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色恋、いろいろ⑤

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 二人は、男女として惹かれ合っている。それだけは、さくらにもわかった。勇と歳三になんて言おう、と頭を悩ませているところに、背後から声をかけられた。
「島崎先生……? いつからここに」
 こんなに気まずい瞬間があるだろうか、と思ったが、さくらはおそるおそる振り向いて、今知ったかのように「総司、いたのか」と答えた。
「お前を追って先ほど来たところだ。篠塚を連れて帰るぞ」
「待ってください、あの男はまだ」
「ではここで吐かせる。……娘さん、私はあなたを完全に信用したわけではない。匿ったのちに逃がすとも限らない」
「う、うちはそないなこと」
「そうですよ。現にお千津さんたちはずっとここで篠塚の看病を」
「総司。その男はどの道長くないのだろう。牢で衰弱して死ぬか、腹を切るか、病か、その違いだけだ。ならばその前に話せることはすべて話してもらう」
 さくらの剣幕に、総司も千津も押し黙った。やがて、総司は頷いた。

 結局篠塚は粗末な駕籠で屯所に連行され、激しい取り調べの末さくら達の知りたかったことをすべて白状した。三条の制札場にある制札に墨が塗られるという公儀冒涜の事件にも関わりがあったという。人心を味方につけ、倒幕への一助になればと思ってやったそうだ。
「何が倒幕だ。徳川二百六十年の重みがわからぬのか。お前たちのような者に倒されるほど、幕府はヤワではない」
 さくらは吐き捨てるように言い、取り調べに立ち会った隊士らに篠塚の身柄を奉行所へ移送するよう指示した。

 こうして、負傷した篠塚の捕縛にまつわる一件は落着を見たのだが、さくらにとって気が重いことがまだ残っていた。
「どうしたものか……」
 さくらは井戸端で水を汲みながら、ぽつりと呟いた。
 むろん、総司と千津のことである。
 すでに周囲で噂になってしまっている以上、あまり深い仲になりすぎるのもいかがなものか、とは思うが、弟分の恋路を邪魔するのも野暮ではないのか。
「勇と歳三に報告すべきか否か……いや、別に悪いことをしているわけではないし……」
「なんだ、言えよ」
 コツン、と頭を何かで叩かれた。驚いてさくらが振り返ると、怪訝な顔をした歳三が立っていた。手にしている扇子で自分の肩をぽんぽんと叩いている。今さくらを叩いたのもその扇子だろう。
「えっ、何が……っ? 珍しいな、歳三が扇子を持ち歩くなんて」
「菊が内職仕事のついでに作ったんだと。こう暑いとな」
「へ、へえ~、いいじゃないか……お菊さんも器用なんだなあ」
 さくらは、ふと総司の「色恋というのは、奥が深いですねえ」という言葉を思い出した。菊が歳三の扇子を作ったのは、ついでなどではない。そんな勘が働いた。同時に、なんとなく面白くないような気持ちも芽生えた。
「で、なんだよ」
 鬼のような鋭い目つきにさくらは降参し、診療所で見聞きしたことを話した。遅かれ早かれ歳三の耳に入るかもしれないし、と自分に言い訳して。
 すべてを聞いた歳三は、小さく溜息をついた。
「珍しく総司が女に目覚めたと思ったら……相手が悪いな」
「べ、別によいのではないか? 後にも先にもこれきりかもしれないし」
「その娘が長州側と通じて向こうの密偵のような役割を果たさねえとも限らないだろ。そうなれば、総司は恰好のカモだ。……世の中な、惚れた腫れただけじゃどうにもならねえことだってあるんだ」
「……さすが、百戦錬磨の歳三さんがおっしゃることですな」
 さくらは自分で言ったくせになんだか虚しくなってきた。お前に総司の気持ちがわかるものかと反論したい気もしたが、歳三の言うことも一理あるのだ。
「ふん。とにかく、近藤さんに報告だ」
 踵を返した歳三の背中を眺めながら、さくらは胸の内で総司に謝った。
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