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御陵衛士②
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さくらは踵を返し、人目につかない木陰まで平助を誘導して岩に腰掛けた。平助もゆっくりと隣に腰を下ろす。さくらは逸る気持ちで尋ねた。
「伊東さんは脱走でも企てているのか。そんなことしたら今度こそ切腹に……」
「ただ脱走しようって言うんじゃありません。今、篠原さんたちが動いてます。詳しくは言えませんが……正面切って、皆で新選組を離れようという話です」
「なんだ。中途半端なことを言うな。正面切ってとは、どういうことだ。皆とは誰だ」
「篠原さんや服部さん、弟の三木さんはもちろんだと思いますが。……僕も、いざとなればついていこうかなと、思ってます。すみません、具体的にいつどういう風に離れるとかっていうのは……そういう詳しいことまでは本当に知らされてないんです。僕はほら、こうして島崎さんに話しちゃうような、密偵には向いてないというか、口の軽い男ですから。伊東さんもそれをわかってるから、たぶんギリギリまで僕には教えてくれないんでしょう」
篠原の不可解な動きは、これに関するものなのだと合点がいった。
平助を信じていいのか、さくらは一瞬わからなくなった。こうしてさくらの反応を伺って次の一手を考えようとしているのではないか。そういう指示を、すでに伊東から受けているのではないか。もともと、伊東を勧誘したのは平助だ。だが、試衛館からの生え抜きの仲間として、平助を信じたい思いが勝った。平助は、そんなさくらの動揺などお構いなしに言葉を続けた。
「伊東さんが組を離れよう、という考えに至ったのには、今の佐幕寄りの新選組が伊東さんの思いに合わなくなってきたからだと聞いていますが。……決定打は、島崎さんのことみたいですよ」
言わなければよかったと思ったのか、それきり平助は口をつぐんでしまった。
「そうか。……ありがとう、教えてくれて。しかし、なぜ私に話したのだ? 黙っていれば、伊東さんからの信頼もより確かなものになったはずなのに」
「それは……僕は伊東さんにも恩義があるし、島崎さんたち試衛館出身の皆さんにも恩がありますから」
「……行ってしまうのか。平助は」
「島崎さんたちには、感謝しています。でも……僕はもしかしたら、山南さんのことを心のどこかでまだ許せていないような、納得できていないような、そういう気持ちがあるのかもしれません」
さくらが後に斎藤から聞いた話によれば、三年前、例の建白書に当初は平助も署名しようとしていたらしい。だが、江戸への出立が迫っていたから見送ったのだと。
そう考えると、新八らのように顔を突き合わせて勇と和解したわけでもなく、さらに自分のいぬ間に旧知の仲であった山南が切腹に追いやられていたのだから、平助の中になにか燻ぶっていた思いがあったのではないかと、今更ながら腑に落ちたような気がした。そして、平助が決意を固めてしまった以上、もはやさくら達にはなす術がないのだろうということも、残念ながら痛感せざるを得なかった。
平助の告白を裏付けるような内容の手紙が伊東から届いたのは、それから数日後のことだった。
「伊東さんの言い分はこうだ。『薩摩の動向を探るも、顔が割れていたようで警戒されてしまいろくな話もできない。ついては、一度京へ戻り正式に新選組から分離し、味方として薩摩・長州に入りこむことで、より深く、詳しく敵の動向を探りたい』と」
勇が淡々と告げた。さくらは、これが平助の口からは出なかった「詳しいこと」なのだと悟った。歳三や斎藤はあまり驚いていないようだった。もっとも顔に出さないだけで内心は動揺しているかもしれない。反して、総司と源三郎は「そんな、まさか」とわかりやすい反応を示した。
「おれは、この伊東さんの申し出を受け入れようと思う」
勇のこの発言にはその場にいた五人全員が驚きの色を見せた。勇は皆の顔を見回した。
「伊東さんの志が、今の新選組では成し遂げられないのだろうということは薄々感じていたんだ。下手に引き留めて、せっかくの才を埋もれさせてしまうのは忍びない」
「だからって、薩摩に寝返るのを指くわえて見てるってのかよ。こっちの情報を渡されて、窮地に追い込まれるとは考えられねえのか」
歳三の反論に、皆小さく頷いた。だが勇は歳三をじっと見るばかりだった。
「もし本当に伊東さんが寝返るつもりなら、いささか堂々としすぎていやしないか。詳しいことは伊東さんが戻ってきてから直接話し合うが、これは新選組にとっても悪い話ではないと思う。少しでも新選組の益にもなるようになんとか仕向けるつもりだ」
勇の毅然とした物言いに、歳三は諦めたように笑みを浮かべた。
「わかったよ。ただし、怪しい動きをしたら、容赦はしねえ。……斎藤」
「はい」
「お前、もし伊東から誘われたら、ついていけ。もし伊東が想定外の行動を取ったら、逐一知らせろ」
