浅葱色の桜 ―堀川通花屋町下ル

初音

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慶応二年秋、二つの事件顛末②

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 この時期、もうひとつ少々手のかかる案件に新選組は駆り出されることになった。
「護衛?」
 さくらは驚いて聞き返した。勇は気まずそうに笑い、頬を掻いた。
 局長室に呼ばれて言い渡されたのは、さる幕臣を護衛し、元見廻組の男を捕縛するのを手伝えという話だった。男は見廻組を抜けて間もなく、謀反を企てている疑いがあるという。
「なぜ私が」
「いやあ、本当はおれが頼まれてたんだが、大坂に行かなくちゃいけない日だったから、先方に『代わりに土方、島崎を向かわせます』と言ってしまったんだ」
「だから。なぜ言ってしまったんだ。土方副長だけで十分ではないか」
「もう一人腕の立つ者を、と言われてとっさにな。それに考えようによっては、いざとなった時にさくらがそこら辺の男より使える女だというのを小出しに見せていくのもいい手かな、と」
「いざとなった時って、幕府方に女だとバレたら処断されて終わりだろう。佐々木さんや肥後守様(松平容保)がたまたま目をつぶってくださっているだけで、本来私はそういう危うい立場だ」
「大丈夫さ。一日だけだし、最近めっきり日が沈むのも早くなったし、あまりしゃべらなければバレないさ」
 勇は時々、妙に楽観的なところがある。さくらは二言三言言ってやろうかと思ったが、「腕の立つ者」として勇が自分の名を真っ先に出してくれたことは素直に喜ぶことにした。

 とにかくバレませんように、とさくらは一抹の不安を抱えたまま、当日を迎えることになった。
 さくらと歳三の他に、剣術に明るくさくらの正体を知る隊士が五人選ばれ、一同は待ち合わせ場所に向かった。
「お初にお目にかかります。陸軍奉行名代として参りました、渋沢篤太夫しぶさわとくだゆうと申します。本日は、どうぞよろしく」
 渋沢と名乗った侍は、まだ二十代も半ばの青年だった。渋沢は早速だが、と切り出した。
「この度謀反の疑いあるは、元見廻組所属の大沢源次郎という者です。この者の寓居がここから南に五町(約五百メートル)程下った大徳寺付近にあります。まずは誰ぞ様子を探ってきてほしいのですが」
「それならば、この島崎に行かせましょう」
 歳三が間髪入れずにさくらを指し示した。もともと諸士調役であるし、正体がばれぬようなるべく渋沢から遠ざかる必要もあったため、適任であるというのはさくらも思ったことだった。ゆえに、さくらは素直に「承知」と答えた。
 さくらは大沢の人相書きを受け取ると、連絡役として指名された隊士と共に、本隊から離れて寓居へ向かった。
 地図通りの場所に到着し、使い走りの侍という体で大沢の在宅を確かめた。しかし、あと一時程は戻らぬという。それならばと、さくらはそのまま近くで見張ることにした。

 ***

 大沢がしばらく戻らぬという報を受けた歳三たちは、食事処に立ち寄り腹ごしらえかねがね今日の作戦について話し合った。
 渋沢は懐から書付を取り出し、内容を確認したかと思うと淡々と告げた。
「まず私が屋敷に入ります。そして陸軍奉行の申し渡しを読み上げてから捕まえるので、新選組の皆さんには後から入ってもらいたい」
「しかし、それでは危険です。まず我々が捕まえ、その後でも」
「土方殿、私とて多少の剣術の心得はあります。謀反人ひとりくらい、制圧できる」
「そうはいきません。新選組は渋沢様の護衛も仰せつかっておるのです。万が一のことがあってはお上に顔向けできませんし、新選組の名折れです。仲間が後ろに控えている可能性だってあります。用心に越したことはない」
「名折れというなら、あなた方の後ろにこそこそ控えて行くことこそ私にとっては名折れだ。さては、私が生まれながらの武士ではないからと甘くみているのですか」
 歳三は目を丸くして渋沢を凝視した。
「生まれながらの武士ではないとは……?」
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