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慶応二年秋、二つの事件顛末③

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 渋沢は墓穴を掘ったと言わんばかりに気まずそうな顔をすると、コホンと咳払いをした。
「俺ぁもとはと言えば武州血洗島の百姓でぇ。いろいろあって一橋慶喜様に仕えることになったりしたが、だからこそ侍の矜持みてえなもんは大事にしてえんだ。これは俺が受けた仕事。まず先頭を切るのは俺にやらしてもらいてぇ」
「なんと……そうでしたか。わかりました。そこまでおっしゃるなら、渋沢様のご提案通りにいたしましょう。ただし、何かあったらすぐに加勢できるよう、我々は後ろにぴたりと控えますゆえ」
 歳三は笑みを漏らした。自分たちはまだ浪人の身なれど、同じ武州の百姓が武士になれるという前例が目の前にいることに、静かな興奮を感じていた。そして自分たちが上洛してから約四年経っても手に入れられていない武士という立場にいる渋沢が、羨ましくもあった。
「しかし奇遇ですな。俺も武州多摩の百姓だ。局長の近藤勇とさっき偵察に行かせた島崎は昔からの縁で」
「ほう、それはそれは!」
 渋沢はぱっと表情を明るくさせた。なんだかんだいっても今まで緊張していたのかもしれない、と歳三は思った。若くして百姓から士分に上りつめ、こうして陸軍奉行の名代として罷り越すのは重圧のかかることであろう。
 そこからは他の隊士も含め他愛のない話に終始し、なんだかこのまま廓にでも繰り出そうか、といった雰囲気にもなりそうだったところに連絡役の隊士がやってきた。
「土方副長、ご報告申し上げます。大沢が、戻りました」

 ***

 くしゅん、とさくらは小さくくしゃみをした。すっかり日が落ち、底冷えがしてくる。近くの空き家に身を潜めていたのだが、ようやく寓居に入っていく侍を見つけ、外に出た。顔はよく見えないが、背丈は聞いていた通りで、恐らく大沢だろうと察しがついた。
 連絡役の隊士を向かわせて程なく、歳三たちがやってきた。
「おそらく間違いないだろう」
 歳三に報告すると、歳三は神妙な面持ちで頷いた。寓居の出入り口は待っている間に調べてある。渋沢の「大沢源次郎はいるか」という朗々とした声を背に聞きながら、さくらは二人ほど隊士を連れて裏口へ回った。
 裏口を押さえるや否や、背の高い男が飛び出してきた。だが、さくら達の姿を認めると、恐れおののいた顔で後ずさりした。
「あなたが大沢源次郎ですね」
「いかにもそうだが……なんだ、お前は」
「新選組の島崎朔太郎と申します。詮議したき儀があります故、奉行所まで同行願います」
「ふん、新選組だと……!」
 大沢が刀を抜くのと、その後ろからバタバタと足音がして歳三と渋沢たちが現れたのはほぼ同時だった。大沢は挟み打ちにされる格好となった。さくらは腰を落とし鯉口を切った。
 一瞬のことだった。大沢が横向きに薙いだ刀をさくらは一歩後ろに避け、わずかに隙ができた間、一気に刀を抜いた。大沢は返す刀で再びさくらに狙いを定める。
「歳三!!」
 さくらの呼びかけに応じ、歳三が背後から体当たりを食らわせた。大沢は足を滑らせ、バタンと仰向けに倒れた。手放された刀をさくらは蹴って遠ざけ、大沢の顔の横に刀をつきたてた。
「大沢源次郎。詮議したき儀がある故、奉行所まで同行願おう」
「ほう、島崎殿。なかなかの使い手でいらっしゃる」
 見やると、渋沢が感心したようにさくらを見ていた。
 ――しまった。思い切り目立ってしまった。
 さくらは苦笑いした。時すでに遅し、である。

 他の部屋にも仲間が潜んでいたようだが、かしらがやられたとみるや、あっさりと観念した。隠し部屋からは、少なくない量の武器・弾薬が押収された。
「土方殿、島崎殿。恩に着ます。俺ぇひとりじゃ、返り討ちにあってたかもしんねえ」
 隊士らが縄で大沢たちを縛り上げ、奉行所の役人に引き渡している光景を眺めながら、渋沢が感慨深げに言った。最初に会った時に比べて、話し方が別人のようだ。さくらは渋沢を怪訝そうに見つめた。察したのか、歳三が応えた。
「恐縮です。……サク、渋沢様は同じ武州の出だそうだ」
「そうでぇ。それでさっきは飯屋で土方殿と意気投合しちまって」
「なんと……! 左様でございましたか」
「島崎殿も土方殿と故郷で切磋琢磨されたと聞きました。いやはや、しかし先ほどの息の合いようといったら、竹馬の友というよりは長年連れ添った夫婦めおとみてぇだったに」
「はい?」
 歳三とさくらは同時に聞き返してしまった。とっさに顔を見合わせたが、一瞬で真反対に首を振った。
「あはは、こりゃ失敬。男同士に向かって夫婦とは。勘弁してください」
 一瞬、女子だとバレたのかと思ったが、どうやらそうではなさそうだった。さくらは安堵し、渋沢につられるように微笑んだ。「夫婦みてぇ」と言われたのが、少しだけくすぐったくもあった。

 どこかでまたお会いできるといいですね。そんなことを言って、さくら達は渋沢と別れた。しかし、再会の時は終ぞ訪れないのであった。


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