浅葱色の桜 ―堀川通花屋町下ル

初音

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谷兄弟の凋落 ―弟の場合③

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 さくら、歳三、源三郎、総司が勇の妾宅に集められたのは、その翌日のことだった。
 通いの下女が五人分の茶を用意してくれたが、それ以外の人気がなかった。雪は、出ているという。
「周平との養子縁組を解消することにした」
 四人とも、勇の第一声が予想外で、「ええっ」と間抜けな声を出した。さくらはちらりと歳三と源三郎を見やった。歳三は「馬鹿、こっち見るな」という目をしていて、源三郎は小さく首を横に振った。
 勇は、周平と雪がのだと説明した。
「もしかしたら、さくらは気づいていたか? 監察方の組頭だもんなあ」
「……ああ。周平が、この家に出入りしていると聞いて、少し探っていた。一部の隊士の間では噂になっているぞ」
「そうだよな。だからこの件に関しては、周平の養子縁組を解消し、雪を故郷に返すことでケジメとしようと思うんだ」
「ぬるいぞ、勝っちゃん」
 歳三がずいと膝を進めた。その目は鋭く勇を見ている。
「こんなの不義密通だろ。二人とも斬り捨てるしかない。何人か前例もある。周平だけ特別というわけにはいかねえだろ」 
「トシ。そろそろ、やめにしないか」
「やめる……?」
 どういうことだ、とさくらは眉間に皺を寄せた。山南のことが念頭にあるのは、勇もわかっているようだった。
「これはおれの願望も入った推測だけどさ。山南さんは、隊規違反での切腹を、自分で最後にしたかったんじゃないかな。たとえば……河合くんのことなんかもそうだが……引き返せる過ちであれば、一度は再起の機会を与えてもいいんじゃないか。もちろん、先だっての谷さんの件なんかは、斬られて当然のことをしたと思う。これからも、勝手な金策とか、悪意を持って仲間に斬りかかったとか、そういうのは切腹にしても構わないだろう。だが、今回のことはおれ一人が飲み込めば終わる話だ。隊の中にも外にも、迷惑はかけていない。命を取るほどのことじゃない」
 さくらは引き下がらなかった。じっと睨むように勇を見つめる。
「勇。そんなのは方便だ。周平に腹を切らせねば、他の隊士への示しがつかぬ」
「それでは、おれが腹を切ろう。息子に妾を寝取られるような間抜けな局長は、士道不覚悟。そうじゃないか?」
「な、なぜそうなる! お前が腹を切ったら新選組は……!」
「おれがいなくなっても新選組が回るように、広島へ行く前にさくら達に託したはずだ。新選組は、トシやさくらが仕切ればいい」
「それなら、もちろん周平にも腹を切らせます」
 今まで黙って話を聞いていた総司が、割って入った。その表情はいつになく険しい。
「総司、それでは駄目だ」
「ですが……」
 勇は諭すように総司に笑いかけた。
「おれのくだらない面子のためだけどさ、大ごとにしたくないんだ。これは、おれと周平の問題だから」
「隠し立てするというのか……! そんなの……」
 さくら、と制したのは源三郎だった。
「すでに私たちは隊士に大きな隠し事をしてるじゃないか。さくらが、女だと」
 あっ、と息をのみ、さくらも歳三も総司もそれ以上何も言えなくなってしまった。
「考えてもみなさい。近藤先生が周平を切腹させるところなんて見せられる平隊士の気持ちをさ。大ごとにすればするほど、むしろ新選組に要らぬ分断を生むかもしれん。今回は、近藤先生がここまで言ってるんだし、いいんじゃないかな。、ケジメのために養子縁組解消。それでいいじゃないか」
「源さん……ありがとうございます」
 勇は心底安堵したような表情を見せた。
「勝っちゃん。もしも、二度目があったら、今度は俺がこの手で斬る」
「……ああ。わかった」

 それから、勇や源三郎の言うとおり、誤解を招いた咎ということで、周平は谷姓に戻った。深雪太夫こと雪は、縁戚を頼って京の町から去っていった。余談だが、江戸に住む勇の正妻・ツネもすべての顛末を聞かされており、「周平さんは女のことであんなことになった」と周囲に漏らしたという。

 ひとまず落着した今回の騒動だったが、この男は、一連の出来事に苦言を呈した。
「新選組に加入して二年以上経つが、実のところやっているのは中での殺し合い、貶め合い。その癖、身内には甘いときたものだ」
 伊東は、弟の三木、上洛前からの門人である服部や内海を前に、苦々しげに言い放った。
「ところで服部君……例の話はやはり本当か」
「はい。古参隊士の間では知れた話のようですが、箝口令が敷かれているようです」
「ふむ、そうか……やはり、少しおかしいとは思っていたんだ」
「兄上、斬りますか」
「いや、そんなことをしても何の足しにもならん。それよりまず、新選組の佐幕体質をなんとかせねば始まらんだろう。もう幕府は落ち目だというのに、今度の長州討伐軍に参加する気満々だ。まったく、近藤さんは広島で何を見てきたのやら。……島崎朔太郎の件は、切り札としてとっておくとしよう」
 伊東は、不敵な笑みを浮かべた。
 彼の胸のうちを、さくら達はまだ知らない。
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