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伊東甲子太郎、動く②

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「島崎さんは、女性にょしょうなんですよね」
 的中してほしくなかった予感が的中し、勇は表情を変えないようにするので精一杯だった。さて、どうしたものか。本当に言うのか。
 だが、勇が口を開くよりも早く、歳三が応じた。
「そうですが。それが何か」
 予想外の反応だったのだろう。伊東は驚いたようにわずかに目を見開いた。
「女がなぜ、新選組に、しかも幹部隊士としてのうのう居座っているのですか。その説明がないまま、二年以上も……」
「伊東さん、あんた、人に名乗る時に『伊東甲子太郎です。男です』といちいち男か女かを口にしますか」
「そんなこと、わざわざ言うわけがないでしょう」
「同じことです。島崎はただの一度も、男とも女とも明言したことはないですが、島崎を見て勝手に男だと思い込んでいたのはそちらです」
「しかし、女が朔太郎だなんて……偽名を使っているではないですか」
「偽名ではない。上洛にあたって改名したまで。あんたと同じだ」
「だが、女が新選組の隊士だなんて」
 流れを支配していたのが、伊東から歳三に変わっているのを勇は感じた。歳三に感謝しつつ、「伊東さん」と笑いかけた。
「新選組は、もともと身分・出自を問わないという主義でやっております。もちろん、男女の別も問いません。たまたま志願者がいないというだけであって、女性が屯所の門を叩けば、受け入れる心づもりでいますよ。もちろん、島崎君と同等以上の剣術の腕前か、何か秀でた能力があればの話ですが」
「しかし、ではなぜ島崎さんはあんな恰好を」
「それはただ、袴の方が動きやすいからですよ」
 伊東はぽつり、「屁理屈だ……」とつぶやいたきり、黙りこくってしまった。伊東としては、「さくらが女である」ということを切り札に交渉を優位に進めようとしたのに、思惑が外れて打つ手がないといったところだろう。
「とにかく、伊東さんは私の部屋で謹慎してもらいます」
 勇の毅然とした物言いに、伊東はもう反論しなかった。伊東は、ばっと新八と斎藤の方へ振り返った。
「お二人は、知っていたのですか」
 二人は黙って頷いた。伊東が悔しそうに舌打ちするのを、他の四人は聞き逃さなかった。

 ***

「バレた……だと!?」
 さくらは開いた口を塞げずにいた。
 ここは、勇の妾宅である。今更聞かれたところでもはやどうということでもないかもしれないが、一応機密事項に話が及ぶ可能性もあるため、勇、歳三と共にさくらは足を運んでいた。
「まあ、島崎はんはおなごはんでいらしゃったんどすか」
 お茶を持ってきた孝が、目を丸くした。
「って、すんまへん、口挟んでしもて。せやけど勇さまも教えてくれへんなんてイケズやなあ。おなごやわかってたら島崎はんとおなご同士お着物や簪なんか買いに行ったりできたんに。そや、これからだって遅うはあらへんどっしゃろ。島崎はん、次の非番の時にでも」
 表情豊かに、楽しそうに喋る孝は、姉の雪が備えていた落ち着きというものをあまり持ち合わせていないようだった。それでも、孝の明るさには日々癒されている、といつだか勇が話していた。確かに裏表がなさそうであり、妹の方が好感の持てる女子かもしれないとさくらは内心評していた。
 だが、今さくらは残念ながら孝の話にまともに取り合っている場合ではない。
「お孝さん、私はしばらく女子姿にはならないと決めています。申し訳ない……」
「孝、今から大事な話をするから悪いが席を外してくれ」
 勇の頼みに孝は素直に従った。
「で、なぜそんなことに」
 さくらは声を低くして聞いた。勇は伊東に謹慎を言い渡した時の状況を説明した。
「かくかくしかじか、というわけでな。トシが冷静に応じてくれたから、伊東さんも出鼻をくじかれたのか、その場で騒ぎ立てるようなことはしなかったが」
「そ、そうは言ってもだ、私は切腹か……?」
「ばかやろう。それなら連帯責任だ。俺も近藤さんも切腹。そうなりゃ新選組は解体だ」
「こうなった以上は伊東さんたち三人を切腹というわけにはいかないな。もともと三人同時というのは現実的ではないと思っていたし。このまま謹慎にとどめるということで、さくらのことを黙っていたことと、今回の一件を手打ちにするというのが妥当だろう」
「まあ、そうするしかねえだろうな。伊東は気に入らねえが、そこそこ使える要員であることは確かだし」
 こうして、今回の一件は三人とも数日間の謹慎をするということで幕引きとなった。

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