斎藤は最初驚いたように目を丸くしていたが、歳三の意図を汲みとったのか、「承知」と素直に答えた。
「伊東さんは脱走でも企てているのか。そんなことしたら今度こそ切腹に……」
「ただ脱走しようって言うんじゃありません。今、篠原さんたちが動いてます。詳しくは言えませんが……正面切って、皆で新選組を離れようという話です」
「なんだ。中途半端なことを言うな。正面切ってとは、どういうことだ。皆とは誰だ」
「篠原さんや服部さん、弟の三木さんはもちろんだと思いますが。……僕も、いざとなればついていこうかなと、思ってます。すみません、具体的にいつどういう風に離れるとかっていうのは……そういう詳しいことまでは本当に知らされてないんです。僕はほら、こうして島崎さんに話しちゃうような、密偵には向いてないというか、口の軽い男ですから。伊東さんもそれをわかってるから、たぶんギリギリまで僕には教えてくれないんでしょう」
篠原の不可解な動きは、これに関するものなのだと合点がいった。
平助を信じていいのか、さくらは一瞬わからなくなった。こうしてさくらの反応を伺って次の一手を考えようとしているのではないか。そういう指示を、すでに伊東から受けているのではないか。もともと、伊東を勧誘したのは平助だ。だが、試衛館からの生え抜きの仲間として、平助を信じたい思いが勝った。平助は、そんなさくらの動揺などお構いなしに言葉を続けた。
「伊東さんが組を離れよう、という考えに至ったのには、今の佐幕寄りの新選組が伊東さんの思いに合わなくなってきたからだと聞いていますが。……決定打は、島崎さんのことみたいですよ」
言わなければよかったと思ったのか、それきり平助は口をつぐんでしまった。
「そうか。……ありがとう、教えてくれて。しかし、なぜ私に話したのだ? 黙っていれば、伊東さんからの信頼もより確かなものになったはずなのに」
「それは……僕は伊東さんにも恩義があるし、島崎さんたち試衛館出身の皆さんにも恩がありますから」
「……行ってしまうのか。平助は」
「島崎さんたちには、感謝しています。でも……僕はもしかしたら、山南さんのことを心のどこかでまだ許せていないような、納得できていないような、そういう気持ちがあるのかもしれません」
さくらが後に斎藤から聞いた話によれば、三年前、例の建白書に当初は平助も署名しようとしていたらしい。だが、江戸への出立が迫っていたから見送ったのだと。
そう考えると、新八らのように顔を突き合わせて勇と和解したわけでもなく、さらに自分のいぬ間に旧知の仲であった山南が切腹に追いやられていたのだから、平助の中になにか燻ぶっていた思いがあったのではないかと、今更ながら腑に落ちたような気がした。そして、平助が決意を固めてしまった以上、もはやさくら達にはなす術がないのだろうということも、残念ながら痛感せざるを得なかった。
平助の告白を裏付けるような内容の手紙が伊東から届いたのは、それから数日後のことだった。
「伊東さんの言い分はこうだ。『薩摩の動向を探るも、顔が割れていたようで警戒されてしまいろくな話もできない。ついては、一度京へ戻り正式に新選組から分離し、味方として薩摩・長州に入りこむことで、より深く、詳しく敵の動向を探りたい』と」
勇が淡々と告げた。さくらは、これが平助の口からは出なかった「詳しいこと」なのだと悟った。歳三や斎藤はあまり驚いていないようだった。もっとも顔に出さないだけで内心は動揺しているかもしれない。反して、総司と源三郎は「そんな、まさか」とわかりやすい反応を示した。
「おれは、この伊東さんの申し出を受け入れようと思う」
勇のこの発言にはその場にいた五人全員が驚きの色を見せた。勇は皆の顔を見回した。
「伊東さんの志が、今の新選組では成し遂げられないのだろうということは薄々感じていたんだ。下手に引き留めて、せっかくの才を埋もれさせてしまうのは忍びない」
「だからって、薩摩に寝返るのを指くわえて見てるってのかよ。こっちの情報を渡されて、窮地に追い込まれるとは考えられねえのか」
歳三の反論に、皆小さく頷いた。だが勇は歳三をじっと見るばかりだった。
「もし本当に伊東さんが寝返るつもりなら、いささか堂々としすぎていやしないか。詳しいことは伊東さんが戻ってきてから直接話し合うが、これは新選組にとっても悪い話ではないと思う。少しでも新選組の益にもなるようになんとか仕向けるつもりだ」
勇の毅然とした物言いに、歳三は諦めたように笑みを浮かべた。
「わかったよ。ただし、怪しい動きをしたら、容赦はしねえ。……斎藤」
「はい」
「お前、もし伊東から誘われたら、ついていけ。もし伊東が想定外の行動を取ったら、逐一知らせろ」
斎藤は最初驚いたように目を丸くしていたが、歳三の意図を汲みとったのか、「承知」と素直に答えた。
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