいなや、千津がさくらに泣きついてきた。白石を呼んで欲しい、と。
「やや子が、息してへんのです」
 隣室からは、菊の激しい呻き声が聞こえてきた。お産はまだ終わっていないらしい。赤子が出てくるまではまだ少しかかるという。
「そんな、息をしてないのって……」
 さくらは千津の隣に眠る赤子を見た。確かに、顔に血の気がなかった。
「すぐ白石先生呼んできますね!」
 さくらはさっと踵を返し、家を飛び出した。

 それから小半時も経った頃。家の中には菊の産んだ子の元気な泣き声と、千津の悲痛な泣き声が、奇妙に交差した。

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