45 / 64
慶応二年秋、二つの事件顛末②
しおりを挟むこの時期、もうひとつ少々手のかかる案件に新選組は駆り出されることになった。
「護衛?」
さくらは驚いて聞き返した。勇は気まずそうに笑い、頬を掻いた。
局長室に呼ばれて言い渡されたのは、さる幕臣を護衛し、元見廻組の男を捕縛するのを手伝えという話だった。男は見廻組を抜けて間もなく、謀反を企てている疑いがあるという。
「なぜ私が」
「いやあ、本当はおれが頼まれてたんだが、大坂に行かなくちゃいけない日だったから、先方に『代わりに土方、島崎を向かわせます』と言ってしまったんだ」
「だから。なぜ言ってしまったんだ。土方副長だけで十分ではないか」
「もう一人腕の立つ者を、と言われてとっさにな。それに考えようによっては、いざとなった時にさくらがそこら辺の男より使える女だというのを小出しに見せていくのもいい手かな、と」
「いざとなった時って、幕府方に女だとバレたら処断されて終わりだろう。佐々木さんや肥後守様(松平容保)がたまたま目をつぶってくださっているだけで、本来私はそういう危うい立場だ」
「大丈夫さ。一日だけだし、最近めっきり日が沈むのも早くなったし、あまりしゃべらなければバレないさ」
勇は時々、妙に楽観的なところがある。さくらは二言三言言ってやろうかと思ったが、「腕の立つ者」として勇が自分の名を真っ先に出してくれたことは素直に喜ぶことにした。
とにかくバレませんように、とさくらは一抹の不安を抱えたまま、当日を迎えることになった。
さくらと歳三の他に、剣術に明るくさくらの正体を知る隊士が五人選ばれ、一同は待ち合わせ場所に向かった。
「お初にお目にかかります。陸軍奉行名代として参りました、渋沢篤太夫と申します。本日は、どうぞよろしく」
渋沢と名乗った侍は、まだ二十代も半ばの青年だった。渋沢は早速だが、と切り出した。
「この度謀反の疑いあるは、元見廻組所属の大沢源次郎という者です。この者の寓居がここから南に五町(約五百メートル)程下った大徳寺付近にあります。まずは誰ぞ様子を探ってきてほしいのですが」
「それならば、この島崎に行かせましょう」
歳三が間髪入れずにさくらを指し示した。もともと諸士調役であるし、正体がばれぬようなるべく渋沢から遠ざかる必要もあったため、適任であるというのはさくらも思ったことだった。ゆえに、さくらは素直に「承知」と答えた。
さくらは大沢の人相書きを受け取ると、連絡役として指名された隊士と共に、本隊から離れて寓居へ向かった。
地図通りの場所に到着し、使い走りの侍という体で大沢の在宅を確かめた。しかし、あと一時程は戻らぬという。それならばと、さくらはそのまま近くで見張ることにした。
***
大沢がしばらく戻らぬという報を受けた歳三たちは、食事処に立ち寄り腹ごしらえかねがね今日の作戦について話し合った。
渋沢は懐から書付を取り出し、内容を確認したかと思うと淡々と告げた。
「まず私が屋敷に入ります。そして陸軍奉行の申し渡しを読み上げてから捕まえるので、新選組の皆さんには後から入ってもらいたい」
「しかし、それでは危険です。まず我々が捕まえ、その後でも」
「土方殿、私とて多少の剣術の心得はあります。謀反人ひとりくらい、制圧できる」
「そうはいきません。新選組は渋沢様の護衛も仰せつかっておるのです。万が一のことがあってはお上に顔向けできませんし、新選組の名折れです。仲間が後ろに控えている可能性だってあります。用心に越したことはない」
「名折れというなら、あなた方の後ろにこそこそ控えて行くことこそ私にとっては名折れだ。さては、私が生まれながらの武士ではないからと甘くみているのですか」
歳三は目を丸くして渋沢を凝視した。
「生まれながらの武士ではないとは……?」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―
馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。
新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。
武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。
ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。
否、ここで滅ぶわけにはいかない。
士魂は花と咲き、決して散らない。
冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。
あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。
schedule
公開:2019.4.1
連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )
水野勝成 居候報恩記
尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。
⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。
⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。
⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/
備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。
→本編は完結、関連の話題を適宜更新。
よあけまえのキミへ
三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。
落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。
広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。
京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。
【完結】女神は推考する
仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。
直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。
強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。
まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。
今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。
これは、大王となる私の守る為の物語。
額田部姫(ヌカタベヒメ)
主人公。母が蘇我一族。皇女。
穴穂部皇子(アナホベノミコ)
主人公の従弟。
他田皇子(オサダノオオジ)
皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。
広姫(ヒロヒメ)
他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。
彦人皇子(ヒコヒトノミコ)
他田大王と広姫の嫡子。
大兄皇子(オオエノミコ)
主人公の同母兄。
厩戸皇子(ウマヤドノミコ)
大兄皇子の嫡子。主人公の甥。
※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。
※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。
※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。)
※史実や事実と異なる表現があります。
※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
楽毅 大鵬伝
松井暁彦
歴史・時代
舞台は中国戦国時代の最中。
誰よりも高い志を抱き、民衆を愛し、泰平の世の為、戦い続けた男がいる。
名は楽毅《がくき》。
祖国である、中山国を少年時代に、趙によって奪われ、
在野の士となった彼は、燕の昭王《しょうおう》と出逢い、武才を開花させる。
山東の強国、斉を圧倒的な軍略で滅亡寸前まで追い込み、
六か国合従軍の総帥として、斉を攻める楽毅。
そして、母国を守ろうと奔走する、田単《でんたん》の二人の視点から描いた英雄譚。
複雑な群像劇、中国戦国史が好きな方はぜひ!
イラスト提供 祥子様
佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした
迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる